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​●ヴァンパイア・ホット・スプリングス

人食いになっちゃった女の子と人食いお姉さんが人食いの集まる温泉でてんやわんやするお話。​

​思想強めな強いお姉さんが登場する人食いコメディです。

 目が覚めると、そこは温泉の食堂みたいなとこだった。
 高い天井、調理場の見える受付カウンターと食券の券売機。4人掛けのテーブルと椅子がいくつか規則的に並べられていて、床はツルツルする木目のよくあるアレ。
 そんな席の一つに私は座っていて、目の前では黒い髪の綺麗なお姉さんがステーキか何かの定食が乗ったプレートを前に手を合わせてるところだった。
「いただきます」
 クンと喉の奥が鳴るような色っぽい声で言うと、お姉さんはすでにいくつかに切り分けられているステーキの一つを箸で掴んで、六分の一くらい口に含んだところで噛み千切った。
 一回、二回と咀嚼したところで眉をひそめてイヤそうな顔をすると、お姉さんは口に左手を当てながら恨めしそうに言った。
「……やはり、オスは美味しくありませんね」
 ごくり、と小さな肉の一欠けらを飲み込んだお姉さんは、ずっと気づいていたかのように私へと視線を向けて、六分の五くらい残っている少し欠けたステーキの一切れを箸でつまんで私の方へと差し出して、言った。
「あーん」
 お姉さんの色っぽい声が潤んだ赤い唇から響いてくる。
 言われるまま私が身を乗り出してステーキを食べると、お姉さんはフッと微笑んで続けた。
「おいしいですか?」
「ふぁい」
 ジワリと舌の下の歯茎の裏まで肉汁が染み出してくる。舌先を痺れさせるような塩と胡椒の辛みと塩気がプチプチと口蓋で潰しただけで千切れる柔らかい肉の繊維の味を引き立てる。
 食べたことが無い、その柔らかくて美味しいお肉は堪らなくって。
 そして、だからこそ。
「良かった。貴女には吸血鬼の才能がありますね。吸血鬼少なしと言えど、お父さんのお肉を美味しく食べた子は見たことがありませんから」
 私がお肉を飲み下した瞬間発せられたお姉さんの言葉に、ぎょっとしてしまった。
「あの、今なんと?」
「? ですから、貴女のお父さんのお肉ですよ。このステーキは」
「―――……」
 私が初めて綺麗なお姉さんにあーんしてもらって、私が初めて美味しく食べたお父さんのお肉は、塩コショウ味だったのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。

『ヴァンパイア・ホット・スプリングス』

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