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​●ヴァンパイア・ホット・スプリングス

人食いになっちゃった女の子と人食いお姉さんが人食いの集まる温泉でてんやわんやするお話。​

​思想強めな強いお姉さんが登場する人食べない吸血鬼百合です。

 白神千代子さんは、黒髪がしなやかで綺麗な和服のお姉さんだ。
 絹糸の束みたく肩のところでまとめられた長い黒髪は、しっとりとした艶でキラキラ光って見えて、髪を結んでいる黒地に赤い花柄をした帯みたいなのを解くとテレビのCMみたいにサラサラサラ~って黒髪が流れていく。
 和服もすごい刺繍……っていうか柄みたいなのが細かくて、一番上に着ている着物はすごく綺麗なんだけど中に着こんでいるやつ(肌着?)は無地だし、白っぽいから下着とか体のラインとかが透けて見えてきてもう凄いことになる。
 それに、あの、千代子さんはブラを着けてないし、下の方の下着はなんか黒くて細くて花柄っぽい装飾がされたやつを履いてるからもう隣で脱がれるとどこに目をやったらいいかわからなくてドギマギしちゃいますっ!
 それに対して私はといえば、浴衣を脱いでも白いブラとショーツなだけ。若干花柄っぽいふわふわした装飾がされてる上に、妙に布地が細いような気がする、けど……。
「っていうかコレって千代子さんの下着と色違いなのでは……?」
「……? こころ、何をしているのですか。早く入りますよ」
「あっ、はいっ!!」
 というわけで、千代子さんにおでこにちゅーされた後。
 私は、千代子さんに連れられて大浴場に来ていたのでした。
「ほら、見覚えはありませんか? 毎日一緒に浸かっていた温泉ですよ」
 身体にタオルを巻いた千代子さんに手を引かれ、温泉の大浴場然とした引き戸を通ると、目の前におっきな露天風呂があった。
 何十人居たって入れそうなくらいでっかい露天風呂は、ごつごつとした岩で囲まれてた。岩のてっぺんのところはツルツルのたいらになってて、とげとげしてるところもよく見ると先端がまぁるくなってる。ずっとずっと長い間使われてたんだろうなっていうのがひと目でわかった。
 けど、やっぱりここに入った記憶……っていうか、私がここに来たことあるっていう実感はなくって。
「えとぅ、全然思い出せないです……」
 私が呟くと、千代子さんは少し遠い目をして溜息をついた。
「ふぅ……そうですか。吸血鬼化した際の記憶喪失……なかなか見ない現象ですから、どのくらいの記憶が失われているのか把握出来かねますね。残念ですが、まぁいいでしょう」
「き、記憶喪失って、吸血鬼みんながなるわけじゃないんですねぇ」
「通常、吸血鬼とは、思春期を迎え身体に刻まれた吸血鬼の遺伝子が覚醒するか、吸血鬼の血を与えられることで完全な吸血鬼となります。こころの場合は、吸血鬼化が瀕死の状態で行われたために異変が生じたのでしょうね」
「い、遺伝子が覚醒とかあるんですね」
「ヒトには皆、吸血鬼の遺伝子が備わっているのですよ。覚醒するのは稀ですけれどね。それよりも、記憶が無いこと……不安ではありませんか?」
「私的には、なんていうか……昔のことは思い出せないけど、『なんかそれっぽいことはあったなあ』っていう感じだけは残っているので、全部ごっそり記憶喪失になっちゃったーって感じはしないから、結構だいじょぶです!」
「あら、そうなのですね。通りで流暢に話せるわけです。ふふ、上手にお話出来てえらいですね」
「えへへ……ってえへへではない! ば、バスタオル一枚同士でなでなでは危険が危ないと思います!」
 千代子さんはさっきから何かにつけてスキンシップ多めなので凄く、あの、危ない気がする。私に気を遣ってくれてるんだな~って感じる時が多いけど時々、そのぅ……あ、危ない意味でのスキンシップも混ざってるような気がしてドキドキしてしまう。
「む、こころ? わがままはいけませんよ?」
「あ、はい、すいませ……え? あ、はい……うん……?」
 これ、私が間違ってるの?
「と、とりあえず身体洗ってからお風呂に入りましょ~……って、あれ? そう言えば体洗うところはどこに……?」
 きょろきょろって温泉の周りを見回してみてもシャワーとか見当たらなかった。あるのは、やたら真新しい「最新リゾートホテルですよ~!」みたいなスッケスケの自動ドアだけだった。
「……やはりシャワールームのことも忘れていましたか」
「ち、千代子さん?」
 な、なんだろう。タオルを巻いた千代子さんが私の手を握ったままめちゃくちゃに渋い顔をしている。
「……はぁ。貴女はまた、わたくしにシャワールームの説明をさせたいのですね」
「えっ、えっ?」
 シャワールームの説明? な、なんだろう、そんなに聞いちゃいけないことだったのかな……!?
「まったく。これでわざと忘れているフリをしていたらタダではおきませんでしたが……いいでしょう。こころはシャワールームがお気に入りでしたからね」
 渋々、って様子の千代子さんに手を引かれながら通った先。自動ドアの向こう側は、それはもう凄い事になっていた。
「ふぉぉっ!! ひっろーーーい!」
 建物を貫通してるんじゃないかってくらい長い廊下、高い天井。一面白くて大理石かなにかで作られてるっぽい壁と床。天井にはオシャレな家具屋さんで売ってそうな変な形した電灯がぶら下がってて、床にはバーって間接照明がついてる。
 廊下は八メートルくらい幅があって広い。両側の壁には等間隔に自動ドアっぽい扉が並んでて、一個一個が黒くてテカテカした質感だったりこげ茶色の木目柄だったりしてた。
「な、なんですかここ! 全然旅館じゃないみたい!!」
「ここは、こころのために改装した最新式のシャワールームなのですよ」
「え、なんでそんなバレバレの嘘を……?」
「……」
「あ、あの、千代子さん?」
「…………」
「あの、ねぇ……」
「………………」
「千代子さんってば」
「……………………………………」
「えっ、まさかホントに」
「かつてこの旅館が経営難に陥った時に、お客さんを呼び込むため無理な改装をした結果なのですよ。外観に不釣り合いなシャワールームが意外性があってウケるだろうと、当時の女将が独断で進めてしまったわけなのです」
「やっぱり嘘じゃないですかー!」
「ふふふ。こころは本当に可愛いですね」
 むぎぎ……! めちゃくちゃからかわれた……!
「全く遺憾ですが、この温泉の汚点のひとつなのですよ。このシャワールームは。こころのお気に入りになっていますから、良いのですけれどね」
 そう言って私の頭を少し撫でる千代子さん。
 あの、その、千代子さんが腕を動かす度にバスタオルの脇のところからあのすごいあのすごいあれがこぼれそうになっているので気を付けてほしいです……。
「こころのお気に入りの部屋はいくつかありましたが、そうですね……今回も、以前こころと一番最初に入ったお部屋にしましょうか」
 そう言って千代子さんは自動ドアをくぐってすぐのところ、受付カウンターみたくなってるところから綺麗な棒状のキーホルダーが着いたカードっぽい鍵を取り出すと、木目柄の扉のところに差し込んだ。
「さぁ、どうぞ」
 中に入ると、そこはちょっと狭めのホテルの一室みたいな広さの部屋になってた。
 廊下と同じように真っ白い天井と壁、床。おっきな鏡が設置されてる洗面所があって、隣にはガラス張りの壁とドアで区切られたシャワールーム。
 随所の無駄にスタイリッシュな装飾とか無駄にクネクネと曲線を描いてる取っ手を見ればわかる。すごいオシャレ感、もう絶対旅館じゃない、こんなのお気に入りになるに決まってるよ。
 そんな、色々な感想が浮かんではきたんだけど……それよりも、なによりも、私は鏡を見て固まってしまっていた。
 食堂ではたと目覚めてから、初めて見た自分の姿に。
「ひょぇ……」
 灯りに照らされてキラキラ光る真っ白くて長い髪。宝石みたいに深い色合いをした真っ赤な瞳。はちゃめちゃに白いのに血管の青白さが見えない透き通って見えそうな不思議な肌。
 鏡に映った自分の姿は、まじまじと見つめても全然自分の姿だって理解できないくらいめちゃんこ可愛くて可憐な姿をしてたのでした。
「こころ? どうしたのですか、鏡を見つめたりなんかして」
「ち、千代子さんっ! わた、私ってこんな見た目だったんですね!?」
「あぁ、そうですね。ずっと一緒だったのでわたくしにとっては今更ですが、こころは吸血鬼になったことで見た目が変化したのでしたね」
「こ、これが吸血鬼の姿……!」
 確かに言われてみれば吸血鬼っぽいかもしれない!
 で、でも思ったよりも顔色悪い感じないし、牙も生えてなければツノとか羽とかも無いから、普通に可愛い女の子って感じに見えちゃう……!
 吸血鬼ってみんなこんなに可愛いの!? 吸血鬼ってみんなこんなに美少女なの!?
「あ、あれ、でも千代子さんも食堂で見たお姉さんたちもこんな見た目じゃなかったような……?」
「普通の吸血鬼は見た目が変化したりしませんからね。そのような見た目になるのは、わたくしの血の特徴なのですよ」
「あ、そうなんだぁ……って、千代子さんとは全然似ても似つかないんですけど!? 黒髪だし! おめめだって赤くないし!」
「わたくしは血を抑えていますからね。こころもいずれ血の力を操れるようになればわたくしと同じように黒髪金瞳になれますよ」
 そう言いながら千代子さんが私の肩に手をのせて、私の背中にお胸(非常にむっちりとした肌触りと熱を持った柔らかく巨大。百点満点)を当てながら、片手で私の目元を隠すと。
 次の瞬間、鏡に映った私は、黒髪ロングで金の瞳をした美少女になっていたのでした。
「ほら、こんな風に」
「ふぉぉ……! すっごい……!」
「はい、おしまい」
 千代子さんが私の肩から手を離して体を離すと、サァーっと頭のてっぺんから真っ白い髪に戻っていってしまうのでした。
「うぅん、やはり日本人としては黒髪ロングを見慣れているので惜しい気持ちもありけりといったところ……」
「ふふ。今のこころもとても可愛らしいですよ」
「うぇっ」
 そ、そうかな。や、確かに可愛いかもしれないけど、なんか、なんか、面と向かって言われるとやはり照れくさいものがありまする、うぐぐ。
「さぁ、シャワーを浴びてしまいましょうか」
「あっ、は、はーい」
 と、ナチュラルに千代子さんと一緒にシャワールームのガラス張りなドアをくぐって、二人そろってシャワーと湯舟の前に陣取ったけれど。
「え、えっとぉ、一緒に入るわけじゃないですよね?」
「? えぇ、一緒に入りますが」
「えぇ!? なんでそんな当然みたいな顔してるんですか!」
「イヤなのですか?」
「えっ、とぅ……」
 そりゃあ千代子さんは一目見た時から綺麗だなぁと思ってたし? 膝枕とかされたし今更って感じもあるし? そもそも私は知らないうちに千代子さんにお世話になってたらしいし? そういう意味でも今更拒否するっていうのもなんか変な感じに見えちゃうだろうからここは千代子さんに合わせてご厚意に甘えるっていうのがイイとは思うんだけどやっぱりそのいくら女同士とはいえ一緒にシャワーっていうのは流石にちょっと距離感が近すぎるっていうかさっきみたいに千代子さんの身体が触れでもしたら非常に嬉しいもとい非常に恥ずかしいしさすがに快諾するっていうのは無理があるけどでもここはやっぱりそのご厚意に甘えておいたほうが日本人的にも遠慮しすぎないYESってことでいいですね!
「じゃあ、入り、ましゅか」
「えぇ、そうしましょう」
 私のバスタオルを受け取って、自分の分と一緒にさっきの鏡台のところへと置いてくる千代子さん。
 長い黒髪をまといながら、ガラス張りなドアを開けてシャワールームへと戻ってくる千代子さん。
 絶妙に細部が見えないそのあの身体の前面を見るわけにもいかないので視線を足元に落としてはいるけど千代子さんの太ももから膝かけての曲線がふっくらしててお尻とか見えちゃいそうで千代子さんの千代子さんが千代子さんでワァー!
「部屋ごとに趣は違っていますが、シャワー周りは統一されていますからね。一度使い方を覚えればどの部屋でも同じように使えますよ」
「あ、そ、そうなんですねぇ」
 シャワーのかかってる壁にはパネルが設置してあって、液晶画面にはシャワーと湯舟の温度とか、マイナスイオンがどうとかみたいなのが書いてあった。画面の横には円形のくりくりって回せるつまみみたいなのが付いてて、シャワーの温度を変えれるみたい。歴史を感じさせる佇まいだった食堂とか部屋とは全然違う、最新式って感じのシャワーだ。
「以前のこころはすこしぬるめのお湯が好きでしたが……このくらいでどうですか?」
 千代子さんがシャワーを出しながらつまみをキチキチ、って回して自分の手のひらにシャーって当ててから、私の方に向けてくれる。
 シャワーのお湯に触ってみると、ちょっとぬるくて良い感じだった。ついでにこっちを向いた千代子さんのお胸から髪がハラリとはだけて良い感じだった。
 ……良い感じだったじゃないんだよ! 見ない! 見ないよ私! 見るんじゃない私!
 なんて考えてる間にしゃわわ~と身体をすすがれてしまった。
「さぁ、こころ」
「ふぁ、ふぁ~い」
 先に湯舟に浸かった千代子さんに促されるまま、湯舟の反対側に腰を下ろしてみる。
「ふぅ。心地よいですね」
「そ、そうですねぇ~」
 全然心地よさに浸れない。全然集中できない。湯舟の反対側に千代子さんの胸部がぷかぷかりんこしてるので水面しか見つめることが出来ず体育座りしかできない。私が足を伸ばしたらつま先が千代子さんあんよに触れてしまいそうなのである。お風呂だからって触れ合うのは良くないよね。良くないのかな? 良くないね。
 そんな私のことはお構いなしに足を延ばして両手も伸びーってする千代子さんは、ひと息つくと、真剣な表情で話し始めた。
「こころは、今日までヒトのお肉を食べたことがありませんでした」
「え、そうなんですか? てっきり私も知らない間に普段から食べてるのかと思ってました……」
「こころがもし、わたくしではなく他の吸血鬼の子であったならそうだったでしょうね。けれど、この温泉に居る吸血鬼は皆、ヒトの肉をあまり食べない吸血鬼ですから」
「ヒトの肉を、食べない……?」
 ヒトのお肉。吸血鬼にとってヒトのお肉っていうのは、鶏肉とか豚肉とかと同じようにお肉の一種だって言ってた。
 それをあまり食べないって、どういうことなんだろう。敬遠してるってことなのかな……?
「でも、さっきはステーキを普通に食べてましたよね……? お料理だって食堂のお姉さんが普通にしてましたし、食べなれてないって感じはしなかったですけど……」
「毎年、年に一度くらいは食べる機会がありますからね。それに、皆ヒトのお肉が嫌いというわけではありません。ただ、食べる必要がないのですよ、この温泉の吸血鬼たちは。なぜだかわかりますか?」
「え、えぇ~?」
 どうして吸血鬼なのにヒトのお肉を食べる必要が無いか、って聞かれても分かりっこないよ!
 そもそもヒトのお肉を食べる、っていうのがただのお肉の一種を食べるってことと同じなら、この温泉の吸血鬼は~なんて言わないだろうし……うぅ~……!
 ハッ! でも待って。よく思い出すんだ私、あの美味しいパパステーキを食べた時、千代子さんはなんて言っていた?
『……やはり、オスは美味しくありませんね』
 そう、オスは美味しくない。つまり、メスは美味しいってこと。
 それに加えてお父さんのお肉の話をしたときのことも思い出すんだ。
『あんなに新鮮で完璧なお肉は貴重ですからね。食べさせてあげたい気持ちも分かります。チョリ~が何なのかは知りませんが』
 そう、新鮮で完璧なお肉は貴重。メスの方が美味しいお肉だって千代子さんたちは分かってる、それでも一口食べてみたり料理するくらい新鮮で完璧なヒトのお肉は貴重なんだ。
 ってことは、つまり、導き出される答えは……!
「みんな、若い女の子にしか興味がないから……?」
「何をどう考えたらそんな結論が出るのですか」
「えぇっ!? 違うんですか!? だってだって千代子さんはメスのお肉の方が美味しい~みたいな感想言ってたし新鮮なお肉は貴重だって言ってたから、新鮮で美味しいお肉を持った若い女の子のお肉だけ食べたいひとばっかりなのかなーって!」
「違います。皆若い女の子は好きですが違います」
「あ、そ、そうなんですねぇ」
 ん? なんかさらっと性的嗜好を告白された気がするな?
「正解は、この温泉の湯を飲むとヒトの血を飲んだ時と同じように力を得られるから、です」
「えぇぇ~! ち、血を飲んだ時と同じって、すごくないですか……?」
「えぇ、とても凄いことなのです。世界でも類を見ない効能を持つここの湯は、長い間吸血鬼たちの憩いの場として愛され、気軽にヒトの血を飲むことが難しくなってきた今のご時世にこそ必要とされる吸血鬼のための温泉なのですよ」
「そうなんだぁ~……! じゃあじゃあ、さっき空きまくってた食堂とか、誰も使ってないこのシャワールームとかも、いつもはすっごい満員なんですね!」
「えぇ、それはもう千客万来でしたよ。三百年くらい前までは」
「へ?」
「三百年くらい前までは」
「さ、三百年って、じゃあ今は……?」
「ありません」
「えっ……?」
「ここ三百年、お客さんはほとんど来ていません」
「えぇぇー!?」
「吸血鬼の数が昔に比べれば減っていますから、仕方がないことです。えぇ、決して以前の女将が悪いとかそういったことはないのです、決して」
「で、でもそんなのいいんですか!? つぶれちゃうんじゃ……」
「昔は困った時期もありましたが、ここ最近は地元の方に定期的にご利用いただいていますから大丈夫なのですよ。あとは、まぁ……あまり頼りたくはないのですが、伝手もありますから」
「た、頼りたくない伝手っていうのは、どういう……? い、いけないお仕事ですか……?」
 主にあの食堂で会ったメッシュ髪のセーラー服のお姉さんがしてそうなお仕事とか。主にあのえっちなお姉さんがしてそうなえっちなお仕事とかですか!?
 だ、だ、大丈夫かな……大丈夫なのかなこの温泉……!?
「インターネットで仕事をしている仲間……いえ、同僚……いえ、知り合い……が、居るだけですよ」
「あ、なるほどぉ」
 インターネットかぁ。なんかすごく時代を感じる話だぁ。
 そしてだいぶ言い淀んでたけど、どんな関係の人なんだろう……もしかして、稼いでる~ってひとと仲悪いのかな。
「その子の厚意で……いえ、半ば強引なアレなのですが……とにかく、その子の稼ぎがあるので万が一にも潰れるようなことはありません。その子も吸血鬼なので、わたくしたちとはギブアンドテイクの関係ということなのです」
「な、なるほどぉ」
 やっぱり吸血鬼は吸血鬼同士、色々繋がりがあるんだなぁ。
「……だいぶ話がそれてしまいましたが、こころがこれまでヒトのお肉を食べてこなかったのはこの温泉の効能があったためなのですよ。この湯があることで、わたくしたちはヒトの血を吸うことなく吸血鬼としての力を好きな時に発揮し、自由に振舞うことが出来るのです。これはとても特別なことですから、ちゃんと覚えておくのですよ」
「は、はい! わかりました!」
「良いお返事です。ふふ、こころは記憶が戻ってもとてもお利口さんでえらいですね」
「へへ、へ……あっ、で、でも、千代子さんはやっぱり普通にヒトのお肉を食べたことがあるんですよね……?」
 やっぱりオスのお肉は美味しくない~みたいに言ってたし、もしかして山ほど食べたことがある、のかな……?
 そ、それはさすがに怖いけど……!
「ギクッ」
「ぎく?」
「そ、それはもう、あるに決まっています。あるに決まっているでしょう? わたくしは吸血鬼、悠久の時を生きる不死ですよ? そんなの、もう、あれですあれ、山ほどのヒトを頬張っては投げ頬張っては投げ……」
「そ、そんなに食べたことあるんですか!?」
「……………………ない、ですよ」
「えっ」
「だ、だから! ないと言ったのです! 食堂でのアレはその……こころの前だから格好をつけただけなの! これで満足ですか!? もうっ! もうっ!」
「いた、いたっ、ぽかぽか叩かないでくださいよぅ!」
「や、やたらめったらヒトを食べる吸血鬼はことごとく退治されてきたのですよ、吸血鬼狩りの手によって。今の時代、生き残っている吸血鬼というのはほとんどヒトの肉を食べることも無く、ヒトの血ですら人間関係に恵まれた吸血鬼でないと口に出来ないものなのですよ。わ、わたくしはこの温泉で育ち、跡取りとして生きてきたのですから、いいんです! 恥ずかしいことじゃないんですっ!」
 早口にまくしたてる千代子さんはほっぺたを赤くして「こほんこほん」ってわざとらしく咳払いをしてみせた。
「さ、さぁ、そろそろ上がりますよ!」
「はぁい」
 ツンツンっとした様子で湯舟を出て行く千代子さんの背中は、なんだか少しだけ身近なお姉さんみたいに見えるのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。

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