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​●ヴァンパイア・ホット・スプリングス

人食いになっちゃった女の子と人食いお姉さんが人食いの集まる温泉でてんやわんやするお話。​

​思想強めな強いお姉さんが登場する人食いコメディです。

「うぅぅ……! お父さん、ごめんなさい……! でもとっても美味しかったですぅ……!」
「何をそんなに落ち込んでいるのですか、貴女らしくもない。というか、ずいぶん口が達者になりましたね?」
「何をそんなって、お父さんのお肉を食べちゃったことに関して落ち込んでるんですよぉ! っていうからしくないってなんですか! お姉さんは誰なんですか! とっても綺麗ですね!」
「ふふ、ありがとう。けれど、そう……その流暢な語り口、どうやら記憶が戻ったようですね」
「ふぇ? 記憶?」
 お姉さんはスッとさりげなくお父さん(ステーキのすがた)を私の方にスライドさせる。
 いや、ちょっと食べる気にはなれないんですが。
 微妙な顔をする私のことを思いっきりスルーすると、お姉さんは紫陽花か何かの刺繍が入ったハンカチでお口をフキフキっとしてから話し始めた。
「貴女は3か月ほど前、事故に遭って瀕死の重症でした。覚えていませんか?」
「事故……?」
 ステーキの肉汁が残る口でつばを飲み込んで、記憶をさかのぼってみる。
 でも、やっぱりついさっきまでのことしか思い出せなくて、それ以前の記憶なんて最初からなかったみたいに本当にサッパリ思い出せなかった。
「そうでしょうね。この3か月、貴女は『あー』とか『うー』とか『まぁま』としか言葉を発さず、およそ意思の疎通というものが出来ませんでしたから。お父さんがドラクルとなってやってきたときも、これといって反応を示しませんでしたし」
「ちょちょちょ待ってください! え? 私『まぁま』とか言ってたんですか!? っていうかお父さん!? ど、ドラクルってなに!」
「呼んでいました貴女のお父さんですオスの吸血鬼のことです」
「一気に答えないで~!」
「貴女が聞いたのでしょう? 相変わらず我が儘ですね、まったく」
「どうして私が悪いみたいになってるの!?」
 このお姉さん、一気に情報を出してくるもんだから頭が追いつかないよぅ!
「とりあえず、とりあえず……3か月前に私が事故に遭って? 今日まで『あー』とか『うー』とかしか言えなくて……お父さんは、オスの吸血鬼になって……あれ、でもお父さんってステーキになったんじゃ」
「えぇ」
「じ、じゃあ、そのステーキは吸血鬼お父さんのお肉!?」
「違います」
「どういうことなのー!」
「うふふ。記憶の戻った貴女は元気ですね」
 誰のせいでこんなに元気になっちゃってると思ってるんですか!
 なんてしていると「教えてやりゃあいいじゃねえか」と、どこからともなく低くて少し焼けたようなセクシーなお姉さんの声が聞こえてきた。
「お前も困るよなあ、こころ?」
 やけに親し気に私の名前を呼ぶその人は、丸眼鏡をかけたセーラー服姿の”お姉さん”だった。
 パッツパツに張ったお胸のとこがセーラーを持ち上げててカーテンみたいになってるし、下唇にだけ塗られたピンク色のリップとかしてるし、何よりもセーラー服の上からやたら豪華な着物を着崩しながら羽織っていて、これ見よがしにキセルみたいなのを持ってるもんだから一目で女子高生じゃないって分かった。肩のところで切り揃えられたサラサラの黒いミディアムヘアには、右側のとこに蛍光ピンクのド派手なメッシュが入っているし、アイシャドウも紫っぽいのがバッチリ決まっててすごい。圧がすごい。見つめられただけで吹き飛びそう。
「あ、あの、どちら様」
「なんだよ、ウチのことも覚えてないのか? 作並だよ。マッサージしてやったろ?」
「ま、マッサージ?」
「なんだよなんだよ、ウチのテクであんなにひんひん言わせてやったの忘れちまったのかぁ?」
「て、テク……! えっちだぁ……!!」
 えっちだぁではない。え? 私一体どんな暮らしをしてたの? もしかしてここってそういうお店なの? そういうことなの?
 などと困惑していると、首元をスゥーと冷たい風が撫でるみたいにか細くて弱々しくておどおどってした感じの声がすぐ後ろから聞こえてきた。
「あ、あんまり……いぢめちゃ……だめ、だよ……」
「ひょぇっ!? 誰!?」
 振り向けば、そこにはまた新しいお姉さんが居た。
 今度は金髪のお姉さんだった。肌がめちゃくちゃ青白くて、すっごい身体の線が細い。目は猫みたいにキリッとしてて瞳もシュッと鋭い。群青色の瞳が宝石か鋭いナイフみたいで力強いんだけど、マスクで隠された口元とちょっと前かがみな姿勢の悪い立ち姿も相まってなんだか内気でおとなしい人なのかな~って印象を受けた。
 ただ、その、なんていうか、エプロンを着けてるんだけど、そのエプロンがめっちゃ赤黒い。絶対返り血じゃんっていう赤黒さしてる。こわい。
「ご、ごめんね……あの……ステーキ、美味しかった……?」
「は、はい、美味しかったです」
 ここで「お父さんを食べちゃうとは思わなくてすっげーショックです」とか言ったら切られそう。次のステーキにされそう。塩コショウ振らないで。
「よかったぁ……!」
 そう言ってパァァって音が聞こえてきそうなくらいニコニコと笑いながら両手を合わせて嬉しいわぁ~って動きをする金髪お姉さんはとても可愛らしかった。エプロンが怖いけど。
「コホン。鳴子さん、作並さん、詳しい話はわたくしがしますのでその子を返して貰えます?」
「へーいへい。んじゃ後でな、こころ」
「あ、あとで……ね……えへ……」
 そう言って作並さんと金髪のお姉さん(鳴子さん?)は別々の方に歩いていってしまった。
「それでは、お部屋に行きましょうか。ここは個人的なお話をするには向かない場所ですから」
「は、はい」
 や、やっぱりここは温泉かどこかなのかな。お客さん、誰一人も居ないけど。
 なんて思いながら、私は黒髪お姉さんの後ろについていくのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。
 
「というわけで、貴女は事故現場にたまたま居合わせたわたくしの血によって吸血鬼となり一命を取り留めたというわけです。最も、貴女のお父さんもわたくしに血を与える際にドラクルとなってしまわれましたが……ここまでは分かりましたか?」
「いや、あの、膝枕と頭なでなでのせいであまり集中して聞けてないです」
「もう。ダメですよ、しっかり聞いてください」
「は、はい。あの、だからこれって私が悪いんです? ホントに? なんかちがくない?」
 というわけで温泉の和室っぽいところに通された私は、早々に黒髪お姉さんの膝枕に寝かされて終始ナデナデされながら説明を受けていた。
 いや、説明を受けていたっていうか、一方的に話し続ける黒髪お姉さんの声に耳を傾けざるを得ない状況なだけだけどね?
「そ、それであの、そもそもなんで私は記憶がなくなっちゃってるんでしょう」
「瀕死の重傷だった為でしょうね。吸血鬼の血が身体に馴染み、修復されるまでの時間がかかりすぎたのでしょう。ですが、過去の記憶なんてあまり意味はありません。むしろ、吸血鬼となってからわたくしと過ごした時間を忘れてしまっている方が問題です」
「そ、そうなんですか? そうかな……そう、かも?」
 もうめちゃくちゃにナデナデされるから何もまともに考えられない。お姉さんの言う通りなのかもしれない。太ももが柔らかく、とても甘くてフローラルな香りがします。お着物の質感がとても気持ちがイイです。ほっぺたが気持ちいいに包まれてる。
「あ、それでお父さんがドラクル? っていうのは一体なんなんでしょうか」
「ドラクルというのはオスの吸血鬼という意味です。貴女のお父さんも、貴女と同じく吸血鬼になったのですよ」
「じ、じゃあさっきのお父さんのお肉っていうのは何……?」
「貴女のお父さんが『娘に食わせてやってチョリ~☆』と言って渡してきた人間だったころのお肉ですよ。ドラクルは一度死に、墓場の棺桶から再生するものですので」
「こわ! え!? 私のお父さんこわ! 自分の娘に食わせないでよ! っていうかチョリ~って何!?」
「あんなに新鮮で完璧なお肉は貴重ですからね。食べさせてあげたい気持ちも分かります。チョリ~が何なのかは知りませんが」
「き、貴重なんだ……知らなかった……え、じ、じゃあ、もしかして私って人間のお肉を食べたり血を吸わないとお腹が空きすぎておかしくなっちゃう~みたいな身体なんですか……?」
 恐る恐る聞いてみると、黒髪お姉さんは手を止めて凄く怪訝そうな顔で私を見つめながら言いました。
「そんなことあるわけないでしょう。貴女は毎日お肉だけを食べて生きていたのですか?」
「そ、そんなことないです! そんなことないですと言い切れるくらいには普通の人間の食生活倫理観みたいなものが残っています!」
「穀物や野菜も食べますし、お肉だって色々な種類のお肉を食べます。和風、洋風、中華風、色々な食べ方だってするのですよ」
「そ、そうなんだ……だって人を食べるって言うと、なんか『人間に食らいつかないとおかしくなる~』とか『生きた人間にかぶりつかないと~』みたいなのが一般的だから……」
 そう言うと、お姉さんはめちゃくちゃ不機嫌そうな顔して私のほっぺを突きながら言った。
「貴女はお腹が空いて仕方がないからお店の食べ物を勝手に食べたことがあるのですか?」
「な、ないです」
「そういうことです。食べ物が人間だろうと私たちは理性ある生き物。数が少なく小さいコミュニティだからといって社会性を捨てて生きているわけではありません。食事は食事、然るべき場所で然るべきマナーを持って食べます。当たり前のことでしょう」
「た、確かに!」
「それに、貴女は豚さんや鶏さんに直接かぶりついてお肉を食べたことがあるのですか?」
「な、ないです」
「そういうことです。食べ物が人間だろうと私たちは理性ある生き物。食べ物にも敬意を払います。苦しまないよう息の根を止めてから調理をして食べる、当たり前のことでしょう」
「た、確かに~!」
「どこの世界に生きた動物のナマのお肉をかぶりつきで食べる人が居るのですか。居るわけないでしょう。どこの世界にお腹が空いたからと泥棒する人ばかりの社会があるのですか。スラム街ですか? ここがそんなに荒んだ社会に囲まれた場所に見えますか?」
「み、みえないです」
「そういうことです。まったく、人食いだからと言ってアレコレ意味の分からないイメージを持って……そういう価値観の人たちとお友達なのですか? 吸血鬼になり、わたくしの子になった以上、付き合うお友達は考えなければいけませんよ?」
「そういう友達が居た覚えは無いですけど……って、私はいつお姉さんの子供になったんですか!?」
「……? 姉妹がイイですか?」
「いや、姉妹がイイとかいう問題なんです……?」
「吸血鬼には子を産むという習性がありませんから、皆テキトーに縁を結んでいるのですよ。夫婦が良いというのなら、そうしましょうか?」
「い、いや、あの、えと、お、お友達からお願いします……」
「血縁関係ではなくなってしまいますが、そう言うのでしたらとりあえずはお友達ということにしてあげましょう」
「ほっ……」
 な、なんだろう。どうして黒髪お姉さんはこんなに距離感を詰めるのに躊躇が無いのか。なに、私のこと好き? 好きなの? 勘違いするからやめて?
「さて、他に聞いておきたいことはありますか」
「あ、お姉さんのお名前は……なんて言うのでしょう……?」
「わたくしの名前ですか。ふむ、これまで通り『まぁま』と呼んでもらえればいいのですが……」
「それはちょっと! あの、ほら、その、お友達ですし!?」
「それもそうですね」
 そう言って、お姉さんは私の頬っぺたを両手で挟み込むみたいにムニっとして、私を仰向けにさせると目を細めながら嬉しそうに微笑んで言った。
「わたくしの名前は、千代子。白神千代子と言います。今度は忘れないでくださいね、こころ?」
「ふぁ、ふぁい」
 そうして、私のおでこにちゅっとちゅーをした千代子さんの笑顔が、お母さんの微笑みなのか、恋人のそれなのか、私には全く見当もつかないのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。

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