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​●ヴァンパイア・ホット・スプリングス

人食いになっちゃった女の子と人食いお姉さんが人食いの集まる温泉でてんやわんやするお話。​

​性欲強めな強いお姉さんが登場する人食べない吸血鬼百合です。

 浴室を出てから。
 私はなんだか気持ちがほぐれて、千代子さんと普通におしゃべりしちゃっていた。
「ほんとに広いですね、この温泉」
「ここはずいぶん人里から離れていますからね。広さだけはあるのですよ」
「へぇ~。人里から離れてるってことは、ここってやっぱり秘湯みたいなところなんですかね……?」
「本当に誰も知らないという意味では、真の秘湯と言えるかもしれませんね。ふふ」
「こんなにステキな温泉なんだから、宣伝すればたくさんお客さんが来そうなのに」
「あまり人が来てしまっては困るのですよ。わたくしたちが吸血鬼であるという事実がたくさんの人に知られると面倒ごとが起こりますし、何より人ばかりが来てしまうと他の吸血鬼が利用しにくいですから」
「あっ、そっか……他の吸血鬼さんたちも居るんですもんね」
「まぁ、他の吸血鬼と言っても、この温泉に住んでいない吸血鬼なんてかれこれ三百年ほど見ていないのですけれどね」
「……さっきも三百年って言ってましたけど、千代子さんって一体いくつなんです……?」
「九百歳くらいでしょうか、正確な歳は忘れてしまいました」
「きゅっ……!?」
「ふふ。こころも、気がついた頃には百歳を超えているかもしれませんよ」
「き、吸血鬼って長生きなんですねぇ」
「はい。基本的にはこの温泉の湯や、人の血肉があればわたくしたちは不老不死ですから」
「ふ、不老不死なんだ……!?」
 普通におしゃべり……って言うには、なんか重大な内容すぎるんだけども……とにかく、食堂でお肉食べちゃった~どうしよ~ってなってた時に比べたらなんだか普通に過ごせていた。
 千代子さんも、綺麗なだけじゃなくてお茶目で可愛い人だし、吸血鬼っていうものは名前のイメージほど怖いものじゃないみたい。
 人のことを食べる~なんてむちゃくちゃ怖いと思ったけど、千代子さんはそういう吸血鬼じゃないみたいだし、私も別にこの温泉のお湯さえあれば食べなくて良いっぽい。
 ゾンビとか人食いのなんちゃらみたいに、町中の人を襲ってたべちゃうぞー!なんてこともしないみたいだし、安心あんしん!
「あっ、そういえば千代子さん――」
 私ってこの温泉でどんなお仕事してたんですかね?
 そう聞こうとした瞬間、私は腰と口をぐるりと何かに絡めとられて脇道に引きずり込まれてしまった。
「ん゛ーっ!? んむぐーっ!?」
 床に足がつかないくらい凄い勢いで引っぱられる。みるみるうちに見知らぬ廊下を飛び続けて、スパンッと開いた障子をくぐったかと思うと、ぼすんっと布団の上へ勢いよく投げ出された。
「こ、ここはどこ!? っていうか誰!?」
 薄暗い和室。
 そこは、千代子さんに膝枕されたあの客室みたいな部屋に見えて、なんだか温泉の部屋っぽくない部屋だった。
 どちらかというと茶室みたいな、ちょっと厳格そうな雰囲気と何かをするための部屋っぽく見えて、ほの暗い紫色の光を漏らす行燈とふわりと漂う御香の香りが、すごく、オトナな部屋って感じがした。
 辺りを見回そうと頭を振ると、後頭部にスリリっと洋服の感触がした。
 浴衣と違ってしっかりとした生地の厚みを感じさせる感触と視界の端に映る紺色の生地。折り目のついたそれは、セーラー服のスカートみたいだった。スカートの内側には私の後頭部をパツリと受け止めて包み込む太ももの熱がじんわりと満ち満ちていて、私は誰かの膝の上に乗っけられてるみたいだった。
「ここはウチの部屋だよ」
 低くて少し焼けたようなセクシーな声。甘くてクリームみたいな香りに交じって微笑むその人の姿が、障子の向こうから漏れてくる淡い紫色の光に照らされて見えてきた。
「ひ、ひぇぇえ……っ」
 私を見下ろすその人には、真っ黒なツノが生えていた。
 ゴツゴツとしていてぐるりと円を描いてる、羊みたいな太いツノ。肩のところで切り揃えられたサラサラの黒いミディアムヘアには右側のとこに蛍光ピンクのド派手なメッシュが入っていて、アイシャドウも紫っぽいのがバッチリ決まってて、圧がすごい。至近距離で見下ろされた私は、パッツパツに張ったセーラー服の胸元と相まって吹き飛ばされそうだ。それに何より、丸眼鏡の向こうで光るお姉さんの目は、白目が真っ黒で、瞳が金色をしていた。
 不気味な金の瞳と真っ黒な白目が私のことをニタリと見つめていた。クニリと吊り上がった口角。肉厚な唇の間から覗いた歯にはギラリと光る牙が二本生えていて、まるで、まるで……!
 えっちな吸血鬼みたいな姿をしていますぅ……!!!
「ふぅん。ホントに覚えちゃいないんだねぇ、ウチのことも」
「あ、悪魔、さん……?」
「フフ。あながち間違っちゃあいないけどね。正確には夢魔って言うんだよ」
 バサぁっ、と空気を切る音がしたと思ったらお姉さんの背中からはおっきなコウモリみたいな翼が生えてて、私の目と鼻の先でひらひらしてるセーラー服の裾がふわっと広がって、その、すごいスケスケな生地で細かなお花の装飾がされたブラが見えました。
「あの、あの、あなたは一体どちら様なのでしょうか……?」
「まったく、千代子の奴はウチらの名前すら教えなかったのかい? ウチは薫。作並薫だよ。さっき食堂で会ったろ?」
 作並さんはサラサラって私の銀髪に指を通したり、細くて白くて長い指先で私の前髪をちょいちょいと整えたりした。
「さ、作並さん、あの、さっき食堂に居た時とずいぶん変わったお姿をされておりますけれどもそれは一体……はわ……っ」
「なんだいなんだい、千代子から全然説明されてないのかい? しょうがないねぇ」
 作並さんは白くてひんやりした両手で私の頬をぷにゅっと挟むと、黒くて金色の目を近づけながら、優しい声色で話してくれた。
「ウチら吸血鬼には、色々種族があるんだよ。聞いたことないかい? 海に住む怪物セイレーン、蛇女の怪物ラミアー、家畜の血を吸うUMAチュパカブラとかさ。そん中でもウチはギリシャ神話の夢魔、冥界の従者、エンプーサっていう種族なんだよ」
「にゃ、にゃるほどです」
 作並さんにほっぺたをぷにぷに弄ばれてるから話に集中できなぁい!
「ウチらは本来こういう人間離れした見た目なんだけどねぇ。人間に近づくのにこの格好は不便だろう? だから食堂の時みたいな姿に化ける術を身に着けてるのさ」
「えっ? でも千代子さんは『普通の吸血鬼は見た目が変わらない』って言ってた気がするのですが……」
「………………チッ、あのアホ見栄っ張りが……」
「へ?」
 なんか今物凄い邪念のこもった声で何か呟きませんでしたか?
「こころ、ギリシャじゃあテレビゲームや携帯ゲームが法律で規制されてたって知ってるかい?」
「えっ、そうなんですか!? 知りませんでした!」
「もう20年近く前の話で、すぐに廃止になったんだけどね。罰金も禁固刑もついてたんだよ」
「ひぇぇ……ぜ、全然知らなかったです……」
「そして、これはごく短い間の話だけれどね。その法律ってーのは違法ギャンブルを規制するためのものだったんだけど、規制対象はどんどんエスカレートしていって一時期はパソコンやカーナビみたいなものも全部使用禁止になった時期もあったんだよ」
「そ、そんなことして社会が回るんですか!?」
「当然回らないさ。だから当時は工場も動かなければインフラ整備も出来ないものだからみんな現代の町で原始的な生活をしていたんだとよ。当時の不可思議で理不尽を受けた悲惨だけれどどこかワクワクとさせる町並みを収めた写真は一枚23万ユーロの値がついたそうだよ」
「ひょぇぇすごい時代もあったんですねぇ……!」
「ま、嘘だけど」
「えぇぇ!? 嘘なんですかぁ!?」
「法律でテレビゲームやら携帯ゲームが規制されてたってのは本当さ。でもパソコンやらカーナビやら23万ユーロの話は嘘」
「な、なんでそんな嘘つくんですかぁ! 信じたじゃないですかあ! 物知りお姉さんだぁって尊敬のまなざしを向けたのにぃ!」
「はいはい、悪かったよ。でもわかっただろう? こころは知らないことがたくさんあるってことさ。ギリシャだのゲームだのは分かってるみたいだけれど、ここ三か月で知ったはずの吸血鬼関連の知識もごっそり無くなっちまってるみたいじゃないか」
「た、確かにそうですね。吸血鬼関連は初耳のことばっかりです。……作並さんの嘘は吸血鬼関係なかったですけども」
「つまりだ、あんたが知らないのをいい事に嘘をつきたがる奴も居るってことだ」
「嘘、ですか……? えっ、っていうことは千代子さんが嘘を……? でも、どうしてそんな嘘を……?」
「………………」
「あの、どうして沈黙……?」
「あいつがアホだからじゃないかな」
「アホ!?」
 ち、千代子さんがアホ!?
 ま、まさかそんなバカな……あんなに綺麗でかっこよくてしっかり者のお姉さんがアホなわけが……。
『こころの前だから格好をつけただけなの! これで満足ですか!? もうっ! もうっ!』
 ……ある、のかな。いや、可愛いからいいけど。ぽこぽこする千代子さん可愛かったけど。
「とにかく、ウチも吸血鬼で、吸血鬼の中にはウチらみたいに人間離れした姿のやつも居るってことさ」
「な、なるほど! みんな千代子さんみたいに元の姿っていうのがあるんですね!」
「フフン、そういうこと。ウチらエンプーサは元々色んな生き物に変身出来るけど、他の連中は術を研究したり幻を見せる特性を元々持ってたりして、結構理屈が違う変身方法してるんだぜ?」
「ま、幻かぁ……! なんか、ちょっとえっちですね!」
「フフ。すーぐそういう方向に考える。やーっぱりこころはスケベだねぇ」
「すっ、スケッ!?」
「ウチらエンプーサは人間の厭らしい夢が栄養なのさ。こころはここに来て以来、何度も、何度も、何回も、ウチとシてくれたんだぜ? この部屋で」
「はぅんっ!」
 そ、そそそそんな過激なことを私が!? こ、この作並さんと!? この薄暗くて良い香りがするムーディなお部屋で!?
 そ、それはもうつまり私と作並さんはセッ……友……的な!? そういうオトナで淫らな間柄ということ!?
「覚えてないのかい? あんなに激しく……ヤバいくらい……感じさせてくれたっていうのに……ふぅーっ」
「はひょぉ……!」
 なんで一々耳元で吐息多めに話しながら私の頬っぺたを両手て包み込みながら首筋を撫でるんですか!! 凄く興奮しますもっとしてください!!!
 ち、違う、もっとしてくださいではなくって!
「わ、私が、本当にそんなことを……?」
「なら、今から体験してみるかい? エンプーサの催眠術で引き出される、こころの厭らしい夢ってやつをさ」
「い、い、いやらしい夢……!!!」
 その魅惑的なワードには思わずうきうきせざるを得ませんがうきうきしていいのかな私!!!
「ほぅら、目を閉じて……ふぅ~……っ」
「はひょん……」
 作並さんの手で目隠しをされて、耳元に息を吹きかけられる。
 次の瞬間には頭の奥の方からみるみるうちにぼぅっとしてきて、あっという間に私は眠りに落ちていた。
「ハッ! ここは……?」
 気が付くと、そこは古い学校の教室みたいなところだった。
 オレンジ色の夕陽。消えた電灯。風にたなびくカーテン。端がまるっこくなった木製の机たち。深緑色の黒板。木目の削れた床。シンと静まった空気と、遠くから聞こえてくる踏切と電車の音。
 私はその、なんだか懐かしい、だけど別に自分が通っていた学校とかじゃない、変な場所に立っていた。
「ここがこころの夢の中だよ。フフ、こころは本当にこういうノスタルジックなシチュエーションが好きだねぇ」
「さっ、作並さん……!」
 作並さん(エンプーサの姿)が後ろから抱きついてきてるぅ!
 私のお腹のところに回された作並さん(エンプーサの姿)の両腕がギュッと私の体を締め付けて作並さん(エンプーサの姿)の張ったお胸に肩甲骨を沈ませてきてあわわわ!
 こ、これが私の厭らしい夢!? 私の望んだえっちな夢ということなの!?
「フフ、違う違う。ほぅら、見ててごらん。本番はこれからだよ」
「へ?」
 作並さんの指差す先には、私が立っていた。
 何故か黒いセーラー服を着た黒髪の私が。
「わ、私!? 私はここに居るのにどうしてあそこに私が居るんですか!?」
「アレがこころの本当に望んでいる姿ってことさ」
 ジャラリと重苦しい音を鳴らす鎖。私(幻覚)の握る鎖は、私(幻覚)の足元に跪いた千代子さんの首輪に繋がれていた。
 何故か黒いセーラー服を着た黒髪の千代子さんの首輪に。
『ほら千代子? 散歩の時間だよ?』
「だっ、だだだ誰なんですかあの調子に乗った声と顔で”私、ドSなんですよ”みたいな雰囲気まとってる痛々しい女子はぁ!」
「こころの本当に望んでる姿は”痛々しいくらいドSなご主人様キャラ”ってことだろうねぇ」
「いやぁーーーーっ!! なんで私はこんな羞恥プレイを受けているんですか! 全然望んでない! あんな調子に乗った痛々しい私になりたいなんて思ってないのにぃ!!」
『あぐっ……! や、やめてください……っ』
『やめて? これは千代子が望んだことでしょ? いつも澄ました顔をしてお高く止まっている自分を踏みにじって……見下して……蔑まれたい。生き物としての尊厳を奪われて何もかもを他人に委ねたいって言ったのは千代子だもんね?』
『はぐっ……! そ、そうです……っ! わたくしは、ご主人様にすべて捧げてしまいたいんです……っ!』
「絶対言わないからぁーーー! 千代子さんはこんなこと言わないからぁーーー!! ヤダ! 無駄に”実は千代子さん自身がそういう願望を持っていることを告白された過去があっての今”みたいな細かい設定まで透けて見えるのがヤダーっ!」
「こころはそういう細かいイベントを経たシチュエーションが好きっていうオタク気質ってことだねぇ」
「うわぁぁぁ恥ずかしいよぉーーー!」
『いいんですよ、私はどんなに惨めでエゴイストで弱虫な千代子さんも愛してあげますから……一生、ずぅっと、ね。ウフフ』
『はぁっ……んっ……ご主人、様ぁ……っ』
「うわやだぁーーーーっ!! ”本当は優しい気持ちを持っているからこそ相手の倒錯した性的嗜好に合わせている、歪んでいるけれど純粋な愛の形”みたいな雰囲気も混じってるのがより痛々しくてヤダぁーーー!!!」
「こころは嗜虐的に見えるけど実は愛の深いステキな人物みたいな立ち位置になるのが理想ってことだねぇ」
「やめてぇぇーーー! 分析しないでぇーーーっ!!」
「ほら、目を逸らしちゃダメだろう?」
「あぐっ!」
 さ、作並さんの手ががっちりと私の頬を挟んで離さない。目線が私(幻覚)から逸らせない……!
『ほら、千代子。わかったら寝そべって』
『は、い……っ』
「あ、あぁぁ……!」
 両手を縛られて仰向けに寝そべる千代子さん(幻覚)。鎖を握って千代子さん(幻覚)のお腹を踏みつける私(幻覚)。
 その足先が、千代子さん(幻覚)のセーラー服のおへそのところから中に入っていって、だんだんとめくられているセーラー服の中からは千代子さん(幻覚)のスベスベのお腹と白いブラが見えてきてしまってぇ……!
「あーあー、あんな苦しそうな千代子に気持ちよさそうな顔させちゃって。こころはああいうドMな女が好きなんだねぇ」
「ち、違うのに……! 絶対違うのにぃ……!」
「そう言って無理やり恥ずかしい自分の妄想を露わにさせられて、無理くり見せつけられる羞恥プレイが好きなんだろう……? 今こうしてウチが夢の中に居ること、そして現実のこころがここに居ることがその証拠さ。こころが本当に望んでいるのはSMプレイじゃない、自分の恥ずかしい妄想を余すところなく他人に見せつけられて厭らしい本性を剥き出しにされるのが気持ち良くてたまらないんだろう?」
「し、しょんなことは……しょんなことはぁ……!」
『ウフフ、可愛い千代子』
『はぁっ……はぁっ……ご主人様ぁ……っ』
「ほら、白状しちまいな。そうすればもぅっと気持ち良くなれるかもしれないよ?」
「あわわわわ……!」
 耳元で囁く作並さんの甘い吐息。
 本当に、私はこんなことを望んでいるの? 私は本当はえっちなお姉さんに良いように弄ばれるのが好きな女の子だったの……? 全然違う、なんて言えないかもしれない。作並さんにいじわるされるのが悪くないって思ってるのかもしれない。こんなに恥ずかしいことをされて悪くないなんて思っちゃってるってことは、本当は、私って、私って……!
「わ、私はぁ……っ、私はぁ……!」
「言ってごらん、こころ」
「私、はぁ……!」
『薫ちゃんのぉ……無神経ーーーーーーっ!!!』
 突然響き渡った知らない女の人の声。
 次の瞬間には、私の意識はあのムーディな和室へと引き戻されていた。
「はへっ!? にゃに!? わ、私(幻覚)とセーラー服ドM千代子さんは!?」
「こころちゃん、こっちっ!」
「はひぃ!」
 突然引っ張られる腕。めくりあがる掛け軸。連れ込まれる私。せり上がる床。射出される私。ウォータースライダーを逆走するようにチューブの中を滑る私。スポッと吐き出されて着いたのは、なんだかデザイナーズマンションの一室みたいなオシャレなイマドキのお部屋でした。
「ふぅ、ふぅ……もう、薫ちゃんはすぐいたずらするんだから……」
「あ、あのぉ、お姉さんは一体……?」
「あっ、ご、ごめんね! 急に連れてきたりして……!」
 パッと私の手を離してモジモジするお姉さんは、食堂で見た金髪のお姉さんだった。
 肌がめちゃくちゃ青白くて、すっごい身体の線が細い。目は猫みたいにキリッとしてて群青色の瞳もシュッと鋭い。マスクで隠された口元とちょっと前かがみな立ち姿は、やっぱり内気な印象を受けた。
 でもあの血まみれみたいな赤黒いエプロンを着けていないから一瞬誰だか分からなかった。
「わ、わたしはね、鳴子。鳴子香子っていうの」
「あっ、あぁ、あの食堂で……ステーキを作ってくれたお姉さん……?」
「そっ、そう! そうなの! えと、さっきのはその、わたしのクリアボヤンスで薫ちゃんがまたえっちなことしてるのが見えたから……つい……!」
「く、クリアボヤンス!?」
「あっ、そ、そうだよね。わたしのことも忘れちゃってるんだもんね……!」
 そう言って、鳴子さんはマスクをそっと外すと、照れくさそうに笑いながら言った。
「わ、わたしはラミアー。こころちゃんとおんなじ、後天性の吸血鬼なんだ。あ、改めて、よろしくね」
 そう言ってはにかむ鳴子さんの口元には長い長い毒蛇みたいな牙と、頬には緑色のウロコがあったのでした。
 
 ………………。
 
 …………。
 
 ……。

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