●この世に意味はありますか?
●あらすじ
追試が嫌、ただそれだけだった。
ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。
もう何がなんだかわかんねぇよ……。
しかし、それでも、そんな中で。
私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。
◆エピソード3『スイーパーズと淫乱騎士と私に意味はありますか』
で、アメリアさんを辱めた翌日。
アメリアさんから『もっと丈夫だと思っていたので、つい検査を優先してしまいました……配慮が足らずすみませんでした』という謝罪を貰い、「あんなことされたっていうのに謝るとかちょっと大丈夫? いや、その、なんかこっちこそ調子乗り過ぎてすみませんでした」とひよった返答をしたあと。
「働きなさい」
「ハァ?」
私は、突然の勤労勧告を受けていた。
「なんだって私が働かなくちゃいけねぇんだよ。被害者だぞ、こっちは」
ぷしゅー、しゅぃー。
「昨日の所業、アメリアさんが出るとこ出れば負けるのはアンタだと思うケド?」
「ハンッ、やれるもんならやってみろってんだ。そんときゃアイツの犯罪行為もお天道様の元にさらけ出されるってこったぞ」
ぷしゅっ、しゅー。
「残念ながらそうはならないわ」
「……なに?」
ぷしゅっ。
「イデア機関の功績と権力は、その程度じゃ揺らがないってことよ」
「おっ、お前だってどちらかといえば私側だろうがぁ! 何あっち面してんだよぉ!」
ぴーっ! ぷしゅーっ!
「あっ、あたしだって和泉側に居たいに決まってるじゃないっ! アンタがはちゃめちゃしすぎるから味方してあげられないんでしょお!?」
「ぐぬぬ!」
ぷしゅしゅっ。
「だからその前に真っ当な勤労で内申点を回復しろって言ってんのっ! っていうか、さっきから何してるわけ?」
「あぁ……コレ?」
光希の指さす先。
さっきからぷしゅーぷしゅーと音を立てているのは、私の手に握られた近未来的なデザインのアイロンだ。
目の前にはラウンジのテーブルとアイロン台、そしてシワを伸ばした制服。
隣ではリザたんがせっせと制服を畳んで、積み上げている。
「アイロンがけしてる」
「なんで昨日の今日でアイロンがけしてんのよ……」
「しょーがねーだろー。昨日のアメリアさんの話を聞いて、とりあえず私でも使えそうなものを送ってくれって言ったらアイロンが送られてきて――」
『和泉さんでも使用出来るよう調整したアイロンを送ります。お使いにならなかった制服のアイロンがけにご使用ください。かなりの量あると思いますが、機関に返さなくちゃいけませんし、経験値稼ぎになると思いますので頑張ってください!』
「――って電話がきたんだから」
現状、いますぐ日本へ帰れるかどうかはわからない。
というか、私としてはこっちに永住する予定なので関係ない! というわけで、目下楽して稼げるお仕事を目指してアイロンがけに精を出しているところだった。
実際、キャリア技術とやらで動くアイロンは非常に便利で、全然熱くない。
こまめに、丹念に、ゆーっくりアイロンがけしてあげればいいだけな上、ノルマもなければ試験も無い。
なんて最高なお仕事なのだろう。天職かな?
クリーニング屋さんの求人広告へいますぐ応募したいくらいだ。
「アメリアさんもどうしてそう律儀に送るのかしら……」
「あれでイイ人なのは間違いないからなぁ。なんだかんだ申し訳ないって思ってくれてんだろー」
本当にイイ人なのは間違いない。正直、ちょっとごめんねっていう気持ちにすらなってます。反省してます。
「同志、次」
「お、さんきゅ」
「はぁ……他人事のように言ってるけど、アンタは今、全面的に加害者だからね」
「うるせえ! こちとらまだおかゆか茶漬けくらいしか食えねぇんだよ!」
毎日メディカルセンター行って点滴必須なんだぞコラァ!
「はーいはい、あとでお米持ってきてあげまちゅねー」
「む、ありがとう」
「ハイどういたしまして」
「今夜は帰ってくるのか?」
「そうね、アメリアさんの手伝いの進捗次第かしら」
「晩飯要るなら連絡入れろよ」
「わかってるわよ、むしろ必要な物があるなら買って来るからそっちが連絡寄越しなさい」
「お、そんじゃあトイレットペーパーを頼んでおくかな」
「同志、ゲームも購入しないと」
「おぉ、そうだったそうだった。新しそうなゲーム機あったら買ってきてくれ。ソフトとセットのやつな」
「はいはい、ちゃんと後でお金出しなさ……ってちがーうっ!!!」
「うるさっ」
「同志、光希様怖い……」
なんだよ、ナチュラルに中年夫婦やってたくせに。
「あたしに買わせようとしてんじゃないわよっ! ちーがーうーのっ! イデア機関からアンタに出せるお金はもうないの! アンタの食費も治療費も生活費もアメリアさんの懐から出てるのよっ! だからアンタが自分で稼ぎなさいっ!」
「ハァ? だから言っただろー。そもそも働くために今アイロンがけをだな」
「アメリアさんもおかゆかお茶漬けくらいしか食べれてないのよっ! 金欠でねぇ!!」
「うわひど」
病人みたいな食生活してんな。私かよ。
「分かったら、いますぐ『メトロポリス』の『スイーパーズユニオン』へ行って、スイーパーズ登録をして、働いてきなさいっ!」
「はぁ? なんだそのスイーパーなんたらって」
「スイーパーズユニオン、なんたらじゃないわよ。スイーパーズっていうのは――」
「民間警備組織『スイーパーズユニオン』に所属する人たちの総称。なんでも屋さん」
「へぇ、じゃあ昨日エミリーさんを連れてったのもスイーパーズ?」
「そういうこと。警察兼探偵兼なんでも屋、みたいな組織。武装もしているから軍……でもある?」
「ほっほーん」
「……わかったかしら?」
「うん、リザたんのおかげで」
「いえーい」
「チィッ……なんなのよイチャイチャして……とーにーかーく! アンタのそのアイロンがけを活かすためにもスイーパーズユニオンへ行ってきなさい! いますぐに!」
「しょーがねぇなぁ……」
光希に言われて動くのは癪だが、アメリアさんの健康なお腹におかゆと茶漬けじゃ可哀想だ。
私じゃないんだから。
しょうがない、いっちょやってやりますかぁ。
「同志、頑張って」
「……お前も来いやッ」
「ふゅ……」
というわけで、私とリザたんは光希に連れられて『メトロポリス』へと向かった。
◆
で。
「「おー」」
光希の小慣れた運転で『シンフォニー』を離れ、『メトロポリス』の見たことないブロックへと連れて来られた私とリザは、乱暴に降ろされて。
「あたしは研究室に戻らなくちゃいけないからアンタたち二人で行きなさい。サボるんじゃないわよ」
と、これまた乱暴に突き放されてしまった。
で、しょうがないので二人でスイーパーズユニオンへとやってきたのでした。
「なんだってあんな不機嫌なんだろうな、光希のやつ」
「光希様も乙女」
「???」
なんだそりゃ。
まーまーどうでもいい。光希が不機嫌なのはいつものことだ。
とりあえずは、そのスイーパーズとやらになりますかね。
「うおー、まさしく未来のギルド然とした佇まいだな」
スイーパーズユニオン、そこは大きな円柱状のビルみたいな建物だった。
円形の大きなホールが何階層にも連なった縦にながーい建物の中に、何人もの人たちが思い思いに過ごしてる。どうも役所っていうより大学感のある雰囲気だな、通ったこと無いけど。
各ホールの中央は吹き抜けになっていて、半透明のエレベーター的なものが設置されてる。
外周には八つの受付カウンターと、いくつものコンソールが設置されていて、皆ぴこぴこといじっていた。
「同志、あのカウンターで諸手続きを済ませられるようですよっ」
「な、なんかテンション高いねリザたんや」
「とても新鮮っ! たのしいっ!」
「はへぇ、リザたん来たことないんだ」
てっきりこっち側で知らないことはないのかと。
「基本的にメディカルセンターか研究室にしか居なかった」
「おぉう……苦労してたんだな……」
せめてもの慰めに頭をよしよし。
「えへへ」
「んじゃあ一緒に登録済ませつつ、サクッと稼いでやりますか!」
「おー!」
と、いうわけで張り切って受付のお姉さんのところへと向かった!
……んだけどさ。
「えぇと、高崎和泉様のスイーパーズカードはコチラになるのですが」
「………………」
なに、これ。
全部Zって書いてある。プロフィールっていうか、ステータス欄みたいなところに全部Zって書いてあるんだけど。
「あの、お姉さん? このZっていうの、ナニ?」
「えと、『この方は大体三歳児相当のステータスですよお』っていう表記、ですね」
「………………」
三歳児? 私、三歳児だったの?
「……ばぶぅ」
「同志、気を確かに」
ひどい、ひどすぎる。どんだけスーパースペックなんだこっちの人類は!
「あ、はは……でっ、では、佐藤リザさんの方なんですけどもっ!」
「おー……さっ」
ん?
「ねぇちょっとリザたん? なんで隠すの?」
今、さって隠したよね?
「なんでもない」
「ねぇリザたん? どうして私の目を見てくれないの? ちょっとカード見せて? 見せてみせみせみ?」
「いや、見なくていいと思う。大したことじゃないから」
「い、いーから見せてよっ! ちょっ、この……みっ、見せてみろよぉ! おらぁ! どんだけすげえスペックだったんだオラァ!!!」
「やっ、やめて同志っ! 同志を、きっ、傷つけたく……あぁっ」
「っしゃぁ! どれどれ、佐藤リザたんのステータスはー……」
オールA。
おほほー、しゅごーい!
「短い付き合いでしたね佐藤さんこれからもどうか私の知らないところで末永くお幸せに」
「まっ、待って同志っ、違うっ、これは違うのっ」
「いやほんとオールZの石ころみたいな自分なんかにお声がけ頂くだけでホントもうアレなんでアレすごいアレなんで大丈夫ですホント」
「どっ、同志ぃぃいっ」
◆
んで、だ。
人がいっぱいなユニオンのホールを離れて、外にある適当なベンチに腰掛けた。
ホールの外にはひろーい公園があって、未来っぽい巨大な公園って感じで非常に爽やかな雰囲気なのだ。
「しっかし、私のステータスがオールZなのも驚きだが……リザのステータスがオールAなのも驚きだな」
「わたしは元々の肉体が常人とは違う」
「へ? そうなの?」
「そう。わたしの身体はキャリアパレットの適応率……装備適正が高い」
「つまりあれだ、ボイドタイプ?」
確かアメリアさんが、ボイドとやらは装備適正が800%あるとか言ってた気がする。
「どちらかといえばそう。厳密にはキャリアパレットの性質ではなくて、肉体そのものがキャリアパレットに近い」
「……待った、いい加減キャリアパレットキャリアパレット言い過ぎてわけわかんなくなってきたんだけど、そもそもキャリアパレットって何なの?」
装備スロットみたいなものとは言われたけどさ。
どこについててどんな形をしてるのかさっぱりわからない。
「キャリアパレットは和泉たちの言うところの意識ややる気、心とか第六感とかをエネルギーに変換する不可視回路」
「???」
思わず小首を傾げてしまうくらいには意味不明だった。
不可視、なんだって?
「…………」
全く理解できていない私の様子を察してか、リザたんは少し考え込んでから。
「同志はトイレに急ぐ時、いつもよりも俊敏に動く」
「う、うん」
まぁ、急いでるからね?
なんでわざわざトイレに急いでる時をチョイスしたのかわからんけど。
「それは、どうして?」
「どうしてって、急がなきゃって思ってるから……」
「思う、意識、思考。それらは存在するだけではエネルギーを持たない。でも、人間はエネルギーに変換出来る。どうやって変換してる?」
「そりゃあ、身体に命令を……いや、脳が……ん? んん??」
言われてみれば、思うだけでエネルギーは生まれない。
けど、いつも以上の成果を出すとき……もっと言えば何かしらの成果を出すとき、必ず『行動しようという意思』がある。
ってことは、意思をエネルギーに変換してる何かしらがある?
「その意思をエネルギーに変換する目に見えない回路がキャリアパレット。厳密には違うけど、大体そんな感じ」
「お、おぉー」
なんとなくわかったかもしれない! なんとなく!
「そしてキャリアパレットはおへそのところにある」
「まじでっ!?」
「形は六角形のハニカム状。三つが繋がったものが、二つセットになっている。円形を形作ったハニカム六つが基本」
「へぇぇ!」
そ、そんな話、一回も聞いたことなかったけども……ヘソにあるんだな、キャリアパレット。
「あっ、だから時々へそ出しボディスーツ着てる人が居たんだなぁ」
なんだか納得である。
「同志たちは観測する手段を持っていない。けど、こちらでは観測する手段がある」
「そ、それは!?」
「あの機械触手」
「うっ……」
思い出したくないが、アメリアが検査で使ってたアレか。
あの胃カメラファイナルモードみたいなやつがそんなすごいものだったとは。いや、その機能抜きでも十分すごかったからどんだけスゴイ機能が搭載されてると言われたって納得だけど。
「で、わたしの身体」
「あぁ、そうそうリザの身体の話だった」
「キャリアパレットは不可視なだけで、そこに存在する。空気と一緒。こちらでは、不可視概念を技術のひとつとして取り入れている」
「ほんほん?」
「よって、わたしは………………あー……………………スーパーすごい人造人間」
「お、おぉぉぉお! かっこいー!」
なんだか説明が10ページ分は飛んだような気がするけどとにかくすごいってことだけはわかった!
「どやぁ」
「ってことは、つまりぃ……その見えない回路? に、身体が近い? ってことはぁ……どういうことだ?」
「……わたし、スーパーすごい」
「うん」
「以上」
「そっか!」
深く考える必要はないんだね!
とってもわかりやすかったですっ!
「よぉし、キャリアパレットの謎もスッキリ解決したところでさっさと仕事探そうっ! とにかくヘソでやればいいんでしょ、ヘソで!」
「そういうことです同志」
と、いうわけで。
お勉強会もそこそこに、私とリザたんは二人で再びスイーパーズユニオンへと戻って依頼を受けたのだった。
◆
で。
「おぉー、久しぶりの大地!」
私たちは、地上に降りたっていた。
『旬が近いミートウルフをいくつか狩ってきてくれ』という依頼を受けた私とリザたんが降り立ったのは、惑星セーフティ。
移動は、『シンフォニー』と『メトロポリス』間を移動する時に使った小型艇。運転は全てオート。正直めちゃめちゃこわかった。
装備は、資金的にもキャリアパレット的にもギリギリ私が扱える使い捨ての銃と、リザたんのためのこれまた使い捨てのビームセイバー的なものを買ってきた。コンビニで。
治安的な問題で非常に不安のある買い物だったけど、なんか普通らしいのでよかった。いいのかよ。
「んー、空気が美味しい!」
「この惑星セーフティは、駆け出しスイーパーズの行先としてポピュラーで、ほどよい緑、ほどよい草原、ほどよい山岳地帯にほどよい海とほどよいところだらけな惑星です。しかし、『メトロポリス』に代表される宇宙ステーションの方が居心地が良いためか、観光などで訪れる人は無く、研究機関や依頼でスイーパーズが訪れるだけなので開発はほとんど進んでいません」
なーるほど、人は居ないんだ。そりゃあ、こんだけ森が生い茂ってるわけだ。
「んで、今回の標的の『ミートウルフ』っていうのはどんなんなの?」
「実際に見るのが一番手っ取り早いと思います同志、こっちです」
リザたんに連れられて、乗ってきた小型艇を離れて木漏れ日の差し込む森の中を進んでいく。
やがて上り坂になってきた道を進み、小さめの草原に出た。
「あれです」
「お、おぉ……?」
リザたんの指さす先には、こんもりまるまるとおっきくなったオオカミ……らしき生き物がいた。
四足歩行、灰色の体毛、犬っぽい身体の作り。
オオカミっぽさは一通り揃っているのだが、とにかくデカい。
鼻の先からお尻までで大体2メートルはある。しっぽも入れたら3メートル弱。
「で、デカくない?」
ぶっちゃけ近づくのも怖くてムリまである。
「ミートウルフは凶暴ですが大食漢。それ故に食料の取り合いを避けるため群れを持たず、単体で行動します。しかし戦闘能力はその太った体系故にお察し程度。初心者向けのモンスターです、同志」
「えぇぇ……」
いやいやどう見ても無理だってぇ!
だって考えてみ、クマだって二メートルあるやつなんて早々居ないよ? ちゃんと見たことないけど。
そんな原生生物が居るってそれ、ちょっと、えぇぇ……。
「とりあえず行きましょう、同志」
「あっ、ちょっと!」
ビームセイバーを構えたリザたんが飛び出し、悠々と歩きながらミートウルフの前へと躍り出る。
「グルルル……」
低い唸り声を上げながら、リザたんをジッと睨み付けるミートウルフ。
「せーいっ」
気の抜けた掛け声と共に振りぬかれたビームセイバーは、噛みつこうと飛びかかってきたミートウルフの脇をすり抜け。
「えっ」
「あ」
振りぬいた瞬間、バヂバヂバヂィッと強烈に不穏な音を立てて。
「………………」
ビームセイバーは、粉々に砕け散ってしまった。
「な、なにやってんのぉーーー!?」
「ひぃんっっ」
「いやっ、ちょっと、なんで私を盾にしてんだオイこらっ!」
「い、今この場で武器を持ってるのは同志だけ。頼るのは当然」
「てんめこのっ!」
ええいクソッ! こうなったらやるしかないっ!
握りしめた銃を、こちらを睨み付けるミートウルフ目がけて構える。引き金を引けば終わり、それで終わりなんだ。わかってる、わかってる……んだけどさ。
「くっ、このっ! こんのっ! そこっ! ふんぬっ!」
全然当たらねーっ!
そりゃそうだよね! ほいほい銃を撃って動き回る標的に当てられるのなんて映画の中だけだよねぇーっ!
「ガウーッ!」
とか言ってる間にもミートウルフがすぐそこにまで迫って来てるしぃぃいっ!
「り、リザたーーーーーーーーーんっ!!!」
「あっ」
「たったたたた助けてーーーーーっ!!!」
「すみません同志、予備を落としました」
「なんとぉーーーーーーーーっ!?」
「ふ、ふぁいとです、おちついて」
「くぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
や、役立たずぅぅううう!
◆
で。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……ひぃ……し、死ぬかと思った……」
「お見事です、同志」
なんとかかんとかミートウルフの一体を仕留めることに成功した。
ミートウルフの倒れ込んだ地面には、私が撃ち抜いた無数の穴が広がっている。
「わ、私も……ビームセイバーの方が、良かったかな……」
このままでは環境破壊で訴えられるんじゃないだろうか。
「アビリティを習得したほうが良いかもしれないですね、同志」
「あ、アビリティ?」
なんだそりゃ、MMORPG的なアレかな?
「説明いたします。話は帰りの船の中でしましょう、同志」
「……シレッと説明係のポジにつこうとしてるけど、ひとのこと盾にしやがったのは忘れねぇからな、佐藤」
「ぴーひゅふー、ふひゅーふー」
このデコだし茶髪眼鏡おっぱいが……ッ! 今に見てろよこの野郎……!
「ふぴひゅー」
「吹けないならやめろやっ!」
◆
で、『メトロポリス』へと帰る途中の小型艇の中。
私は早速アビリティについての説明を受けていた。
「同志はさっき、銃を撃っても撃っても当たらなかった」
「はい」
「そこを補うのがアビリティ」
「ステータスアップ的な?」
「そういうこと」
説明、おわりかよ。
「アビリティはスイーパーズカードを『スイコン』に通せば、スイーパーズレベルに応じた範囲内でいつでも取得できる」
「ほっほー」
キャリアパレットの話もそうだったけど、スイーパーズのほうもレベル制なんだな。
わかりやすくて助かるぅ!
「んでは早速、スイコンとやらに……って、スイコンってなんだ」
「スイーパーズコンソール」
「あぁ、あのユニオンでみんながいじってたやつね」
この小型艇にも設けられてるので、早速スイーパーズカードをピッとしてみると私のステータスっぽいいくつものグラフと、キャリアパレットらしい図形が表示された。
「アビリティはココ」
リザたんに言われた通り、グラフのひとつをタッチするとこんどは大きなウィンドウと入力フォームが開いた。
「……ねぇ、コレ使いにく過ぎない?」
「業務用はこんなもの。派手にする必要がないから」
「いやそれにしたってさ」
何が何だかさっぱりわからん。
「あとはココに触って」
「はい」
言われた通り、ウィンドウに触る。
「希望を述べる」
「き、希望を述べる? えと、銃を当てられるようになりたいです」
すると、ぼわぁんとスイーパーズカードが輝き、カードから放たれた光の玉が私のヘソへと吸い込まれていった。
「おふぅん……っ」
なんか……っ、おへそがジンジンすゆ……っ!
「これで、アビリティ習得完了ってわけ?」
「そういうこと」
「……なんかすっげえ曖昧な入力だったんだけど、ホントに大丈夫なの? これ」
「アビリティはスイーパーズユニオンから提供されるサポートシステム。数が多い代わりに効果も控えめ、制限もない。それでも、素人にとっては強力。だから大丈夫」
「ほんとかねぇ」
あとで試しうちしてみよっと。
◆
で。
「アビリティなんてものがあるんだったらさ、アレはないの? 魔法的な、超能力的な?」
これだけSFチックな世界なんだから手からビームの一本や二本、出す技術がありそうじゃん?
出せるなら出したい、なんたら波だのなんたらカリバーだのしたい!
「………………テクニックアーツのこと?」
「たぶんそれっ!」
「……テクニックアーツはアビリティと違う。習得は容易ではない」
「あれ? そう、なの?」
「詳しく説明する」
「はいよろしくお願いします」
「アビリティは、スイーパーズユニオンが提供するスイーパーズサポートシステムのひとつ。キャリアパレットに作用して、対象の身体能力や反射神経を向上させる」
「ほんほん」
「イメージとしては、外側から作用する感じ」
「外側?」
「対してテクニックアーツは、キャリアコード……人間の持つ生命エネルギーを引き出して変換する技術」
「ほんほ、ん?」
「イメージとしては、内側から作用する感じ」
「ほん……」
「わかった?」
「全然」
「…………」
いや、そんな、頭抱えなくたっていいじゃないっ! だってわかんないんだもんっ!
「テクニックアーツは威力が大きい。けれど習得はやり直しが効かない、使う時に負担もかかる、キャリアパレットの改造に近い」
「あーなるほど。ってことは、アビリティの方は付け替えが可能なのかな?」
「そう。服を着るのがアビリティ、入れ墨を彫るのがテクニックアーツ、みたいな」
「ほっほぉん」
これは慎重に習得する必要がありそうだな。
「何より問題なのは」
「ん?」
「適正を持ったキャリアパレットでないと、テクニックアーツは使えない」
「えっ、嘘」
じゃあ、三歳児レベルの私じゃ、ナニ? 無理ってこと!?
手からビーム、出せないの!?
「もし同志がこちら側の人間だったなら、無理。けど、同志は違う。キャリアパレットが成長していく」
「あ、あぁ、なるほど。テクニックアーツが使えるようにキャリアパレットを成長させてあげれば、私でもいずれ使えるように?」
「そういうこと。アイロンがけ、頑張らないといけない」
「よぉし、帰ったら早速アイロンがけダッ!」
「おー」
と、いうわけで私のスイーパーズ初日は無事終わったのだったッ!
「ちなみにあの銃の正式名称はキャリバスターで、剣のほうはキャリバーです、同志」
「あ、うん……全部キャリってるんだね……」
「間違えると、怒られる」
「えっ」
「スイーパーズは、こだわり派が多い」
以後、気をつけます……。
◆
そうしてリザたんとのお勉強会を開きながら、『メトロポリス』へと戻ってきた私たちは、小型艇の出入りする港でミートウルフ討伐の報酬を受け取った。
「おー、一体で30000ルピー!」
武器にかかったお金を差し引いて日給一万と考えれば、これは中々美味しいほうなのでは!?
「いいね、スイーパーズ! 大儲けできそうだねスイーパーズっ!」
「はい、良かったですね、同志」
「うんっ!!」
よぉし、このままガシガシ稼ぐぞぉ!
……とか、思っていたのだが。
「えぇと、リザたんや。これは一体どういう」
「わ、わかりません、同志」
翌日、再び惑星セーフティへと降り立った私たちが見たのは。
「せいやぁーーーーーッ!!」
淡い青色の長い長い髪を揺らしながら、両手持ちの大きいビームセイバー……き、キャリバー? を振り回す大人で巨乳な女性と。
「わんわんっ! わんっ!」
心底楽しそうに戯れる大型のミートウルフだった。
え、なにあれ。
「くぅっ……てりゃぁーーーーーッ!!!」
青髪の女性は気合いたっぷりでキャリバーを振り、ミートウルフの頭部をしっかりと刀身に捉える。
が、ミートウルフに当たる寸前でキャリバーは止まり。
「く、うぅう……!」
「わんっ!」
「あぁぁっ、こらぁっ」
「ミートウルフに……キャリバー、持ってかれてるし……」
素早く駆け出して行ったミートウルフは森の中へと消えていった。
で、ひとり、取り残された女性はといえば。
「うっ……うぅぅっ……ぐしゅっ、ずぴっ……」
「えー………………」
四つん這いになって、マジ泣きしてるぅ……。
「同志……助けてあげたほうが……」
えぇぇ……ぜぇったい関わっちゃいけないタイプだよアレ。
絶対関わらないほうが、この先私の無駄な苦労が少なくて済むような気がするってアレ。
「…………はぁ」
しょうがない、見てみぬふりも気分悪いしな。
「あのぅ」
「うじゅ……う?」
「とりあえず……鼻、かみます?」
「……ゅん」
◆
「ずぴっ……済まなかったな、見苦しいところを見せてしまった」
えぇ、まったくですよホントにね。
「気を取り直して、自己紹介をさせてくれ。ワタシはメープル・ガルシア。フリーのスイーパーズだ、よろしく頼む」
「高崎和泉です」
「佐藤リザ」
「タカサキ……サトウ? 珍しい名前だな」
「和泉でいいですよ。えっと……」
外人さんってどっちで呼べばいいのか時々わかんなくなるんだよなぁ……ファミリーネーム? ファーストネーム? んん?
「ああ、そういうことならワタシのこともメープルと呼んでくれ」
「あぁ、どもども」
しっかし、こうして間近で見てみると相当な美人だ。そして巨乳。
青くすらりと流れる空のような淡い髪は、外ハネのクセがあるにもかかわらず透き通りそうなほどのツヤ。
高い身長に、凛とした佇まいは大人の女性らしさだけでなく気高い騎士のような雰囲気すら漂わせている。
ホルスター付きの大きなベルトを二つ巻いた腰とお尻に、ツンと大きな形の良いおっぱい……ボディスーツでより強調されたボディは、正直えろいです。
「騎士ガルシア、先ほどのミートウルフとの闘いは一体」
「あ、あぁ……実は、実家に居た頃、犬を飼っていてな。幼い頃に亡くなってしまったのだが、ミートウルフを見ていたらどことなくアイツのことを思い出してしまって……思わず、手が止まってしまってな……っ」
えぇぇぇ……じゃあなんでこの依頼受けちゃったんだよ……ドジっ子なのか、この人。
「闘いを続けるうち、キャリバーの力を操るワタシはミートウルフに相対しても良い存在なのだろうか。ワタシは強大すぎる文明の理不尽を野生に生きる彼らへ突きつけているだけなのではないだろうかと考えたら、どうしても腕を振り降ろしきることが出来なくて……ッ!」
やめろォー! 昨日二体も狩った私たちの良心が痛むだろうがァー!
「フフ、スイーパーズとして自立してやる! と、家を飛び出したは良いものの、なかなかどうして上手くいかなくてな……なけなしの剣も奪われて、この様だ」
「メープル…………」
自嘲気味に笑うメープル。
その横顔は、いつもだったら何言ってんだこいつとツッコむところだが、しかし。
今回に限ってはそんなツッコミを入れる気にもなれないくらい、既視感があった。
私も、日本に居た頃はさっさと自立したくて、住み込みのバイトをやってみたり……光希のツテでバイトさせてもらったりして、何度も失敗したっけ。
「この森は譲ろう、ワタシが居てはキミたちの依頼の邪魔になるだろう」
立ち上がり、早々に背を向けて去って行こうとするメープルを。
「……待てよ」
引き留めずには、いられなかった。
「何?」
「ここで、こんなところで引き下がるのかよ!」
「しかし、ワタシはもう手持ちの武器が――」
「アンタの自立してやるって気持ちは、そんなもんなのかよッ!」
「!」
「同志……?」
「武器ならいくらでも貸してやる、なんなら取り返してやる! だからさっさと諦めて……逃げ出そうとしてんじゃねえよっ!」
「和泉……キミは、どうしてそこまで……」
「簡単なことさ……私も、実家は嫌いなんでねっ!」
いっちょやってやんよぉ!
◆
で。
「さっきの個体は……あいつだな」
メープルとリザ、そして私の三人は逃げていったミートウルフの足跡をたどりながら森の奥へとやってきた。
そこは小さな洞穴で、ミートウルフの巣らしく中にはいくつもの装備品や鉱石のようなものが詰まっていた。
「いよぉし、私とリザたんでミートウルフを引き付けるからその隙にメープルは装備を回収してね!」
「応ッ」
「了解です、同志」
「行くぞっ!」
まずは真っ先に飛び出したリザたんがミートウルフに一撃を与えて。
「外しました、同志」
「ちょっとォ!?」
リザたんの持ってるのって、一回使ったらエネルギー切れになっちゃうんじゃなかった!?
「エネルギー切れです、同志」
「リザたーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
ちくしょうッ! こうなったら私がキメるしか……ッ!
「い、和泉ぃ!」
「今度はなにぃ!?」
「な、中に、ちいちゃなミートウルフの子供たちが眠っているんだぁ……こ、こんなにかわいい生き物は見たことが無いぃ……連れて帰りたい、い、いやしかしそんな義に反すること、していいはずがない……ど、どうしたらいいと思うぅ!?」
「知るかぁーーーーーーーーーーっ!!! イイからさっさと装備だけ拾って加勢してくれぇーーー……って、メープルはそもそもミートウルフと戦えないからこんなことになってるんだっけ」
あれ? 頼みの綱であるリザたんは武器を失い、メープルは戦えない。
もしかして、詰んでるんじゃね?
「グルルル……」
「あ、やばい」
コレ死ぬやつだ。
一瞬で血の気が引いていく。
冷や汗が噴き出す前に、ミートウルフの巨大な爪が私に襲い掛かって――。
「ッ――――っ!!」
「ひっ……え?」
襲い掛かって、くることはなく。
瞼を開けると、ミートウルフの爪は肉球のようにまるっこく整えられていた。
「なんですとっ」
少し遅れて、私の目の前に着地するのは両手もちのキャリバーを構えたメープルだった。
「済まないな、ミートウルフ……寝床を襲い、あまつさえ命まで狙ったワタシに義理だなんだと口にする資格はないだろうが、しかし――」
カチャリ、と音を立てながら構え直されたキャリバーは、爆風のようなオーラを纏っていて。
「――ワタシの大切な友人たちの命が脅かされるのを、黙って見過ごすわけにはいかないのだ」
「きゃうんっ」
「和泉、いまのうちに」
メープルに促され、私たちはそそくさと来た道を逃げ帰った。
「いやぁ……すごかった」
あまりの速さになんにも見えなかったけど、私を飛び越えて空中でキャリバーを振るってミートウルフの爪を削ったんだと思う。
何それ、どんだけスゴイの。
「済まない、ワタシが無駄な意地を張ったばかりに命の危険に晒してしまうとは……」
照れた風に笑うメープルは、青色の髪を靡かせながらキャリバーを仕舞う。
「…………ほふぅん」
なんだか、良いなぁ……こういう美人……。
「…………同志、えっち」
「え? リザたんなんか言った?」
「別に。つぅーん」
「???」
◆
そうして、来た道をざくざくかき分けながら戻っていた時。
「時に、和泉。キミは、剣を使わないのか?」
「へ?」
若干そわそわしながら、メープルが話しかけてきた。
「いや、まぁ……近接戦は怖くて」
「恐怖とは、戦闘において最も重要な感情だ。恐怖を失えば敵を侮り、己を過信し、目的を見失う。恐怖に呑まれず戦う術は獲物の遠近を問わず大事なこと、そしてその術を学ぶには剣術こそふさわしい」
「は、はぁ、いやでも」
「何、遠慮することはない。ワタシはこう見えても六つの頃から剣術を嗜んでいるのだ、指南とて造作もない」
「いやだから私は別に!」
「そうだ、このベルトを贈ろう。この……短剣も。リーチは無いが振りやすい、出力もある、使いやすいはずだ」
「いやだからそんな勝手にベルト巻かれても……おいどこ触ってやがるっ、話を聞けってちょっと!」
「…………良い香りがするな、キミは」
「お前次勝手に触ったらセクハラで訴えるからな」
「せっ、セクハラ!? あ、いや、すまない、そんな……つもりは、いや、言い訳は良くないな……ホント、ごめん」
「………………」
こいつはなんなんだ、やりにくいっ!
◆
で。
ミートウルフからキャリバーを取り戻したメープルさんは一足先に帰った。
「本当にすまなかった、ワタシはスイーパーズ共用ステーションの『アンカレッジ』に身を置いている。良ければいつでも声をかけてくれ」
と、さりげなく連絡先を押し付けて。
「……使えると思うか?」
「知りません」
「……なんでちょっと怒ってんのさ」
「怒ってません」
「……んもう、よしよし。機嫌直して、ね?」
「……むぅ」
そんなこんなで、だ。
「そういや、結局一体も狩ってないじゃん、私ら」
「赤字です、同志」
「……しょうがない」
一応、一体くらいミートウルフを狩ってから帰ろうかな~ってことで、また別の森にきた…………のだが。
「グルルル……」
「はわわわわわわ」
あ、あれあれ? おかしいぞ? 汗が止まらない。
震えが止まらない。視界が定まらないッ!
全身に力が入らなぁい!
なんで? どうして? 呪いにでもかかった?
「同志……もしかして、エネルギー切れ……?」
「は、はは、まさか……そんなわけが……」
「バウッ!」
「ひぃぃいいいいんっっっ」
ここここここえーーーーーっ!
尋常じゃなくこえーっ!
なんだアレ、殺人ますぃーん? 殺されちゃう? 無残にも殺されちゃうの私?
あっ、そっかー。未だにおかゆしか食べてないんだしぃ、さっきあんな戦闘したんだから身体のほうがエネルギー切れなのかぁ。
そっかそっか、さっすがリザたんは頭がいいなぁ。
………………。
「ガルルルウガガガガガッ!!!」
「かかかか帰るぅぅううううううっっ」
もうやだあっ!!
◆
で。
結局一体も狩ることが出来ず、メトロポリスへと逃げ帰ってきた私たちはさっそく赤字。
ストレス過多によって身体能力が激減したので、メディカルセンター直行。さらに赤字。
ブロック282へと帰ってきた私は。
「へふん……」
意気消沈していた。
もうやだ、なんだあの危険な仕事は。ブラックなんじゃないのかスイーパーズユニオンとやらはぁっ!
「もう行かない……絶対に行かない……二度と行かないぞ……」
地上なんて降りてやるもんか、ステーション内に居れば安全なんだ……絶対安全なんだから……ッ!
と、ブロック282のラウンジのソファの上で丸くなりながら引きこもり生活を決意していると。
「ただい……あ」
「ぅ……?」
光希が帰ってきた。
「な、なななななんで和泉が居るのよ」
「私はもう引きこもり生活を決意した。スイーパーズの仕事は無期限休業。明日からとりあえずここに居続けるからよろしく」
「……」
「……?」
いつもならふざけんじゃないわよー的なうるっさい怒号が飛んでくるところだと思ったんだけど、なんだ?
「そう、よね……うん……まだ、アタシのほうが……」
「おい」
「にゃぁっ!? にゃによぅ!」
「なんかあった?」
「………………」
光希は、一瞬固まってから。
「なんもないわよっ! 馬っ……ば、バルバロッサっ!」
「??????」
わけのわからない呪文を吐いて、部屋に入っていってしまった。
なんだ、アイツ。
まあいいか、アメリアのところでなんかしてるって言ってたしな。オフィスレディはさぞ大変だろうて。
「アイロンがけのバイトとか、させてもらえないかな……」
ふむ、真剣に考えてみるか……とか考えていたらブブブッとスマフォが震えた。
出てみると。
「ふぁい、もひもひ」
『あ、あのぅ……アメリア、ですけども……今夜、少しお時間頂けませんか?』
「……ひょ?」
恥ずかしそうな小声で話す、アメリアさんからの電話だった。
◆
と、いうわけで。
「う、ぅぅ……」
「………………」
アメリアさんに呼ばれて、イデア機関の所有するなんだか高級そ~な個室レストラン的なところに来たわけなんだけど。
「あの、なんで制服着てるんですか」
アメリアさんは、なんでか制服姿だった。
「あ、あああのっ、わ、わた、わたしもこんな格好アレかと思ったんですけどっ! い、和泉さんが……わたしのためにスイーパーズのお仕事をしてくださってると、光希さんから聞いて……お、お礼というわけではないのですが、せ、誠心誠意お礼を申し上げたくて……」
「………………」
心が痛むぅぅぅぅう!
やめてください、どうしてそんなことするんですか。こっちはさっき引きこもり生活を決意したばっかりなんですけど!
「い、いや、実はですね――」
「分かっているんですっ! 和泉さんが、わたしのせいで満足に食事もとれないこと……とても傷ついていること……いくら謝っても、許していただけることだとは思っていません……それでもっ! 和泉さんと光希さんをこちらの世界へお招きしたのは、他ならないわたしなんですっ! どうか、どうか! 少しでも協力させてくださいっ!」
話を聞いてくれねぇーっ!
「い、いやだから協力とか以前に――」
「機関のほうから依頼を出させていただきますっ! 通常は実力とマナーを認められたレベルの高いスイーパーズだけが受けられる依頼なのですが、大企業の新作発表会の護衛依頼です。これなら、危険な地表に降りなくても大丈夫ですし、報酬も3000万ルピーは固いかと思われますので、十分和泉さんたちのお力になれるかと!」
「なぬ?」
3000万ルピー? 護衛だけで?
「ほ、本当なら、お金も何不自由なくおもてなししたいのですが……以前お聞きした希望もありますし、自立できることに越したことはありません。わたしたちイデア機関の人間以外とも、良好な関係を築いていくきっかけにもなると思いますし、最大限サポートはさせて頂きますのでっ! どうか、どうかわたしを助けると思って、依頼を受けてくださいませんか……?」
「わかりましたお受けします」
「和泉さんっ!」
ぃよっしゃぁぁぁあ!!
なんか知らんが、最大級の運が向いてきてるぅぅぅ!
アメリアさんの良心に最大限漬け込んでる気がするが知るかッ!
報酬が3000万だぞ、いくらでもゲーム買えちゃうんだぞ、そんなん見過ごせるかっ!
この高崎和泉、住む世界は違えどチャンスだけは見逃さない。
がっぽり稼いで、がっぽり引きこもり生活してやるぜえ!
「それと……実は、依頼に同行させて頂きたい人が二人いるんですけども……」
「二人?」
誰だろう?
「まぁ、誰であろうと大丈夫ですよ。この高崎和泉に任せてください」
「和泉さん……っ! ありがとうございますっ!」
そんなわけで、アメリアさんからの依頼を快諾したのだった!
「あ、ところでごはんは」
「おかゆでお願いします」
◆
で。
依頼当日、私は1人で『シンフォニー』の中にある新作発表会会場――その控室へとやってきていた。リザたんは今回もブロック282で留守番だ。
依頼の時はなんだかんだリザたんが一緒で、困ったら相談すればいいみたいな空気があったから不安といえば不安だが、まぁ別に良い。
1人で来たこと自体はいい。
の、だが。
「………………な、なによ」
「い、和泉がどうしてここに居るのだ……っ!?」
「いや、光希とメープルこそなんで居るんだよ」
なんでか光希とメープルがおんなじ控え室で待っていた。
あぁ、アメリアさんの言っていた同行させたい二人ってのはこいつらだったのか。
光希はまだ繋がりがあるっていうのは分かるが、どうしてメープルが居るんだ?
と、私のスマフォと繋がれている未来的なワイヤレスイヤホンからアメリアの声がする。
『あ、あー、和泉さん聞こえますかー?』
「はいはい、聞こえますけど……あの、なんでここに光希とメープルが居るんです?」
特にメープル。
『あっ、あれっ? もしかして、ガルシアさんとお知り合いだったんですかっ!?』
「えぇ、まぁ……依頼の時にちょっと」
『それは良かったですっ! ガルシアさんはイデア機関の中でもわたしが所属するボイド対策室に多額の援助をしてくださっている資産家のお嬢様でして』
「お、お嬢様ッ!?」
『おうちの方から直々に、依頼を出してやってくれないかと打診を頂いてたんですぅ』
はっはぁ、なるほどね。
言われてみれば確かにメープルはどーっかお嬢様っぽい雰囲気というか、高貴な感じと言うか、ザ・騎士~みたいな雰囲気があると思ったらそういうことか。
身に着けているボディスーツからして、一般人のそれとは質が違うっぽいし? ベルトもなんだか高級そうと言われればそう見えなくもない。
……だったらなんでスイーパーズなんかやってるんだ? しかも、共同ステーションに住んでる~とか言ってたし。
……金持ちの道楽?
「な、なんだっ! じろじろ見て……っ」
「いいえ、なんでもないですよ? メープルお嬢様?」
「なぁっ!? お、おいっ! どうして急にそんな態度になるっ! おい和泉っ! ワタシの目を見ろっ!」
「はいはーい」
「いじゅみぃっ!!!」
「で? 光希の方はなんで居るんです?」
『えぇ……光希さんは、そのぅ……「和泉があんなことになってるのはあたしのせいでもあるから、なんでもお手伝いします」とわたしの研究室で色々お手伝いしてくださっていたんですけど……やっぱり知らない場所でひとりというのは心細いようで、作業が手についていないことが多かったので和泉さんのサポートということでそちらにご一緒してもらうことに……』
はっはーん? アイツ、なんでもないとか言っておきながら実は寂しかったんだな?
「ってちょっと待て、今『和泉があんなことになってるのはあたしのせい』とか聞き捨てならない新事実が聞こえたんだけど」
『ふぇっ!? あ、あぁっすみませんっ! 和泉さんに検査のお話を持ちかけた時「和泉? あぁ、だいじょぶなんじゃないですかぁ? 殺しても死なないと思いますよ、ぷすすー(笑)」と言ってたことはナイショにしてと言われてたんでしたぁっ!』
「………………」
おいぃぃっ! 光希の野郎なんだかんだ言っておきながらてめぇが指示したようなもんじゃねーかっ!
おもっくそ主犯じゃねーかこの野郎っ!
何が「あたしのせいでもあるから」だっつーの!
何あたかも「アメリアさんが主犯ではあるけど?」みたいな態度とってやがんだ!
畜生……っ、許せん……っ! めちゃ許せねぇ……っ!
『な、内緒にしてくださいね? 光希さんもっ! 罪滅ぼしのために慣れない作業をたくさんしていただいててですねっ!』
「まぁ、そういうことなら――」
『……わたしの仕事が、倍になってはいましたが』
「………………」
『はぅあっ!? 連日の睡眠不足で口が軽くなって……はわわ、光希さんには言わないでくださいねぇ!?』
「おい光希」
「な、なによ」
「お前、邪魔だから二度と研究室来ないでくれってよ」
『和泉さぁあんっ!?』
「ふぇ……っ」
まーったく……レストランにスイーパーズ呼んで来た時はどんだけ優秀な立場になっていやがるのかと思ったら、ただのお邪魔虫じゃねえか。
あーあーアホらし。心配して損した。
「じ、邪魔……あたし、邪魔……?」
『うっ……うぅ、違うんですよ光希さんっ! お邪魔だなんてことはないんですよぉっ!』
「徹頭徹尾邪魔だってよ」
「ふぇっ……!」
『和泉さぁあああああんっ!!』
「ふぇぇえええええんっっっっ」
「あーあ、なーかしたーなーかしたー」
『和泉さんがっ、和泉さんがいうからぁっっ』
「はー? 私がなにかぁー?」
『うじゅっ……うぐぐぅ……っ!』
「ふぇええんっっ! ふぇええええんっっっ!」
「お、おい和泉っ! ど、どうして彼女は号泣しているんだっ!? どうして和泉はそんなに嬉しそうなんだーっ! 和泉ーーーっ!」
◆
で。
「うっ……ぐしゅっ、じゅぴー……っ」
「いい加減泣きやめって……私たちには光希が必要だから、な? お前の居場所は、ここだったんだよ」
「うっ、うぅぅいじゅみぃぃ……っ!!!」
「おぉ、よしよし。鼻水つけんなよ」
ったく、めんどくさい奴だ。
「それで、アメリアさん? 私たちの仕事ってなんなんです?」
『そうでしたっ! えぇと、今から一時間後にセンテンスグループによる新作発表会が行われます。皆さんには発表会の間、新作の試作品を守っていてほしいのです!』
「守る? 一体何から?」
『強いて言えば企業スパイ……でしょうか。念のための警備と考えていただければとっ!』
念のための警備、ねぇ。
「……念のための警備で3000万も貰っちゃっていいんですか? 実はちょっとやばい依頼なんじゃないですかねぇ?」
『まさかぁ、そんなことあるわけないじゃないですかぁ。和泉さんたちには信頼を置いていますし、そんなわたしを信頼してくださってる上司もまた、センテンスグループの上層部からの信頼を得ているんです。信頼の積み重ねで生まれた正当な依頼ですよ、うふふ』
「あはは、そうですよねぇ……中々やりますねぇ? アメリアさんも」
『いえいえ、組織で上手くやるというのはこういうことですので』
いよぉーーーーーしっ! とにかくこの依頼が非常に美味い依頼だということはわかった!
あとはなんの粗相もせず、しっかりと護衛(笑)を済ませてしまえばOKだ。
ぐふふ、3000万もあったら……うひょひょっ。笑いが止まらないぜ。
「よぉし確実に3000万いただくぞっ!」
「ぐしゅっ……おー!」
「お、おー?」
◆
……と、意気込んだはいいものの。
「オイ」
「な、なによ」
発表会会場、出入り口脇。
パーティ会場のようなテーブルやら椅子やらホログラム投影用のセットやらが何人ものスタッフによって準備されている中。
私はなぜか光希に固くキツく手を握られていた。
「手を離せ。指を絡めるな。私に近づくな」
「はっ、ハァッ!? なによそれっ! あ、あ、あ、あんたまであたしのこと要らないっていうの!? そうなのねっ! そうなんでしょっ! うっ、ぐしゅ……っ、いっ、いじわるぅ……っ!」
う、うぜぇぇ!!
「なっんだよっ! 離せよっ! 気色悪いっつーんだよっ!」
「にゃっ、ててて手ぇぐらいちゅないでくれたっていいじゃにゃいっ! 寂しかったんだもんっ!! 今までずっと寂しかったんだもんんんっっ!!!」
「寂しかったのは分かったから依頼中ぐらい我慢しろよ! 邪魔だし周りの目がアレだろうが!」
「……ちらっ、ちらっ」
出入り口を挟んだ向こう側に立ってるメープルがすごい勢いでチラチラ私の方を見てくるんだよ……!
「うじゅ……じゃあといれ」
「はぁ? トイレ? 勝手に行って来いよ、まだ始まらないみたいだし」
「ついてきて」
「なんでだよ、お前は幼稚園児か」
「いいからついてきてっ!!」
「………………」
くっそめんどくせぇ……しかし、会場でこれ以上駄々をこねられても要らん視線を集めるのはよくない。若干視線を集めてる気がするしな。
せっかく黙ってれば貰えるはずの3000万をこいつの駄々のせいで無駄にはしたかぁない。
「わかったわかった……行くよ、行きます行きます」
「ほんとにっ! わぁい!」
……幼児退行著しいな、この野郎。
「メープル、ちょっと光希を連れてトイレに行ってくるから少しの間頼める?」
「あ、あぁ……それは構わないが、その、なんだ……あ、あまり、トイレでいかがわしいことは、するなよ」
「しねぇよ!」
お前の頭の中はどうなってんだよっ!
◆
で。
「なぁー、もう戻っても良いかー」
「だっ、ダメに決まってるじゃなひぃ……っ、お、おわりゅまでまっててよぉ……っ」
光希と共にトイレまでやって来た私は、トイレの前で突っ立ってるだけのお仕事をしていた。
いや、別に会場へ戻ったところでメープルと一緒に出入り口のところで突っ立ってるだけのお仕事だから、やってることは大して変わらないといえばそうなんだけども。
「ふっ、ぅう……っ、ひぅっ、うぅぅ……っ」
「………………」
何が悲しくて幼馴染のうめき声をトイレの扉ごしに聞かなければならないのか。
正直、苦痛である。
「なぁ、なんで私がここに居なくちゃいけないんだよー」
「だっ、だって、あのガルシアとかいう人と二人にしたらぁ……っ、ひぐっ、ぜ、絶対盛り上がるじゃないっ!」
「はぁ?」
別に盛り上がったりしねぇよ。
「ぜ、絶対あたしの居ないとこでぇ……っ、み、みんなだけで、話題を共有して……はぶるんでしょお……っ」
「お前、もしかしてアメリアさんのとこでぼっちだったのか」
「ふにゅぅうっ……!?」
なるほどな。
アメリアさんが言っていた通りなら、こいつは私が検査でぶっ倒れてから約二週間程度。
ずぅーーーーっとアメリアさんの邪魔ばかりしていたはずだ。
見たこともない異世界人がやってきて、自分たちのお仕事を手伝ってくれると自ら志願したにも関わらず、これっぽっちも役に立たない。
となれば、多少なりとも冷ややかな視線を向けられたってしょうがないというものだろう。
容易に想像がつく。
手伝う光希、いちいち質問する光希、ミスをする光希、すり減るアメリアさんと同僚の良心、無くなる余裕、生まれる邪魔だなコイツっていう感情と社会生活で培われた大人な理性。
さぞ針のむしろだったに違いない。
「うぅっ、うぅううるさいのよぉっ……! ゆ、許さないんだから……っ、あっ、あたっ、あたしを差し置いて、二人で盛り上がるなんて絶対許さないんだからっ! もうひとりぼっちは嫌なのっ! 研究室の人たちが日に日にあたしを避けていくのは思い出したくないのっ! 忘れたいのぉっ! うっ、うじゅぅ……っ、どうぢでよぉ……っ、アビリティもっ、ぐしゅっ、テクニックアーツも習得じでっ……うじゅっ、ぴーーーっ! こ、こんなに頑張ってるのにぃ……っっ」
「…………」
不憫すぎる……っ!
度重なる日々のストレスで、光希の自律神経とか腸内環境とかそこらへんはダイレクトダメージを受けたのだろう。
昔から成績は良いが、ストレスに弱い傾向のあるやつだったしな。仕方のないことではあるのだが、見ていて居たたまれない。
まったくもって同情する。同情の余地しかない。むしろ辺り一面同情で埋め立てられてる。
「じゃ、戻るから」
「ちょっ、待ちっ、待ちなさいよ和泉っ! い、和泉さん待ってっ! 置いてかないでっ! こんなとこに一人にしないでぇっ!!」
個室の中で喚き散らす光希を尻目に、私はそっとトイレのドアを開けながら。
「あ、もしもしアメリアさん? ちょっと良い整腸剤用意しといてもらえます? あ、はい。そうです、光希用で」
会場へと戻った。
◆
「ったく……くだらんことに付き合わせおってからに」
会場に戻ると、早速メープルが警備しているフリをしながら近づいてきた。
「和泉、あの……光希、だったか。彼女はどうした」
「なんでもないよ、ただの下痢だ」
「お、おぉ……お大事に、だな……」
会場へと戻ってくると、もう既に準備は整い来場者がどんどん入ってきているところだった。
パーティ会場然とした準備の施された会場へ、次々と人が入ってくる。
会場のあちらこちらでは名刺交換らしい何かやら、あいさつ回り的なものが行われている辺り、いかにも企業主催のパーティという感じだ。
「結構な大人数だな……」
「あぁ、さすが天下のセンテンスグループと言ったところだ」
「センテンスグループ? 主催の会社の名前か?」
ちらちら名前は出てきてたな、そういえば。
「わっ、ワタシも詳しくは知らないが、大手ゲーム会社の中でもトップクラスの大企業だそうだ」
「へぇ」
ちょうどいい、報酬金の使い道はセンテンスグループとやらの新作ゲームにつぎこんでみるとしようかな。
ほどなくして照明が落ち、ステージ上へスポットライトが当てられる。
「む、始まるようだぞ和泉っ!」
「お、おう」
なんでちょっとテンション高いんだよ。
『みんなぁ~~~っ! おっまたせもちもち~~~~♪』
「も、もちもち?」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
が、しかし。その直後。私はその“声”が持つ、確かな“技量”を感じていた。
「「「おぉ~」」」
会場中の歓声に包まれながらステージ上へ現れたのは、ピンクの髪をした快活な女の子のホログラム。
さっきの声は、おそらく彼女の声優さんだろう。
ピンク髪の女の子の動きに合わせて、セリフが続く。
『みんなこんにちはっ! 毎日もちもちしてるかなっ? えぇ~? 全然もちもちしてないのぉ~? んもぅっ! しょうがないなぁ、そんなみんなのために今日はすぅ~~~っごいもっちり笑顔になっちゃうお知らせを持ってきてあげたよっ?』
「コメディテイスト溢れるセリフの中にも確かな可愛らしさを見せていながらにして、自然さを失ってはいない……短い一文、開始の一行だからこそ注目されるその一発に経験と情熱に裏打ちされた“感情の演技”が乗っている……逸材――確かな逸材の匂いがする……」
「フフ、分かるか、和泉ッ」
「あぁッ! ……ってメープルは詳しく知らないんじゃないのかよ」
「にゃっ!? し、しらにゃいぞっ!?」
ぜってー嘘だにゃ。
と、ピンク髪の女の子の声が続く。
『わたしたち、「もちぷる☆がーるず」にぃ……この夏、会って触れて恋出来ちゃうよぉ~~♪』
パーンッと弾けるホログラムの花火と共に、ぞろぞろとキャストらしき女性数人と製作スタッフ陣らしきむさい男たちがステージへと姿を現す。
『はい、というわけでみなさんお待たせいたしました! 今夏、センテンスグループがお送りする新作、「もちぷる☆さまーでいず」の新作発表会を執り行いたいと思います!』
「「「わぁ~~!」」」
「すっげぇ盛り上がりようだな、おい……」
まるでオリンピックの開会式みたいな盛り上がり方だ。あ、いや、あそこまで規模は大きくないけど、せいぜい体育館程度の広さしかないんだけど、なんていうの? 他に例えようがないっ! とにかくすっごい盛り上がってるぅ!
『――そして何よりも! みなさんも注目していると思いますっ! キャリア技術を応用した『もちぷる☆さわさわシステム』! ついにあの子と、あんな子と、触ったり抱きしめたり匂いを嗅いだりできちゃうすんごいシステムなんですよねー!?』
触れる……だと? そりゃすごい。
「えろげかな?」
「え、エロぉっ!?」
「だってあれエロゲじゃない? エロゲだよね? メープル知らないの?」
「くっ、くくく詳しくは知らないと言っただろうっ! そ、そそそそんな、え、えっちなゲームなど、ワタシは、一ミリも……知らな……」
とか言いながらもメープルの視線はステージ上に映し出されるホログラムに釘づけ。
主人公っぽい男(目元は見えない)がヒロインの餅持さくらちゃんのお部屋らしきところでラッキースケベな状態になっちゃってるところをガン見している。
「あっ、あぁああんな状況でちゅーするのかっ!? な、なんてえっちなんだ……な、なんて……うぅぅ……!」
「思いっきり見てますよね? 興味津々ですよね? ねぇメープルさんや?」
「き、興味津々じゃにゃいっ!!!」
うっそだぁ。
「ホントは興味津々なんでしょ~? ああいうちょっとえっちなゲームとか大好きなんじゃないの~?」
「う、ううあ、わ、わわ、ワタシは一ミリも知らないがっ! その、あの、き、興味、というか、社会勉強として、だな……あ、ああ、ああいう、ギャルゲーという世界があることも、知ってはいるのだが……も、もちろん手を出したことなどないぞ!? ないからな!?」
「ふぅーん……」
「あ、当たり前だろう……ワタシは、あくまでスイーパーズであって、騎士たる道を歩む剣を選んだ人間で……」
「エッチシーンでの選択肢とかってめんどいよねー」
「ばっ、馬鹿者おっ! あの選択肢があるのと無いのとでは全くもって行為の臨場感が違うではないかっ! それがわからないなど言語道――……ハッ」
「へぇ、そーなんだー、ふーん」
「あ、いや、これは、ちがくて……ちがうのだ、そのぅ……いや、あのぅ……」
「騎士道を歩む? 剣を選んだお人は? エッチシーンの選択肢に一家言ある人なんですねぇ?」
「あぅ、あ……いや、ワタシはぁ……っ」
「えぇ~? どういう選択肢がお気に入りなんですかぁ~? 当然ありますよねぇ? そんなこだわりのある騎士様だったらどんなプレイがお好きでどんな選択肢がお好きかくらいありま
すよねぇ? ねぇ~?」
「う、あぁ……ぅぅ……」
「ほらほら素直になったらいいんじゃないですかぁ? 私知りたいなぁ~? 騎士様がどぉんなえっちではしたない選択肢が好きなのか教えてほしいなぁ~?」
「わ、わた、しはぁ……っ」
「ほらほらぁ、言っちゃえ言っちゃえ」
「わ、ワタシは……っ、中――」
「あ、もしもしアメリアさん? あ、整腸剤送ってくれましたぁ?」
「…………――き、貴様あっ!!!」
◆
で。
「い、和泉こそっ、ずいぶん知った風な口を利くじゃないかっ!」
引き続き、私とメープルはエロゲ談義で盛り上がっていた。会場は言わずもがな、ステージ上に釘づけで、私たちを見る人なんか一人もいない。
「そりゃあそういうゲームもいくつかやったことありますし」
えっちじゃないやつだけどね、いわゆるノベルゲーム的なやーつだけどね。
「にゃにぃっ!? き、貴様っ、そんなっ、あ、ぅ……その、あの、ど、どうなのだ……?」
「どうって何が?」
「なっ、何ってっ! その、あのぅ……え、ええ、えっちなやつかっ!? タイトルはなんだっ!?」
「えー、どうですかねー、やってみればわかるんじゃないですかー? そんなに興味があるならぁ、自分でぇ」
「なっ、あっ、うっ、き、興味などないっ!! た、ただ、その……べ、勉強のためにだなぁ!」
「何の勉強なんですかねぇ? うぅん?」
「うっ、うぅぅ……もっ、もう知らんっ!」
ぷいすっと耳まで真っ赤になりながら、メープルはそっぽを向いてしまった。
「……むっつり淫乱ナイトめ」
「むっ、むっつり淫乱じゃにゃいっ!!!」
うっそだぁ。
ちなみに、『もちぷる☆さまーでいず』は本番シーン及びそれに準ずるアレがソレなシーンは出てこなかったのでエロゲじゃなかったみたい。なぁんだ。
◆
で。
発表会が始まってからだいたい一時間が経過した頃。
プロモーションホログラムも終わり、制作陣によるプレゼンテーションやら主要キャスト陣によるラジオの公開録音的なものも行われていた。
「ふぁあ~~……んむ」
暇だ。
いくらゲームの新作発表会とはいえ、一切周辺情報を知らない状態で聞いても何が何やらさっぱりである。
本格的に日本のゲームやアニメが恋しくなってきた。
「おぉぉ……うおぉ……!!」
しかしメープルにはずいぶん刺さったらしく、ステージで行われている声優さんの生アフレコに釘づけになっていた。
主にキス演技辺りに。
「むっつりめ」
「むっ、むむむむむっつりじゃにゃいと言ってるだろうっ!!」
うっそだぁ。
いやもうこれはいいか。
それにしても早く終わらないかな。
正直、ミートウルフとまた戦うよりも簡単で安全な仕事なのはわかっているが、退屈だ。
「アメリアさんに通話でもしてみるか……」
世の女子たちがやるという「ねぇ? いまなにしてるぅ?」的なうざ絡みが一瞬頭をよぎったが、ち、違うぞ。私はそんなことをする脳内スウィーティじゃない。
ただ、ほら……詳しいプログラムを聞いてないからいつまでかかるのかわかんないしね? うん、そういうことだよ。
「もしもーし」
一応気を使って小声で呼びかけてみる。
『………………』
んん? おかしい。
通話自体は繋がっているみたいなのに、なんの応答もない。
「アメリアさーん?」
『………………』
やっぱり応答がない。
なんだろう、「うわ、まただよ(笑) うざ(笑)」とか思われたのかな……い、いや! そんなわけないし! 私からあんなやつに絡みにいくとか超稀だし! 貴重なチャンスだし! あーあ、好感度あげるチャンスせっかくあげたのになぁ!
「どうした、和泉」
「あ、いや……アメリアさんが通話に出なくて」
「何か緊急の用事か? だったら、すぐそこにコンソールが……」
「あぁ、別に暇だっただけだから」
「………………」
「……な、なんだよ」
「和泉は、彼女と暇さえあれば通話するような仲なのか……?」
「ちっ、ちげぇし! 全然ちげぇし! こっちから通話とか!? 超レアだし!? なんならリザたんとの方がいっぱい通話してるし!?」
「り、リザ、たん……? セーフティで一緒だった彼女か……ま、まさか、そういう仲なのか……!?」
「い、いやそれも違うケドっ!? スイーパーズ! スイーパーズとして連絡を取る機会が多いってだけだし!?」
「なっ、ななななならばっ!」
「うえっ」
顔が近いっ!
「わ、ワタシとも、通話してくれっ!」
「え、いいけど……」
「…………やたっ」
なんだ、こいつ。
そんな露骨に通話をせがむとは……こいつまさか。
「メープルって友達居ないの?」
「いっ、いいいいい居るわ友達くらいぃっ!」
なんだ、メープルもぼっちか。
光希といいメープルといい、ぼっちが多いなぁ私の周りは。
私? 私はほら、リザたんがいつも一緒だから。今日は居ないけど。
あれ? じゃあ私も……いや、確かに学校じゃ光希以外と遊ぶことなんて皆無だったけど……わ、私はほら、あれだし、ぼっちオタっていうか……密かに一人でじっくりすきなようにオタオタするのが好きなタイプなだけだし、弾かれてるとかじゃないし、修学旅行とか楽しかったし、光希とずぅっと一緒に居たけど。
「べ、別にワタシはスイーパーズとしての仕事が忙しくて中々、そんな、友達を作るような暇を持ち合わせていなかったというだけでだな……」
「うんうん」
「だっ、断じてぼっちじゃにゃいっ!!」
「うんうん、そうだねー」
「にゃんだその返事はぁーっ!!!」
「ははは」
わかったわかった。
「今度一緒にランチとか行こうねぇ」
「なっ、う、うぅ……馬鹿にしてぇ……でも行く」
行くのかよ。
いい加減私の腹も治ってきたはずだし、一度メディカルセンター行ってから依頼の成功祝いってことで高そうなところにでも行くかぁ。
なんて、考えていた時だった。
ズンッ……と重く大きな振動が、会場全体に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「ひやぁぁっ」
「…………ひやあって」
メープルの悲鳴にびっくりしてすんごい冷静になっちゃったよ、もう。
「うっ、うるひゃいっ! な、なんだったのだ、今のは」
「わかんないけど……地震かな? 宇宙ステーションでも地震ってあるもんなの?」
「いいや、あんな揺れはそうそうあるものではない。地表に降りれば話は別だが、あんな衝撃……防護フィールドの張られている『シンフォニー』では絶対にあり得ないことだ」
ん? 絶対にあり得ない?
「それはそのぉ、計算上あり得ない~とかそういう話?」
「まぁ、そうだな。シンフォニーに搭載されている防護フィールドは特注だからな、これまでのボイドとの戦闘データを元に設計された絶対防護フィールドのはずだ」
……大抵さ、計算上あり得ない~とか言う時って、さ。
『い、和泉さんっ! やっとつながった……すぐに皆さんを避難させてくださいっ! シンフォニー内に、とても強力なボイドの反応が出ていますぅ~!』
だろうと思ったー。
そういうことが起こる前フリだと思ったー。
げんなりする私を嘲笑うように、どこからともなく鳴り響いてくるいくつもの警報。
ビービーうるさい警報にざわつく会場の中、ちょうどど真ん中へ、天井をすり抜けて来た何者かが降り立った。
「う、うわああっ!! ボイドだあああっ!!」
誰かの叫び声と共に、わらわらと逃げ回る来場者たちの間からそいつの姿がハッキリと見えた。
ヒト型のぬめぬめっとした体表面、髪の毛っぽい触手、フルフェイスヘルメットみたくつるっとした頭。
そして、革のライダースーツを着た女性のような体つき。
「うわぁ……アメリアさんに見せてもらったやつと一緒……」
間違いない、いつぞやの説明で見たボイドのホログラムそのものの形だった。
「しかし、なんだ……色が違うな」
たしかアメリアさんに見せられたのは、肌色らしいところはなくて全体的に灰色というか汚い緑色をしていたような気がするが、こいつは違う。
顔の位置や、胸、ヘソや太ももは白く、それ以外は褐色な肌色。ところどころに黒いラインと明るいオレンジ色のラインが入っている、なんとも健康的な配色だった。
なんというか、ホログラムで見たタイプよりもより女性的な部分を強調するような配色っていうかデザインで、正直エロい。
いや、灰色系で統一されたデザインもそれはそれで肌色に近い印象を与えるしエロスでいったら甲乙つけがたいところであるとは思うんだけど――って今はそんな話はどうでもいいの!
「和泉っ! なにをぼけっとしているっ! 早く避難をっ!」
「お、おうっ!」
けど、避難って言ったって大丈夫なのか!?
たしか、普通人間の八倍は強いとかなんとか……。
とか言っていたら、案の定大丈夫ではなく。
「なっ!? 扉がっ!」
来場客が半分ほど会場外へ出たところで、扉が勝手に閉まって動かなくなってしまった。
「クソッ! ヤツに吸われたか……ッ」
「す、吸われた? 吸われたってなんだよ!」
「ボイドはそこに居るだけで周囲のキャリア粒子……我々が使っているエネルギーそのものを吸うのだ」
「な、なにぃ!? って、なんかそんな説明を聞いたような気がしないでもない」
なんだったっけな、思い出せん。
「いずれにせよ、ヤツが居る限り我々は脱出できないということだ……!」
「まっ、まじかぁ……」
どうすんのコレ、まじでどうすんの。
「くっ……やるしかないか」
扉に集まる来場者たちの前へと、メープルがキャリバーを構えながら歩み出る。
「けっ、けど! あいつめっちゃ強いんでしょ! 勝てるの!?」
「分からん……だが、やらねばどちらにせよ黙って殺されるだけだ……ッ」
「く、ぅぅ……リザたんたすけてぇ……」
こんなことになるならさっさと日本に帰りたかった! さっさと帰ってラノベ読みながら動画みてたかったよぅ!
とか、思っていたら。
『あんたら邪魔ッ! 全員どいてなさいっ! 中の連中もッ! 全員扉から離れてなさいよーっ!』
扉の向こうからやたら元気な声が聞こえてきた。
言われたとおり扉から離れると、直後にバチバチバチッと強烈な電撃の破裂音が響き渡る。
「ふんぬッッ……ぎぎ、だ、黙ってみてないで、あんたらも開けなさいよぉ……っ!」
「み、光希っ!」
ゆっくりと開かれる扉の向こうから現れたのは、光希だった。
扉を掴む光希の両手からは電撃が迸り、ロック機能自体を麻痺させているっぽい。
「ぜぇ……はぁ……お、おもぉ……」
「お前……今のって」
「ど、どいてなさい……怪我するわよ」
ふらふらしながら、メープルの前へと歩み出る光希。
「ふぅん、あれがボイドね」
「光希殿、だったか。危険だぞ」
「あんたこそ危険よ、邪魔だから下がってなさい」
「じゃ、邪魔って……うぅ……」
や、やめろよぉ! メープルはお前と一緒でぼっちなんだぞ! 優しくしてやれよ! 優しくしてやれよ!
「じゃなくて! お前、何する気だよ!」
「ふんっ。アタシはね、あんたが馬鹿みたいに吐き倒してる時からイデア機関で働いてたのよ。同時に、スイーパーズの一員としてサポートシステムを受けながらね」
シュッとかっこいいポーズで投げ渡されたカードを見てみると、確かにスイーパーズカードに光希の名前が書かれていた。
「お、お前、これって……」
「もちろんアタシも最初はあんたと同じ、子供用の玩具を使うのがやっとだった……けどね、今のアタシは違うわ」
光希へと向き直るボイド、その足元へと光希の両手から雷撃が飛ぶ。
「アビリティ、テクニックアーツ……そんなもの、とっくの昔に習得してるのよッ! この光希様はねぇっ!」
バチバチィンッと強烈な破裂音を響かせる電撃が迸る。
思わず目を覆うほどの閃光は本物の雷のようでいて、光希の両手で支配された雷光の龍のようにも見えた。
「――…………」
「す、すげぇ!」
光希の攻撃でボイドの動きが止まった! ボイドが光希にびびってるんだ!
「和泉もそこの青髪も、アタシの活躍を黙って見てなさいッ!」
放射状に撃たれる電撃を食らうたび、ボイドは後退してる。
本当に光希の力だけで勝てるのかもしれないぞっ! いいぞ、やっちまえ!
『い、和泉さんっ! なにやってるんですかぁっ! 早く避難してくださいぃ~!』
「何言ってんだよ、光希が善戦してるんだ、今更避難する必要なんかないでしょ!」
『えぇっ!? み、光希さんが!? ダメですっ、今すぐ止めてくださいっ!』
「へ? なんで?」
『だって、光希さんの持ってる力は全部――』
「光希殿ぉっ!」
「!!!」
メープルの叫び声で顔をあげると、間一髪ボイドの触手に襲われそうになった光希をメープルがキャリバーで守ったところだった。
「な、なんで……」
『光希さんの持ってる力は全て“見せかけ”なんですよぉ!』
「なにぃ!? み、見せかけってどういうことだよ!」
『だから、光希さんのテクニックアーツには威力がないんですよおっ!』
つ、つまり、ただのホログラムと変わらないってこと……?
『テクニックアーツは簡素な見た目なことが多くて、戦闘以外での使用を視野に入れたカスタマイズ機能が備わっているんです……光希さんは、テクニックアーツ強化・開発に使えるはずのキャリアパレットの領域を、全て見た目のカスタマイズに使ってしまって……』
「あ、あんの中二病がぁ……!!!」
通りで迫力のある技だと思ったよぉ!
いますぐ止めないと……けど。
「ぐっ、くぅ……ハァッ!!」
本格的に攻撃へ打って出て来たボイドの攻撃を、なんとか捌くメープル。
光希に当たらないよう守るのがやっとな状態だ。
……あんなところへ入っていけるかぁ!
「青髪! サポートしてあげるわっ!」
「おぉ……雷撃をキャリバーに纏わせるとは……フフ、助かるッ!」
違うからぁ! それエンチャントとかじゃないからぁ! ただの派手なエフェクトだからぁ!!
「ふんっ、この光希様が援護してあげてるんだから……せいぜい、役に立ちなさいよね?」
おめーが言うんじゃねーーーーーーーーーーーよっ!!!
くっそぉ……あの野郎、ちょーっとカッコいいやり取りが出来るからって調子に乗りやがってぇ……!
「ぐっ、うああっ!」
「メープルっ!!」
くそっ、メープルが吹き飛ばされた!
近接攻撃の出来ない光希じゃ、すぐさまやられちまう……!
「……よくも、やってくれたわね」
「み、光希……?」
なにちょっとバトル漫画の主人公みたいな間を作っちゃってんの? 逃げて? 逃げろ?
「よくも、アタシの仲間に…………手をあげてくれたわねっ!!」
爆発的に膨れ上がる光希の雷撃。白と黒に変わっていく雷撃が、徐々に収束しながら巨大な鎌を形作っていく。
いや、ただのエフェクトなんだけどね?
「グラオ・ドゥンナー・シュラーク……灰色の刃は、決してアンタを逃がさないわ」
イヤーッ! やめてェーッ! 見てるこっちが恥ずかしいからやめてぇーっ!!!
けど、ボイドの方は本気で信じているのか、なんらかの威力を感じているのか、本気でちょっとたじろいでいるように見える。足が止まってるし。
光希のなりきりが迫真の演技すぎるからだろうか?
「なんにしても今のうちに何か手を打たねえと……ッ!」
光希もろともやられちまう!
メープルは弾き飛ばされたままだし、出入り口にはまだ来場者やらステージ上に居たスタッフたちが居るだけだし……私の手元には大した武器がないし!
「ん……ん!?」
そうか、ゲーム!
「ねぇちょっとそこのスタッフさん!」
出入り口で未だに避難できずにいる眼鏡の男へ適当に声をかける。
「は、はい、なんでしょう」
「あのもちぷるなんたらの開発関係者?」
「え、ええ、そうです」
「あのもちぷるなんたらってゲームのシステム! どうやったら使えるわけ!?」
「え、え? えと、パーソナルカードを本体に通してから――」
「えぇいわかんないから付いてこいっ!」
「あ、ちょっとぉっ!」
光希のテクニックアーツはエフェクト全振り。ただの見掛け倒しで、エフェクト自体に威力はない。
あの鎌だって、雷撃を変形させただけのエフェクト……ホログラムと変わらないっていうなら……!
「な、何をしろっていうんですかぁ!」
「あいつ! あそこで戦ってる馬鹿の馬鹿みたいなエフェクトを具現化させてほしいの!」
「無理ですよぉ! ハードウェアが正常に読み取れるようプログラムされたデータでないと!」
「じゃあ私が変換器になるっ! アメリアっ!」
『ひゃいいっ!?』
「私のキャリアパレット、拡張性があるっていうんならそんくらい出来るよね!?」
『えと、えと、理論上可能かもしれませんけど……わかりませんーっ!』
「それでいい! ほい、光希のカード!」
眼鏡の男に光希のカードを投げ渡す。
「で、ですが、そんなことをしたら本体が出力に耐えられなくて壊れちゃいますよぉ!」
「本体ぶっ壊れんのとてめぇが先に脳天撃たれるのどっちがいいんだよオラア!」
「はっ、ひいぃぃっ!」
スタッフの頭に銃口を突きつけながら、適当にその辺のコードを掴む。
「アメリアっ! どれ!?」
ワイヤレスイヤホンからバイザーが展開されて、アメリアさんと視界が共有される。
『えと……えと、手元のそれと、足元のコードです! そのコードとプロジェクターの間で和泉さんが変換するんです! 光希さんのスイーパーズカードに入力されているコードを識別して具現化出来るよう会場全体へホログラムマスクを展開させればいけるはずですっ!』
「おっしゃぁ!」
二つのコードをひっつかんで、ひっつかんで……みたけどさ。
「え、これどうすんの?」
『咥えてくださいっ!』
「咥える!?」
「じ、準備出来ました!」
「ええいくそぅ!」
がぶっといったれ私ぃ!
「あぐっ! くわへはぞっ!」
『いまですっ!』
「もちぷる☆さわさわシステム、起動しますっ!」
「ふぐんぐっ!?!?」
バヂンッ、と。
腹の中で爆弾でも爆発したのかと思うくらいの衝撃が襲い掛かってきた瞬間。
「――――――!」
私は倒れながら、光希の大鎌がボイドを引き裂く瞬間を見た。
…………ような、気がした。