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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード5『ボイド大戦~熱き陽射しに意味はありますか~』

 

 アンカレッジのロビーは、いつも以上に騒がしく賑わっていた。

「大規模戦闘って、何? どういうこと?」

 依頼書をぴらぴら振りながら聞いてみるとメープルは爛々と目を輝かせながら答えた。

「戦争だっ!」

「戦争……?」

「先日『シンフォニー』を襲撃してきた色違いのボイドが居ただろう!」

「あ、あぁ、いたねぇ」

 アメリアさんに見せられたボイドのホログラムとは全然違う体色をしていたっけ。

「どうもアレはボイドの親玉……ラスボスらしいのだ」

「え、なにそれこわい。私たちってあの時いきなりラスボスと戦ったの?」

 よく生きてたね。ホントにね。

「それで今回! 痛手を負ったラスボスが大群を率いて『メトロポリス』目がけて進軍中というわけらしいのだ! ふふふ……これは大きな戦いになるぞう……!」

「……どうでもいいけどさ、なんでメープルはこんなにテンション高いわけ?」

 こっそり光希に耳打ちしてみる。

「『ここで戦果をあげれば、お父様を見返せるッ!』だそうよ」

「ほぉん……」

 実家嫌い的に頑張り所ということね。

 見返す、ってあたりが非常に健全でほほえましいけども。

「あとはアンタのせいでしょうね」

「は? なんで」

「自分の胸に聞いてみなさい」

 そんな呆れた顔で見られても本気で心当たりなんてないんだけど……ぬぬぬ?

「さぁ和泉っ! さっさと準備をしてさっさと向かおう! 我らのバトルシップを整えなければなっ!」

「お、おう……おう?」

「ふふ、4人でお買い物だぞっ! お買い物っ!」

「???」

 気色悪いほどテンションの高いメープルと、若干うんざり気味な光希とリザに挟まれながら。

「ふふふっ」

 私はメープルに手を引かれ、ロビーを後にした。

 

 ◆

 

「買い物するのは良いけど、お金あるわけ?」

「あぁ、それなら臨時収入があるぜ! 私のな!」

「りんじしゅうにゅう~?」

「……なんだよ」

「べっつにぃ~?」

 光希から、疑惑の視線をこれでもかと受けながらもやってきたのは『メトロポリス』の端っこ。

 私たちが惑星セーフティへ降りるときに使っているような小型艇から数百人規模が乗り込める大型艇までがずらりと並ぶドックブロックへとやってきた。

「それよりもさぁ、何を買うわけ?」

 バトルシップとか物騒なこと言ってたけども、なんじゃそりゃ。

「フフ、今回のボイド殲滅作戦では宇宙空間での戦闘が必須だ! 我々の船も武装を積み、強化を図らなければならない!」

「ほーん」

 意気揚々と歩き出すメープルを尻目に、光希へ耳打ち。

「なぁ、私たちの船なんてあったか?」

「知らないわよ」

「リザたんは何か知ってる?」

「知らない。わたしたちの船はユニオンか機関から借りてるやつしか知らない」

「だよなぁ」

 そう、私らは依頼の度にユニオンから小型の宇宙船を借りてセーフティへと降りていた。

 アンカレッジとメトロポリス間の移動にはアメリアさんが貸し出してくれたイデア機関の小型艇を使ってるし、私らの船なんて無いはずなんだけども。

 ま、いっか。

「ちょっと私は電話してくるから」

「あっ、逃げたわねっ!」

 ぴーぴーうるさい光希を放っておいて、適当にブロックの端っこへ移動してアメリアさんへ電話をかける。

『あっ、和泉さんっ! 連絡お待ちしておりました~っ! あの、あの、もしかして今度のボイド殲滅戦に参加されたり……?』

「えぇ、まぁ、一応」

 私のあずかり知らないところで勝手に決まってたっていうかなんていうか。

「そのことを詳しく聞きたくって。ボイド殲滅戦……って言っても、実際どんな感じなんです? 事情がさっぱり分からない状態なんですけども」

 依頼書だってきちんと見てない。あとでメープルからぶんどらないと。

『はいぃ……きっと和泉さんの経験したことない規模の戦闘になると思われます。現在把握出来ているだけでも、約5000人のスイーパーズが参加を表明していますので……』

「うわぁ……」

 少なくとも高校の全校生徒数とかそういうレベルじゃない。なんだろう、身近なところでいうと地元の花火大会くらいの人数だろうか。

 川だの海岸だの港だのにわらわら集まるあの人数が、なに? 一気に戦うの? 大量のボイドと?

 なにそれこわい。普通に危ないやつじゃん。

『それに戦闘は宇宙空間で行われますから、惑星での戦闘やステーション内での戦闘とは大きく勝手が違います……宙域戦闘の経験がない和泉さんたちでは、大変危険な戦いになるかとぉ……』

「……ちなみに辞退っていうのは」

『も、もちろん可能ですっ! 想定されているボイドの数に対して必要最低限の人材は確保されていますので!』

 よし、やめよう。即やめよう。

 どう考えても私たちが首を突っ込む必要なんかない戦いだ。

 むしろ、私たちが行ったら犬死した挙句に味方へ被害を出す恐れすらある。

 大体、私たちにはもう借金もないし? アメリアさんの食費を考える必要もないし? 自分たちで十分なお金が稼げるわけだし? このままだらだらスイーパーズ稼業を続けてるだけでじゅーぶん満足だし!

 なんならまたエミリーさんとおはなしするし!!!

「……ん? でもなんだって強制参加でもないのに5000人も集まってるんです?」

 本来のスイーパーズっていうのは、そういう正義感溢れる連中ばかりなんだろうか。

『そ、それはぁ、そのぅ……多額の報酬が』

「いくらですか」

『えっ、えとぅ、えとぅ……ボイド1体につき100万ルピー、です』

「なんだよ歩合制かよ……」

 参加者全員にいくら~じゃないのか。

 だったら参加する意味ないなぁ。

『あ、あのぅ、差し出がましいとは思うんですけども、わたし個人としても参加しない方が良いかと思います……』

「やっぱり?」

『ボイドが徒党を組んで、意図的にメトロポリスへ向かって来るなんて初めてなんです。彼女たちは基本的に単独行動をしているものと考えられていましたから……何が起こるかわかりません。機関としても最大限の準備をするつもりですが、被害が出ないとは考えられませんから』

「んー、でもなんでかみんなやる気満々なんですよねぇ」

 主にメープル一人が、みたいだけど。

「まあ、なんとか説得してみますよ。私だって命の危険に晒されるのは嫌ですからね」

『よ、よろしくお願いしますっ』

 さて、とりあえず光希たちのとこへ戻るか。

 

 ◆

 

 と、戻ってきたはいいもののだ。

「和泉っ! 気合いを入れて準備するわよっ!」

「なんでお前までやる気になってんだよ……」

 いつの間にかメープルだけじゃなくて光希までもが目を爛々と輝かせていた。

「いいか、今度のやつはマジで危ないんだ。私らみたいな素人スイーパーズは、大人しくアンカレッジに引きこもって――」

「だーいじょうぶよ! ジュエルフロッグの時を忘れたの? あんなデカブツだって反撃の隙も与えない速さで退治しちゃったのよ? 大丈夫に決まってるじゃない!」

「いや、今度は大群で――」

「敵方がいくら大勢で来るとはいっても、我々の方とてこれまでに類を見ないほどの大軍。万に一つも負ける可能性などありはしないさ!」

 相変わらずメープルもやる気なままだし……なんだってんだ。

「ちげぇよこっち側の連中が勝てるかどうかの話なんかしてねぇの。私らの身の安全の話をしてんの。なんだってそんなやる気なんだよ」

「ひとりでゲームをやりに行ったどこかの誰かが依頼なら一緒に行動すると思ったからな」

「うぐ……」

 や、やる気になってた理由ってそれかよ!

「じとーーー…………」

 そ、そんな攻めるようなジト目で見られたって私は知らないからな、き、気にしないからな。

「ここで戦果をあげて大金が手に入れば四人一部屋の寝室なんかとおさらば出来るからに決まってるじゃない」

「ぐぬぬ……」

 確かに、寝室が四人一緒でなくなるのは大変魅力的だ……ぶっちゃけ落ち着かないし。

「そーれーにぃ、自分の部屋が持てたらぁ、どこかのだれかさんは一々レンタルルームなんて借りに行かなくてよくなるとおもわなぁい?」

「ぬぐぐ……!」

 た、確かに! 自分の部屋があればいつでもどこでもお姉ちゃんとはぐはぐ出来るっ!

 そ、そ、それにいくらなんでもレンタルルームで年齢制限付きのヤツをやるのはダメだろうと我慢していたアレやコレがプレイできる……ッ!

「な、イイだろう和泉っ!」

「ね、いいでしょ和泉っ!」

「うぐ、ぐぐぐ……し、しかしぃ……」

 そうだ、冷静になれ。

 ジュエルフロッグの時は十分な事前情報と『敵は一体だけ』という確固たる優位な条件というものがあった。

 それが今度はどうだ、状況的に見れば装備もアビリティもテクニックアーツも資金も経験も足らない私たちが行ってどうにかなる相手か?

 そんなわけがない。

 『シンフォニー』の時だって、アレは不意打ちかつただの『撃退』だったんだ。討伐とはわけが違う。

 今度の襲撃は、向こうだって最後の最後まで戦い続けるつもりに決まっている。

 そんな相手と戦って、無傷で済むわけがない。

 やっぱり、いくら魅力的でも今回は――。

「同志、同志」

「ん、なんだね」

「長距離武装付き中古小型艇、65万ルピーで売ってくれるって」

 リザの指さした方向にはゴーグルをかけていくつも工具を腰にさげた作業服の粋な婆さんが。

「………………長距離武装、これだァッ!」

「これ、とはなんだ? 和泉」

「まともにやったら無傷で済まないってんなら、まともに戦わなきゃいいんだよ! 長距離武装で後ろからちまちま撃って、たおせりゃ御の字! 倒せなくても依頼参加をネームバリューにして美味い依頼につなげる! よしよしよし妥当な勝ち筋が見えてきたぞぉ……おばちゃんっ! それ売ってくれぇっ!」

「あいよォ!」

 こうして私たちは、ボイド殲滅戦へと参加することとなった。

 よぉし、稼ぐぞぉ!!!

 

 で、ボイド大戦と銘打たれた大作戦――その当日。

「あぁ………………海が、ひろい…………」

 私たちは、ひろーーーーい砂浜に座り込んでいた。

 なぜかというと。

「まさか接敵して間もなく、全ボイドが突撃してくるとは思わなかったな……」

 ぐったりと日陰で寝転ぶメープルの言う通り、私たちは一瞬のうちに墜落した。

 最後尾に位置して、いざ接敵だーとなった瞬間。

 遥か前方から迫る閃光、炸裂する無数の爆風、高速で鳴り響くアラート、エンジンが破裂する音……で、墜落。

「生きてるだけマシよ、マシ……」

 同じく木陰で体育座りをしながら真っ青な顔でガクガク震えている光希の言う通り。

 生きてるだけマシな状況、生き残っただけマシな戦場だった。

「次々と墜ちてく味方……迫ってくる爆発……フロントに張り付くボイド……ヒィッ……!」

「おぉよしよし」

 恐怖で完全に怯え切った光希の頭をなでつつ、眼前に広がる海と空を眺める。

「良い天気だなあ……」

 サンサンと照り付ける太陽。白く高い雲。穏やかで透き通った海。

 そしてぷすぷすと音を立てる私たちの船――『リトルバード』の残骸。

「65万……瞬殺だったなぁ……」

「長距離武装があるからと、防御方面を全く考慮しなかったから当然といえば当然だが……まさか5000の軍勢を抜けてくるとは」

「最後尾にちゃんと居たはずなのになぁ」

「あれでは勝てたかどうかも怪しいぞ、今頃メトロポリスはどうなっているのだろうか」

 メープルと二人、真っ青な空を見上げてみても宇宙の様子が見えることはない。

 ただただ、ゆっくりと流れていく雲が見えるばかりだ。

「さぁなぁ」

 しばし、沈黙。

 ジリジリと照り付ける太陽が砂浜に反射して、日陰に居ても暑い。

 汗が止まらない。風が気持ちいい。汗が止まらない。波の音が心地よい。汗が止まらない。

「あ、死ぬ」

 ばたっ。

「和泉っ!? しっかりしろ和泉っ! 和泉――――っ!!!」

 

 ◆

 

 で。

「あーくそ! どうすんだよこっから!」

 とりあえず波打ち際でばっしゃんばっしゃん戯れてきもち涼んで仕切り直し。

 木陰に固まって作戦会議を開始した。

「分からん。とにかくアメリアさんと連絡が取れればどうにかなるとは思うのだが……」

「どうやって連絡すればいいの!?」

「機関が建てた観測所か、船でメトロポリス内まで戻るしかないな」

 観測所か、メトロポリスか。

 なるほど、なるほどなるほどなるほど……。

「………………死ぬのか、私ら」

「い、いやいやいや待て! 落ち着け! まだ手がないわけではない!」

「……どういう意味で?」

「フフ、この島で我ら三人、仲良く家族として――」

「なら死ぬ」

「なぜだーーーっ!!」

 あぁ、やっぱりもうだめだ。私らはここで飢えて死ぬほかないんだ。

「……あ、そういえばリザたんはどこに」

「我々が目を覚ました時には居なかった……ということは、別の島へ流されたか、未だに海の上を漂っているか、あるいは……」

「……………………」

 あぁ…………もう、本格的に、ダメなんだなって…………。

 と、思った時だった。

 ガガゴンッ! と不気味な音が聞こえてきた。

「な、なんだ?」

「リトルバードの中に、何か居るのか……?」

 不自然に揺れ動く波打ち際のリトルバード。

 ひしゃげた機体から、何かが這いだしてこようとしている。

「…………」

 メープルと二人、武器を構える。

「ひぃっ……」

 ……その脇で震える光希。コイツは本当に……いや、良いけどさ。

 そして。

「来るぞッ!」

 バゴンッとリトルバードの扉が吹き飛んだのと同時に何者かが飛び出してきた!

「ハーッハッハッハ! わらわこそ――「食らえ『麻痺弾』っ!」あびびびびびびっ!!?」

「い、和泉っ!?」

「ふぅ……当たってよかった」

 なんとか私の麻痺弾によって動きを封じることに成功した。ナイス私。

「い、いきなり撃つことなかったんじゃないのか……?」

「何言ってんだ、十中八九敵なんだから撃った方が安全だろうが」

 まったく、何言ってんだメープルは。

「いや、だって、あの姿はどうみても……」

「んー?」

 よぉく目を凝らして、自分の撃った標的を観察してみる。

 ながーい茶髪、見覚えのあるボディラインとおでこ、そしてぷるんと跳ねるおっぱい。

「……なぁ、もしかして」

「……もしかしなくても、そうだろう」

 それは、どう見たってリザたんそのものだった。

「あび、びびび……ぶくぶくぶく……」

「わー溺れてるっ! 波打ち際でおぼれてるぅぅっ!」

「はっ、早く引き上げるぞっ!」

「リザたーーーーーんっ!!!」

 ごめーーーーーーーーーんっ!!!

 

 ◆

 

 で。

「く、クックック……よくもやってくれたのぅ異世界人っ! 貴様とはどうあっても決着をつける必要があるようじゃなぁ!」

 引き上げたリザたんは、どうも様子がおかしかった。

「いや、あの、リザたん? どうしたの? 頭打った? 大丈夫? おっぱい揉んであげようか?」

「なっ、何を言っておるっ!? 何故揉むっ!?」

「い、和泉……リザは一体どうしてしまったというのだ……?」

「そんなの……」

 見た目は確かにリザたんのまま。

 そのまんまだというのにどうものじゃロリ風なしゃべりになっているし、なんだか私に対する目つきも厳しい。

 頭でも打ったんだろうか……とか思っていたら。

 お腹からグググゥゥゥゥウウウゥウゥっと大きな音が鳴り響いた。

「クッ……腹が空いていなければ貴様らなど八つ裂きにしてやるというのに……」

「なに? リザたんお腹空いた?」

「わらわはりざたんなどという者では――」

「おい和泉っ! 波打ち際を見てみろ! さっきの麻痺弾で痺れた魚たちがうようよ居るぞっ!」

「なにぃっ!? よぉしちょっと待ってろ! その辺のおっきめの葉っぱで追い立ててまとめて捕っとけ!」

「了解だぁ! せやぁぁぁっ!!」

「……あの、わらわの話を……」

「リザたんは休んでていいぞ! 今おいしい焼き魚をごちそうしてやるからなぁっ!」

「いや、話をっ」

「うぉぉぉおおおおおおおリャアアアアアアアアアアっっ!!」

「話をーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 ◆

 

 で。

「んむ、そろそろ良いだろう」

 適当に魚を捕ったあと、適当に木の枝を集めてきゃりぽんで火炎弾を撃ってみたらなんてことはなく火がついたので魚を焼いてみた。

 うぅん、なんというアウトドア。

 どこもかしこも痛む体にたき火と夕暮れの美しさが染みわたっていくようだ。

「こんなアクティブなメシは日本でも食ったこと無かったけど、結構楽しいもんだなっ!」

「あぁっ! なかなかエキサイティングなものだなっ!」

 私とメープルは、二人でそれはもうウキウキだった。

「あっ、でも塩なんて持ってきてないぞ」

「フフ、任せておけ」

 得意気に笑うメープルは、波打ち際まで歩いていくとバケツに海水を汲んできて、たき火の横に置いた。

 そして、バケツの中へと指を入れると。

「『マテリアライズ』っ!」

 するとバケツの中の海水へ、メープルの指からまばゆい光が伝わっていき、あっという間に塩の山へと変化してしまった。

「なっ、なんだこれっ!?」

「ふっふっふ、実はバケツを取りに行った時リトルバードのコンソールを弄ってみたらアビリティカスタマイズだけは実行出来たのでな。切り替えておいたのだ。きちんと食べられるぞ、食べてみろっ! ほれほれっ!」

 言われた通りパラパラと焼き魚に塩を振りかけてかぶりついてみると、いつもの塩味がじんわり口の中に広がって魚の脂と引き締まった身の旨味がもうすんごく美味しい。

「んーっ! 美味いっ!」

「ふふふ、そうだろうそうだろう!」

「……おい、貴様ら」

「ん? あぁ、リザたんも食べなよ! 美味しいよ~?」

「……頂こう」

「ほらー! 光希も来いよ! なくなっちまうぞー!」

「ぜっ、全部食べるんじゃないわよっ! あ、あたしの分も寄越しなさいよぉっ!」

 と、いうわけで。

「ふぃー、食った食った」

 とりあえず、四人でご飯を済ませた。

「いやぁ、案外快適だなぁオイ」

「飲み水の精製も、食べられる木の実の判別も、アビリティの力があれば可能だからな」

「日ごろからミートウルフのから揚げくらいしか食べてないから、焼き魚になったところで大差ないわねぇ」

「むしろ健康的なまであるなぁ~」

「「「ふぁ~、ねむ」」」

「ねむ、ではなーーーーーーーーいっ!!!」

「うおっ」

 急に大声出されるとびっくりするからやめてほしい。

「どしたのリザたん、なんなの」

「だーかーらっ! わらわはそのりざたんではないっ!」

「………………」

 ははぁん、わかったわかった。あれだな、光希の中二病がうつったんだろ。

 事故をきっかけに人格が入れ替わっちゃった、的なね。はいはいはいわかるわかるすごいわかる。

 私も好きだもん、そういうの。

「じゃあ誰なわけー?」

「ふふふ、聞いて驚けっ! わらわこそ、あの同志を率いて貴様らを撃墜した張本人なのじゃっ!」

「……我々を撃墜した……まさかっ!? 貴様は『シンフォニー』に現れた、あのボイドなのかっ!?」

 本気にしか見えない演技でノッかってあげるメープルに、リザたんもフフンッと得意気に笑う。

「ふあーっはっは! いかにも! ふふ、どうだそこの異世界人よ。驚いたであろう!?」

「あー、うん、そっかぁ」

「なんだその気の抜けた反応はぁーーーっ!!」

 いやだってさぁ、いきなりボイドですよぉなんて言われてもさぁ。

「信じられないなぁっていうかぁ、今はそれどころじゃないっていうか、ちょっとお腹いっぱいだから横になりたいっていうかベッド欲しいっていうか」

「きっ、貴様は己の仲間が敵に乗っ取られたというのに眠ると言うのかっ!?」

「あー、まぁ、んー……ごめん、ちょっと今ムリ……」

 正直、こっちは宇宙から墜落して漂流までして、散々波打ち際で魚を拾い集めたあとなのだ。

 ジリッジリの暑さの中で元気なわけがない。っていうか眠い。もう疲れました。

「い、今ムリではなぁーーーーーーいっ!!!」

 めっちゃ怒られてしまった。

「わかったよ、乗っ取ったのね? リザたんのその豊満なおっぱいを乗っ取ったのね? じゃあなに? これからどうするっていうの?」

「クックック……聞いて驚くが良いぞ愚かな人間め。我らが一族は貴様ら人間を滅ぼし、この宇宙の平和を取り戻すッ! 宇宙を荒らしているのは我らではない、貴様ら人間の方だったのじゃっ!」

「へー」

「なんだぁその淡泊な反応はぁっ! もっと驚愕したり戦慄したりせんかぁっ!!」

「だぁって、人間が迷惑かけてるなんていつでもどこでも言いようによっちゃあ当たり前なことだし。さっき食べたお魚さんからしたら、私ら悪人じゃん? ミートウルフたちからしたってそうだし? んでもそんなこと言ってたらさぁ、人間以外だって同じことじゃん?」

「む、確かに一理ある……」

「それにさぁ、宇宙に時代があるかどうかは知らないし、こっちの世界でも同じかどうかなんて知ったこっちゃないけどさぁ、なんでもかんでも時間が経てば勝手に変化していくものでしょ? その中に人も居て、ボイドも居て、動物もモンスターも居て~っていうだけで、誰がどんだけ荒らしてるとかそういうのって言う意味なくなくなーい?」

「む、ぐぐ……し、しかしっ! 貴様らのきゃりあぎじちゅとかいう珍妙な術が我々の生活を脅かしていることも事実っ! 故に先の大戦のような、起こるはずの無かった戦いが起こるのじゃっ!」

「そりゃ仕方ないじゃん、どっちもやるだけやらなきゃ気が済まないんだから。そうじゃなかったら、まずやらないでしょ?」

「むぐぐぐぐぅ! なっ、なんなのだこいつはぁ!」

 めっちゃ涙目で指さされてしまった。

 いや、そんな、いじめたかったわけではないんだけども……なんか答えなきゃって思ったっていうか。

「フフ、いつもは適当で、大して役に立たなくとも、こうした考え方だけはきっちりしているところが和泉の和泉たる所以なのだ」

「要は口先だけなのよ」

「おいぃー、ちょっとひどくないかなー?」

 口先だけじゃないやい! 腕っぷしだってあるやい! さっきの麻痺弾射撃見てなかったのかよ!

「えぇいうるさいうるさいっ! とにかく! 貴様ら人間のその傲慢な態度、許しておけんっ! 貴様らがそのような態度で我らの生活を脅かし続けるというのであれば、わらわとて自らの存在のため、貴様らの宙漂電子コードを根こそぎ頂き、我らが糧としてくれるわっ!」

「ちゅーひょー、なんだって?」

 説明を求めるまでもなく、光希が細かく説明をしてくれた。

「宙漂電子コード、アメリアさんたちが『不可視概念』って呼んでる色んな物体・概念・エネルギーの大本になってると言われてる物質のことね。概念、って言った方が良いかしら」

「色んな物の大本?」

「そう。こっちの世界じゃ、物体は全て宇宙空間に漂ってる電子コードが再構成されたものだと言われているわ。ま、『電子コード』っていう呼び方も、イデア機関が暫定的に使ってるだけの呼び名で、アタシたちがイメージできる『電子コード』と一致してるかどうかわかんないし、その存在の有無も『とりあえずこういうのがあるらしいからそれが大本ってことで良いんじゃね』程度の研究しかされてないそうだけど」

「ほっほーん、二割くらいしかわかんなかった」

「……あんた、こっち来てから頭の中がからっぽになりすぎじゃないの」

 そんなことないですぅー、ちゃんと脳みそJKですぅー。

 と、光希が真面目な顔で眉をひそめる。

「けど、理解出来ないわね」

「何が」

「電子コードが欲しいというのなら『メトロポリス』を襲うなんて効率が悪いわ」

「そう、なのか?」

「えぇ。宙漂電子コードは宇宙空間のありとあらゆる部分に分布しているの。その分布図には、濃淡があって、宙漂電子コードが欲しいというならむしろ『メトロポリス』を遠く離れて、電子コードが濃く存在する空間を目指した方がずっと楽なのに」

 光希の言い分はなんとなーくわかる。

 対人戦で素材ドロップを狙うよりか、マップ探索で探した方が楽っちゃ楽だもんね。そういうことだよね? ね?

 しかしリザたん(自称ボイド入り)は違うらしい。

「ふんっ。貴様らの持っている、きゃりありゅーしとかいう美味いやつも頂くために決まっているだろうが」

「キャリア粒子?」

 キャリア粒子って、あのきゃりぽんとかキャリバーのエネルギーのこと、だよね? 確かそうだったはず、うん。たぶん。

「なら、『メトロポリス』を狙うしかないわね。キャリア粒子はあたしたちの中にあるキャリアパレットで宙漂電子コードを変換しないと生まれないものだから」

「ほっほーん、つまりあれか。こいつらは私らっていうミツバチが作る、キャリア粒子っていうハチミツを狙ってきてる、クマさんみたいなもんか」

「……あんたの例えって上手いのか上手くないのかいまいちわかんないわね」

 んなことないやい、上手だやいっ。

「うむ、どちらかといえば正解だろう」

 ほらみろ!

 しかしまぁ、あれだ。

「とりあえずリザたんじゃないっぽいなーっていうところはわかった」

「ふふ、そうであろうっ!」

「で、さ。キャリア粒子が欲しいって言うなら、普通にそう言えばよくない?」

「ぬっ?」

「だって『シンフォニー』に来たのって、お前なんだろ? あんな急に現れたら普通にビビるし、近くに居るだけで何もかも動かなくされたらこっちだって撃退するしかないじゃん。もっと穏便に交渉しようとか思わなかったわけ?」

「し、しかたあるまいっ! きゃりありゅーしとやらに触れるまで、わらわはこうして肉体を得ることなど無かった上、貴様らの言語とてこの娘と一体化することで初めて理解できたのじゃっ! 意思の疎通を図る間もなく貴様らがばこばこ撃ってくるのだから、交渉など出来るわけがあるまいっ!」

 なぁーるほど、なるほどね?

 つまりいつぞや聞いたボイドによる侵略行為的なのも、こいつらがアメリアさんたちを襲うのも。

「お前らが非常に重症なコミュ力不足かつ、腹ペコ集団だからこそ起こってるってわけだ」

「非常に苛立つ言い方じゃが、まぁ……合っていなくはないかの」

「だったらいいじゃん、アメリアさんに相談してみようぜ」

「……む?」

「え? だめ? だってキャリア粒子って宇宙空間に漂ってるなんちゃらなんちゃコードを変換してるだけなんでしょ?」

「えぇ、そうよ」

「だったらいくらでもあげて良くない?」

「さぁね、アメリアさんに聞いてみないとわからないけど……」

 言い淀む光希の代わりにメープルがうんっとうなずいてから答えた。

「良いのではないか? 少なくとも、ボイドと争うことよりも共存の道を考えたほうが我らにとっても悪い話ではない」

「よしっ! 交渉が済んだらリザたんの体を返してもらうぞ! それでいいな!?」

「なっ、何を勝手に決め――「はい決定!」話を聞かんかっ!!」

「そうと決まれば早速……」

 と、スマフォを取り出したところで、はっとした。

「………………」

 はっとしたっていうか、忘れてた。

「私ら、今遭難中じゃん……」

 スマフォの画面は、割れていた――。

 

 ◆

 

 で、次の日。

 木陰で雑魚寝して一夜を過ごした私たちは、作戦会議を開いていた。

「とりあえず、私らは遭難していてリザたんの身体はボイドの親玉である……あー、モナたんに乗っ取られてしまったわけなんだけど、どうやらリザたんはちゃんと体の中で生きているらしい」

「モナって、アンタね……そのネーミングセンスはどーなの」

「うるせっ」

 いーんだよ、なんでも。

「んで、乗っ取られてしまったわけなんだけど! 当の本人はというと」

「ぱく……ぱく……ぱく……」

「ごらんのとおり、リザとモナの二人分のエネルギーが必要な上、ここは無人島ってこともあって空中をひたすらぱくぱくし続けるだけの機械と化してしまった」

「う、うるさいわいっ! こうでもせんと……ぱくぱく……えねるぎぃが足りんのじゃっ!」

「と、いうことだからひとまず寝床を作って安全に明日を迎えられるようにしようと思う!」

「うむ、了解だ」

「へいへーい」

「では各自行動開始っ!」

 と、いうことで。

「測量とか簡易化するアビリティなら取ってるわ」

「資材の作成ならば十分可能だぞ」

「私はなんにも役立ちそうなアビリティ持ってないんだけど」

「………………」

「………………………………」

「和泉、組み立てて」

「ウッス」

 ってなわけで、私はメープルから資材を受け取り、光希の指示を受けながら。

「はい、いいわよ。そこに置いて」

「ウッス」

 寝床を作ったり。

「ちょっと! それはトイレなんだからもっと離したとこに建てなさいよ!」

「ウッス」

 トイレを作ったり。

「あぁ、和泉! 陽が落ちる前に薪を足しておいてくれないか!」

「ウッス」

 メープルが切った資材から薪を集めてたき火にくべたりして。

「ふぅ。ま、こんなもんかしらね」

「うむ、ログハウス然とした佇まいになったな!」

「はひぃ……ほひぃ……」

 我らの寝床が完成した。

 約10畳くらいのワンルームログハウスに、離れのトイレとフルオープンなオーシャンビューのキッチン。

 余った木材から私が作らされた(ここ重要)丸太のソファとハンモック。

 そしてこれでもかと確保された薪。

 いやぁ、非常に充実した拠点になった。これもキャリア技術のおかげ、きゃりぽんとアビリティシステムのおかげだな!

 うん、おかげなんだ。

 それは、いいんだけどさ。

「なんだ……なんで私、こんなにコキ使われてんだ……」

 墜落したときよりも疲れたまであるんだが?

「あんたがろくなアビリティ持ってないからじゃない」

「うるせぇ! 私は射撃系なんだよ! 銃撃ってなんぼなの!」

 そういう立場なの!! ……たぶん。今まで全然そんなつもりはなかったけど。

「あ、そ。じゃあ食料の確保は任せたわよ」

「えっ」

「む、そろそろ陽も落ち切る。行くならたいまつを持っていけ」

「いやそこは行かなくて良いって止めろよ!」

 なんで行く前提なんだよ!

「昨日の焼き魚残ってるし、大丈夫だろ」

「それならさっきモナが全部食べてしまった」

「むぐむぐ……美味であったぞ!」

「美味であったぞじゃねーよっ!!! なに!? え!? 私ホントに一人で食料確保しに行かなきゃダメなの!?」

 ひどくなーい!? 超こわいんだけどー!

「んなこと言ってるうちにそこら中真っ暗になってきたし!!」

「うわ、星すんごい綺麗じゃない」

「うむ、人工の光など一切ない島のようだからな。まさしく満天の星空だ」

「いや、感動してないでさ、食料問題になんか言って? ね?」

「るっさいわね、さっさと行ってきなさいよ」

「お前マジあとで覚えとけよぶっ飛ばしてやるからな」

「しかし和泉、本当に気をつけろよ。さっき林に入った時だがな、見覚えのある足跡を見つけたのだ」

「え、なんか居るの?」

「あれはおそらくデザートタイガーのものだ。その上質な甘い肉質から多くのスイーパーズが狩ろうとしているが、成功率は極めて低く、夜行性で動きは俊敏。熟練のスイーパーズですら夜の暗闇の中では決してデザートタイガーと戦わず、出会うことすら避けるという」

「ごくり……」

 なんだよそれ、超やべえやつじゃん。

「ヤツが居るのだとすれば決して動くべきではない。覚えておけ、ヤツの瞳は赤だ。赤い光が無いか、よく林の中を観察するんだ」

「か、観察するったって……」

 私にどうしろっつーんだよ、っていうか行かせんなよ!

 と、ツッコミを入れようとした時だった。

 ガサゴソッ、とログハウス裏の林が蠢いたのだ。

「ひっ」

「な、なんだ……!?」

 明らかに風のものではない、何かがそこに居る感覚にメープルと光希が息をひそめる。

 私も、同じく息をひそめてメープルの脇にしゃがみこみ、木材を切りぬいただけの窓をそっと覗き込む。

「ちょっと、なんでメープルの方にしゃがむのよっ」

「お前が信用できねぇからだよばーかばーか」

「はぁっ!? どういう意味よあほっ! あほ和泉っ!」

「お前ら……少し静かにしてくれないか……」

 だってそこにトラが居るかもしれないんだろ!? これが落ち着いていられるかっ!

「あっ、今光ったわ!」

「なにっ、どこだっ」

「あの木の影よ! ちょ、ちょっと、冷静になりなさい! 冷静沈着に、冷静な対応をするのよ!」

 とか言いながら、光希自身が思いっきり混乱しているのか寝床用に集めておいた大きな葉っぱで出入り口を塞ごうとしてやがる。

 お前が落ち着け。

「ほ、ホントにそんな奴がおるのか……? がくぶる……こわいのぅ……っ」

「……いや、モナは怯えるなよ」

 スイーパーズ5000人と大戦争したボイドの親玉じゃないのかよ、お前。

「う、うるしゃいっ! ちゃんと見張っておれアホぅ!」

 無駄に怖がるモナにしがみつかれながら、じっと窓の外を見つめてみる。

 パッと見、赤い光なんて見えやしない。

 けど、光希の指さした木の周りはなんとなくガサゴソいっている気がするし、音が鳴るということは何か居るような気がしてくる。

 そして、私はついに見つけてしまった。

「―――ッ!!!」

 赤い光、それも一つや二つではない。

 六つ、八つ、まだ増えている。

 凄く淡いその光に一度気付いてしまったからか、林中に赤い光が灯っているのが見えてしまった。

 ざっと見ただけでも15以上は見える、まがまがしい赤い光に私は思わずおののいて――って、待てよ。

「いや、多くね?」

「なに?」

「光の数が多くないか? だって、ほら。木の上とかにも見えるんだけど」

「む……!? 確かに見える! ワタシにも見えるぞっ!」

 木の上って、トラだのジャガーだのが上るか? いや、上るか……いやでもさ、上るにしたってさ。

「あの木の枝のとこなんてさ、アレホントにトラが居るだとしたら相当顔を密着させてることにならないか」

 四つの赤い光がこれでもかってくらい近くで光りあっている。

「む、確かに」

 自撮りでもしてんのかよ。

 と、ひとつの光がパタタッと小さな羽音と一緒に部屋の中へと飛んでくる。

 ぷぃ~んという小さな虫特有の羽音。淡く、赤い光。ホタルにも似たその明かりが、私たちのログハウスの壁にぺとっと止まる。

「……アレ全部、ただの虫じゃね?」

「……あぁ、そのようだな」

「なんじゃまったく……脅かしおってからに」

「れ、冷静に! 冷静沈着によ!」

「いやもううるせーーーよっ!!!」

 いつまでお前は出入り口塞いでんだよっ!

 あーーーーーーーもーーーーーーーーーあほらしっ!

 

 ◆

 

 と、いう感じで。

 最初の夜を無事乗り越えてからというもの、私たちの無人島での暮らしは平和そのものだった。

「ぷはっ! おーし30匹目ーっ!」

「すっかり水中射撃にも慣れて来たみたいだな、和泉」

「もうぶっちゃけこの仕事で食っていける気さえするな!」

 私は、毎日のように海に潜って魚を獲る係。

 モナが毎日毎日、獲れたら獲れた分全部食っちまうもんだから毎日潜らなきゃならない。

「きゃりぽん使えば楽に狩れるし、アビリティのサポートもあるしな。まじで食料には困らないな!」

 まぁ、モナのせいで毎日潜らなきゃいけないっていうのが多少癪ではあったが、毎日泳ぐっていうのは健康的で気持ちが良い!

 運動って、イイモノですね!

 で、光希はというと。

「見なさい和泉っ! 寝室を増築してやったわ! なんとベッド付きよ!」

「おぉ! すげえ!」

 毎日せっせと拠点を増築・改築していた。

 最初はワンルームだった小屋も、今ではオープンテラス付きなデッキが出来たり、二階が出来たり、屋内キッチンが出来たりと数日で見違えるくらいの充実っぷりだ。

「ふっふーん! そうでしょうそうでしょう!」

「……いや待てよ。なんで家具が充実してるんだ」

「………………ま、まだ、他の部屋の分を作ってないだけよ」

「おまえ絶対自分の部屋にするつもりだったなこの野郎っ!」

「ち、ちがうわよ! 違うに決まってるじゃない! ああもう邪魔だからあっちいって!」

「おめーが呼んだんだろうがっ!」

 まったく、自分のために作ったならそう言えっつーんだ。

 で、メープルはというと。

「ふぅ……どうにかリトルバードの中は整理してはみたが、正直本格的な修理が必要な状態だ。素人のワタシではどうすることも出来ん」

 私と共に食糧確保をしながら、故障したリトルバードの使えそうな機能を探していた。

「やっぱ無理かぁ」

「いずれここも天災に見舞われるかもしれない、なるべく早く脱出手段を考えなければいけないが……ワタシも小型艇をここまで調べたのは初めてなのだ。あまり期待しないでくれ」

「ん、わかった。んじゃあリトルバードの調整は早めに切り上げて、食糧確保に勤しむとするか」

 いずれ狩りの時間を脱出手段のための時間として使わなくちゃいけない時が来るかもしれないしな。

 良い案が思い浮かぶまでは、食糧確保に専念だ。

「ふむ……それもそうだな。食いしん坊な子供のために、頑張るとするか」

 んで、あとはモナなわけなんだけど。

「ぱく……ぱく……」

「生きてるかぁー」

「ぱく……はら、へった、のじゃ……」

 基本的に家の中でぐったりしていた。

 いやぁ、これが全く働く気がないような素振りだっていうんだったら無理くりにでも浜辺に連れ出すんだけどもさ。

「ぱく……ぱ、く……」

「…………」

「………………ぶあっ! はっ、はぁっ! はむっ! はくっ! はぐぅっ!」

 朝飯と昼飯の間、昼飯と夜飯の間はちょっとでも空中ぱくぱくを休むと意識を失いそうなほどエネルギーが不足しているらしく、普通に食いものを与えてやりたくなるのだ。

 不憫すぎるっ……!

 リザたんの身体にも三日目あたりからようやく慣れて来たようで、眠ることを覚えてからはだいぶ楽になったとは言っていたのだが。

「ぱく……ぱく…………」

「モナ、木の実を持ってきたぞ。今から漁に行ってくるからしばらくこれで食いつないでくれ」

「ほら、アマチュー持って来てあげたわよ。これでもしゃぶってなさい」

 メープルと光希がそれぞれ木の実とサトウキビみたいな植物をモナの側へ置いていく。

「あむ……んむ、ちゅぅちゅぅ……ありがとなのじゃ……」

「水も置いておくから、なんかあったら呼びなさいよね」

「んむちゅ……わかったのじゃ……」

 終始打ち上げられた魚みたいになっちゃってるモナは、すっかり私たちの子供扱いなのだった。

 ちなみにアマチューとはサトウキビっぽいネギみたいな植物で、林の中に生えており、表面を軽くかじってからちゅーちゅー吸うと甘い味がするのだ。

「んじゃ光希、家に居てやってくれなー。魚取ってくるー」

「りょーかーい。陽射し強いから気をつけなさいよねー」

 完全に寮母か家内と化した光希に見送られて、私とメープルは家を出る。

 さぁて、今日もいっちょ頑張りますか!

 

 ◆

 

 と、いう感じで。

 私たちは何だかんだ、一週間を過ごしていた。

「さすがに一週間もシャンプー無しじゃ、髪もギシギシねぇ」

 光希が手櫛で自分の赤い髪を梳いてみせると、キュッキュッと音がなる。

「いい加減帰りたいっちゃ帰りたいなー」

 いつの間にかそれぞれの寝室が出来、リビングにはテーブルとそれぞれの椅子まで設置された家の中でくつろぎながら呟いてみる。

「毎日筋肉痛はきつい」

「アタシだって筋肉痛よ……」

「ワタシはなんともないぞ! 鍛えているからな! それにキャンプみたいで楽しいではないかっ!」

「それはメープルが友達と外泊するの初めてだからでしょー」

「んにゃっ!? そ、そんにゃことにゃいっ!!」

 図星かよ。

「私らが遭難してから一週間だろー? アメリアさん、いい加減迎えに来てくれないかなー」

 そう、ここ一週間とにかくその日暮らしと生活環境の確保に専念してきた私たちではあったが、何も脱出案を考えていなかったわけではない。

 『とりあえず待ってればアメリアさんが見つけてくれるんじゃね』という予想のもと、長期的に救助を待つためにこうして住居を構えたのだ。

 いや、まぁ、正直アメリアさん任せな時点で脱出案でもなんでもないし、三日も経てば普通に迎えに来てもらえると思ってたから若干この予想外れてるんじゃねっていう不安はあるけれど……。

「現状、天気が崩れたこともなけりゃ海が荒れたことも、魚が居なくなったこともないしなぁ」

 私だって、そのうちクリティカルに危機的な状況が訪れて、なんやかんやと大騒ぎするはめになるかなーくらいには危機感を持ってはいたのだが、ここ一週間は本当に何もなかったのである。

 むしろ不自然なほどに、遭難初日から環境が変化することはなかった。

 ので、ただただ拠点を充実させながら救助を待つという作戦に、そこまで不安は感じていないのである。

「なぁ、ここってどこなんだ?」

「十中八九、惑星セーフティでしょうね。この平和すぎる環境、平和すぎる原生生物、どう考えても他の惑星じゃあり得ないわ」

「あー、言われてみればー」

 確かに納得である。

 ほどほどにきついといえばきついが、まぁ、現状死ぬようなことはなさそうなこの環境。

 まさしくほどほどにサバイバルって感じの環境、ここがセーフティだったら納得だ。

「ってことは、尚更迎えにきてくれてもよくなくなーい?」

「ボイド軍団との戦闘の結果も分からないからな……我々の救助に回れる人員が不足しているのかもしれない」

「その辺どうなのよ、ボイドの親玉さん」

「ふんっ、あのような雑魚ども、今頃空の星屑と化しておるに決まってるわ……ぱくぱく」

「で、ホントのところは?」

「まっさきに貴様らへ突っ込んだのでわからぬ」

「だろうねー」

 もしもモナがボイドたちの状況を知ることが出来るっていうなら、食糧不足だなんだで私らと一緒に居るわけがないしね。

「はーぁ、ホント……いい加減帰りてえなぁー」

 こんだけ無人島を開発しておいてなんだけどさ、やっぱ住みにくいし。虫居るし。暑いし。

「あ、ちなみにさ。メープルか光希のアビリティでメトロポリスまで通信とか出来ないわけ?」

「出来るわけないじゃない」

「さすがにそういうアビリティはないな……近距離の念話、程度なら可能かもしれないが」

「んー、だよねぇ……」

 くそぅ、本格的に帰りたくなってきた。

 何か手立てはないのか? こっちの世界に来てから、大抵どうにかなってたじゃないか。

 今回だってどうにか……あ、そうだ。

「なぁ、光希ってセーフティの地表、メトロポリスから見たことある?」

「はぁ? なによいきなり」

「良いから、あるの? ないの?」

「そりゃああるわよ。アメリアさんの研究室じゃあ、イデア機関のいろんなチームの研究成果にアクセス出来たから、勉強ついでに地表を調査しているチームの監視衛生にアクセスしたことがあったわ。結構綺麗なのよ、セーフティ」

「よぉーしよし、やっぱりね」

 どうせあると思ったんだ、そういうの。

「んじゃあ、ぱっぱと助けてもらうとしますか!」

「はぁ?」

 とりあえずきゃりぽんを握りしめつつ、家を出る。

「うーん、今日も快晴!」

「ちょっと、どうする気?」

 続いて光希たちもわらわらと出てくる。

 モナはメープルにお姫様抱っこされてやがる、羨ましい。つぎ私だぞ、代われよそこ。

「向こうはコッチを見てる、たぶんな。ってことは、向こうにも見えるくらいの大きさでSOSとでも書いてやればいいわけ……よッ!!」

 きゃりぽんの下側、柄のさきっちょからキャリア粒子の突起を伸ばしてドスッと地面に突き刺す。

 そして、空へ向かってグーーーーーッとキャリア粒子を展開していく。

 ほそーい粒子の糸は空高く、目測50mくらいまで伸びていったところで止まったので、今度は水平にバーーーーっと広げてみると、だいぶ大き目な膜が出来上がった。

「おぉ、おーおー、伸びる伸びる」

 とりあえず膜を『SOS』の形に変形させてみる。

「うぅん、だいぶ広がった気がするんだけどさすがに見え無さそうだよねぇ」

 雲の上に出ていない時点で気付かれ無さそうだ。

 はい、というわけで。

「無理でした」

「はぁ……他の手を考えなきゃダメね」

「ぱく……ぱく……」

「とにかく、今日のところは食糧確保に移行するとしよう。でなければ、日暮れまで海に潜るハメになってしまうからな」

「ういー」

 すっかり漁にかかる時間と日の入りの時間帯が身についてきてしまった私たちは、とりあえずいつものように漁へ出たのだった。

「ねぇ、アタシの技で一気に痺れさせたら早いんじゃ――」

「馬鹿野郎っ! んなことしたら魚が寄り付かなくなっちまうだろうが!」

 海舐めんなっ! 海にもっと感謝の念を持ちやがれってんだ! ぺっ!

 

 ◆

 

 んで、翌日。

「んー……はぁ。今日も快晴だなぁ」

 いつも通りジリジリと照り付ける太陽と、海辺特有の涼しい潮風が心地よい朝を迎えていた。

「こっから見ると、さすがに気付いてもらえそうなもんだけどなぁ」

 昨日砂浜に突き立てたきゃりぽんを眺めつつ、呟いてみたりする。

 ぶっちゃけもう漁に行くときは自作したモリがあれば十分なので、昨日からずっと突き立てっぱなしなのだ。

「ふぁあ~……おふぁよぉ……んぁ、まーだぶっさしてたわけぇ?」

「んだよぉ、もしかしたら気付いてもらえるかもしんないだろー」

「無くさないように気をつけなさいよぉ……」

「へいへーい」

 ボサボサ頭をがしがししながらシャワールームへ歩いてく光希を見送りながら、私は日課のアマチュー採取へと向かった。

「どこかなどこかなぁ~、今日のあまちゅっちゅー」

 家の裏にある林をかきわけながら、アマチューを探す。

 夜、私たちが眠ってる間はなるべく起きなくて済むようにモナの夕飯はいつも大盛りだ。

 しかし、どうしたって起きた頃にはモナのお腹はすっかりぺこぺこ。

 なるべく起きたらすぐ、採れるだけの食糧を取ってあげないとぐぅぐぅお腹が鳴りっぱなしになっちゃうのだ。

「お、あったあった~」

 私たちに一本ずつと、モナのために5本くらいをもぎ取って林から出る。

「んちゅちゅ……たらいまぁ~」

「あぁ、和泉。おかえり」

 家に帰ると、大体メープルが洗濯物を抱えているところに遭遇するので。

「モナ~、おはよぉ~?」

「んちゅ……おふぁよぅ……ちぅちぅ……」

「残りと水、置いておくからなー」

 寝ぼけたモナの口へ一本アマチューを突き刺してから、再び家を出て。

「メープルー。これ、干しちゃっていいのかー」

「あぁ、そっちの竿に頼むー」

 メープルのところへ行って一緒にお洗濯。

「メープルー、あとはー?」

「それで最後だ。和泉はかまどの火を頼む」

「うぇーい」

 その後、私はかまどの準備をしてからメープルと一緒にモリの手入れをして、昨日の晩に仕込んで置いた焼き魚を食べ。

「んじゃあ、気をつけて行ってくるのよぉ」

「「はーい」」

 光希に見送られて、漁へ出発する。

 ふぅむ、すっかり朝の行動がルーチンワークと化してきているぜ。

 これはこれで、アンカレッジに居た時よりも健全な暮らしなような気がするので全然いいんだけどさぁー。

「和泉、今日はどの辺りまで行く」

 メープルと二人、浜辺をざくざく歩きながら海を見渡してみる。

「昨日は大体島の北端だったし……北東かな?」

「了解だ」

 メープルの方角を視覚化するアビリティを頼りに、島の周辺を歩きながら漁のポイントを探す。

 この島の周辺はどうも魚が豊富で、毎回漁場を変えれば必ず大漁なのだ。

「ふむ、この辺で良いだろう」

 私たちの家がある島の西側から、ぐるっと北側を通って北東辺りまで来たところでストップ。

「それではどちらが先に潜り、どちらが火を起こすかじゃんけんといくか。フフ、今日は負けないぞ!」

「ふっふっふ、果たして私に勝てるかなぁ?」

「「じゃーんけーんぽんっ!!」」

「うげ、負けたし……」

「ふはっはっは! では海の様子を見てくるとしよう! 火は頼んだぞ!」

「うぇーい……」

 それぞれが同時に潜ると休憩のタイミングが分からない、漁なんてしていると特に自分の体力の残り具合なんかを計りにくいということで、私とメープルはまずじゃんけんをする。

 そうして負けた方が火を起こしておき、勝った方は先に潜る。

 15分経ったら交代、というのが私たちのいつものパターンになっていた。

「ま、火を起こすなんてきゃりぽんで一発だし、じゃんけんに勝っておきたいっていうだけの話なんだけど――って、しまった! きゃりぽん刺しっぱなしだ!」

 しょうがない、砂浜に『きゃりぽんとってきます』って書いて、家まで戻るかぁ……めんどくさー。

 

 ◆

 

「ただいまですよぉーっと」

 また島の北側を通ってきゃりぽんを回収し、北東の砂浜へと戻ってきたら既にメープルがたき火を作って待っていた。

「和泉、もう火は起こしたぞ」

「うわぁ、ごめんー」

「まったく、フフ。しょうがないやつだ」

 へへへ、こりゃどーも。

 …………ふぅむ。

「ん? どうした和泉、ワタシの顔に何か付いているか?」

 なんとなーくメープルと漁を繰り返すうち、仲良くなってしまったような気がする。

 いや、別に仲良くなることは良いんだけどね?

「ほら、次はお前の番だぞ」

「ういーっす」

 ま、どうでもいっか! 妙にメープルが近いだけだし! 今日も今日とて狩りまくるぞー!

 と、海へ向かって歩き出そうとした時である。

「ん?」

 ヒュ~~~~~~~~~~~~~……という、聞きなれない音がかすかに聞こえた気がした。

「どうした、和泉。また忘れ物か?」

「いや、今なんか――」

 聞こえた気がする、と言おうとしたところで更に音が大きくなってきていることに気付く。

 なんだろう、花火が打ち上がるときのような、飛行機が飛んでいく時の音のような、とてつもなく遠くから聞こえてくる音。

「なっ、なんの音だ!?」

「うるせえええっ!」

 ついに耳を塞がないと耐えきれないほどの大きさになったと思った瞬間。

 爆発音と共に、地面が揺れた。

「おわぁっ!?」

「大丈夫か、和泉っ!」

 思わずよろけるほどの衝撃に、体勢を崩したところをメープルに抱き留められる。

「な、なんだ、今の」

「家の方に何かが落下したように見えた……急いで戻るぞ」

「お、おうっ」

 ぎゅっとメープルに手を握られ、家の方へと走りだす。

「…………」

「ん? 和泉っ?」

「あっ、いや」

 なんでもないです、はい。

 で、島の北側から家のある西側へと回り込んでみると。

「い、和泉ぃ……」

 家の前でへたり込みながらモナを抱えてべそをかいている光希と。

「な、なんだ、あいつ……」

 真っ黒な全身スーツに、真っ黒なフルフェイスヘルメットみたいなのをかぶった謎の女。

「見ろ和泉! 家の周りに倒れている奴ら、デザートタイガーだ」

 そして、5体のトラ……デザートタイガーが、家を取り囲んだ位置でぶっ倒れていた。

「……なんだ、この状況。いやホントに」

『あーら、和泉ちゃんってやっぱり年上が好みなのかしら~?』

「はぁ?」

 どこかから聞こえてくるスピーカーを通した声、聞きなれた小型艇のモーター音。

 こ、この、ついこの間聞いた懐かしい声は、まさか。

「ふふんっ、ちゃろ~? 仲良くおてて繋いで浜辺でデートの最中に、お邪魔しちゃうわね~?」

「え、エミリー・ブラック!?」

 私たちの目の前に現れたのは、小型の宇宙船に乗ったエミリー・ブラックだった。

 

 ◆

 

 何故、エミリー・ブラックが島に居たのか。

 何故、光希がモナを抱えて泣いていたのか。

 何故、家の周りがデザートタイガーに囲まれていたのか。

 真相は、エミリーが話してくれた。

「地表観測用の衛星からやたら大きくて薄いキャリア粒子の集合体の反応があったから、片手間に計測してたら急に消えたわけ。そうしたら、貴女たちが無人島生活してるじゃない? だからー」

 エミリーは宇宙船から降りると、真っ黒な全身スーツに身を包んだ真っ黒フルフェイスヘルメットレディの肩へ手を置いて。

「コシュー、シュコー」 

「“彼女”と一緒に救出しに来てあげたわけ。うふふ、間に合ってよかったわねぇ。赤髪ちゃん食べられちゃうところだったわよ?」

「えぐっ……えぐっ……」

「あぁ、そう……」

 どうやら私のきゃりぽん作戦は見事メトロポリスまで届いていて、ついでに光希の身の危険が運よく回避されたってことらしい。

「で、その全身黒スーツの人はさ」

「コシュー、シュココー」

「誰なわけ」

 すっげえ機械音っていうか、呼吸音してるけど。

「ふふ、気にしないで☆」

 きゃぴるんっ☆とブイサインしやがるエミリー・ブラック。なんだってこんなに上機嫌なんだ……薄気味悪い。

「さ! 細かい話は、メトロポリスでしましょ?」

「それもそうだなぁ」

「えぐっ、ひぐぅ……」

「ほら、光希。さっさと泣きやめって、帰れるんだぞ」

「にゃによぉっ! あ、あだ、あたしがっ、ぐしゅ……どんなに怖い思いしたと思ってんのよぉ!」

「あぁはいはい、わかったわかった。よく守ってくれたねぇ。早く安全なメトロポリスへ帰ろうねぇ」

「うぐっ、えぐぅ……ゅんん……っ、ずぴーっ! かえりゅぅ……」

 こうして、私たちはエミリー・ブラックと謎の全身黒スーツウーマンによって救助された。

 約一週間、私たちの手で一から作った拠点を離れるのはだいぶ惜しい気もしたが、まぁなんだ。暇があればまた地表に降りてくればいいし、そんときはまた自給自足の生活をするのも悪くないさ、なーんて。

 ある意味、スイーパーズ以外の安定した生活の可能性を知った、有意義な経験となったのであった。

「のぅ、和泉よ」

「はいはい、なんじゃろモナさんや」

「この船の動力をちょっとだけ食べても――」

「お前ホントにぶん殴るからな」

 

 ◆

 

 で、だ。

 私たちはいつぞや行ったイデア機関の会議室へと案内されて、ボイドとの戦いがどうなったのかっていう話を聞いたり、私たちがどこでどうしてたのかを話すことになった……んだけど。

「コシュー、シュコシュー」

「いや、あの、なんでこの黒スーツさんは私にべったりなの?」

 すげえうるさいんだけど。

「さぁ、えみりぃわかんにゃーい☆」

「うわキツ」

 年齢考えろよコイツ。

「おいちょっとお前表出ろオラ」

「ひぃっ……うそですぅ……っ」

 ふぇぇ、ばばあ恐いよぅ。

「そ、そうだぞ和泉、エミリー殿に失礼だろう」

「いや、あの、なんでお前まで私にべったりなのかついでに聞いておきたいんだけどもさ」

 具体的には太ももに手を置くな、置かせるな。

「えっ、そ、それはほら、なんだ、友好の証という奴だ、うん」

「はぁ」

「にゃっ、にゃんだその目はぁ!!」

「……童貞淫乱騎士め」

「どっ、どどど童貞いうなあっ!!!」

「ちょっとぉ女子ぃ、うるさいんですけどぉ。話始められないんですけどぉ」

「そうじゃそうじゃ、あむあむ……むぐむぐ……」

 ハブられて心底不満なのか、おもくそぶーたれた光希とめっちゃお菓子食べまくってるモナに怒られたところで、ようやく本題が始まった。

 ちなみにモナはずっとエミリーさんが持って来てくれたお菓子やらパンやらを食ってる。こぼしてるぞ。

「とりあえず、ボイドたちとの戦闘は引き分けだったわ」

 黒で統一された部屋の中。

 ホログラムの光がぼんやりと部屋の中央に浮かび上がる。

「貴女たちが撃墜されたボイド軍勢の第一次攻撃によって隊列はバラバラぼろぼろ、ごちゃごちゃの乱戦の末、ボイドたちは撤退していったわ。戦ってる最中、相当な粒子を吸収して帰っていたから、損傷したというよりもお腹いっぱいになって帰って行ったような雰囲気だったけどね」

「あむあむ、まぐまぐ」

「………………」

 食うのに夢中で話を聞いてないっぽいモナ。コイツが親玉だとか言ったら、どんなことになってしまうんだろうか。

 やめとこ、隠しとこ。絶対面倒なことになる。

「で、アメリアのチームが貴女たちの捜索をしていたみたいだけど……ふふっ、アタシたちの方が先に見つけたというわけ」

「さっすがレンタルルームで――」

「わーっ!! わーっ!! 言うんじゃないわよッ!!」

 あ、秘密なのね。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。

「……和泉、レンタルルームでなんだ。ヤツと会ったのか」

「へ? いや、まぁ、うん。そうだけど?」

「……えっちなことをしたのだな?」

「してねぇよ! どんな頭してんだ!」

「フンッ、どうだかな!」

 えぇぇ……なんでこいつはこんなめんどくさいキャラになってるの……?

 大丈夫……? キャラ間違えてない……?

「ぅおっほん、とにかく。貴女たちは今、メトロポリスでは行方不明状態なわけ。で、アタシたちとしては貴女たちを好待遇で迎え入れたいと考えているわ」

「「「はぁ???」」」

「まぐまぐ……むぐむぐ、けぷっ」

 好待遇で、迎え入れる?

「何よそれ、アメリアさんを裏切れっていうの?」

「端的に言えばそういうことになるわ。和泉ちゃんは知っての通り、アタシたちも研究成果が出せないと厳しいの。だから、貴女たちが『アタシたち側の人間ですよ』っていうアピールをしてくれるとすっごく助かるなぁって話」

「……具体的にはどうしろというのだ?」

「アタシたちの用意した住居に住んで、アタシたちがプロデュースするパフォーマーとして活動してもらって、アタシたちがセッティングしたメディア露出をしてくれるだけで良いわ」

「なんだそれ、アイドルかなんかかよ」

「端的に言えばそういうことよ! フリフリの衣装、キラキラな演出、プリプリな可愛さ……貴女たちの存在をより広く知らしめながら、常人離れしたキャリア技術の活用を実践。研究機関への協力ドキュメンタリーや、異世界に移り住んでの出来事や哲学を書籍の出版するの!」

「えぇぇぇ…………」

 あほくせー……だりぃー……。

「ふふんっ、どう? どう!? 夢のスター生活をアタシたちが完全サポートしてあげるわよ!?」

「だってよ、和泉」

「えっ」

「だそうだが、和泉っ!?」

「えぇっ」

 なんで私に決定権が来るんだよ!

「いや、まぁ、なんていうかぁ……」

 正直、めんどくさい。

 いや、わかんないよ? 実際にやってみたらそういう、なに、芸能界的なところも楽なのかもしれないし、私に合ってる~なんてこともあるかもしれない。けど現状戻りたいのはあくまでスイーパーズ生活であって、強いて言うならボイド撃墜ボーナス的なのも貰いたくて(撃墜した覚えはない)、あわよくばモナがリザたんの中に入っちゃってるっていう現状を利用してこう『親玉? あぁ、私らが落としたけど?(笑)』みたいなことがやりたかったりするんであって、そんなキラキラ生活まったく欲しくなかったわけなんですよね。しかしこうして楽な生活あーんどキラキラスター生活なんてものが目の前にやってきてしまって、そのうえ自分が「うん」というだけでそんな生活が手に入っちゃうとかあまりにもレアケース過ぎて自分の中の貧乏性が酸素欠乏症になるくらい「いっとけ! やっとけぇ!!」って叫んでるんですよね。うわどうしよう。マジどうしようこれぇ!

 いや待て、冷静に考えてみろ。

 アイドルなんてやってみろ、それこそ日本に居た頃と変わらなくなるぞ。

 クッソどうでもいい世間体やらを気にして、オーディションやらダメ出しやらをされ、知ったこっちゃないどっかの誰かが決めた基準で人生左右されちまうんだ。

 そもそも、アメリアさんに先を越されたようなヤツに人生任せるとか、あり得ないだろ。

「ふふん? 決まったカシラ?」

 この調子に乗った金髪が、本当に私の人生を任せていいくらい優秀な人材なんだとしたらそもそもアメリアさんに先を越されたりしないんじゃないのか?

 レンタルルームなんぞでもちさまをあんな使い方していないんじゃないのか?

 人権団体だなんだを騙って、私に近づいて来たりしなかったんじゃないのか?

 本当にアイドル活動をプロデュース出来るような腕が、あるのなら。

 ……答えは出たな。

「あぁ、決まったよ」

「ふふ、それで? もちろんアタシと一緒に――」

「お断りします」

「……ふぇっ?」

「お断りします」

「いや、あの」

「お断りします」

「話を聞きなさいよぉっ!?」

「うるせえっ! 断るったら断るんだよ! 大体なんでお前に私の人生預けなきゃいけねえんだよ!」

「貴女は楽な生活しながらゲームが出来ればいいんでしょう!? 全てこちらで手配するから、黙ってアタシたちのチームの功績と化してなさいよ!」

「はぁぁぁ!? なんにも私のこと分かってねぇヤツだなぁロリコンババア!!」

「なぁっ、ろっ、ろぉ!?」

「いいか!? 私はなぁ! 私がやりたいようにやって、生きていられりゃそれでいいんだよ! そこが一番大事なんだよ! 楽なことよりも、誰かのためになるよりも、まず私がしたいように出来ることが重要なんだよ! 覚えとけカスがっ!!!」

「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぅ……!! 助けてやった恩も忘れてぇ……!!」

「ハンッ、こちとらあと一年は暮らせたっつーの。余計なお世話だカスが!」

「ぐぎぎぎぎ……っ!!! もういいわっ! アンタたちみたいな落ちこぼれスイーパーズの力なんか借りないんだからあっ!!!」

「コシューッ、シュココーッ!」

「行くわよっ! もうっ、こんなっ、ううぅ……!! ばかばかばーーーーーかっ!!!」

 と、いうわけで。

 言うだけ言って、エミリー・ブラックは泣きながら黒スーツと一緒に部屋を出ていってしまった。

「はぁ……疲れた」

「フフ」

「ふんっ」

「な、なんだよ」

 二人してニヤニヤしやがって。

「いいや、和泉はそういう女だと思っていたさ、と思ってな」

「大人しく女子高生やってたとは思えないバーサーカーっぷりだったわね。どちらかっていうとターザンかしら」

「……いや、そんな小麦色に焼けたお前らに言われたかないんだが」

 誰がターザンだこのやろう。

 お前らだって十分ジャングルの住人然とした面構えだわ。

「何を言う、和泉も一緒だろう」

「げっ、マジだ」

「はーあ、いいから帰りましょ。もうなんだか疲れたわ」

「んだなぁー」

 なんか置いて行かれちゃったし、とりまアンカレッジに帰るかぁ。

「むぐむぐ……む? 話は終わったのかの?」

「お前は……あぁ、うん。終わったよ。ほら、帰るぞ」

「ほほうっ! おぬしらの家か! 楽しみじゃの!」

 というわけで、すっかりボイドの親玉らしさも消え失せ、ひとりウキウキしているモナを連れて。

 私たちは久しぶりの我が家へと帰ったのでした。

 あー、疲れた。

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