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​●気になるクラスメートがバッサリ髪を切ってきたから思わずノートに描いちゃったら見られちゃった話

 私――松島 加恋(まつしま かれん)には、気になるクラスメートが居る。
 弓道部で、クラス委員で、美人で、人気者で、長い黒髪がとっても似合う武者小路(むしゃこうじ)つむぐさん。
 ある日、そんな武者小路さんがバッサリ髪を切ってきたのでした。

 わたしには、気になるクラスメートが居る。
 スラッと長い脚。わたしよりも頭一つ分くらい高い身長。小さい肩。白くて長い指先。ぱっちり丸くて可愛い目。
 そして何よりも、腰まで伸びた長い黒髪。
 授業中、ふとその黒髪が陽の光に照らされてキラキラ光ってるのに気づいちゃうと、思わず先生の話そっちのけで眺めちゃうことがある。
 所属してるのは弓道部。
 長い黒髪をポニーテールにしてランニングしてるのを見た時は思わずスマホを構えて撮ろうとか思っちゃったくらいだった。
 でも、まぁ、そんなこと出来るわけなくって……なんでかっていうとわたしは、別に、その人と友達でもなんでもないから。
 その人の名前は、武者小路さんっていう。
 武者小路つむぐさん。
 なんでも、お母さんが有名なモデルさんらしくって、4月の自己紹介の時に武者小路さんが挨拶をしたら教室中から「おぉー」って歓声が上がったくらいだった。
 ……わたしは全然知らなかったけど。
 わたしは別に、そんな肩書みたいなことで武者小路さんのことが好きなわけじゃないけど?
 わたしは、ただ、勉強も運動もクラス委員の仕事も出来るところとか、授業中に積極的に手を上げて回答するところとか、先生が困ってたらいの一番に名乗りを上げてお手伝いしにいくところとか……あとは、あの……。
『松島さん、一緒に準備体操しよ?』
 ……ひとりでいる子に、声かけてくれるとことか、そういう……周りへの気配りみたいな、内面が好きなだけで、気になるだけだし。
 いや、別に、武者小路さんに声をかけてもらった人はわたし以外にも大勢いるわけなんだけども、中には勘違いしちゃって声をかけてもらったのをキッカケに武者小路さんへめちゃめちゃに話しかけに行く奴とか居る。
 わたしは、その……あれだから。違うだけだし。そういう奴らとは違って、適切に距離を保って、あくまでクラスメートとしての立ち位置を守ってるだけで、別にそんな、話しかけるのが緊張するとかじゃないから。
 武者小路さんは、弓道部のお友達と一緒に居ることが多い。
 弓道部は意外と和気あいあいとしてるみたいで、武者小路さんと弓道部の人が仲いいだけじゃなくって、弓道部に所属してる人はみんなお互いに仲が良い。
 お昼休みには他のクラスの弓道部の人が遊びに来ることもあるし、弓道部の人がみんな連れ立って食堂行ったりすることもある。
 先生からも弓道部は一塊に見えてるみたいで、よく「じゃあ武者小路と弓道部手伝ってー」なんて言われてる。
 ……いや、こんな言い方するとまるで武者小路さんが善人過ぎて周りが迷惑してるみたいに聞こえるかもしれないけどそうじゃない。
 武者小路さんは結構お茶目なのだ。
 自分が手を上げたら弓道部のお友達も巻き添えを食らうって分かっていながら積極的に手を上げたりする。
 時には、『弓道部の人と友達なんだけど別の部活に所属してる人』とお手伝い合戦をしたりする。だいたい武者小路さんが勝つんだけどね。
 そして、そういう時は弓道部の人から「つむぐ~」なんて文句を言われて、武者小路さんは楽しそうに笑ってるのだ。
 そんな武者小路さんが、ある日。
 髪をバッサリ切ってベリーショートになって学校へやってきたもんだから、教室は大騒ぎになった。
 弓道部の人たちもなんで切ったのか見当もつかないらしくって、みんなが武者小路さんの席に詰めかけてアレコレ事情を聞いていたけど。
「短いのも良いかなぁって思ったんだ」
 って、武者小路さんは笑うばっかりだった。
 みんなは「ビックリしたぁ」「でも可愛いねー」なんて言って武者小路さんと一緒に自撮りとかして、それ以上理由を聞こうとしなかったけど。
 わたしは、どうしても、武者小路さんが髪を切ってしまったのか気になって気になって仕方がなかった。
 気になって、気になって、気になって気になって気になって……気になりすぎて、いつの間にか放課後になっていた。
 手元には、髪の短くなった武者小路さんの絵で埋め尽くされた公民のノート。
 握った鉛筆の芯がへっこんで、もう筆箱の中には使えそうな鉛筆が残ってないことに気づいたところで、わたしの手はやっと止まった。
 武者小路さん……あんなに綺麗な髪だった武者小路さん。
 なんで切ったんだろう、どうして急に、今だったんろう。
 弓道部の人にも詳しい理由を話してなかったんだ、わたしが聞いたってきっと教えてもらえるわけじゃない。
 何かきっと理由があるはずなのに、武者小路さんは言いたくないんだ。
 あんなにみんなが詰めかけるから武者小路さんだって本当は誰かに話したいのに話せなかったんじゃないの!?
 ……い、いや、わたしが聞くのにとか、言いたいわけじゃなくって……弓道部の人とか! 仲のいい人にだけ話したい理由ってあるじゃん!
 でも、それなら弓道部の人があんなに驚いたりしないかな……もし仲のいい人にだけ話したい理由だったら事前に理由を話したり、弓道部の人たちが「もしかしてアレのことかな?」って思い当たるような素振りを見せたりするだろうし……。
 結局、わたしは武者小路さんとおしゃべりだってできないんだから、知りようがなくって。
 聞いたところで、武者小路さんを困らせるだけなんだけどさ。
 がっくり机に突っ伏して項垂れたところで。
 ガララッ、と教室の扉が開いた。
 びっくりして飛び跳ねながら扉のほうを見ると、クラス日誌を持った武者小路さんが立っていて、思い切り目が合ってしまった。
「あ……ぇあ……」
「えへへ、ごめんね。びっくりした? 大丈夫?」
「あ、いや……」
 何でもないのって言おうとした時、筆箱の手が当たって鉛筆をぶちまけてしまった。
「あっ、あっ……!」
「あわわ、たいへんたいへん」
 急いで鉛筆をかき集めようとしたけど何本か武者小路さんの足元まで転がっていっちゃって。
 鉛筆を拾って、駆け寄ってきてくれた武者小路さんの視線は、わたしの机の上に広げられた公民のノートに注がれてた。
「これ……私?」
「えっ、あっ」
 武者小路さんが公民のノートに手を伸ばしかけたから、すかさずノートを手に取って後ろに隠してしまった。
 やばい、やばい、何やってるんだわたし。
 冷や汗が止まらない。
 やばいやつに思われたに違いない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
 あ、明日から、学校、来れないかも。
 なんてわたしが切羽詰まっていると、武者小路さんはムッとした表情になってわたしの方へ手を差し出すと。
「むぅ……松島さん?」
「はっ、い」
 無言で手招きするみたいに、ジェスチャーしてみせてから。
「見せて」
 と、ちょっと怒ったみたいな口調で言った。
「えっ、と」
「見せてくれなきゃえんぴつ返してあげないよ」
「み、みせ、あっ、はい……」
 思わずノートを差し出すと、武者小路さんは「はい」って言ってえんぴつを返してくれた後。
 わたしの隣の席に座って、公民のノートを一ページづつめくり始めた。
 筆箱にえんぴつをしまってから、わたしも席に座る。
 何を、言われるんだろう。
 怒られるかな、笑われるかな、気持ち悪いって言われるのかな。
 緊張がマックスに達しぱなしで耳鳴りが止まらない。
 指先が氷水に漬けたみたいに冷たくなってて震えがすごい。
 あぁ、もう、そろそろ、さっきまで描いてたページになっちゃう。
 武者小路さんの手元をチラチラ見ながら、一層どきまぎしてると。
 武者小路さんは、目をまんまるにして驚いた表情をしてから、すぐにだんだん笑顔になっていって。
 ぱふっ、てノートを閉じたあと、にやぁってしながらわたしのほうを見つめると。
「松島さんって、私のこと大好きだったんだねぇ?」
「あっ、あぅ、あっ、ぶっ」
「えへへ。ねぇ、なんでこんなに描いてくれたの? ベリショ好き?」
「あっ、やっ、ぁの……き、気に、気になったから。なんで、その……切ったのか……」
 わたしが聞いたって困らせるだけ。
 そう思ってたのに、まさか本人から聞かれるなんて思ってなかったから、思わず口をついて言葉が出て行ってしまった。
 武者小路さんは案の定、困った感じで「……そっか」ってちっちゃく言うと、すこしの間黙り込んで。
 短くなった前髪をちょんちょんって触ってから、視線を落として言った。
「やっぱり、変、かな」
「そ、そんなことないっ!!!」
 武者小路さんの言い方が、心底悲しそうな、不安そうな言い方だったから、思わず食い気味に答えてしまった。
 わたし声でっか……やばいやつじゃん……なんて思っていると、武者小路さんはニヘヘって笑ってから。
「……松島さんって、やっぱりベリショ好き?」
「やっ、ち、ちが、む、む、武者こうじゅしゃんは、べつに、そんな、変じゃない……から……」
「んふふ。むしゃこーじゅしゃんって言ってる」
「あっ、ご、ごめ」
 武者小路さんはふふって笑ったあと、少しだけ元気になった口調で話し始めた。
「私のお母さんね、去年から病気で入院してたんだ」
「え……」
 突然の情報にびっくりした。そんな話、全然耳に挟んだこともないし、弓道部の人が話してるところを聞いたこともない。
「病気自体はよくなったんだけどね。治療の時にお薬のアレコレで髪が全部抜けちゃって、まだ全然生えてこないんだ」
「そ、それで、髪……?」
「えへへ、ううん。お母さんは『短いのもカッコイイでしょ? アタシってばなんでも似合うのよね』って気にしてないんだけどね、パパが『本当はツライのを我慢してるんじゃないか』ってずっと心配してるんだ」
「そ、りゃ……そう、だよね……」
 モデルさんだったお母さん。そんなお母さんと結婚したお父さん。
 モデルさんにとって髪がどんなに大切だったかなんて考えるまでもない。
 お父さんは、きっとお母さんが髪を大事に大事にしてきたことを知ってるから……心配して当たり前だと思う。
「でもさ、女の子にとって大事なのは髪が長いかどうかだけじゃないでしょう? だからパパにも分かってもらおうと思って、私も思い切って短くしてみたんだ」
「そっ、そ……そっか……」
 えへへって笑って、短くなったもみあげのところを自分でわさわさ触りながら、武者小路さんはまた少し視線を落とした。
「パパもお母さんも喜んでくれたんだ。お母さんは『やっぱりアタシの娘ね、似合うわ』って言ってくれて、パパも『可愛いよ』って言ってくれたの。でも……みんなは、違うでしょう?」
 武者小路さんは、膝上に置いた両手をぎゅっと握ってた。
「みんなはパパじゃないし、お母さんじゃないから。変だって思うかもしれないし、気持ち悪いって思うかなって思って……パパに見せるまではね、パパに安心してほしかったからだいじょぶだったんだけど、パパに見せた後はみんなに見られた時のこと考えちゃって……今朝も、すっごく、不安だったの。でもね」
 武者小路さんはわたしの公民のノートをバッと開くと、ニコーっとして。
「松島さんの描いてくれた私、すっごく可愛かったからだいじょぶな気がしてきた!」
「あぅあ……! ご、ごめ……ごめん……! 勝手に、描いて……」
「むぅ、ホントだよ」
「ひっ……す、すいません……」
「えへへ、ちがうちがう。描いてくれたのは嬉しいけど、松島さん隠す気だったでしょう?」
「あ、ぅ……はい……」
「それはヤ。描いたら見せてほしいです」
「あっ、ぅ……わ、わたし、その……考え事、とか、すると……気づいたら、描いちゃうの、クセで……あっあっ、ごめ、わたしの話とかしちゃって……」
「んふふ、そうだったんだ。ってことはぁ……もしかして、髪切る前の私も描いてた?」
「う、ぁ……ち、ちょっとだけ」
「なにそれ見たいっ!!」
 め、めっちゃグイグイ来る……! なんで、なんでこんなグイグイ来るの……!
「な、なんで、そんな……」
「むぅ。そりゃあ自分のこと描いてくれた絵だったら見たいって思うでしょう?」
「ち、ちがくて、髪、切った理由とか……なんで……他の人には言ってなかったのに……」
 わたしがそう聞くと、武者小路さんは「そりゃあ」って言いかけた後。
 なんでかにやぁって顔になってから、ガコガコと椅子を鳴らしながら膝がくっつくくらい近寄ってくると、小声で言った。
「私がみんなと話してるの、聞いてたんだ」
「!!!!!」
「ふぅん? ぜーんぜん話しかけにきてくれないのに、そうなんだぁ。松島さんは私がみんなとおしゃべりしてるのずーっと聞いてたんだ。ふぅーん?」
「ち、ちっ、ちがっ、ごめっ、ちがくて……!」
「はーあ。私、松島さんに嫌われてるんだって思って寂しかったのになー。そっかー。松島さんだけは私の話聞いてたんだー」
「すっ、すみませ……! え、わ、わたし、そんな、嫌ってる感じだった……?」
「だって松島さんから話しかけてくれたの、5月の時だけだったじゃん」
 ぷくぅって音が鳴りそうなくらいむくれた武者小路さんは、さも当然のことみたいに5月の時って言った。
 けど、わたしには全然なんのことか見当がつかなくって困惑してると。
「もしかして……覚えてないの……?」
 武者小路さんは、さっきまでのいたずらっぽい声色とは打って変わって心底ショックを受けた声で言った。
「ご、ごめん……」
 武者小路さんが息を吞む音が聞こえた。
 はぁぁぁ……!みたいな、ショックすぎてヒュゥゥって息を呑む音が。
「……思い出して」
「えっ、えっ」
 武者小路さんはわたしの公民ノートをわたしの机の上に置くと、その上に両肘を付いて頬杖をつくと、わたしをジトって見つめて言った。
「思い出すまで返してあげない!」
「えっ、えぇっ」
「ほら、5月だよ? ほんとに覚えてないの?」
「う、うぇ……? ごがつ……ごがつ……」
 真剣に思い出そうとしてみても全然覚えてない。
 自分から武者小路さんへ話しかけたなんて出来事があったらわたしのほうが覚えてそうなものなのに。
 も、もしかして無視されたとか……? コミュニケーションに失敗したから記憶を抹消してる説……?
 いや、でも、そんな感じだったら武者小路さんがこんな感じで覚えてるわけないだろうし……。
 わたしが全然思い出せずにいると、武者小路さんはむすっとした口調で言った。
「ヒント、放課後」
「あ、ぅ」
「ヒント、クラス委員が決まったばっかりのとき」
「え、とぅ」
「ヒント! 部活が本格的に始まった頃の話です!」
「ぶ、部活ぅ……? えぇ……?」
「んもぉー! だいだい大ヒント! 今年のゴールデンウイーク直前の放課後! 私がクラス日誌書いてからうわ~って机にぐったりしてたときに大丈夫?無理しないでって話しかけてくれた!」
「!」
 お、思い出した。
 明日からゴールデンウィークだからって言って、教室中が騒がしかった時。
 みんながあんまりにも元気だから酔いそうだったんで急いで、校舎裏の花壇のとこまで避難した時だ。
 みんなが帰るの待ってからカバンを取りに教室へもどってみたら机に突っ伏してぐったりしてる子がいるから、わたしと一緒でみんなの元気に当てられて気持ち悪くなっちゃんだと思って声かけちゃって、返事はなかったけどゆらぁ~って手が上がったからそのまま帰ったんだった。
「あ、あれ、武者こしゅじさんだったの」
「そう! 私だったの! むしゃこしゅじさんだったの! 気づいてなかったの!?」
「あっ、ご、ごめ……! また嚙ん……! や、その、わたしと一緒でみんなの元気についていけなかった誰かかなって思ってたから……まさか違うだろうなって思って……」
「そっか……私じゃないって思ってたんだ」
「ちっ、ちが! あの、その、だれだろうってわかんないで声かけたから、別に、避けてたわけじゃなくって……」
「……避けてたわけじゃなくって?」
「だ、だから、わ、わたしも、その……話し、たいな、とは、思ってたんだけど……」
「思ってたんだけど?」
「め、迷惑かなって、思って……」
「……でもおしゃべりは聞いてたんだ」
「あぅ、ご、ごめん、なさい……」
 武者小路さんはムスッとした顔のままジーッとわたしを睨みつけてから、プイッとそっぽを向いて。
「……ズル」
 って言ってから。
「えっ、えと」
 「んもぉー!」と両手両足をジタバタさせ始めた。
「松島さんは優しい人だって思ってたのにー! 私だって分かってなかったし! でも優しかったし! 誰だか分かってないのに優しくしてるし! ずるいよ!」
「えっ、あ、えっ」
 ビタッ、と武者小路さんは止まると、視線を落として言った。
「…………嬉しかったの! お母さんが一番大変なときで! どうしようって思ってたのにみんなも先生もあれこれ押し付けるし! 優しくしてほしかった時だったから! すっごくすっごく嬉しかったんです!」
「は、はひ」
「だから……次はいつ話しかけてくれるのかなって思ってたのに、全然話しかけにきてくれないし。誰とも話そうとしないし。体育の時に一緒に準備体操しよって言ってもよそよそしいし。嫌われてるんだって思って、誰とも話したくないんだって思ってたのに……私のこと、こんな……可愛く描いてくれるし!」
 こ、声でっか……!
 武者小路さんはガタンッと椅子を鳴らしながら立ち上がると、ビッとわたしの公民のノートを差し出した。
「あ、ありが」
 ノートを受け取ろうとすると、石で出来てるのかってくらいビクともしなくて。
「えっ、あの」
「……つむぐって呼んで」
「えっ」
 武者小路さんはうつむいたまま、まだ怒ったみたいな口調で言った。
「私も加恋って呼ぶから! つむぐって呼んで!」
「は、はひ」
「……敬語禁止」
「は、はぃあ……えと、う、うん」
「髪切った理由、秘密だから」
「うぁ、う、うん」
「加恋の秘密も何か教えて」
「えっ、あ、あ」
 の、ノートに描いちゃってたことが秘密なんだけど、って言おうとしたけど、絶対怒られる気がした。
「え、FPSとか、すき、だよ……? パソコンとかでやるやつ……あの、銃撃つゲーム……」
 わたしがそう言うと、武者小路さんはバッと顔を上げてわたしのほうを見つめてから、なんだか口元をもにょもにょさせたあと。
「ラインのID教えて」
「ご、ごめ、使ったことなくて……」
「じゃあ電話番号っ!!!」
「は、はい!」
 ノートの端っこに電話番号を書いてすぐに渡すと、武者小路さんは自分の席からカバンを取ると走って教室を出て行ってしまった。
 と、すぐにスマホへ電話がかかってくる。
「は、はい」
『……今日のこと、二人の秘密だよ』
「う、うん」
『絵、また見せてくれる?』
「え、っと……うん、あの……見せれるやつで、いいなら……」
『あとでライン入れてね』
「や、やってみる」
『じゃあ、これからは仲良くしてもいい?』
「あ、と……よ、よろしく、おねがいします……」
『加恋』
「はひ」
『名前、呼んでね』
「む、武者……あ、えと、つっ、つむぐ……」
『……えへへ。今じゃなくて、今度から』
「あっ! あ、ぅ……」
『えへへ。じゃあライン入れたら絶対連絡してね!』
「う、うん」
 数秒の沈黙。
 き、切っていいのかな、そう思っていると武者小路さんが恥ずかしそうな声で言った。
『あー……あとね、もういっこ秘密。私も、FPS好き』
「えっ! えぇっ!?」
『今度一緒にやろーね! じゃ!』
 ポロンッと電話が切れるSEが鳴る。
 夕焼けの教室に一人取り残されたわたしは、とりあえず。
 ぐったりと机に突っ伏したのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。
 
 次の日の朝。
 教室に行くと、相変わらず武者小路さんはいろんな人に囲まれていた。
 ふと、目が合う。
 ちっちゃく手を振られたので、ど、どうしようってなりながら、手を振り返してみると、武者小路さんは満足そうな顔で頷いてからお友達との会話に戻っていった。
 席につくと、ビビビッてスマホが震える。
 見ると、昨日入れたばっかりのラインに通知が来ていて。
『つむぐ:お昼、二人で食べようね』
 って書いてあった。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。

 わたしには、仲良しなクラスメートが居る。
 スラッと長い脚。わたしよりも頭一つ分くらい高い身長。小さい肩。白くて長い指先。ぱっちり丸くて可愛い目。
 そして何よりも、ふわふわなベリーショートの黒髪。
 授業中、ふとその黒髪が窓の外から吹いてくるあたたかい風に撫でられてふかふかと揺れているのに気づいちゃうと、思わず先生の話そっちのけで眺めちゃうことがある。
 好きな武器はライトマシンガン。
 敵がたくさんいるとこ目がけてでっかい銃を抱えて突っ込んでいってはぼこぼこにされちゃうプレイングを目の前で見せられた時は、思わずスマホを構えて撮ろうとか思っちゃったくらいだった。
 でも、まぁ、そんなこと出来るわけなくって……そんなことすると、しこたま怒られて仕返しされるから。
 その子の名前は、武者小路さんっていう。
『んぁー! 加恋がまた私のキルとってったー!』
「へっへーん。早い者勝ちですぅ、つむぐが遅いだけですぅ」
『……でゅくし』
「あぁっ! ちょ! 落ちるでしょうがぁ! あぶなぁ!」
『加恋が悪いんですぅー! キルパクするからいけないんですぅー!』
 武者小路つむぐ。
 わたしの、大事な友達です!
 
 
おしまい。

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