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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード4『私の勇気に意味はありますか』

 

「うう……あぁ……」

 頭が、痛い。

 ムカつきが、すごい。

 目を瞑って横になっているのに、身体ごとぐるんぐるん振り回されているような気がする。

 あぁ、私はまた一週間吐き倒すんだろうか……?

 そんなのやだ……私が何をしたっていうんだ……うぅ、きもちわるい……。

 あれ? なんか、急に体調が良くなってきた気がするぞ?

 頭痛はない。吐き気もない。

 身体の揺れもどんどん収まってきてる!

 なんだこれ! 気分がすんごく良くなっていく!

「――きろ、和泉」

「う……」

 誰かが呼んでる、目を開けないと。

「和泉、和泉」

「うぅ……リザ、たん……?」

 部屋の明かりが眩しくて、全然何が何やらわからない。

 ようやく目が慣れて来た時、メディカルセンターで見たカプセルのカバーと、その向こう側に人影が見えた。

 私が横たわるカプセルのカバーがゆっくりと上がっていって、そこに居たのは。

「目を覚ましたか、和泉」

「メー、プル……?」

 青髪ロングでぼっちでむっつりな淫乱スイーパーズ、メープルだった。

 

 ◆

 

「まったく、無茶をしたものだ」

 見慣れた病室の中。

「下手をすれば一生寝たきりになっていたところだったのだぞ?」

 ベッド脇に座るメープルが、林檎をうさぎさん型に切りながらフッと微笑む。

「ヘッ、別に。私にしかできないことをやったまでさ」

 結局、ボイドの撃退には成功したらしい。

 もちぷる☆さわさわシステムによって具現化した光希のエフェクトは、見た目通りの威力を発揮。

 大きなダメージを負ったボイドは、『シンフォニー』の壁をすり抜けるようにして退散していったという。

「フフ、そうだな。ワタシを助けてくれた時も……本当に和泉は勇敢だな」

「えっ、そ、そうかなぁ」

 勇敢とか、でへ、なんか主人公みたい、でへ、でへへ。

「アメリアさんから詳しい事情は全て聞かせてもらった。異世界に飛ばされた先で、異世界の人間のために戦うなぞ早々出来ることではない。誇って良い、和泉は勇者だ」

「えへ、えへへぇ」

 正面切って褒められるのってこんなにうれしいんだなあ!

 頑張ってよかったぁ!

「そうだ、体調のほうはどうだ? 以前、キャリアパレットの検査を行った際は相当ひどかったと聞いたのだが」

「んー、今のところ快調も快調って感じ? むしろ前よりも調子が良くて……えへ、お腹空いた」

 『シンフォニー』でムリなキャリアパレットの使い方をした私は、ざっくり見積もっても瀕死の重傷だったらしい。

 結果、以前に吐き気を治した時と同じようにメディカルカプセル的なモノに投入されて治療。

 これまた瞬時に治療完了という流れだったそうだ。

 通りでみるみるうちに気分が良くなっていったわけだぁ。

「フフ、食欲があるのなら安心だ」

「わーい!」

 差し出されたうさちゃん林檎を一口食べれば、日本で食べなれたシャクシャクの蜜たっぷりな甘さが口いっぱいに広がる。

「んー! おいしい!」

「今回の一件を知った実家から送られた品でな。気に入ってもらえたなら良かった」

「こんなの毎日でも食べられちゃうね!」

「……毎日、か」

「んむぐ?」

 ふと、メープルの頬が赤くなる。

 指先もつんつんもじもじし始めて……え、なにこの空気。

「本当に、毎日でも食べられてしまうか?」

「え? う、うん、まぁ、それくらい美味しいけど」

「そ、そうか……っ」

 え、ホント何? わ、私、アレなの? も、もしかして、その、そういう、アレなイベントが始まってるの? 始まっちゃってんのコレ!?

 いやいやまさかまさかそんな、ねぇ?

「だ、だったら、だな……その、良かったら、なんだが……」

「う、うん」

「よかったら、で、いいんだが……わ、ワタ、ワタシとっ」

「わ、私とっ!?」

「い、一緒に暮らさないかっ!?」

 き、キターーーーーッ!! プロポーズ! ホントにプロポーズ!

 うわあどうしようどうしよう待って待って待っていやいやいやでも待って落ち着いて人生初の告白がプロポーズでしかも美人な異世界人!? うわあなにそれすげえ!

「い、いや、でも、そんな、急に、そういう関係になっても、さ……き、気持ちが、追いつかないっていうか」

「なにっ、い、嫌……なの、か?」

「い、嫌とか嫌じゃないとかっていうか! その、なんていうか! 気持ちが追い付かないっていうか状況が心で理解できていないっていうか!」

「実は、リザ殿と光希殿には既に話をしていてだな……」

「えぇぇっ!!?」

 い、いつの間に二人とそんな話をする仲にっ!?

 っていうか本命の私よりも先にあいつらに話したのっ!?

「わ、ワタシが早って先に話してしまっただけなんだ! 問題があれば、ワタシから改めて話を通す……だから、素直な気持ちを聞かせて、ほしい。無論、受け入れてもらえたなら……この上なく、嬉しい、のだが……」

「あ、ぅ……」

 く、くぅぅずるいっ!

 そんな大人カッコいい美人なのに乙女な顔するなんてずるいっ!

 い、いや、でも、いくらなんでも数回会った程度の相手と一生を共にするっていうのはハードルが高いし……その、異世界人とっていうのも、いろいろ、ね?

 ……いいや、そんな先のことなんて分からないんだ、メープルも言ってるじゃないか。

 今この瞬間の、素直な気持ちを伝えればいいんだ。

「わかった」

「えっ……?」

「私、メープルの事を良く知らない。メープルだって、きっと私のことを全部知ってるわけじゃないって思ってる。でも、もし、これからお互いの事を知っていくためにそういう関係になってもいいって言うなら、私は……なっても、良い、かな~って思う、かな?」

「和泉……っ!」

「い、言っておくけど! 私は、そんな、嫌なことがあれば我慢して相手を立てるような気立ての良さもないし!? 楽な道があれば存分に楽をするし、受け入れられるずるは出来る限り使っていくし、一生楽に生きていければとか思ってるから! 思ってるんだからねっ!」

「フフ、分かっているさ。そんなことを言いながらも、いざとなれば人のために動かずにはいられない、勇気ある和泉だからこそ一緒に暮らしたいんだ」

「あ、ぅ、ぁ……」

 な、なんだよぅ……急にそんなかっこいい顔して褒めるなよぅ……。

「よし! そうと決まれば、早速アメリアさんへ連絡しなくてはな!」

「え、あ、あぁ、そっか」

 一応、私たちの住んでるブロック282はアメリアさんの管轄だもんね。そりゃあ連絡して当然か。

「フフ、これから忙しくなるなっ」

「あ、う、うん。やっぱり、あれ? 式とか、やる感じ?」

「式……そうだな、ささやかではあるが式を催しても良いかもしれないな!」

 そ、その場合、やっぱり私がウェディングドレスを着ることになるんだろうか!?

 いやいやしかしメープルがドレス? それとも二人ともドレス? いいや結局ボディスーツなんだろうか!?

 うわあ! やべえ! テンションが落ちつかねぇー!

「それじゃあ、ちょっと連絡してくるっ!」

「あ、う、うん、り、林檎! ありがとねー!」

「フフ、どういたしましてだっ」

 ご機嫌な様子で出ていったメープル。残された私。

 うわあ、これからどうしたらいいんだろう……。

「とりあえず、お風呂と歯磨きは入念にしとこ……」

 

 ◆

 

 で。

「へぇ、中々悪くないじゃない」

 どさっ、と荷物を置きながら光希が部屋の中をきょろきょろと見回す。

「そうだろう、和泉たちが来るのを機に引っ越しだばかりなんだ。格安のブロックなのだぞ? ちなみにワタシのベッドはここだ」

 得意気に二段ベッドの一階をぽふぽふと撫でるメープル。

「同志のベッドはどこにしますか」

 その横で、荷物を持ちながら一階部分を覗き込むリザ。

「は?」

 なんだ、この状況。

 どうして私は、光希やリザと一緒に新居に居るんだ?

 っていうか、なんだこの新居。

 確実にあれ、校外学習とかで止まる合宿所じゃねえか。

 大体六畳一間程度の部屋の両サイドに構えられた二段ベッド。

 申し訳程度のベッドサイドテーブルが一つに、窓も一つ。

 いかにも蛍光灯ですよと言わんばかりのライトが天井にふたっつ。

「あの、え? は?」

 メープルとの結婚は? 式は? 新居は? どうしてこいつらも一緒なの? どういうこと?

「同志?」

「なに突っ立ってんのよ、アンタもさっさと荷物置いたら?」

「あ、あぁ……いや、じゃなくて!」

「??? 和泉?」

「…………リザたんや」

「はい、同志」

「今、なんで私はここに、光希たちと一緒に、メープルの家に来てるんだっけ?」

「はい、同志が脅迫を伴うセンテンスグループの最新作を故意に破損させたことで信頼の喪失、センテンスグループが設計・提供していたブロック282はイデア機関の管轄外に。わたしたちは追い出されたので、騎士ガルシアの元でお世話になることになりました」

「ふぇぇぇぇ???」

「言って、いなかっただろうか……?」

 いや、いやいや、そんな、え?

 一緒に住む、ってそういうこと? 二人の甘い秘密の花園じゃなくて、家を追われたから転がり込む的な?

 じゃあ、え、いやいやいやまてまてまて!

「じゃあ、何? あのひろーい快適空間はもう二度と入れないの?」

「そういうことになります」

「……ほ、報酬は!? 護衛依頼の報酬があっただろ!」

「もちろんあったわよ、そして支払われたわ」

「じゃあ!」

「同時に、アタシたちには『シンフォニー』損壊の弁償代とセンテンスグループの試作品の弁償代、そしてスタッフへの脅迫に対する慰謝料ってことで6000万ルピーの請求が来てるわよ」

「は、はぁ!?」

 6000万!? 報酬の倍じゃねぇか!

「今は、アメリアさんがイデア機関の経費で立て替えてくれているそうだ。だから、これからは借金生活ということになるな」

「うそ、やんけ……だって、あんな、不慮の事故みたいなもんじゃ」

「しょうがないでしょー」

「うぐ、ぐぐぐ……嘘だ、私が借金生活なんてぇ……」

「ほれ、イデア機関からお便り来てるわよ。請求書の入った、ね」

「う、うぅ、うぅぅ…………うそだぁーーーーーっ!」

 

 ◆

 

「はぁ…………」

 私たちの新居――スイーパーズユニオン公認ステーション『アンカレッジ』。

 私はその共有ロビーに設けられている大量の長テーブルと椅子のはじっぺに座り込んで、べっちゃりと突っ伏していた。

「空しい……」

 何やってんだ私。

 アメリアさんに機械触手で凌辱されて、仕返しして、光希ウィズスイーパーズに咎められて、アメリアさんのためにスイーパーズ始めて、アメリアさんに依頼を紹介してもらって、命張ってボイド撃退して……その結果が、コレ。

「ほんと、なにやってんだろ……」

「和泉」

「むぁ……なんだメープルか」

「なんだとはなんだっ」

 うるせえ、こっちは一世一代の返事を返したつもりだったんだぞ。なんだとも言いたくなるわ。

「なんでもないですぅー」

「何をそんなにぶーたれているんだ、全く。ほら、ミートウルフの唐揚げだぞ」

「……借金まみれの人間はそういうものは食べられないので。お金ないので」

「ワタシの奢りだぞ?」

「いただきます」

 完全に鶏のから揚げにしか見えないそれを一口頬張る。

 うん、うん。塩味なところはあまり馴染みがないけど、普通に美味しい。

「うまい……」

「ふふ、そうだろう。ここ、アンカレッジはスイーパーズの活躍で成り立っているからな。自分たちの働きを、こうして舌で味わえるというのも……んむ、悪くないものだろう」

「はぁ……」

 自分たちの働き、ねえ。

 私の命を張った働きが、ボイド撃退が、3000万の借金に。

「なぁ」

「んむ、どうした?」

「センテンスグループとかっていう会社、どこにあるのかな。爆破したい」

「いきなり何を言っているんだ!?」

「だぁってさぁ! 私があの場で機転を利かしてボイドを撃退しなかったらあいつら全員死んでたんだよ!? それをなに! 脅迫しただの試作品壊しただのの些細なことでなんだって報酬分の借金なんて負わされなくちゃいけないんだよ! おかしいだろ!」

「お、落ち着け和泉」

「がるるるる……!」

「今回の件、本来ならば数億、数十億の世界の話だったのだぞ。上手く話をまとめてくれたアメリアさんに感謝しなければならないくらいだ」

「……またまたぁ」

 そんなバカなぁ。

「だってぶっこわれたのって新作ゲームの試作品だろ? データの大本がふっとんだわけでもないのに、そんなうん千万もかかる?」

「『シンフォニー』は、防護フィールドの恩恵で傷つかないことを前提に構築されたもの。光希殿の一撃で破損した箇所を修復するまで『シンフォニー』は他のステーションと同じく無防備になっているのだ、代わりの警備費用は膨大だ」

「ぬぐっ」

 そういうことなら何千万もかかる……の、かな。

「加えてセンテンスグループスタッフに対する脅迫……数千万の事態で済む話ではない」

「あ、あれは、だってさぁ……」

 しょうがないじゃん! ああしないとパニクってて何にもしなかったんだもん!

「そこを全て、イデア機関とスイーパーズユニオンでシンフォニーを保護することを条件に、6000万で抑えてくれたのだ。感謝しなければ罰が当たってしまう」

「むぐぐ……」

 んなこと言われてもさぁ、やっぱり納得はいかない。

 だって助けてやったんやぞ! この! 私が! 命をかけてぇ!

 ……って言っても仕方ないのはわかってるんだけどさ。

「それに、現状はひとまずイデア機関が支払いを終えてくれている。我々に残された借金の額が利率だなんだで増えることはない。時間をかけて解決するしかあるまい」

「……そう、なのねん」

 元はと言えば、アメリアさんのお茶漬け生活をどうにかしてあげようと思ってスイーパーズで働き始めたというのに、逆に多額の借金を科してしまったわけだ。

 これでまたお茶漬け生活に戻っていなければいいんだけど……。

「一回やると決めたんだから、やるだけやらないとね!」

「うむ、その意気だ!」

「で、そういえば光希とリザたんは一体どこに?」

「あぁ、リザはアメリアさんのところで健康診断、光希はひとりで依頼をこなしてくるだそうだ」

「ふぅん」

 なんだかんだ言ってたくせに光希のやつはひとりで依頼か。

 私らを誘っても断られて、もっと寂しい思いをするとか思ったのかなぁ。

 思ったんだろうなぁ。

 別に依頼くらい断りゃしないのに。

「さ、我々も光希に後れを取るわけにはいかないぞっ! 早速依頼を――」

「どうでもいいけどさ」

「ん?」

「呼び捨てになったんだな、リザと光希のこと」

「うっ、い、いいだろうっ! これからは一つ屋根の下暮らす家族のようなものなのだからなっ!」

「友達飛び越していきなり家族とはハードルの高い共同生活だなぁ、だいじょぶかぁ?」

「だっ、だいじょぶにきまってりゅっ!」

「へーへー、ならいいですけどぉ」

「むぅぅっ! な、なんなのださっきからっ! ワタシに当たりがきついぞっ!」

「へーへー、ごめんねー。くれぐれもあの部屋でえっちなゲームはやらないでねー」

「だあっ、だれがやりゅものかあっ!」

「ほらさっさとユニオンいこうねー」

「むぅぅぅぅうっ! 和泉ぃぃぃっ!」

 

 ◆

 

 で。

 私とメープルはとりあえず再びミートウルフ討伐の依頼を受ける事にした。

 私たちの住む『アンカレッジ』だけでなく多くのステーションで振る舞われているミートウルフの料理はいわゆる“旬のモノ”。

 よってミートウルフ狩りは今の時季、唯一需要が絶えない依頼なのだそうだ。

 なので、ミートウルフ討伐の依頼を受けたわけなんですけども。

「くっ……なんてつぶらな瞳で、ワタシを見つめてくるんだあ……っ!」

「いーからさっさと片付けろや前衛職―ッ! 私のほうにばっかり来てんだろうがぁー!」

 相変わらずメープルは役立たずなのだった。

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」

「うん、和泉は強いな!」

「お前が役立たずなだけだろうがッ!!!」

 決して楽とも言えないが、現状コレが一番稼ぎやすいのだから仕方がない。

 使い捨てのキャリバスターと、申し訳程度のアビリティを駆使して一度に三体を目標に狩っていく。

「くぅう……っ、なんてふかふかなあんよでぺたぺた歩くんだあ……っ!」

「いいからっ、さっさとぉっ! 戦えやあーっ!」

 で、なんとかかんとか一日がかりで三体を狩ったら帰宅。

「お疲れ様です、同志」

 するとリザたんが帰って来ていた。

「うん……明日は、手伝ってね」

「了解です、同志」

 そんなわけで二日目からはリザたんも交えての三人パーティ。

 光希はなぜかアメリアの研究室で寝泊まりしているらしい。まぁ、知らん知らん。

 三人も居れば楽勝だろ!

 と、思っていたのだが。

「くぅうっ! なんて可愛い瞳でワタシを凝視してくるんだあっ……!」

「同志、キャリバーのエネルギーが切れました」

「だからあッ! もうさあッ!」

 メープルは相変わらず役に立たず、リザたんはすぐ武器を壊す。

「ぜぇぇぇ……ひぃぃ……ほひぃぃ……っ」

「うん、本当に和泉は強いな!」

「同志、かっこいい」

「お前らがぁ! 役立たずなあ! だけ、だ、ろ……がふっ……」

 結局楽になることも無かったが、なんだかんだで一週間。

 私たちは使い捨ての武器を買っては使い、買っては使い、なんとか暮らしていた。

 で、一週間経った日の夜。

「うっ、ぐすっ、えぐっ」

「…………何やってんだお前」

 光希が泣きながら帰ってきた。

「らってっ、えぐっ、ひとりっ、ぐしゅっ、さみじい……っ」

「じゃあなんでアメリアさんとこ行ってたんだよ」

「ぐしゅっ、ぐすっ……だって、すんっ……邪魔者扱いされたまんまじゃ、ヤだったんだもん」

「……で? 上手くいったのかよ」

「おいだされた……っ」

「………………」

 不憫すぎる……っ!

「明日からは、一緒に依頼受けに行こうな」

「ぐしゅっ、ぅん……っ!」

 

 ◆

 

 と、いうわけで光希も加えた四人パーティとなった私たちは、今日も今日とて惑星セーフティへと降り立っては。

「てやぁぁぁっ!」

「使えない騎士はどいてろ」

「にゃっ、にゃんていいぐしゃをぉっ!」

「光希ー」

「ほーい」

 光希の電撃でびりびりっとスタンしたミートウルフを。

「ばんっ」

 私が撃って。

「お見事です、同志」

 リザたんから褒められる。

 そんなミートウルフ狩りをひたすら繰り返していた。

「だいぶ安定して狩れるようになってきたなぁ」

 さすがに一カ月以上続けていれば慣れてくるというものだ。

「い、和泉、さすがにワタシにも何か仕事を……」

「あぁ、じゃあユニオンに回収の連絡しといて」

「ひゃい……」

 相変わらず義理だの犬好きだので役に立たないのは一名居るが、大した問題じゃない。

 私と光希、そしてモチベーション管理係のリザたんが居れば大丈夫だ。

「四人分の食費・装備費・雑費以外に借金返済分の30000ルピーは確保できてるわけだし、このまま十年ちょい狩り続ければあっという間に返済だなー」

「その前にミートウルフが絶滅するわよ、馬鹿じゃないの」

「んじゃあどうすんだよ、なんたらレックスだのなんたらドラゴンだの狩りにいくのか?」

 当然、スイーパーズユニオンにはミートウルフ狩りみたいな狩猟依頼ばかりでなく、他の依頼もたくさんある。

 しかしどれもオーダーメイドな装備を持ち、幾千の死線を潜り抜けてきた仲間たちと一緒に受けるようなものばかり(私の印象)。

 到底、役立たず二人を連れたウチのメンツで行って、帰って来られるような依頼ではないのだ。

「別にそんなこと言ってないでしょ! 装備を整えて、イデア機関の惑星開拓事業に協力するとか、大勢でパーティを組んで長期間かけた危険モンスター駆除作戦に参加するとか、いろいろ活動場所を変えてもいいんじゃないのって言ってるの!」

「やーだよ大勢でパーティなんて。知らないヤツにこき使われるのとかまっぴらごめんだし」

「じゃあ機関に協力するほうは?」

「……金ないし」

「なんでよ! こんだけ毎日狩りしてんのよ!? 一日十体は狩ってるじゃない!」

「よ、四人も居て毎日たらふく食ってんだぞ! そ、そんなのすぐになくなるっつーの!」

「……佐藤さん」

「はい、光希様」

「和泉は一体アタシたちのお金をどこへやったの」

「あっ、ちょっ」

 やめろばか!

「ハイ。同志は密かにもちぷる☆さまーでいずを購入し、アメリアの私室に保管。夜な夜なレンタルルームへ持ち出しては楽しんでいます」

「あーーーーーーーっ!! 言うなって言ったのにっ!!」

「やーっぱりね! アンタがお金の管理なんてまともに出来るわけないのよ! 寄越しなさい、今すぐ残りのお金を全部寄越しなさいっ!」

「ふっざけんなユニオンの手続きは全部私がやってんだぞ! お前なんかに管理を任せたらどーせ私の取り分が千分の一になるわっ!」

「ぬぐっ……そ、ソンナワケナイジャナイー」

「カタコトになってんだよっ! いいか! 私がもちさま買った金だってなぁ! 私がお前らのお小遣い分と返済分、食費だ風呂代だ家賃だを考えて、残った中でも『このくらいは私が活躍した分かなっ♪』って計算して貯金してた金の中から出してんだっ! そもそもの稼ぎが少なすぎて装備のグレードアップに回すなんてできねーんだよっ!」

「アンタの活躍分はどんだけ取ってんのよ」

「十割」

「やっぱり寄越しなさいっ、このっ! 抵抗すんじゃないわよアホっ!」

「なっ、この引っ張んじゃねーよ! いってぇ! 触んな中二病が移るっ!」

「おーい、連絡してきたぞー……って、なんだこれは」

「同志と光希様がお金の管理でもめてる」

「はぁ……わかったわかった、二人とも落ち着け。管理ならワタシが」

「「役立たずは黙ってろッ!!!」」

「えぐっえぐっ……そんな、罵倒しなくてもいいのにぃ……っ」

「よちよち」

 

 ◆

 

 で。

 ひとまず金のことは単純四等分して、勝手に管理することに落ち着いた。

「手間が増えるが、まぁ……」

「揉めないことが一番よね……」

「「はぁ……」」

 心底疲れた。

 ひとしきりもめたあと、私たちは『何やってんだろう、こんなことしてる場合じゃねえのに』という虚無感に襲われて心底しょんぼり中だった。

 で、今は今日の報酬を受け取ったあと。

 四人で『アンカレッジ』のロビーで夕飯中だ。

「毎日毎日ごはんを食べてお風呂に行って眠って起きて……いくら文明が進んだって人間そうそう変わらないのねぇ」

 から揚げを突きながら、ため息をつく光希。

 ちなみに今日のメニューは相変わらずのミートウルフのから揚げとサラダ、それにパンという簡素なものだ。

「人間が変わらないっていうか、生き物である以上どんな種族でも変わらないっていうか」

「ボイドも一緒だっていうわけ?」

「あいつらだって、なんだ。なんたらっていうエネルギーが必要だから、メープルたち『こっち側の人たち』を襲ってるわけだろ? 一緒じゃんか」

「ボイドの目的が生命活動の維持のため、というのもイデア機関の研究成果でしかないからな。彼女らから直接聞けたわけではない以上、全てが憶測になってしまうが、きっと我らと同じなのだろうな」

「直接会話が出来れば争う必要もなくなるってわけじゃなさそうだけどなー」

 けどまぁ、例え会話ができたとしても、だ。

 やつらが近くに居るだけでエネルギーを吸われたステーションが機能停止しかねないんだ、どうしたって相容れられないだろう。

「いや、そんなことはどうでもいいから。私たちが考えなきゃいけないのは借金と明日からの生活費のことだから」

「はぁ……早く帰りたいわ……」

「同志、同志」

「ん?」

 私の袖を引くリザたんの手には、スイーパーズカードが握られていた。

「同志のレベルも上がってきた。テクニックアーツの導入を考えてもいいはず」

「あーそれなんだけどさぁ、こんだけ懐事情が厳しいと適当に選ぶ気になれなくてさぁ」

 もしかしたら私のアビリティの振り方ひとつで借金返済にかかる期間が十年から一カ月、一週間に変動するかもしれないのだ。

 そう考えると中々素人考えで使いたくない。

 どうやらキャリアパレットそのものを消費する……的な感じらしいし。こわい。

「アメリアに聞くといい」

「アメリアさんに、ねぇ」

 ぶっちゃけ、アメリアさんの現状がどうなっているか、私は知らない。

 もちぷる☆だいじけんで多大なストレスがかかったことは間違いないだろうし、最悪私たちと連絡なんて取りたくない可能性もある……あれだけ私と光希の今後に気を使ってくれていた人が一月以上音沙汰無しなのだ、十分考えられる。

 連絡とりずれー。

「おぉ、それが良い! 我らの活動を報告がてら、アドバイスをあおぐのが良いだろう!」

 乗り気なメープルに続いて、光希も頷く。

 まぁ、私の気にしすぎかもしれないし。

「んじゃ、アポ取ってみるかぁ」

 っと、スマホを取り出したところで思い出した。

「そういえばリザたんや。いつだか健康診断に行ったときは、どうだったんだ? 何か言ってなかったか?」

「『これからのために準備をしているけど上手くいくかわからないから、和泉さんたちにはナイショにしてねっ』と言われた」

「……今言っちゃったじゃん」

「???」

 なんだかわからんが、とりあえずリザたんには絶対に秘密を教えないようにしよう。

 すぐ言っちゃうんだからこの子は。

 

 ◆

 

 で、翌日。

「みなさんっ! お久しぶりです~っ!」

「ど、どうも」

 アメリアさんに連絡してみたところ『ぜひともすぐにでも是が非でも来てほしいっ!』ということだったので、私たちは早速イデア機関所有の会議室的なところへとやって来ていた。

 飾りっ気のない白を基調とした部屋は、日本の会議室的なところと大して変わらない雰囲気を放っている。

 なんかあれ、ドラマとかに出てくるようなでっかいテーブルの周りに椅子が並んでるやつ。

「すみません、わざわざ足を運んでいただいて……」

「それは良いんですけど、なんだってわざわざ会議室?」

「はい、実は和泉さんと光希さんへお渡ししたいものがありまして。一応危険物ということになりますので、公共の場ではなく機関の施設へとご案内いたしました」

「危険物!?」

 やっぱり殺されるんだろうか。そらそうか、3000万の借金だけでなく大企業との縁も切られたんだから当然か。

 は、ハハ、この女、いますぐここで●るしかねぇ……!

「あ、危険物といっても一般的にと言う話で! それは後々おはなしさせて頂きますので、まずは和泉さんたちの要件からどうぞっ」

「…………」

 どうぞ、と言われても。

 これから殺されるというのに一体何を話せというのか。

「ねぇ、ちょっと和泉っ」

 隣に座る光希が肘で突きながら小声で話しかけてくる。

「やばいんじゃないの、ねぇ」

 やはり光希もヤバさを感じ取っているらしい。

「あぁ、私たち全員この場で抹殺されるかもな」

 ヤるなら早い方が良いと思うぞ的なジェスチャーをしてみる。

「……とりあえず謝ったらいいんじゃないの」

「……それもそうだな」

 ごもっとも。

 ダメで元々、通せる筋は通しておこう。

「アメリアさん」

「はいっ、なんでしょうっ」

 光希と二人、アメリアさんへと向き直って、一拍。

「本っっ当にすみませんでしたぁッ!!!」

「すみませんでしたあっ!」

 私たちは揃ってテーブルへと頭をめり込ませる勢いで謝った。

「お、おい、和泉!? 光希殿!?」

「???」

 メープルとリザは困惑しているようだがそんなことはどうでもいい、アメリアさんの反応は……。

「ほえっ?」

「えっ」

 普通に困惑していた。

 え、あれ? なんで?

「あっ、『今更謝って、どうにかなる問題と思ってるんですか?(笑顔)』っていうこと?」

「えっ、えっ、どういうことですかっ?」

「だって……アメリアさんは借金作った上、大企業との縁を切りやがった私たちを抹殺するんじゃ……」

「えええっ! しませんよぅそんなことぉっ!」

「だって危険物って言ったじゃない!」

「そっ、それはだから一般的にって言ったじゃないですかあっ! おふたりの為に作った装備ですよぅ!」

「「装備ぃ??」」

 私たちは、揃って顔を見合わせたのだった。

 

 ◆

 

 で。

「センテンスグループとの縁はそんな簡単に切れたりしませんよぉ」

 アメリアさんは、私たちが改めて今回のことを謝罪すると、ぽへぇ~っと気楽に笑った。

「でも、シンフォニーを追い出されたのはセンテンスグループとの縁が切れたからなんじゃ」

「ブロック282は元々使う機会のなかったブロックでして。機関で働く者の多くは既に自宅を所有していますし、わざわざメトロポリスから離れたステーションへ移る必要性もありませんでしたからね」

「うっそーん……」

 じゃあ、私たちは要らん物置に住まわされてたってこと……?

「今回のことを機に、センテンスグループへ体よくお返ししただけなんです。すみませんっ」

 ぺろっと舌を覗かせながら手を合わせるアメリアさん。ホント気楽だなオイ。

「でも、慰謝料がーとか……」

「あれは、まぁ……いわゆる、世間体というやつなんです。センテンスグループもイデア機関も大きい組織ですから、事件があったら何かと痛い目を見ておかないと色々ありまして……えへへ」

 こんなところまで来ても、大きな組織が注目を集めてしまうのは変わらないらしい。

 悲しい人間の性ってやつだね。

「とにかくっ! 皆さんがそう気負う必要はありませんよっ! 返済に関しても、まぁ、うやむやにしても良いのですが……しっかり納めて頂ければ、機関から『協力報酬』という形で色々援助できると思いますので、よろしければということでっ」

「あー、なるほどぉ」

「結局、アタシたちの生活はなんら変わらないわけね」

「そういうことになりますっ」

「そういうことはあ! もっと早く知りたかったなあ!」

 この一カ月ちょっと、気が気じゃなかったなぁ!!

 もちぷる☆さまーでいずが無かったら今頃私死んじゃってるなあ!!!

「えぇっ!? ち、ちゃんとお便りに書かせていただいたんですけどぉ……?」

「えっ、うそ」

「よ、読まれていないんですかぁ?」

「いや、普通に読みましたけど……そんなこと書いてあったかな」

 なんかやたらめったら堅苦しい挨拶と一緒にでっかく『3000万ルピー』って書いてったから、とにかく借金だ、とにかく返せ的な意味かと思ったんだけど。

「……和泉に読ませたあたしが馬鹿だったわ」

「おいちょっとまてどういう意味だコラ」

「アメリアさんはきっと事情を知らない者が見れば本当にただの借金取り立てを申し立てる書類に見えるよう、遠まわしに書いてくれていたのだろう」

「あっ、そゆこと」

「うぅ……わかりにくくてすみません……」

「いいんですよ、こっちこそ馬鹿に読ませてすみませんでした、ホントに」

「てめぇまじいい加減にしろよコラあ!」

 やってやんぞオラあ! 危険物で一発かましたんぞコラぁ!

「で、次の話に移りたいんですけどここ一カ月連絡取れなかったのはなんでなんですか?」

 私を無視して光希が話をすすめやがった。

「すっ、すみませんっ! 開発に思いのほか時間がかかってしまいましてぇ……っ」

「開発?」

「はっ、そうですそうですっ! これまで機関に納めて頂いた金額、約100万ルピーの報酬としてお二人専用の装備を開発いたしましたっ!」

「「おおっ!?」」

 なにそれすげえ!

「私たちって一月で100万も払ってたのか!?」

「えっ」

「ホントよね! あたしらってもしかして人生勝ち組……? 相当な稼ぎなんじゃないかしら……」

「実質支払いする意味もないって分かったわけだし、これからは返済分を貯金に当てればあっという間なんじゃないか……?」

「億万長者も夢じゃないわね……」

「あの、和泉さん? 光希さん? あのー?」

「となれば、私らだけでシンフォニーの一ブロックを買い占めることも?」

「出来ないとは言い切れなくなってきたわね!」

「あの、説明をっ、説明を聞いてくださぁーいっ!」

 

 ◆

 

 で。

「これらは私らのキャリアパレットに合わせて最適化され、使う度に強くなっていけますよ装備であるというわけですね」

「うぅ……もうそれでいいです……」

 アメリアさんの説明は大半スルーしてしまったが、要は私らに合った装備ってことらしい。

「ジェネレーションエックスは補正値が高く、その特性から現在開発されている装備を使用すれば一度か二度の使用で確実にエネルギーを枯渇させてしまいます」

「えっ、リザってそうなの?」

「らしいです、同志」

 だーからキャリバー使う度にすーぐエネルギー切れになってたわけかぁ。

「……本格的に戦えないな」

「ですね、同志」

 ふんすっと得意気に胸を張るリザたん。何を偉そうにしてるかねキミは。

「しかし、和泉さんと光希さんの場合は違います。いくら補正値が上がろうとも、適切な値まで調整する機構を備えた装備を使えば、キャリアパレットの伸縮性を利用して安全に装備を活用できます」

「ふ、ふぅん、なるほどね?」

 さっぱりわからん。

「それじゃあ佐藤さんにも、同じような装備をさせれば戦えるってこと?」

「いえ、ジェネレーションエックスの場合は光希さんたちに備わっているキャリアパレットの伸縮性がありません。よって、『適切な値まで調整する機構を備えた装備』を扱えないのです」

「はー、そういうことなのね」

「ですので、ジェネレーションエックスの場合は高出力にも耐えうる強靭な機構を持った武装……それこそ、軍艦レベルのモノが適切なんですが……」

「そんなものどっから手に入れるのよ、ってことになるわけね」

「はいぃ……」

「同志、わたしは軍艦レベルらしいです」

「あぁ、めちゃんこすげーな」

「結局役立たずっていうことを分かっているのか……?」

 

 ◆

 

 で。

「あ、あー、そうだそうだ! 危険物の話をしたせいで忘れちゃってたんですけど、テクニックアーツの習得についてアドバイスを貰いたくって!」

「テクニックアーツ、ですか?」

 小首を傾げるアメリアさん。

「そうなんですよ! 一体何を習得したらいいものかと思いまして……あれ? でもよく考えたら、借金が実質借金じゃないことが分かったんだし急ぐ必要ないのでは?」

「あっ、それもそうね」

「んじゃあ適当でいっか」

「良いと思います、同志」

「あ、じゃあなんでもないでーす」

「良くないッ! せっかくなのだからきちんと聞いておけ、和泉ッ!」

「ヴぇーい……で、テクニックアーツは何を取ったらいいですかー……」

「うぅん、そうですねぇ……」

 私のスイーパーズカードを受け取ると、更に頭を捻るアメリアさん。

「うぅぅ……和泉さんのステータスですと、提供されるテクニックアーツも限定されていますから、バスタータイプの装備で活用できる弾丸を強化するタイプのもの、でしょうか……」

「ザ・ありきたりって感じですね」

「すっ、すみませんっ」

 あ、いえいえ、自分の素のステータスの問題ですので、ははは。悲しい。

「アンタがクソザコナメクジだからいけないんじゃないのー?」

「うっるせっ! そういうお前はどうなんだよっ!」

「アタシは勿論、英雄にふさわしいステータスよ」

「……見せてみろよ」

「ほぉら」

「なっ!?」

 光希のステータス、オールランクS!?

「Sってお前……さ、最高ランク……?」

「いいや、アルファベット順だから実際はかなり低ランクだ」

「んだよっ!」

 びびって損したわっ!

「ほんっとにお前は見掛け倒しだな」

「み、見掛け倒しじゃないわよぉ!」

「と、とにかくっ! 今回お渡しする装備を活用いただければ、基本的なアビリティのみであっても十分な成果を発揮できると思いますので、どうぞご活用くださいっ」

 ってなわけで、満を持してぱぱーんと差し出されたのは、アタッシュケースに入った二つのグリップだった。

「なんです、コレ」

「なかなかカッコいいじゃない」

 私と光希、それぞれが手に取ってみる。

 ふむぅ、キャリバスターのグリップ部分だけっぽい感じだけど滑らかな表面と手のひらに馴染む形状が非常に握りやすい。

 まるでコントローラーの片手部分だけ、みたいな設計だ。

「はいっ! それはですね――」

「あーちょっと待った」

「ほえ?」

「リザ、説明全部聞いてきて。そして私たちに簡潔に教えて」

「了解です、同志」

「うぅぅ……説明ぃ……」

「……和泉よ、お前はそこまでしてアメリアさんの説明を聞きたくないか」

 だってめんどいんだもん。

 

 ◆

 

 で。

「スイーパーズカードをセットして使う。あらかじめ設定した武器の形状へキャリア粒子を展開して、武器として使用できる。キャリアパレットの成長に合わせて出力が上昇する。エネルギーは自動精製するから基本無限。基本店売りの装備よりつよい、ということでした、同志」

「ほっほーん」

 約15分経った後、別室から戻ってきたリザたんが簡潔に説明してくれた。

「アメリアさん……おつかれさまです」

「いやぁ、思う存分説明出来るかと思うとそれはそれで楽しかったのでよかったですぅ」

 アメリアさんもなんだかテカテカしているので、よかったよかった。

「設定ってどこでするんだ?」

「コンソール」

「ほっほー」

 ホント便利だなコンソール。

「同志のスマホでも可」

「えっ、まじで」

「ローカル通信可能」

 すげえなキャリア技術。

「あ、ちなみに名前は『きゃりぽん』ですよっ! きゃりぽんっ!」

「ワー、スゴーイ、カワイー」

「えへへぇ、そうですよねぇ! わたしがつけたんですよぉ!」

 アホかこの人は。

「名前……名前ね……帰ったら辞書引かないと……」

「…………」

 光希は光希でまーた変な名前をつけようとしてやがるし……どいつもこいつも。

「んじゃあとりあえず、もう一回ミートウルフくんを狩り狩りしてみるかぁ」

「はいっ! 何かありましたら、すぐにご相談くださいねっ」

 笑顔のアメリアさんに見送られて、私たちは会議室を後にした。

 

 ◆

 

 で。

 翌日。

「光希ー」

 諸々の準備を終えた私たちは惑星セーフティへと降り立ち、今日も今日とてミートウルフ狩りにきていた。

「宵闇と白夜の狭間で舞い散りなさい――ッ!」

 こっぱずかしいセリフを吐きながら、グリップ……いや、きゃりぽんを振るう光希。

 きゃりぽんは振られた勢いで半透明の大鎌を展開し、インパクトの瞬間。

 強烈な閃光と共に雷撃を迸らせる。

「きゃいぃんっ!」

 たった一度の攻撃で痺れたミートウルフは、そのまま動けずに光希の連撃を受け、撃破されてしまった。

「うわーハメだー」

 調整されて使えなくなるやつだー。

「ふっ……安らかに眠りなさい」

「もう良いよそれ」

 聞いてるほうが恥ずかしいわ。

「しっかしホントに強いわね、きゃりぽん」

「これでエネルギーも無制限っつーんだからすげえよなぁ。原理はわかんないけど」

「アメリアさんの説明をちゃんと聞いてなさいよ……」

「リザたん、わんもあぷりーず」

「はい。この武器は……」

「この武器は?」

「…………」

「…………??」

 黙りこくるリザたん。

「……自家発電、的な?」

「的なって」

 ずいぶん曖昧だな、オイ。

「アンタが馬鹿すぎるから、佐藤さんが言葉選んでくれてるんでしょ~? 文句言うんじゃないわよ」

「なにをうっ!?」

 そこまで馬鹿じゃないやいっ!

「んでもまぁ、とにかくこいつがあればこれから武器代は考えなくていいわけだ」

 自分の手に握られたグリップを眺めつつ、頷いてみたりする。

 うんうん、イイモノだ。よくわかんないけど。

「んじゃま、適当に狩ったら帰るかー」

「「おー」」

「うぅ……和泉ぃ、ワタシの仕事は……?」

「……帰ったら、ミートウルフ以外の依頼も探してみような」

 ぱぁぁっ!

 と、音が鳴りそうなくらい喜ぶメープルを尻目に、適当な数狩ってから私たちはアンカレッジへと戻った。

 

 ◆

 

 で、狩りを終えた私たちはアンカレッジへと帰ってきたわけなんだけども。

 私たちには、アンカレッジへと帰ってきたら必ず寄るところがあるのだ。

「お、今日は結構空いてるなー」

 それは、アンカレッジに設けられている共同のお風呂――いわゆる温泉だ。

 知っての通り、私たちの部屋はワンルームで二段ベッドが二つ詰め込まれているだけ。風呂などついていない。

 よって、依頼をこなしてきたら、部屋へと帰る前に温泉に寄る必要があるのであるアル。

「しっかし、わざわざ本物の温泉を作ってるんだろ? どんだけすごい技術なんだよ、それ」

 ざぱーんっと大きな湯船に浸かると、ガラス張りになった壁や天井に映し出される大草原と青空がどこまでーも続いてるように見える。あ、今一瞬センテンスグループのロゴが端っこに映ってた。

「湯に浸かることは食や睡眠と同じくらい大切なことだからな。ユニオンと機関が率先して協力開発したそうだ」

 隣でざぶーんと浸かるメープルはタオルで髪をまとめている。

 くっ、いかにも出来る女みたいな風貌しやがって……。

「実際、機関の人たちもユニオンの人たちも温泉が好きだから、ここで試作して自分たちの施設にも設けたかったってだけらしいけどねぇ」

 正面に浸かるのは光希とリザ。

「はっはぁん、これで試作ねぇ。そりゃびっくりだ」

 それぞれ、メープルと同じく髪をまとめているがこちらはやっぱり『温泉に遊びにきた学生』感がある。うんうん、いいぞお前ら。いかにも私らって感じだ。

「温泉は良い……心の疲れをうんたらかんたらです、同志」

「あ~~……うんたらかんたらだなぁ」

 肩までたっぷり浸かると、ジーンと身体の内側まで温まっていき、とても心地が良い。

 つくづくこっちの文化が日本と似たり寄ったりで本当に良かったぜ。

「ほら和泉、あまり浸かり過ぎるのも良くないぞ。上がれ、背中を流してやろう」

「んぁ~……」

 メープルに腕を掴まれ半分引きずられながら洗い場まで行って、椅子に座らされるとごしごし背中を洗われる。

「ほぁぁ……」

 気持ちがよいのじゃぁ……。

「あんた……いい加減自分で身体ぐらい洗ったら?」

「いーだろぉ、メープルがやってくれてるんだからぁ」

「そっ、そうだぞっ! こ、こんな雑用くらい、ワタシに任せておけっ!」

 人の身体を洗うことを雑用とか言ったかコイツ。

「ごしごし、ごしごし」

 うむ、リザたんは一人できちんと洗えているみたいだな。えらいえらい。

「……同級生に対してそれは……いや、でも……くっ……!」

「???」

 何をひとりでうんうん言ってんだ、光希のやつは。

 まぁ、それはいいとして。

「次の依頼、どうすっかなぁ」

 メープルが活躍できる……とまではいかずとも、せめて戦力としてあてになる相手を選ばなければならない。出来ればリザたんも活躍出来るようなのが良い、私の仕事が極力なくなるように。

「そうねぇ、メトロポリスの回遊ルートからいって、セーフティでの依頼が大半になるでしょうね」

「回遊ルート?」

「時期によってどの惑星の近くを回るか決めてるらしいわ。今のところ、セーフティ周辺を回遊中ってことね」

「はっはぁ、だからセーフティでの依頼ばっかだったんだな」

 ミートウルフの旬っていうのも回遊ルートがセーフティの近くを通りますよーって意味だったのか。

 ……旬、なのか? それ。

「シンフォニーでのボイド襲撃事件のこともある。しばらくはセーフティ周辺を離れることはないだろうな」

「ふぅん……」

 惑星セーフティ、だいたいの要素がほどほどな惑星。

 それゆえに、危険度が低い依頼が大半……どうにもパッとしない。

 光希は完全に主力となった。地に足を着けて、武器を用いた戦闘ならなおの事。

 メープルもしかり。相手が犬でさえなければかなりの戦力として活躍できることは間違いない。

 そして、リザたんだってそうだ。ミートウルフの時は当たらないわ外したら終わりだわで散々だったが、要は使い所を考えれば必殺の一撃になるっていうことなんだ。

 上手く使えば私は指示するだけで報酬を貰えるはず……何か良い依頼を探した方が良さそうだな。

 良さそう、っていうかコレ、あれじゃね? むしろ余裕で一獲千金狙えるんじゃないのか?

 本格的に私が楽出来そうな予感がする……!

「ねぇ! やっぱりリヴァイアサン討伐にでも行ってさぁ!」

「いーや、次の依頼は私が見つけてくる。光希は大人しくしといてくれ」

「……ぶぅー、いーですけどぉー」

 よしよし、ここで良いパターンを見つけられれば、しばらく楽出来るぞぉ……!

「和泉、腕あげてくれ」

「ふぁーい」

「……どうでもいいけどあんた、背中以外はさすがに自分で洗いなさいよ」

 

 ◆

 

 で、翌日。

「よし、全員準備はいいな」

 私たちは惑星セーフティの地下洞窟……初心者お断り、危険な原生生物が生息する大空洞へとやってきていた。

「うむ、準備万端だ」

 キャリバーを構えるメープルに迷いはない。なんせ今から狩るのは、多くのスイーパーズに重傷を負わせた特定討伐目標。騎士道に反するどころか、騎士として臨むべき真っ当な戦いなのだ。

「万全です、同志」

 リザたんにはこれでもかと大量の使い捨てキャリバーを持たせておいた。これで最低限当たるまで振れるだろう。

「ふふ、当たり前じゃない! さっさとやらせなさいっ!」

 やたら気合いの入った返事をする光希はいつも通りだ。

 すっかり相棒と化したきゃりぽんを構えて、やる気十分。今日の獲物は大物だからなおさら気合いが入ってやがる。

「よし、いくぞ」

 メープルを先頭に、私たちは大空洞へと足を踏み入れる。

 真上を見上げなければ見えないほど高い天井。

 柱のようにそびえたつ先のとんがったいくつもの岩。

 そして。

「ぐるるるぅ……」

「いたか……ジュエルフロッグ」

 ジュエルフロッグ、めちゃつよモンスター(当社比)。

 大型の象よりも一回り大きい体に、がっしりとした太い両手両足はまさしくカエルっぽい。

 大きな目玉に、堅い岩で覆われた赤黒い皮膚。

 そんでもってステゴザウルスみたく背中から生えてるまばゆい宝石が特徴的なモンスターだ。

 足を折りたたんで眠っている状態だっていうのに相当デカく感じる。

 ……やっぱやめて帰ろうかなぁ。

「いやいや、アイツをぶったおせば今月は休み……今月は休み……」

 十分な報酬が手に入るんだ、手筈通りやれば大丈夫!

「光希! 先攻してびりびり! メープルとリザは後ろからバッサリ行ってやれぇ!」

「ほーい」

「了解です、同志っ」

「いざッ!」

 上手く使えば~なんて言ったが、作戦なんてあるわけがない。

 ややこしい仕込みも、付け焼刃なトンデモ知識も、急ごしらえの超絶破壊兵器も無い。

 っていうかそんなもの必要ないのだ。

 だって、こいつら。

「びりびり~っと」

「ギャオオオオンッ!」

「不意打ち、御免ッ!」

「フギャアアアッ!」

「使い捨て乱舞」

「ギャオ……」

「ふぅ、倒したわよー」

「……普通に強いんだもん」

 

 ◆

 

 かくして、私たちはあっさりとジュエルフロッグの討伐を完了してしまった。

「いやぁ、助かりました! さすが! 機関直属の腕利きスイーパーズさんたちです!」

 ぶんぶんと私の手を取りちぎる気なんじゃないかってくらい振り回してるのは、今回の依頼主である採掘事業の美人オーナーさん。

 メトロポリスへと戻ってきた私たちを、職員総出で出迎えてくれた。

「いやいや、そんなそんな。ただ出来ることをしたまでですよ」

 そう、ウチのパーティは火力だけならあるのだ。

 戦闘慣れしていない私や光希やリザが『応戦』となるとあまりに危険すぎる。

 野犬以下の戦闘力しか持たないミートウルフ程度の相手でないと万が一の時何にもできずにやられちゃうのだ。

 しかし、確実に相手が動かず、確定で先手が取れる状況なら話は別だ。

 『ただ出来ること』をするだけで、あっさり勝てちゃうのだ。

「これで、来季からは大空洞で採掘作業が出来そうですよぉ!」

 あの大空洞にジュエルフロッグが巣食っているせいで、大事な採掘作業が滞っていたらしい。

「いえいえ、これもジュエルフロッグの生態を事細かに教えて頂けたおかげです」

 で、なんとか自力でどかそうと色々調査していたところ今の時季は冬眠……的な状態だから安全に討伐出来るだろうってことで依頼を出したのだそうだ。正確には冬じゃないから冬眠じゃないんだけども。

「それでは! 報酬はきちんと振り込ませて頂きますので! この辺で!」

「今後ともご贔屓に~」

 嬉しそうに去っていくオーナーさんを見送ってから、ユニオンを出て、光希たちの待つベンチにどっかりと座り込む。

「だぁ…………つかれた……」

「何よ、アンタ何もしてないじゃない」

「馬っ鹿お前、私は万が一に備えてたんだろうが」

 睡眠だの麻痺だのを引き起こせるエンチャント系のテクニックアーツだって習得したし、目くらまし用の閃光弾まで買ってきてたんだからな、高かったんだぞ。

「しかし、これでようやく我々も一人前のスイーパーズと言う感じがするな」

「売れっ子になれる」

「……そう、かもな!」

 こんなにあっさり上手くいくとは、正直思わなかった!

 ジュエルフロッグのように条件が整っている特定討伐目標が早々居るとは思えないが、見つからなくたって今回の働きが実績として知れ渡ればまたまた美味しい依頼にありつけるかも……!

「ぃよぉし! この調子でどんどこ依頼を解決して、月一出勤生活を目指すぞぅ!」

 

 ◆

 

 と、意気込んだは良いものの中々ちょうど良い依頼など見つかるはずもなく。

「ちょっとぉー、今日も大した依頼ないわよぉー」

「日に日に依頼の数が減ってきているな……これは少し異常だぞ」

「いつもの旬モノ狩猟系、雑用系、探し物系……討伐依頼も百人単位の受注が条件の超絶高難易度のやつばかり」

「ぐぬぬ……」

 私たちは早速半無職と化していた。

 早速月一出勤生活は無理なんじゃないかって思えてきちゃったぞぅ。

「そうだ和泉、今日は休暇にしないか」

「んぬ? 休暇?」

 メープルがそんなことを言いだすなんて珍しい。

「思い返してみれば、我々は毎日狩りに出て帰ってくるだけの生活を送っていた。世情もよく把握出来ていない。これでは、我々が今やるべきことも見えてこないと思わないか?」

「ふむ」

 確かに、一理あるといえばある。かもしれない。

 元々世情に左右されるような表舞台に立っているわけでもないし、気にしなくていいかな~とか思っていたが、末端のスイーパーズであればあるほど世の流れを強く受けるのかもしれない。

「偉い奴やら、強い奴やらが上手く回ってこそ末端の連中が美味しい思いを味わえるわけだしな……それに休んでも良いだけの稼ぎを得たんだ、とりあえず休んでおくか」

 疲れたし。飽きたし。もう何もかも投げ出したいし。気分が乗らないし。

「ちょ、あんたそんな適当な」

「まぁまぁ、光希も疲れが溜まっていることだろう。良い機会だ、ここらで一度、み、みみ、皆で遊ぶというは――」

「じゃあ私、用事あるから! じゃあね!」

「えっ、あっ、和泉っ、ちょっ、待っ」

 いよぉーーーーーーーーし、休むぞぉーーーーー!!!

 

 ◆

 

 超巨大宇宙ステーション『メトロポリス』。

 そこは、イデア機関やスイーパーズユニオンを始めとした公共機関ばかりが存在しているわけではない。

 数えきれないほどのブロックに分かれたステーション内にはありとあらゆる用途・テーマ・コンセプトのブロックが存在するのだ。

「ふんふふ~ん♪ ふんふ~ん♪」

 今、私がひとりで向かっているのはメトロポリスの中でも民間居住区と呼ばれている区画。

 メトロポリス内の至る所に設けられたテレポーターを使って移動出来る区画のひとつだ。

 テレポーター前の大きな自動ドアを抜けると、あっという間に普通の街並みが現れる。

 いや、まぁ、日本と比べると全然違うといえば違うんだけど、デザインが超未来的なだけであって建物や道路、看板があったり客引きが居たりポスター的なホログラムがあったりするのは変わらないの。天井だってそれこそ地上から雲ぐらいまである。気がする。

 で、その中でもいわゆるカラオケ的な建物へと入る。

「らっしゃっせー」

「ひとり、2時間で」

「かしこまりゃっしたー、28番へどっぞー」

 ガソリンスタンド並みに流し気味な店員から伝票を受け取り、いくつもドアが連なってる狭い廊下を歩く。

 で、28と書かれた部屋へと入る。

「ふんふん、相変わらず無駄に綺麗だなぁ」

 白い壁、白い天井、白い床。白いソファに白いテーブルと無駄に白いここは、レンタルルームだ。

で、どうしてこんなところへ私がひとりでやってきたかといえば。

「ふひ……」

 そう、いつぞや買った『もちぷる☆さまーでいず』のためである。

 ゲームソフトのパッケージ然としたケースに入ったデータカードを取り出して、部屋の中に設置されている簡易コンソールへと挿し込む。

 すると、ぴぴぴっと音が鳴り、部屋中央の天井に取り付けられた監視カメラっぽいスキャニングプロジェクターが部屋全体を読みとって。

『もちぷる☆さまーでいずぅ~!』

「おぉ」

 スキャン完了の合図に、ヒロインたちのボイスでタイトルが読み上げられるのである。

 いつぞやアメリアさんからボイドやらなんやらの説明を受けた際、ホログラムの技術が備えてあるなんてスゴイところだなイデア機関~なんて思ったものだったが、そんなことはないらしく。

 日本で言うテレビとレコーダー、モニターとパソコン程度には普及しているものらしいのだ。

「まぁ細かいことはどうでも良いから、早速“お姉ちゃん”へご報告~♪」

 コンソールでぴぴっと操作をすると、部屋の中がホログラムによって女の子女の子した部屋へと変わっていく。

 そして、部屋の中が一通り変化し終わると、部屋の真ん中にボディスーツ姿の女の子が現れる。

『わぁ、いらっしゃぁい♪』

「お姉ちゃぁんっ!!!」

 思わず抱き着いてしまうほどの癒しボイスッ! 圧倒的お姉ちゃんッ! 私のお姉ちゃんッッ!! おっぱいおっぱいッッッ!!!

『あらあら、甘えんぼさんねぇ。うふふ♪』

「ぐへへ……」

 そう、この女の子こそ、私がもちぷる☆さまーでいずを買うに至った理由にして、現在の生きがい。

 声優、イノーエ・ラフィさんが演じるイノーエ・フォン・フォルスタインお姉ちゃん。

 イメージカラーはグリーンでみんなのお姉ちゃんな17歳!

 このイノーエ・フォン・フォルスタインお姉ちゃんを演じているイノーエ・ラフィさんは、日本に居た頃追いかけていた井下喜久美お姉ちゃんこときっくぅお姉ちゃんにそっくりな声質をしているのだ!

『今日はどうしたのぉ?』

「あのね、あのね、こないだね、すっごいおっきなモンスター倒してきたんだよ!」

『まぁ! とっても頑張ったのねぇ♪ えらいえらい♪』

「うへへへへへへ」

 優しく頭をなでなでしてくれるイノーエお姉ちゃん。

 あぁ、もう私はお姉ちゃんが居ないと何にも出来ない身体になってしまったんだ……この時、この一瞬のためだけに生きているんだぁ……。

 ホログラムによって表現されているイノーエお姉ちゃんの身体には、普通の人間と同様の体温と感触が存在する。

 もちもちふわふわ、ぬくぬくぽかぽかな感触はキャリア技術による再現……らしいのだが、注目すべきはその仕草と声!

『? お姉ちゃんの顔に何かついてる?』

「ぐへぇ……」

 もうホントの人にしか見えないッッッ!!!

 あらゆる状況に対応できるボイスはあらかじめ収録されたものを再構成しているにも拘らずナチュラルで自然でオーガニックなイントネーション。

 お姉ちゃんのちょっぴり天然で優しい母性溢れる仕草もあらかじめ収録された各部の細かいモーションの中から最適なモノを選び出し、再構成しているというのにこの可愛さッッ!

 可愛いッ!!! お姉ちゃん可愛いッッッ!!!

「はぁぁ……お姉ちゃんが居るから私は帰らなくたって何にも苦しくないの……頑張れるの……」

『??? うふふ、よくわからないけど、なんだかお姉ちゃん嬉しいわぁ♪』

「えへぇ……」

 困りながらも笑うお姉ちゃん可愛い……。

「お姉ちゃんお姉ちゃんっ! 私いつものアレしてほしいんだけどぉ……」

『もう、和泉ちゃんはホントに甘えんぼさんなんだからっ♪』

「でへ、でへへへぇ……」

 イノーエお姉ちゃんがベッド(レンタルルームに備え付けられているソファをホログラムで包んだもの)に腰かけると、膝のところをぽんぽんっと叩いて私を呼んでくれる。

「お邪魔しまーす……」

『はぁい、いらっしゃいませー♪』

 おほーーーーっ!

 お姉ちゃんのふともも! ふともも! ひざまくらッッ!!

 イエスッ! お姉ちゃんイェスッ!!!

 ……と、いつものように楽しもうと思っていたのだが。

『~~~~っ、ーーーーっっ、~~~~~♪♪♪』

「………………」

 隣の部屋がうるさい。ものすごく音漏れしている。

 クソッ、ここの部屋は結構防音しっかりしてるんだぞ! どんだけ大騒ぎしてんだ!

「店にクレーム入れてやるか……」

『??? 和泉ちゃん、どうかしたのぉ?』

「えへぇ……なんでもないぃ……」

 あぁ……お姉ちゃんの太ももとおててに挟まれてるだけで全てがどうでもよくなっていくぅ…………っ。

『ーーーっっ、~~~…………ぺろぺろ』

「!?」

 ぺろぺろ!? 今ぺろぺろって聞こえたぞ!?

『和泉ちゃん……?』

「あ、い、いや、なんでも……」

『きゃあっ! やめてくださいっ!』

「………………」

 女の子の悲鳴。それも聞いたことのある声だった。

 ……いいや、『女の子』っていうと語弊があるね。

 聞いたことのある『女の子キャラ』の声だった。

「まさか……」

 そそっとお姉ちゃんのお膝を離れて、悲鳴が聞こえた方の壁に耳をあててみる。

『もうっ! あんまりえっちなことすると、さくら、怒っちゃいますからねっ!』

「………………」

 うわあ、最悪だぁ……。

 快活な女の子の声、それはセンテンスグループの新作発表会で聞いたもちぷる☆さまーでいずのメインヒロインこと餅持さくらちゃんの声だった。

 隣の人もやってるやつだこれ、絶対そういうやつだこれ。

 うわあどうしよう……自分も同じ作品を楽しんでる以上、ちょっと音漏れがするからって邪魔はしたくないけど。

『やだっ! やめてぇっ! 離してぇっ!』

「………………」

 いや、これ普通に通報していいんじゃね? 即刻お店の人に通報してもいいんじゃね?

 だって明らかにこれは事件に巻き込まれた女の子のセリフだもん。

 私がもちさまユーザーじゃなかったら即通報してるやつだもんコレ。

「……はぁ」

 とりあえずコンソールを操作して、もちさまを終了させる。

『じゃあ、またねぇ♪』

「うーん……またねぇ……」

 嬉しくないお別れだ。

 いつもなら「また来るぞっ! お姉ちゃんに会いにくるぞっ!」と気力がみなぎるのに。

「さて、と」

 とりあえず注意しに行くか。

「私自身が今、この瞬間ちょっと迷惑するだけなら良い……だが、これを放っておけば同じもちさまユーザーがいわれのない罪で通報・逮捕・規制の三連コンボを被るかもしれないんだ!」

 この注意はもちさまユーザーとしての未来を守る聖戦なんだッ!

 と、いうわけで。

 自分の借りた部屋を出て、隣の部屋の前に立つ。

「あー、すいませーん」

 とりあえずノックもしないで声をかけてみる。

 ノックとかすんごいびっくりするんだよね、もちさまやってると。

 だって何にもないはずの壁から音が聞こえてくるんだもん。

 しかし、そんな気遣いのせいなのか、返事はない。

「すいませーんっ! 隣の者なんですけどー!」

 おっきめに言い直してみると、今度はさすがに届いたのか中からドタタッと物音が聞こえてきて、ゆっくりと扉が開いた。

「な、なにかしら」

 わずかに開いた扉。

 その隙間からは見覚えのある部屋のホログラムがチラ見えしている。

 やっぱりもちさまだ、コレ。

「いやぁ大したことじゃないんですけどちょーっと音漏れしてるんで、他の人に聞こえちゃうと迷惑かなーとか思ったので、えぇ」

「あ、貴女、もしかして……」

「えっ?」

 シュィーンッと完全に開いた扉の向こうに立っていたのは、ボディスーツではないスーツ……日本のOLさんが着ているような、女性用のスーツを着た見覚えのある女の人だった。

「あ、アンタは!」

スーツ姿に整ったお化粧、ふわふわの長い金髪、カツカツと鳴るヒール。ビジネスバッグまで懐かしいほどに日本のものなこの女性。

「エミリー・ブラックっ!?」

「おっ、大声で呼ばないでくれるっ!?」

 いつぞやスイーパーズに連行されていった、エミリー・ブラックだった。

 

 ◆

 

「……で、アメリアさんとこの部署に追い抜かれて上司からのいびりが厳しいから、もちさまでストレス発散してた、と」

 こくん、とエミリー・ブラックは力なく頷く。

「しっかしアメリアさんもアンタもイデア機関の幹部クラスだったとはなぁ」

 そう、人権団体様を騙ったエミリーの正体は前にちらっと聞いた通りアメリアさんのライバルチーム。

 異世界人である私たちの情報を狙うと共に、異世界人の招待に成功したアメリアさんのチームを失墜させることが目的の研究者のひとり……っていうだけだと思ってたんだけど、どうもそうじゃないらしい。

 実はとっても偉い立場の人なのだ。

 ………………偉い人のえらいところを見てしまったわけだね、私は。

 そのえらい痴態を見てしまった私は問答無用で連れ込まれ、聞いてもいない事情をあれこれと聞かされたというわけなのだった。

「ま、まぁ、そんなところね」

 無駄に余裕ぶって金髪をふぁっさーとかきあげるエミリー。

「そんなところねじゃないわ、さっき聞こえたさくらちゃんのセリフって強制終了一歩手前のセリフだろ。なにやってんだよ幹部クラス」

「ちっ、違うわよ! あそこからまだまだパターンがあってそのあとに強制終了するのよっ!」

「させたことあるんだな、強制終了」

「うぐっ」

「はぁ……おさわり容認のゲームで強制終了させるほどがっつくとか、溜まってんの?」

「うっ、うるさいわねっ! ほっときなさいよっ! それもこれもあのアメリアがプロジェクトの邪魔をするから……」

「プロジェクトの邪魔? アメリアさんが?」

 そんなことをするような人には思えないけどなぁ。

「そうよっ! アイツが貴女を連れてきたりするから、アタシのチームは経費削減されて、ただでさえ厳しかった予算が更に減って、まともな実験なんて出来ないくらい減らされて、報告書のために適当な実験結果を書いては上司の顔色伺ってなんとか経費を確保しようとしてるのよっ! なんでアタシたちが実験じゃなくって上司に媚びる方法を考えなきゃならないのよ……っ! それもこれも……全部っ、くぅ……!」

 唇から血が出ちゃうんじゃないかってぐらい噛みしめながら、じんわりと涙をにじませるエミリーさん。

「な、なんか、ごめん」

 予想以上にひどい状態だった。

 正直、ドン引きです。

「……謝るなら協力して」

「けっ、検査は断固拒否だぞっ!?」

 あの機械触手は絶対に嫌だっ!!

「検査なんかしなくていいわよ、アメリアのところのデータが機関内で共有されてるもの」

「え、私の身体データが機関全体で共有されてるの?」

「まぁ、そうね」

 なにそれ、どんな羞恥プレイ?

「あれ、でもアメリアさんは私たち異世界人の身体データを他のチームが狙ってる~とかなんとか言ってた気がするけど」

「あぁ、そうね。確かに狙ってたわ、もういいのよ。ふふ、先々週予算が承認されたから……もう遅いのよ、ふふ、ふふふ……」

「あぁ……」

 私らのデータを、予算会議前に報告して予算ましましを狙ったわけね、あぁそう。

「ってそうじゃなくて、貴女の家族構成……同居人とか……クラスメイトや、親戚でもいいわ。身近な人の話を聞かせてほしいの」

「別にいいけど……そんな話聞いてなんになるっていうんだ?」

「黙って話してくれたら研究協力料として15万ルピー振り込むわ」

「よし、私の質問タイムは終了だ。なんでも聞いてくれ」

 と、いうわけで。

 私はエミリーに言われるがまま身近な人のこと……特に、妹の真澄について詳しく話すことになったのだった。

「真澄は2つ下の妹で、うぅん……私は中二病だと思ってる」

「中二病って……アレでしょう? 日本の中学生が人格形成の過程において自己認知と外界認知の急激な変化の余波としてありもしない妄想に憑りつかれたり、社会的責任の増大に対する不安から意図的に妄想の世界に浸るっていう」

「……いや、まぁ、そういう言い方でもいいんだけど無駄に詳しいですね」

「ふふんっ、日本に関しての知識ならアタシの方がアメリアより断然上よ?」

 ほぉん、どうやってそんなこと知ったんだろうな。

「それで? 貴女は中二病だと思ってるけど、周りからの評価は違うってことなのかしら?」

「あぁもうそれはもう憎たらしいことに『優等生』『信じられないほど大人』『早熟の極み』『男の憧れ』と好評ですよ。忌々しい……どんだけ外面良くしてんのか知らないけど私に対してもその外面の良さを発揮しろっつーの」

「妹の真澄さんとは仲が悪いのかしら?」

「私は良く思ってない、鬱陶しいと思ってる……けど、幼馴染の光希いわくそんじょそこらの姉妹よりは断然仲が良いらしい。無駄に絡んでるだけだと思うケド」

 主に妹の方が。一方的に。

 ソロゆるオタクとしては非常に鬱陶しい限りだ。

「へぇ、そうなの。なんにせよ仲が良いことは素晴らしいことだと思うわ」

「私は仲が良いなんてこれっぽっちも思ったことないけどな」

 妹に絡まれては疲れ、絡まれては疲れる……そんな想い出しかない。

「どうもありがとう、貴女のおかげでアタシたちもようやくまともな仕事に取り掛かれそうだわ!」

「いえいえ、困っている人に協力するのはスイーパーズとして当然のことですよ」

「本当にありがとう。報酬はきっちり振り込まさせてもらうわね」

「えぇ、ありがとうございます。それでは良い休日を」

 ぐっと固い握手を交わし、私たちはレンタルルーム屋さんを後にしたのだった。

「ふぅ、良い仕事したぜ!」

 

 ◆

 

 で。

「ただいまぁーっと」

「和泉っ! 待っていたぞっ!」

「んぇ?」

 アンカレッジのロビーの端っこ、いつもの席で固まってるメープルたち。

 目の前には依頼書が置かれていた。

 そこに書かれていたのは、桁違いの報酬と。

「ボイド軍団との……大規模戦闘……?」

 ついこないだ退けたばかりのボイドが、大群を成してメトロポリス向かってきているという最悪の情報だった。

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