●この世に意味はありますか?
●あらすじ
追試が嫌、ただそれだけだった。
ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。
もう何がなんだかわかんねぇよ……。
しかし、それでも、そんな中で。
私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。
◆エピソード6『私と彼女のデートに意味はありますか』
久しぶりの我が家へと帰ってきた、その二日後。
「ふぁあ~……ねんむ」
私たちは、丸一日睡眠からようやく目覚めていた。
快適すぎる寝床のせいでうっかり24時間寝てしまうとは、恐るべし異世界技術。
「おはよう、和泉」
「あれ、メープルだけ?」
ロビーへ行くと、いつもの席には朝食を二人分構えたメープルしか居なかった。
「光希がモナを連れてアメリアさんのところへ行ったからな、ワタシだけだ」
「ほーん、起こしてくれりゃよかったのに」
どうせあの無人島での出来事を報告するんだったら、私も居た方がよかったろうに。
「難しい話をするから和泉は寝かせておいてくれ、だそうだ」
「あぁ、そう……」
私が居ない方がよかろうなのね……そーですか……べ、別に? いいですけど? 全然。まじまじ。さみしくねえし? まじまじ。
「んで、それは私の分ってわけ?」
「あ、あぁ、そうだ。朝はカプチーノ、でよかっただろうか……?」
メープルが、おずおずっとサンドイッチとカプチーノが乗ったプレートを差し出してくれる。
「いやぁ、朝はカフェオレなんですよねー」
朝食は基本的にロビー周辺に構えられている売店やらテイクアウト専門の店から買ってくるんだけど、その種類がまー多い。
私はその中でもお気に入りを探して一食一店舗ずつ店を変えてはココのコレというメニューを見つけて、毎朝同じメニューを食べてはいたんだけども。
「な、なにっ!? しまった……い、いますぐ取り換えてくる! どの店か教えてくれないか!?」
「いやいや、良いって。今日はコレを頂きますよぉ」
そこまでしてもらう必要はない。
「むしろ、久々のアンカレッジでの朝食だしな。ちょっといつもと違う方が、なんかそれっぽくて良い感じ」
「そ、そうか? わ、ワタシのコーヒーでよければ取り換えるが……?」
「……なんだってそんな気ぃつかってんだよ」
「ぎくっ」
「おい今ぎくっつったろ」
「い、いやぁ? なんでもないがぁ?」
「ふぅん、あっそ」
と、気にしないフリをしてサンドイッチを頬張る。
ハムとサラダが挟まったシンプルなサンドイッチの懐かしい味わいを楽しみつつ、メープルをチラ見してみると。
「そわそわ……ちらっ、ちらっ」
これでもかっつーくらい私の様子を伺ってやがる。
「はぁ……なに、なんか言いたいことでもあんの?」
「にゃっ!? い、いや、そのぅ……あのぅ……」
「ハッキリ言えって、殴るぞ」
「なぐっ、殴るなっ!!! 怒るなぁっ!!」
「はいはい、わかったって。で、なに」
「あぁっ、いや、その……き、今日、だな。あの、ほら、二人で、その……あれ、だろ」
「あれ?」
「だ、だから! その、家に居た頃っ、じゃなくて、島、に……居た頃は、二人で、漁に行ってただろ、だから」
「あぁ、二人で依頼行くかって?」
「ちっ、ちがうわアホっ!!」
「アホて……」
そこまで言わなくたっていいじゃんか……。
「だ、だからっ! 二人で、で、ででで、デートっ! しないかっ!?」
「…………ハァ?」
デートぉ?
◆
デート。
それは、俗にいう恋人同士が行うという儀式。
「ほ、ほら! 和泉、見てくれっ!」
「…………んぁ」
恋人同士は、自らが『確固たるパートナーを得た人権ある存在である』ということを周囲に知らしめるようにして幸福オーラをまき散らし、街のあらゆる場所に存在するあらゆる物体に対して好きなように言い合い、自らには『自らの意見を述べる相手と受け入れてくれる相手が居る』ということ、自らには『意見を受け入れながら同じ時・同じ体験を共有する相手が居る』ということを周囲にこれでもかとアピールする。
そんな、目の前の物体が何であるかを基本的に無視する行為、だとは言ってもだ。
「このクォーツキャリバーシリーズは新進気鋭のテンググループによる一品なのだ!」
「…………はぁ、そうなんすねぇ」
流石にずらりと並べられた武器を目の前にして盛り上がるデートっつーのは聞いたことないわー。
何? こっちじゃこれがスタンダードなわけ? せめて宇宙見ながらカフェでキャッキャウフフ程度にしてくんないかなぁ、異世界さんよ。
「光希は自分で色々と調べてはきゃりぽんの変形機能に応用していたようだが、和泉はまだ武器に関する知識が薄いだろう? フフ、良い機会だ! ワタシがアレコレ教えてやるぞぅっ!」
いや、だいじょぶです。
と言うのもしのばれるほど、楽しそうに店の中を歩いては商品のタグを指して身振り手振りを交えて説明してくれるメープル。
「これは総数27枚のキャリアカッターが飛翔して、任意の対象を切り裂くという武器でな! 専用のアビリティもインストールされているから、購入したあとスイーパーズカードへ登録すればコンソールからいつでも専用アビリティを装着して、誰でも自由自在に操れるのだ! こうしたアビリティサポートシステムや専用アビリティ制作用のミドルウェアを開発している専門グループもあってだな――」
確かに、こうして話を聞きながらざっと棚を見てみると、地球に居た頃には見たこともない武器がたくさん並べられている。
少なくともFPSやTPSなんかで見たことある銃器とはかけ離れた形状の武器が多数陳列されていて、しかも割とポピュラーな武器らしいっていうんで、メープルの解説は非常に勉強にはなっているのだが。
「これは6つのリフレクターが装着されているタイプのキャリバスターでな! 地上戦に置いて相手の後方から回り込むように撃つことが可能で、これもキャリア技術の真骨頂と呼ばれるほどの大ヒットシリーズでだな――」
ぶっちゃけ、武器の歴史とかなんとか語られたところで知ったことではないので。
なんというか、あれだ。
「はぁ……このフォルム、この粒子光……たまらんだろぅ……」
メープルは、武器オタクなのだということだけが、強烈に伝わってくる時間だった。
◆
たっぷり武器屋で語り尽くしたメープルは、傍目に見ても満足げな顔をしていたので。
「カフェ、だと?」
「あぁ、今度は私が案内する番ってことで」
今度は私も満足させてもらおうじゃないの、ということでお気に入りのカフェへとやって来た。
「ほぉ、これは……」
そこは『メトロポリス』の中でも居住区に近く、主にショッピングセンター的なモノが集中しているブロック。
何層にも重なったフロアの中央は吹き抜けになっており、そこにはあらゆる企業の広告ホログラムが表示されていたり、時々アーティストのホログラムライブが行われたりしている。
「良い席、だな」
「だろー」
そんな吹き抜けに面したカフェの一角、窓際の席が私の密かなお気に入りスポットだった。
ま、ほとんど来れないんだけどね。
いうても偶にレンタルルームでもちさまをやった帰りにちょこっと寄ることがある程度である。
「で、なんでこんなとこまでわざわざ来たかっていうとだ」
「和泉のお気に入りスポットを見せたかった、ではないのか?」
「ちっがうわ。メープルがなんで急にデートとか言い出したか聞くために決まってるだろ」
「なっ、う……そ、れは……」
そう、メープルがデートに誘うなんておかしい。
メープルは確かにぼっちらしいし? 確かに友達と遊ぶことに時折これでもかってくらいテンション上がるヤツだが、しかし。
にしたってわざわざデートとか言うのは何かおかしい。
何考えてんだかわかんない状況であちこち出かけたくはないってもんだ。
「何企んでんだよ、金なら無いぞ」
むしろメープルの実家のほうがあるに決まってる。たしかお金持ちとか言ってた気がするし。
「その、だな……えと、い、言っても、怒らないか……?」
「知らん。内容による」
そんな花瓶割っちゃった小学生みたいな確認方法するんじゃねえよ。
こっちは悪戯した小学生なんて叱ったことないんだから、反応に困るってば。
「なっ、なら喋らんっ!」
「あっそう、なら帰る」
「まままま待ってくれ待ってくれ待ってくれぇ!」
「んじゃ早く言えよ、なんだっつーんだよ」
「あ、うぅ……」
観念したのか、メープルはちょこんと席に座ってうつむきながら、もじもじ話し始めた。
「ワタシは、その……役に、立っているだろうか」
「……???」
「なっ、なんだその反応はぁっ!」
「いや、だってさ……」
役に立ってるか、って。
言わんとしていることは分かるけど、どうして私がメープルを使う立場みたいになってるんだっていう疑問がね?
「……まぁ、いいや。続けて」
とりあえず、疑問は話を聞いてからにしてやろう。
「あっ、そ、それでだな? 光希はあの通り、戦闘も雑務もこなせるし、リザは何かと和泉を支えていたのだろう?」
「まぁ、ねぇ」
こっちの世界に来て、そのまま居残ろうって思ったのはリザたんの存在あってこそだとは思ってはいるけども。
「ワタシは、その……足を引っ張ってばかりではないか、と思ってな」
「だから、デート?」
「そ、そうだ! 光希よりもリザよりも、ここで暮らしている時間が長いのはワタシだ! 和泉の役に立てることといえば、こちらの知識くらいだろうと思って……だから……」
「まあ、言わんとしてることはわかったけど、なんだって急に今なんだよ」
「無人島では魚を獲るという役目があったが、こちらに来た途端ワタシの役目が無くなってしまったと思ったのだっ」
「まぁ、うぅん……」
言われてみれば、そういう見方も出来なくはないと思う。
「ど、どう、だろうか……?」
「……」
心配そうに私を見つめるメープル、その気持ちは分からないではない。
私だって、一度くらい考えた事があるさ。
『あんだけ金持ちな光希ちゃんと何にも出来ない私がどうやったら友達で居られるだろう』とか考えたことはあったさ。すんごい昔の話だけど。
「とりあえず、私がみんなの中心みたく考えてるところが間違ってるんじゃないかって思うんだけど」
「まっ、間違ってなどいないっ! ワタシたちは間違いなく和泉を中心に集まっているのだっ!」
「えへ、そうかな? えへ、えへへ」
ちょっと嬉しい、えへ、えへへ。
……ごほん、じゃなくって。
「仮にそうだとしても、だ。私がメープルの気を引こうとしてアレコレ画策したら、感じ悪くないか?」
「いいや、心底嬉しいので全部受け止めるぞ」
「………………」
価値観がずれてやがる。いや、私とメープルの間に差があるというだけの話なんだけどもさ。
ズレが酷い。
「……いや、うん。私が悪かった。言い方を変えよう。なんだってメープルはそんなに自分の力……っていうの? 自信が無いんだよ」
「だって……みんなでって言っても和泉ひとりだけどっか行ってしまうし……ワタシのことが嫌いなのかと……」
「あー……」
そんなこともあったね。
「いや、あれはほら、別にメープルに対して当てつけたわけじゃなくてね」
「ならばっ! ゲームとワタシ、どちらが大切なのだっ!」
「えぇぇぇぇ……」
なんでそうなるんだよ……。
「ほぅら答えられまいっ! それでは嫌なのだっ! ワタシは、和泉の役に立ちたい。和泉の力になりたいのだっ! 和泉の中でゲーム以上がいいのだっ!!」
「あ、う、ぐぬ……げ、ゲームと比べるのと、実際大切かどうかはまた別問題だろ!?」
「ならば大切と言えるのかっ!?」
「言えるよ! そりゃあ、だって……ぶっちゃけ、こっちに来てから光希とはずいぶん離れてた時間が長かったし、私としてはリザたんとメープルが身内で、アイツは幼馴染みたいな感じで……だから、まぁ、うん……た、大切、だよ?」
「なっ、う、そ、そうか……ならば、よいのだが……ごにょごにょ……」
な、なんだよコレ、なんだこの刑罰は。私はなんか悪いことでもしたのか?
ただただボイドうんたらにやられて無人島から無事生還しただけなのにこの仕打ちはどうなんだ?
「たいせつ……うへ、うへへ……」
「気色悪い笑い方すんじゃねぇし! も、もう良いからほら、あれだ、帰ろうぜ!」
「フフ、なんだ。大切な友人とのデートなのだ、もう少し良いだろう」
「ハァ!?」
な、なんだこいつぅ! う、うぜえ! ニヤニヤしてんじゃねえ!
「そうだなあ、服を見に行くのはどうだ! フフ、おそろいのバックルでも付けてだなぁ」
「うるせうるせっ! い、いいから出るぞっ!」
「フフ、そう照れるな照れるな、奢ってやるぞ? ふっふっふ」
まったく、調子に乗りやがって。そんなにベタベタする気はねぇっつーのっ!
……とか、ひとりで勝手にツンデレしつつ、メープルがテーブル上に設置されているミニコンソールでスイーパーズカードをスキャンしてピピッと会計を済ませようとした時である。
『ビーーーッ』
「「は?」」
聞いたことのない警告音に、浮かれていたメープルも一瞬にしてきょとん顔になってしまった。
見れば、ミニコンソールにはハッキリと『凍結中の口座です』と書かれていて。
「え、は……? へ……?」
メープルの顔は、さっきとは真逆の真っ青なものになっていたのだった。
◆
『ビーーーッ』
「な、なぜ……こんな、何故……」
カフェの支払いは私が済ませ、急遽ブロック内に設けられているユニオンの支部へと駆け込んだ私たち。
もう一度コンソールへカードを通して見たものの、相変わらずメープルの口座は凍結されているらしく、再びけたたましい警告音を響かせたのであった。
「これは、エラーでもなんでもなく本気で凍結されてるっぽいな」
「なっ、なぜだっ!? 口座にはワタシの貯金がっ、お給料がぁっ!」
「わ、私に聞かれたって分かるかよっ! 口座の凍結なんて、聞いたことないっつーの!」
「うぐっ、うぐぅ……何故だ……何故、こんな、なぜぇ……」
若干涙目になってるメープルをとりあえずベンチに座らせてから、カウンターのお姉さんへこういうことはあるものなのか聞いてみると。
「あまり聞いたことはありませんねぇ。カードの不具合かもしれませんので、お借りしてもよろしいですか?」
「あ、おーい! メープル! カードの不具合かどうか調べてくれるってよー!」
「うぐっ……えぐっ、おねがい、しまずぅ……」
「よしよし、大丈夫だから、な? お姉さんがドン引きしてるから鼻水はふこう、な?」
「うじゅ……じゅぴっ」
「お、お預かりしますね」
で、調べてもらった結果。
「大変申し上げにくいのですが……お客様のスイーパーズ登録自体が凍結されております」
「は…………へ………………」
メープルの顔色は真っ青を通り越して真っ白になっちゃうほどの事態になっていた。
「す、スイーパーズじゃなくなってるってこと!?」
「いえ! そういうわけではなくてですね! お客様の登録情報・活動記録はそのままに、スイーパーズカードの使用が制限されている状態で……結果、紐づけされている口座も凍結状態ということになります」
「んなバカな……」
強制解除とか、登録情報が書き換えられてるとかならまだ話は分かる。日本でもネトゲのアカウントが取られる的なことがあるーって聞いたことがあったしね?
けど凍結って。なんだ、メープルは知らんうちにそんなまずいことをやらかしたってのか?
「お、おいメープル、なんか心当たりないのかよ! このまま凍結されっぱなしじゃなんも出来ないぞ!」
「…………帰ろう」
「は……? いや、だって、まだ全然――」
「いいから、帰ろう」
涙も引っ込んで、青白い顔で――しかし、鋭い目つきで歩きながら言うメープルを追いかけるようにして、私はユニオン支部を後にした。
◆
んで、戻ってきたわけなんだけども。
アンカレッジのロビーには、光希とモナが居た。
「なに、どうしたわけ?」
明らかに顔色がおかしいメープルを座らせながら、私が事情を話すと自然と視線はメープルへと向く。
「で? 何か心当たりがあるのね?」
「……ああ」
神妙な面持ちで、メープルはぽつぽつと話し始めた。
「ワタシの父は、熱心な研究者でな……キャリア技術の可能性を広げるため、武器や武装、『シンフォニー』に搭載されている防護フィールドなどを開発しているガルシアグループのリーダーなのだ」
「ガルシアグループ……やっぱりメープルに関係あるとこだったのね」
「知ってんのか?」
「前に『シンフォニー』の管理者の名前を見た時、書いてあったのを覚えているわ。センテンスグループの新作発表会の時にも、開発協力のところにガルシアグループの名前が書いてあったし、イデア機関のアメリアさんのグループへ協力している組織の中でも資金提供と技術提供の両方をしている唯一のグループがガルシアグループだったから、よく覚えているわ」
「ひぇぇ……」
これまで私らが関わってきた組織と言う組織に繋がりがある超大御所じゃねえか。
「そんな父は、ワタシのスイーパーズ活動に反対していてな……だからこれまでも事あるごとにやめさせようと――」
「はい解散」
「よし、メープルとはここまでみたいだな。お嬢様に戻っても、時々メールとかしような!」
「なっ、なんだお前らその反応はぁっ! 引き留めろっ! この、は、薄情者ぉ!!」
だぁってさぁ。
「どう考えたって無理だろ、コレ」
「あたしもそう思うわ」
「そ、そんなことないだろう!? い、いや、そうかもしれないが……そこは『そんな無茶苦茶なことがあるか! メープルは私たちの家族だからな!』と言う具合に奮い立ってくれるところではないのかっ!?」
「「えぇー、だぁってさぁ」」
「大切な友人と言ったではないかぁ和泉ぃっ! あんなに耳まで赤らめて言ってくれたではないかあっ!」
「ちょっ、おま、誤解のある言い方をするんじゃねえし! やめろし! 赤くなってねえし!」
「ほほーん、あんたらいつの間にかそんな関係になってたの……へぇー」
「いや、違うから! そんなことないから!」
「和泉も一緒にお嬢様にしてもらったらいいんじゃないかしら?」
「………………良い案だなソレ」
「チッ!」
「痛ってぇ! 蹴るなよお前が言い出したんだろうがっ!」
「ふんッ」
くっそぅ……鬱陶しい。なんだってんだこの光希様はよぉ。
というかこの流れそのものが鬱陶しい!
本題はメープルの今後だろうが!
「でもさ、実際問題私らになんとか出来るわけ? 前々から反対してた親父さんがついに強硬手段に出たってことなんでしょ?」
「そうだ……父はユニオンへの技術提供もしているからな、先のボイドとの戦いでワタシたちがどんな目にあったのか、ユニオンで管理されているスイーパーズ活動記録を通して知っていてもおかしくはない」
重要な技術提供先の娘さんが行方不明になりました~なんて伝える人が居るかどうか疑問だが……まぁ、大層な技術屋さんらしいし、自分で調べられるか。
「それで、『愛娘が遭難なぞ放っておけるか! 二度と外には出さん!』みたいになったってことね」
「実際危ないっちゃ危ないんだし、大人しくお父さんのところへ帰るのもアリなんじゃないのか? 私なら即帰ると思うんだけどなぁ。金持ちなんでしょ? 実家」
「和泉は24になろうかという娘と一緒に風呂へ入りたがり、フリフリのネグリジェを買い与え、毎夜添い寝すると言って聞かず、ついには『お前のために研究費でステーションを建てる』などと言い始めて不特定多数の人間に迷惑をかけるような馬鹿親の元へ帰りたいのか?」
「あぁ……うん、それはキツいね……」
さすがに嫌だわ。というか気色悪すぎる。
「っていうかアレね、メープルって24歳だったのね」
「あ、私もそこ気になった」
「なっ、なんだ、突然……い、イイだろう!? 24でもっ!」
いやぁ、別にいいけどさぁ。
「私たちよりも7個上だったっていうのは、ねぇ」
「な、なんだぁ! っていうのはなんだあ!」
「べっつにぃ?」
「むぐぐぅ……! ばかにしてぇ……!」
いやいや、馬鹿にしてるわけじゃないんだけどさ。
私らからしてみれば大卒以上の年齢なわけで。
それが、なんというか私らと同じ調子で話していたのかと思うと不思議なような、嬉しいような、こそばゆいような……なんとも不思議な感じである。
「で、結局どうするのよ。どうにかするわけ?」
光希が話を戻しつつ、私を見る。
「そりゃあ、どうにかするけどさ」
「ぱぁぁぁっ!」
「………………あからさまに喜ばれると、ちょっとだけやる気が失せるな」
「よ、喜んでなど居ないぞっ! ホントだぞっ!」
そんなそっぽ向かれてもチラチラ見てるのバレバレだから、隠しきれてないから、好きにしてろって。
「で、具体的には?」
「んー……ま、とりあえずメープルの親父さんに会いに行くかぁ」
「むぐむぐ……出かけるのかの?」
「あぁ、うん……そうだけど、モナ、居たんだな……」
「むぐっ! 居たに決まっておるじゃろうがっ!」
というわけで、モナも含めて四人でメープルのおうちへ向かってみることとなったのだった。
「友達が、じ、実家にご挨拶というやつだな……初めての……ふ、フフ……」
「…………」
若干重い、メープルのプレッシャーに気圧されながら。
そんな大層なもんじゃないよ、ホントだよ? 期待しないでね?
◆
「メェェェエエエイプルゥゥウウウウウウウウウ」
「ふんッ!!!!」
「げっふぉふぅーーーーーんっ!!」
メープルの家に着いて早々、豪華な衣装に身を包んだ壮年の男性がメープルへ突撃したかと思ったら壁に埋まった。
「良い蹴りが入ったなぁ」
「足技もいけるのね、メープルって」
「騎士たるもの、足腰の鍛錬が基本だからな。どこぞの軟弱研究者とは違ってなッ!」
ペッとつばを吐き捨てる勢いでメープルが睨み付けた先、壮年の男性がむぎゅぎゅっと壁から頭を引っこ抜いてパッパと姿勢を正す。
「ふん、小娘どもが……よくも、吾輩の前へ小汚い面を見せられたものだな?」
ダンディな声に、短く整えられた白髪。深くしわの刻まれた面持ちと、鋭い眼光。スッと筋の通った立ち姿に、まるで貴族のような装飾が施されたスーツは私らのぴっちぴちボディスーツと違って、なんというか優雅だった。
優雅、なんだけどさ。
「オイなんだこのじじい、クッソ失礼だぞ」
「アンタの方が失礼よ、モップみたいな頭して」
「るっせぇ!」
クセっ毛は元からなの! 生まれつきなの!!!
「えぇい無視するでないわぁっ!」
「あ、うん。ごめんね?」
「ふ、ふんっ! 今更来たって遅いんじゃから! お前らなんかと話すことなんか――」
「お父様」
「お、お前らとなんか……」
「話をしに来てあげました。こちらはワタシの大切な友人であり、家族である和泉たちです」
「お、おま……おまま……」
「話を、しに来て、あげました」
「あぅ……」
「中に入ります。いいですね?」
「はぃ……」
「それじゃあ上がってくれ」
そそくさと我が家へ入っていくメープル。
置いてけぼりなお父さん。
「お邪魔しまーす」
ま、いっか!
クッソ失礼なじじいには目もくれず、私らはメープルの家へと入った!
◆
「はっはー、すげぇ」
メープルの家、といってもそこまで大層な場所にあるわけではない。『メトロポリス』のイデア機関の研究所にほど近いブロックがメープルの家、実家だった。
場所は大したことないし、中もそんなでもないのかなーとか思ったら大間違い。
中は、お父さんの服装と同じくヨーロッパの貴族が住んでいそうななんとも豪奢な飾りつけがなされた装飾品たちに飾られた、こっちじゃ見慣れない内装になっていた。
「ここは別宅でな、父が仕事で普段使いしているところだからワタシも寝泊まりしたことはほとんどない家なんだ」
「んじゃあこの内装はお父さんの趣味なのか」
「まぁ、そういうことだ」
入口こそ見慣れた大きい自動ドアだったが、中は二階建てのお屋敷って感じで、目の前には大きな階段と壁に飾られた絵画。
階段は左右に分かれ、二階の部屋へと繋がっている。
「こっちだ」
案内されたのは正面階段の脇の部屋。
中は応接間的な部屋で、ソファがふたっつにテーブルひとつ、ひろーい草原の見える窓と、本がぎっちり詰まった本棚が壁一面に敷き詰められていた。
「へぇ……キャリア技術の論文から哲学書まで……アメリアさんの研究室で見たのもいくつかあるわ、ホントにすごい研究者なのね」
「持ち物で技量は計れんさっ。人となりの話となればなおのことだっ」
ぷいすっとほっぺたを若干膨らませながら怒り気味なメープルに促され、私らがソファに腰かけるとお父さんが入ってきた。
「まったく……人の家で勝手しおってからに……これだからぁ! 貴様らのような野蛮人と共にぃ! 我が愛しさの権化たるメィプルが過ごすなどぉ! 言語道断であるとぉ――」
「お父様、臭い」
「はうぅっ!? う、うそ、お風呂ちゃんと入ったよ!? 香水だって、ほら! メィプルの好きだったコスモスの香りのするやつをね!?」
「いつの話ですか気持ち悪い、早く座ってください気持ち悪い、うるさいですよ気持ち悪い」
「えぐっ、ひぐっ、えぅ……っ」
開始早々ぐっちゃぐちゃに泣きながらも、お父さんはしっかりと席について話し合う姿勢を取ってくれた。
ホントにメープルのこと大好きなんだな、お父さん。
「あー、えぇと、とりあえずはじめまして。私は高崎和泉です、よろしくお願いします」
「ふ、ふーーーんだっ! 吾輩、こーんな異世界人とよろしくする気は――」
「お父様」
「はいよろしくお願いいたします……」
「……………え、えぇと、それで今日はメープルのスイーパーズ登録が凍結されちゃってるっていうことについてお聞きしたくて来たんですけども」
「ふ、ふーーーーーーーーーーーんだっ!!! わ、吾輩、貴様のような輩に話すことなんてこれっぽっちも――」
「お父様」
「はいそうです吾輩がやりました……」
「………………じゃあ、えと、それをやめていただくことっていうのは」
「ふ、ふーーーーーーーーーーーーんだっ!!!!! 吾輩――」
「お父様」
「あ、う、ぐぬぬ…………っ」
いくらなんでもこればかりは頷きたくないのか、メープルの殺人的眼光に睨まれながらもお父さんは頷かない。
ううん、さすがに無理か。
「んじゃ、メープル」
「……なんだ」
「私が二人で話すからさ、みんなとちょっと外、出といて」
「うむ、わらわも腹が減ったぞ」
「だってさ」
きょろきょろ食べ物を探すモナがいい加減その辺をかじり始めかねないからな。
「……だが」
「メープルが居るとお父さんがちゃんと話せないでしょー。私はお父さんの話が聞きたいの」
「……わかった、きちんと話さない時は呼んでくれ。部屋を出てすぐ左の部屋に居るからな」
「あいよー」
メープルに連れられて、モナが出ていく。
「ちょっと」
「なんだよ、光希も早く出てけって」
「大丈夫なんでしょうね、言っておくけど和泉がダメなら次はアタシの番になるわよ」
メープルのお父さんを睨み付けるようにしながら、腕を組む光希。
その目つきは本物だった。
「なんか意外だなぁ。光希がメープルにこだわるなんて」
「ふんっ、あいつにこだわってるわけじゃないわ。アタシは“アタシの今”にこだわってるのよ。“親”っていう奴にもね」
それだけ言うと、光希は赤い髪をなびかせながら部屋を出ていった。
「ふぅ」
「な、何のつもりだ異世界人、吾輩は貴様と話すことなどないぞっ!」
「いや、まぁ……私も、ぶっちゃけ人の家のことなんで、アレコレ言うのは違うなぁとか思ってたんですけどね。まぁ、その辺も含めてゆっくりおはなししたいなーってことで。あんまりメープルたちに聞かれたくないことも含めて、ね」
「……ほう」
◆
「昔の、話なんですがね」
「…………」
私の声が、応接間に響く。
メープルのお父さんは、じっと私を見つめている。
「私と光希……さっきの、赤い髪の女の子は、幼馴染なんですよ」
「……知っているよ。ホワイト女史は友人でね」
「そうでしたか」
視線を落としながらも、姿勢を崩さず、会話してくれている。
「小さい頃の光希は、裕福な家庭に生まれながら、両親にとても優しく……愛情深く育てられた、優しいやさしい子供でした」
「…………」
「生まれた時から、姉妹のように育ったけれど、私の家は平々凡々……ごく普通の家庭でした。にもかかわらず、光希は毎日のように一緒に遊んでくれて、笑いあって、自然や物語に触れて過ごしていました」
「良い、友人なのだね」
「はい。けれど、光希はある日、飼い犬を亡くしました……ほんの小さい、まだ生まれたばかりで、一歳にもなっていない子犬が光希の家の庭で、何羽ものカラスに食い殺されていたんです」
「なんということだ……」
「私も、少ないながら一緒の時を過ごした子犬でした。だから、光希と二人で子犬の亡骸を見つけた時はとても悲しかった――けれど、光希は違った、泣かなかったんです」
「どう、したのだね?」
「……殺したんです、子犬の亡骸を啄むカラスたちを、全部」
「そんな……怒りに我を忘れたのかね」
「違う、と私は考えています。きっと光希は、その時初めてこの世の『酷い存在』に触れたんです。自分の大切なものを侵す存在に触れて、反射的に、生理的に、本能的に殺した」
「そんなことが……」
「それだけではないんです、光希はカラスを殺すと庭を探し回って虫を殺し始めて……私が光希の両親を呼んでくるまで、やめることはなくて。しかも、その出来事から人が変わったように両親に当たり散らすようになって、私も自分の両親と光希の両親から会うのをやめるように言われて……再会したのは、それから何年も経ってからでした」
「彼女は、どうなっていたのだね?」
「光希は、もう昔の優しい光希ではありませんでした。自分にも他人にも人一倍厳しく、呪われたようにこの世のすべてを睨み続ける笑わない人間になっていたんです……」
「……悲しい出来事、だったのだね」
「それでも、今は少しずつ昔の光希を取り戻してくれているんです! この世を恨むことだって、ちょっとずつなくなっていってるはずで……だから、私はメープルにスイーパーズを続けて欲しい、一緒に続けたいと思っているんです」
「…………しかし」
「私に子供はいません。けど、決してやさしさの中に閉じ込めておくことだけが愛ではないと思うんですっ! あの時、光希がもっと苦しみや悲しみを受け入れることを知っていられれば……光希の笑顔が消えることはなかったはずなんですっ!」
「我が子の笑顔……か」
「メープルは、確かに危険な道を進んでいるのかもしれませんっ! それでも、メープルは笑う、笑っているんですっ! 苦しい時も、悲しい時も、一緒に乗り越えているんですっ! だから、彼女の笑顔を、うばわないでください……っ」
「和泉くん……っ」
涙ぐむ、メープルのお父さん。
私の頬を流れる涙。
「……吾輩は、間違っていたのかもしれないな」
「お父さん……」
メープルのお父さんが、震える声で続ける。
「吾輩は研究者として、妻は演劇の道を進む人間として、各々の道の厳しさを知らぬまま生きて欲しいと願っていたのだよ。こんなツラい思いはしてほしくない、いつも笑顔でいてほしい、それだけが吾輩たちの願いだった……だが、それではいけないのだろうな」
目元をぬぐってから、メープルのお父さんが顔をあげ、手を差しだしてくれる。
「ありがとう、和泉くん。キミのような、真にメィプルのことを思ってくれる子に出会えて、吾輩は心から嬉しく思う。今後とも、我が娘をよろしくお願いするよッ」
「はいっ、お父さんっ!」
そう言って、私たちはがっちりと握手を交わした。
………………。
ハッ、ば~~~~~~~~~~~~っかじゃねぇの!?
こいつホントに名のある研究者かよ! こーーーーーーんな話、作り話に決まってんだろうがッ!!!
いやぁ、我ながら神がかった演技だった。ほれぼれするほどの嘘。
いや、実際光希とは幼馴染だし? 犬を飼ってたこともあったけど普通に今も元気にやっているんだよな。つーかカラスが犬食べるわけがないし、光希の家に居るのむっちゃ大型犬だし。食われるわけがないし。光希は昔っからあんなむつけ顔だったし。
基本嘘だからウ・ソ!
いやぁ、まじ楽勝だなオイ。まさかこんなところで適当言う技術が役に立つとは。
「だが、やはりキミたちにも家族は居るのだな」
「へ? あ、まぁ、そうですね」
突然声色の変わったお父さんの声におもわずキョドってしまった。
なんだ急に真面目な声出して。
「我々と何ら変わらない日々を送ってきたキミたちを、我々の都合でこちらに連れてきてしまって……さぞ、ご両親は心配しているに違いない」
「いやぁ、どうですかねぇ」
光希のところはいざ知らず、ウチは大して心配していないに違いない。
『独り立ちしてくれるなら万々歳。だって楽だし』とか言う親だしね、ウチはね。
「ふふ、子は親を煙たく思うものかもしれないけれどね、親になれば分かる。子どもというのはいつまでたっても可愛くて仕方のないものだよ」
「そういうものですかねぇ」
にしたってメープルのことは可愛がり過ぎな気もするけどね!
「そういうものだよ。そういえばホワイト女史からゲートの再使用を早めるよう申請が出ていると、機関がぼやいていたな……吾輩からも手配しておこう」
「??? そりゃ、どうも……?」
ゲート……ゲート? ゲートってなんだ。まぁ、知らんけど。
「あぁ、それに彼女……モナ、と呼んでいたね。ジェネレーション・エックスだろう?」
「へ? あ、あぁ、そう、ですね?」
なんかまためんどくさい話になりそうだな……聞き覚えがあるような、無いような単語が出てきやがる。
やめてください、ボロが出ます。
「キミたちと一緒に居るとは知らなかったよ。どうだね、何か不備はないかね?」
「不備……不備か……」
そういえばこの人、大層な研究者なんだっけな。
モナがボイドだってことは隠しておくにしても、人格が入れ替わるなんてことが起こりうるのかどうか聞いておいたほうが良いかもしれないな、せっかくだし。
「……仮に、なんですけど」
「ふむ、なにかね」
「そのぉ、じ、ジェネレーション・エックス……? の、人格が入れ替わる~なんてことってあり得るんですかね」
「あり得るだろうね」
まじかよっ!? そんなあっさり!?
「そ、それって、元に戻すことは出来るんですかね!?」
「あぁ、可能だよ。ジェネレーション・エックスの人格は『心の種』を核として、コミュニケーションによって形成したものだ。同じように人格をリセットしてから育て直してあげればいい」
「育て、なおす……」
ってことは、私たちと一緒に過ごしたリザたんはもう戻らない……ってことか。
「ふむ、しかし人格が入れ替わるというのも様々な状況が考えられる。ジェネレーション・エックスのキャリアパレットは我々とは比べものにならないほど大きい……容量が余っている状態だったはずだ、人格の容量というのは一概にどの程度であると言えるものではないが、二つ以上の人格が同時に存在することも不可能ではない。彼女の中に、元の人格が残っていればサルベージは可能なはずだよ」
「ほ、ホントですか!」
「フフフ、吾輩はキャリア技術の第一人者なのでね。その程度、造作もないことなのだよ!」
「す、すげえ! さすがっすお父さん!」
「フフフ、そうだろうそうだろう!」
さて、モナとリザの話も聞けたことだし、こっちの件はアメリアさんに連絡取ってから動くことにしようってことで。
そろそろ引き上げるか~と思った時。
『お父様、和泉。クッキーを焼いてみたのだ、少し休憩にしないか』
「おぉ、メィプルの手作りクッキー! 吾輩たべるたべるぅー!」
「おーう」
そうして、クッキーと紅茶を持ってきたメープルと光希が部屋に入ってくる。
と、光希が近寄って来て。
「上手くいったんでしょうね?」
「ったりまえだろ?」
小声で答えつつサムズアップしてやると、心底疑わしい目を向けやがったこの野郎。
と、光希が席についたところでメープルのお父さんが話しかけた。
「あぁ、光希くん……だったかね。子犬の話は聞かせてもらったよ、命を尊ぶ研究に携わる者としても、本当に残念に思うよ」
「は? 子犬?」
やばっ、この馬鹿! 空気読めよ! なんつー反応してやがる!
「過去の過ちというのも、人は必ず乗り越えられるものだ……この手で奪ってしまった命の重さも、いずれは時と人としての積み重ねが――」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、ウチの犬なら元気よ」
「なぬ?」
あぁぁぁ馬鹿野郎! なんでそうするすると地雷ばっかり踏みやがるんだこの馬鹿はっ!!!
「……高崎和泉、これはどういうことかね。彼女の子犬はカラスに啄まれ無残な姿になり彼女は狂気に駆られた幼少期を過ごしたのではないのかね!?」
「いや、あの、それはその」
やばい、やばいやばいやばいどうするぅ!?
「アタシ、安易に殺しとかうんぬんかんぬんで話を盛り上げようとする系嫌いなのよねぇ」
こいつぅぅぅううう! 余計なことを言いやがってぇぇ!
「高崎和泉ぃぃぃいいいイイイイッッ!!!」
「う、うるせええ!! 馬鹿! アホ光希! 役立たずは黙ってろよッ!!!」
「ハァ? 何? 馬鹿はそっちなんじゃないの? いきなり騒ぐんじゃないわよ」
こいつぅぅぅう!! ホントに余計なことしか言わねえなクソッ!!
「貴様この吾輩をでっちあげた与太話で謀ろうとはよい度胸だッ!! 貴様のスイーパーズ登録も止めてもらっちゃうもんね!! 吾輩、偉い人といっぱい友達だもんねぇーーー!!」
「あぁぁあクソじじいもうっせーんだよっ!! てめぇがあっさり騙されんのが悪いんだろうがッ!!!」
「あー! あーあ! そんな口聞いていいのかなーっ? シンフォニーの管理者である吾輩のもとにはじゃぶじゃぶお金が流れ込んでくるのだよ~~~??? そして誰もが吾輩の金の使い道を知りたがり手を揉みながら顔色を伺ってくぅぅぅううるのだよぉ????? きみの、ような、貧弱一般スイーパーズの、貧乏異世界人如きとち・が・っ・て・ねぇええええええ????????」
うぜぇえええっ!!! なんだこのクソじじい急に調子に乗りやがって!!
「ハンッ、そんだけ金を持ってても? 娘の気持ちひとつ動かせないようじゃあ宝の持ち腐れだとわたしゃあ思うけどねぇ!!!」
「なぬっ!?」
「はぁーっはっは!!! てめぇは娘と風呂に入りたがったり? 添い寝したがってるらしいけどぉ!? 私は毎日どっちもやってるもんねええええええええ!!!」
「き、貴様ぁぁぁッ!!!」
「だぁーっはっは!! いやあ! メープルにおててで直接優しく洗ってもらった身体は心底調子がいいなぁ! どこぞの? 成金クソザコ年寄りクソじじいと違ってさぁあああ!!!!」
「ぐぎぎぎぎぃ……絶対に許さん……絶対に許さんからな小娘がぁぁ……!!!」
「うるさああああいっ!!!」
――ズドンッ!!
「「ひっ……」」
な、何今の音……こわ……え……?
テーブルが割れてる……やだ、お皿の上のクッキーも全部綺麗に真っ二つ……メープルの手刀で真っ二つになってる……こわい……やだ……え……むり……。
「ちょっといきなり何すんの!? 馬鹿じゃないの!?」
「光希も少し黙っててくれないか」
「ハァ? なんで――」
「黙れ」
「なっ、なによぅ……ぐしゅっ……」
あぁ……メープルが睨むから、光希のやつ泣いちゃったじゃんか……。
「黙っていればなんだ、お父様も和泉もワタシが居ないうちに仲良くなって……どういうつもりだ」
「えっ、そっち?」
「なんだ、そんなにワタシをハブるのが楽しいか?」
「いや別にハブってるわけじゃ――」
「ワタシがハブられていると感じたらそれはもうハブなのだッ!!!」
―――ズドンッッッ!!
「ひっ……」
ほ、本棚が割れた……メープルの拳で本棚が粉々に割れた……。
「お父様」
「ひゃいっ」
「研究に明け暮れ、未来に情熱を燃やしていた頃に比べ、ぐーたらぐーたらするばかり……そのくせやれ風呂だ添い寝だと馬鹿馬鹿しいことばかりを言うようになっただけでなく、『シンフォニー』の収益を和泉のスイーパーズ登録凍結のために使う?」
「あ、いや、それは――」
「家を出ます」
「えっ」
「お父様との縁を、切らせていただきます」
「はぇ……」
え、縁を切る? い、いやいや、おちつけってメープルさんよ。
「な、何もそこまでしなくても――」
「『シンフォニー』の設計・開発には何百、何千の人が携わっていたのだ……何年も何年もかけて、ようやく完成したシンフォニー……それを便利な小遣い稼ぎの道具として扱うだけでなく、世界を飛び越え此方に根付こうと努力している和泉の職を私怨で奪うなど言語道断。騎士道どころの話ではない、人としての道を外れた外道の所業……そんな人を、もう父などとは呼ばんッッ!!」
メープルのあまりの迫力に全身がビリビリと震える。コワイデス。
「め、めぃぷるぅ……」
「……気軽にワタシを呼ばないでください。ワタシは、今この時から、高崎メープルとなりますからッッッ!!!」
「「えっ…………えーーーーーーっ!!!?」」
◆
で、だ。
結局どうなったかといえば、事は全部丸く収まった。
「ごめんなざいぃぃぃっっっ、もうしないからぁぁっっ!! 真面目に研究するからぁぁぁ!!!」
メープルが縁を切るとか言い始めたことが衝撃過ぎてフリーズしていたメープルのお父さんは、メープルが部屋を出ようとした瞬間に涙も鼻水もちょちょぎらせながら縋り付いて土下座した。
他人の親が、自らの娘へガン泣きしつつ土下座する様を見せつけられた私たちは、全てのテンションを持っていかれて真顔。ひとり、モナだけがむしゃこらとクッキーを食べるばかりで、私らは固まるしかなかった。
「……穢れた指で触れるな、ジンジャー・ガルシア」
「ひぅ………………―――」
実の娘に名前を呼び捨てられた父親がショックで気絶した瞬間。
私らは全てを投げ出してメープルを説得していた。
そして、泡を吹きながら床に突っ伏したメープルのお父さん――ジンジャー・ガルシアさんをメディカルセンターへ運んでから、メディカルセンター前のベンチでメープルを再度説得。
「ワタシの知っている和泉はそんな日和ったことなど言わんッッッ!!」
と、涙目なメープルから謎の叱責を受けながらも。
「ジンジャーさんの財産をいずれ使いこんでやろうぜ! リザたんの事も良い感じにやらせてさ! あいつに全部やらせよう! な!? そのためにはメープルが家出してないほうが何かと都合がいいしさ! ね!?」
我ながらあまりにもひどすぎる算段の元、なんとかメープルはガルシア家残留。
私も不本意な形で新たな家族を獲得しないで済んだ。
で、今何をしているかといえば……だ。
「……何をしている和泉、もっとワタシを撫でろ……家出するぞ……」
メディカルセンター前のベンチで、膝枕させられていた。
「いや、家出を人質みたいに使うなよ……っていうか、思いっきり見られてるんですけど」
道行く人の視線が痛い。人目もはばからずいちゃつくバカップルみたいに思われてるんじゃなかろうか。
「知るか……もう、知らん……ぜんぶ知らん……」
「くっ、くすぐったっ! ちょ、おま、脇腹を掴むなって!」
ぎゅううっと私の腰に抱き着くメープル。
脇腹に添えられた両手がすんごいくすぐったいからまじでやめてほしい。
「昔は……あんな人ではなかったのだ」
「はぁ?」
「研究に燃え、人類のために命を燃やす研究者であり、騎士道精神溢れる立派な人だったのだ……」
「あぁ……ジンジャーさんね」
そんなこと言ってたね。
「なのに、どうしてあんな……」
「どうしてって、そりゃあメープルのためでしょ」
「ワタシの……?」
私の腿と腹の間に顔を埋めたまんま呟くメープル。
「ジンジャーさん、メープルには『自分たちと同じツライ思いをしてほしくない、いつも笑顔で居て欲しい』って言ってたからさ。アレコレ気張ってムリするの、やめたんじゃない?」
「な、なぜそれがワタシのためなのだっ」
「だって、自分の子供に笑顔で居て欲しいのに、自分がキツくてツライ顔してたらダメでしょ。子供は親見て育つんだから、笑ってほしいならまず自分が笑わないとって思ったんじゃない?」
「――――」
え、ちょっと待って今の私かっこよくない? すごい良いこと言ったんじゃない? やば……私ってばカッコいい……?
「……和泉がまともなことを言っている」
「オイ待てなんだその反応。私はいつだって当たり前なことしか言ってないだろ」
「はは、そうだな」
「オイなんだその乾いた笑いは! 降りろ! 今すぐ私の膝から降りろぉ!」
「ちょっとアンタたち、メディカルセンターの前で騒がないでくれる? アタシたちまで変人扱いされちゃうじゃない」
「全くじゃ、これだから和泉は」
「これだからってなんだ! これだからってぇ!」
もうお前らなんか知らないんだからなぁーっ!
「ふ、フフ……ははっ。まったく、和泉というやつは……本当に、どうしようもないやつだな」
「おっ、お前にだけは言われたくないわっ!」
アホっ!