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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード2『こんなに明るい私の未来に意味はありますか』

 

 私の未来は、明るい。

『す、すみません! すぐ済みますから! ちょっとだけですから! さきっぽ、さきっぽだけですからねっ!』

 ……そう、思っていたのだが。

『あぁぁすごいぃ……っ! 和泉さんの中がこんなにはっきり映って……あぁっ、きれいなキャリアパレットが……っ』

「おい、ちょっと! アメリアこの野郎ッ! 簡単なメディカルチェックじゃないのかよっ! なんだこのうねうねした機械触手はっ!」

『あぁっ、今、今奥まで入れてあげますからねっ! 奥まで、奥深くまでぇっ……!!』

「やめっ、く、くるなっ、くんなって、やだっ、リザたんたすけてっ、やだぁっ、うわあああっっっ!!」

 現実、そんなに甘くはなかった。

 どうしてこうなった。

 ◆

 時は少し遡り。

「おはようございます、和泉さん。よく眠れましたか?」

 『シンフォニー』到着二日目の朝のことだ。

「んぁー、ぼちぼち……」

 枕との相性がアレなせいで万全とはいかないながらも、起きしなアレコレ愚痴るのも面倒なので適当に答えながら、ラウンジのソファへどっかり腰かけると。

 どこからともなくリザがやって来て隣に腰かけてきた。

「おはよう、同志」

「んぁー……おはよす……」

 相変わらず長い茶髪を揺らしながらおでこを出しつつ、ふかふかおっぱいを揺らすリザは制服装備のまま。

 かくいう私も昨日と同じ、アメリアさんが用意してくれていたセーラー服だ。

「そーそー……あの制服の山は、一体なんなんですかねぇ」

 リザのふにふにな太ももへダイブしつつ、だらーんと指さした先にはアメリアさんが持ってきたらしいセーラー服とブレザーの山があった。

「もちろん、和泉さんと光希さんのためにご用意いたしましたっ! ふんすっ!」

「いや、私ら年がら年中制服で過ごしてるわけじゃないんだけど……え、なに? 私たちは制服がデフォルトな生き物だと思われてるの?」

「え? ち、違うんですか?」

「ちがうよっ!!」

 通りでリザまで制服姿のまんまだと思ったよ! 部屋着もセーラー服だしっ! あんたらが勘違いしてるからだな!?

「そんな……だって、和泉さんたちJKと呼ばれる地球人はいつでもどこでもパパさんなる顧客から呼び出しがあれば制服に身を包んだまま薄暗いホテル街へと消えていくのが仕事だと……」

「なんだってそんな偏った知識になってるんだよ……違うよ、普通に学生やってるよ……そんなのしてるのは居ないし見たことないから」

 私はね、私はだよ? 現実は知らん。

「では、やっぱり……その、制服姿というのは、普通の格好ということに……?」

「ん、まぁ……普通、かなぁ」

「そ、そう、なんですね……なんて刺激的な世界なんでしょう……」

「いや、アメリアさんのぴちぴちボディスーツの方が刺激的な格好だと思うんだけど」

 相変わらず平坦なお胸の形までくっきりだ。

「こっ、これはイデア機関で正式採用されている人気のデザインなんですよっ!?」

「流行とかは知らないけどぉ! その身体のラインが出まくってる格好のほうがエロいっていってるのぉ!」

「え、えろくなんかありませんっ! みんなこういう格好ですっ! むしろ和泉さんたちのようにひらひらしてたりふわふわしている格好のほうが、その……え、え、えっちですよっ!?」

「え、そうなの?」

「そんな恰好しているのは、よ、夜のお仕事をされてる方たちだけですよぅ……」

「……リザちん、ホント?」

「ホント」

「え、じゃあ私と光希はずっと、なに? マジでえろい仕事してるやつに見られてたの?」

「そういうことになる、同志は性的」

「やめっ、ちょ、じゃああの制服の山は!? 私らどんだけエロい格好にこだわりのある連中に思われてんの!?」

「うぅぅ……持ってくるの恥ずかしかったんですからね……各方面に事情を説明するだけでも恥ずかしかったのに……」

「じゃあ先に言っといてほしかったなぁ! すぐにでもそのボディスーツ着たのになぁ!」

「あ、一応制服っぽいデザインのスーツなら入っていますけど」

「着ないわっ!」

 恥ずかしくないやつをよこしなさいっ!

 ◆

 で。 

「意外と快適だな……スースーするかと思ったけど、そんなことないし」

 リザと一緒に、アメリアさんとおそろいのボディスーツへ着替えてみた。

 よしよし、これでやーっと話が始められる。

 というわけで。

「お仕事、ですか」

「そうそう、とりあえず私としてはこっちで安定した職に就いて末永く暮らしていきたいし、そうでなくても生活必需品を自分たちで買える程度には収入が欲しいかなぁっていうことで」

 枕とか服とかゲームとか漫画とかラノベとか買いたいしね。

「そう、ですねぇ……お仕事ですか……」

「……やっぱ、難しい感じ?」

「いえっ! お仕事に就くこと自体は難しくありません。規定に則り、キャリアパレットに応じたお仕事に就くことは可能だと思います。特に、イデア機関周りのお仕事となれば尚更融通が利くことでしょう」

「お、だったら――」

「しかし、昨日言った通り泉さんたちのキャリアパレットは子供用の玩具すら動かせるかどうか怪しいもの……キャリアパレットが機能しない以上、今すぐにというのは難しいかもしれません」

「おふぅ……」

 なんてこった、要は高卒大卒資格が足りないってことじゃんか。結局そういうことじゃんか。いや、違うのか? わからんけど。

「で、でも精密検査をして、キャリアパレットの性質を調べればもしかしたら適合するものがあるかもしれませんっ!」

「お! だったら――」

「けれど、ですね……正直に言いますと、気軽に検査を受けて欲しくないのです」

「……え?」

 なんだか嫌な予感がしてきたぞ。

「和泉さん、光希さんのおふたりとも、実はこちらへやってきた直後簡易的なメディカルチェックを行わせていただいてました」

「あー……」

 言われてみれば、なんとなーく検査っぽいことをされてた記憶はある。

 あの眩しかったやつだな。

「その時、既に我々ジェネレーションワンとは大きく異なる点がいくつも見つかっていて……和泉さんたちの生体データはとても貴重なものなんです。緊急事態だったこともあって、昨日の第三次跳躍に関するデータはイデア機関全体で共有されているのですが、どのプロジェクトチームもこぞって和泉さんたちに接触を図りたい状態……ですから! 気軽にメディカルチェックを受けてしまうとウチのチームが成果をあげられなくなっちゃうんですっ!」

「えぇぇぇ……」

 めんどくせぇぇぇ……。

 どんだけめんどくさいんだイデア機関。

 そんな如何にも会社ですよ的ないざこざあるのか……異世界人に対して。それはそれですごいけども。順応性高すぎませんかね。

「けどっ! わたしたちは現状和泉さんたちが知りうる中で唯一といってもいいこちら側の存在! とはいえ、わたしたちも検査データが欲しいのは事実っ! わたしたちが『お願いですから検査させてください』なんて言ったら和泉さんたちが断れないのは明白! 信頼につけこむようなことはしたくないんですっ!」

「い、いや、別にいいよ……そもそもここだってアメリアさんたちのチームが取ってくれたお部屋なんでしょ?」

「はいっ! がんばりましたっ!」

「だったら、検査くらいアメリアさんのところで受けるって」

 正直、昨日のアメリアさんを見ていたら誰だって協力してあげたいと思うはずだ。

 しかもどこのだれとも分からない人に検査されるよりも、私たちを受け入れるつもりで準備してきてくれたアメリアさんのところで検査してもらったほうが安心というものだ。

「ほ、ホントですか!? で、では、研究協力ということでお給料は支払いますから、ちょっとだけ! ちょっとだけお願いしますねっ!」

「じゃあ、光希を呼んで来ましょっか。あれ、そういえば光希はどこに――」

「ジェネレーションエックス! 和泉さんをお運びしてっ!」

「了解しました」

「えっ、ちょっ? おわぁっ!」

 り、リザにお姫様抱っこされてるっ!

「ちょ、くるし……しぬっ、おっぱいにころされるっ」

「ふっ、ふひひ……検査……検査が出来る……さ、さっそくみんなに連絡しておかないとぉ……!」

「ふむぐっ、むぐぅーっ! むぐぐぅーっ!!」

「同志、おっぱい痛い」

「むぐ……」

 というう感じで、連れ去られた私はアメリアさんのチームが所有するメディカルセンター……あの最初に眠っていた病院みたいな部屋の近くまで連れて来られ、機械触手に身体の中という中を調べつくされたのだった。

 これ、一発殴ってもいいよね?

 ◆

「……で? その検査とやらの結果がこれってわけね」

 検査が終わったあと。

 昨日と同じ病室へと運び込まれた私は。

「あぁぁ……うぁぁ…………」

 具合悪すぎて身動きが取れないでいた。

 身体中が気持ち悪い……胸のところのムカムカが収まらない……手足に力が入らない……背筋のぞわぞわが収まらない……。

「まったく、これで分かったでしょう? こっちの世界に居たってろくなことがないのよ!」

「あぅぁぁ……うぁあ……」

 反論しようにもベッドの上で横たわったままの私はうめき声をあげるのが精いっぱいで。

「よちよち」

 リザたんの膝枕をもってしてもさっぱり気持ち悪さが取れない。

「はぁぁあぁ……しゅごいぃ……こんなにたくしゃんのデータがぁあぁ……」

 この変態眼鏡の見せられない検査のせいで、アホかってくらい具合が悪いというのにこの喜びよう。

 くっそ、ぜってぇ泣かす……泣かしてやるからなこの貧乳眼鏡……っ!

「ねぇアメリアさん、それで結局こいつの身体を調べたら何がわかったんです?」

 おいてめぇ今私のこと顎でさしたなこの野郎っ!

「ハッ! す、すみません……実はですね、大変なことがわかったんです」

「大変な……こと……?」

 な、なんだよ、二人して急に真面目な声だすなよ。

 え、うそ、なに? 寿命? 私寿命なの? やっぱり異世界とか気軽にとんだから身体が限界なの?

「和泉さんの身体は……」

「和泉の、身体は?」

 わ、私の、身体はぁ……っ!?

「――わたしたちと、ほぼ同じなんです」

 …………………………はぁ?

「アメリアさんたちと同じ、ってことは……異世界人とおんなじ、ってこと?」

「そうなんですよぉ! 生活環境がこれだけ似通っているだけでなくて身体構造まで同じだなんて凄すぎる発見です! だって、だって、宇宙人とかならまだしも異世界人なんですよ!? 漫画やゲームの中の存在が自分たちとまったく同じ構造みたいなことなんですよ!? すごい、すごすぎる発見ですぅ……これを機関へ正式な書類として提出すれば、わたしたちのチームはきっと末代まで食い扶持に困りません……!」

 なんだよそれっ! 大した発見じゃねえじゃん!

 と、ツッコミたいけどまずもって口が開かない、声がでない。

「よちよち」

 ただひたすらリザの膝枕に寝転びながら撫でられ続けるペットみたくなっちゃってる私にはどうすることも出来ないのだった。

「あ、ちなみに光希さんもよかったら検査を」

「いえ、結構です」

 ◆

 で、だ。

 結局、検査が終わってから一日経っても二日経っても一週間経ったってちっとも回復しない私は連日吐き倒し、連日うなされつづけながら終始リザたんの看病を受け、最終的にはメディカルセンターへ連れていかれて、カプセルみたいなのにすっぽり入れられて三十分で全回復することとなった。

 プシューッと音を立てながらカプセルが開くと、そこには愛しい愛しいリザたんの姿しかない。

「同志、元気になった?」

「ゅん……リザたんが一緒に居てくれたおかげで、元気になれたお……」

「よかった」

 ふぇぇええぇ……リザたんが、リザたんが、リザたんだけが優しいよぅ……。

 畜生ッ! あのクソビッチ眼鏡は一週間経つまでデータがどうだの経過観察がどうだのと何にもしやがらねぇし、光希に至っては。

「馬鹿言わないでくれる? あたしは一刻も早く帰りたいの。そのためにアメリアさんのところで色々勉強させてもらってるんだから、あたしにまで甘えないで」

 とか言って見舞いにも来やがらねぇしよぉ!

 もう絶対に許さねぇ……あいつらどっちも土下座して泣きわめくまでぼっこぼこにしてやる、メンタルぼっこぼこにしてやるからなぁ……っ!

「同志、お部屋戻る?」

「ゅん……」

 何にしても、とりあえずもう一日くらいはリザたんのお膝でよちよちしてもらってからだな。

 とか思いながら、忌まわしいメディカルセンターを出ていこうとした時。

「すみません」

「ゅん?」

 こっちに来てから、初めてまともな衣服を着た人に話しかけられた。

「高崎和泉さんですか?」

「えぇ、そうですけども」

 すごい、まさしくキャリアウーマン然とした女性だ。

 スーツ姿に整ったお化粧、ふわふわの長い金髪、カツカツと鳴るヒール。ビジネスバッグまで持っていて、なんとも懐かしいほどに地球の人っぽい。

 そして何より大胆な胸元とツンと突き出た胸。うん、アメリカ人の方かな?

「初めまして、わたくしこういうものなのですが」

「はぁ」

 ご丁寧に差し出された名刺には『異時空跳躍ジェネレーションズ人権団体 エミリー・ブラック』と書かれていた。

 ……人権団体?

「もしよろしければ、少しおはなしさせていただけませんか? 『シンフォニー』の方で」

「……えぇ、喜んで」

 こいつぁ、早速イイのが転がり込んできたみてぇだなぁ……!

 

 ◆

 

 ぷるるる、ぷるるるるっ、ガチャ。

『はいっ! こちら絶好調な未来を担うイデア機関のトップエース、アメリア・ホワイトですっ!』

「よォクソ眼鏡コラ。元気みてぇだなオイ」

 シンフォニーへと戻ってきた私とリザは、あの親切なエミリーさんからとってもとっても“有益な”おはなしを聞いたあと、アメリアへとお電話をかけていた。

『ひぃっ! そ、そのドスの効いた声は……もしかして、和泉さん? あっ、治療が終わったんですか?』

「あぁ、ついさっきなぁ。んでよぉ、ちょーっとお願いがあるから聞けや」

 エミリーさんから聞いた話というのは、シンフォニーの基本的な設備に関するおはなしと。

『お、お願い、ですか……?』

「そーそー。シンフォニーにさぁ、飯食えるとこあるでしょ、飯」

 イデア機関が如何に胡散臭い組織であるかって言う話と。

『え、えぇ、確かにレストランなんかもありますけどぉ』

「お前、あのセーラー服着て来い」

『え、えぇぇぇっ!?』

 私――高崎和泉には“人権侵害でアメリアを訴える権利がある”というものだった。

『でっ、ででででもですねっ!? あ、ああ、アレは以前もおはなししたように、そのぅ……普通の人が普通の食事の際に着るようなものではなくてぇ……』

「いやぁ、イデア機関さんだっけぇ? 色々きちんと取り決めしてるらしいじゃないのぉ。人権問題にも誠意に対応する~とか謳ってるんだってぇ? その団体さんの、しかもぉ? ぷくくっ、未来を担うぅ? トップエースさんでしたっけぇ? いぃぃいやぁあああ私があーんな目に遭ったってことを、このスマートフォンに記録された映像と一緒に公表しちゃったりなんかしちゃったりしたら大変なことになっちゃうんじゃないのかなぁ? うぅん?」

『う、あ、うあうあうあう……でっ、ででででも、どうしてそんなこと急にぃ……』

「急に……? お前さ、一週間吐き倒してる人間がようやく体調を取り戻したんだよ? ねぇ、急にも何もこっちは一週間前からてめぇにべそかかして土下座させるって決めてんだよォ!!」

『ひぃいい……っっっ』

「良いから痴女みてぇな格好して来いや。んで一生外歩けなくなれ。その上で詫びろ。それが嫌なら、人権侵害でもなんでも適当な理由で一生食い扶持に困る生活送れや良いなコラァ!!?」

『そ、そんなぁ!!』

「いーーーーーーーーーやーーーーーなーーーーーらーーーーーーーさっさと変態みてぇな格好してシンフォニーに来いってんだ三十分後だぞ良いなァ!? 一秒でも遅れてみろ、そんときにはてめぇのチーム全員がしょっぴかれてると思えよコラァ!!!!」

 ブチッ。ツーツーツー。

「お疲れ、同志」

「フフ、クックック……ハッハッハ……ハァーッハッハッハッ!! やってやるッ! やってやるからなクソ眼鏡めッ! ぐっしゃぐしゃに泣きながら土下座するまで引きずりまわしてやるからなァ!!!」

「同志、光希様のほうは?」

「アイツは後回しッ!!!」

 

 ◆

 

 で。

「う、うぅぅう……っっ」

「よぉ、来たか貧乳眼鏡」

 三十分後、時間きっちりにアメリアは私たちのブロック282へとやって来た。

 ちゃんと紺色のブレザー、赤白チェックのプリーツスカート、スクールブラウスにリボンをつけた格好で。

「ハハッ、よぉく似合ってんじゃねぇか」

「あ、あのっ、うぅぅ……っ、ほ、ホントにごめんなさいっ! ど、どうか、このままお外に出ることだけは……っ」

「はぁ? なにぃ? お前さぁ、人に頼み事出来る立場だと思ってんの?」

「だ、だってぇ……!」

 ボディスーツと違って一切身体のラインが出ないブレザーを着たアメリアは、身長のせいもあってかどうしたってコスプレ感が出てはいるものの。

「うっ、うぅぅ……ひらひらぁ……っっ」

 やっぱり私からすれば涙ぐんで耳まで赤面するほど恥ずかしい格好をしているとは思えない。

 ククク、まぁいい。

 とりあえずは、エミリーさんから教えてもらったレストランへと行くか。

 ちなみに金は研究協力ってことで振り込まれてたのをリザに引き出してもらった。もうリザたんなしじゃ生きていけないわ、私。

「ほら、さっさと歩けよ」

「うぅぅうう……い、嫌ですぅ……無理ですぅ……!」

「……チッ、良いから来いやオラぁ!」

「嫌ぁっ!」

 ブロック282を出ると、少し歩けば大きな通路に繋がっている。

 そこは休日のショッピングモールが如く大勢の人が行き来しているところで、当然全員がボディスーツ装備。

 中には多少セクシーなデザインってことなのか、装飾のついたのを着ている人も居るがガッチリ制服で固めている人なんか誰も居ない。

「う、うああぁ……見られちゃう、見られちゃいますぅ……っっ」

「えーと、お店は確か通路の一番向こうだったかなぁ?」

「ふぇええぇっっ!? そ、そんな遠くまで歩くんですかあっ」

「ったりめぇだろうがよォ! いいから来いやオラぁ!」

 グイッとアメリアを引っ張ると、どうやらスカートがひらひらしているところが一番恥ずかしいらしく。

 ぎゅっと端っこを引っ張って、なんとかひらひらしないようにしやがった。

「オイ」

「うぅぅぅうぅ……っっ」

「オイコラ眼鏡コラっ! 裾引っ張んなコラっ!」

「ふぇぇっ! こ、これくらい良いじゃないですかぁ!」

 こいつ……切羽詰まった状況だからって反抗的になりやがって……。

「今度、一回でも裾掴んでみろコラ。そん時はすぐにでもデータばら撒いてやっからなコラァン?」

「ひぅ……っっ、わかり、ました……」

「チッ」

 ったく、調子に乗りやがって。

 けどまぁ、そこからレストランまでの間、アメリアは従順に言いつけを守り。

「あら、あの格好――」

「物好きも居るものだ、フフ――」

「っ、っっ……!!」

 道行くいかにも富裕層っぽい人たちにクスクス笑われても、絶対に裾を掴んだりはしなかった。

 ククク、中々従順な小犬ちゃんじゃないか、えぇ?

 ハァーッハッハッハ! ざまぁねぇぜ!

「ふぅにゅぅぅうう…………っっっ」

 

 ◆

 

 で。

「うっ、うぅぅ……見られてますぅ……」

 レストランの席に着いたわけなんだけども。

「ふぅむ」

 こうして座ってる分には、ちょっと年上な先輩と制服姿でお茶しに来た程度の光景だな。

 私はボディスーツ着てるから日本じゃ絶対あり得ないんだけれども。

 店内を見回してみても、ちらほらとドレス姿の女性だったりタキシードっぽい服装のおじさまだったり。

 わりと普通の格好をした人も居る。

「うっ、うぅぅうぅ……恥ずかしいよぅ……」

 なんか、こいつがただ単に勘違いしているような気さえしてきた。

 いきなりゲームを例えに出してきた辺り、私たちの社会で言う『俺ら側』っぽいし?

 制服=ちょっといかがわしいお小遣い稼ぎと考えるのもあまり正常な思考とはいいがたい。

 私の知った限りではあるが、日本とさほど変わらない文化を持った社会なのだ。こいつが勝手に勘違い……というか、偏った価値観をしている可能性も十分ありうる。

 あれだよあれ、女の子がちょっと「出して♡」とか「入っちゃうぅ~♡」とか、「出ちゃう♡」だの「あっ、いっちゃういっちゃう♡」だのと言っただけで過敏に反応するアレ。

 なんかそれっぽい気がしてきたなぁ。

 ただの童貞さんなんじゃないですかね?

 そもそもあのエミリー・ブラックさんだってキャリアウーマン的な格好をしていたしな、あれはあれで普通なんじゃないのか。

 まぁ、良いか。

 こいつが勝手に恥ずかしがってるなら、わざわざツッコんで訂正してやることもない。

 羞恥に悶えるコスプレ眼鏡を肴に、一週間ぶりのまともな食事を楽しむとするか。

「オイ」

「にゃあっ、にゃにゃにゃにゃにゃにゃんですかっ!?」

「注文、お前がしろや」

「ふぇえっ!? そ、そんなっ、うぅぅ……わかりましたよぅ……」

「あ、私おかゆ的な奴な。おなかと胃に優しいやつな」

「……なんでレストラン来たんですか、もう」

 だって仕返ししたかったんだもん。

「良いから黙って頼めやオラぁ!」

「ひぃんっ! す、すみましぇぇんっ!!」

 

 ◆

 

 で。

 私はおかゆをちびちびと食べ、アメリアはドリア的な奴をちまちまと食べ、せっかくの高級レストランだというのに二人揃って質素な食事を済ませた後。

「ふぅ……まさか一膳分も食えないとは」

 私は自分の衰弱っぷりに衝撃を受けていた。

 予想以上に消化器官の弱り方がヤバい。

 本格的にこいつ締め上げて治療に専念したほうが良いんじゃないのか、コレ。

「あ、あのぅ、それでいつまでここにぃ……」

「あぁ、そうそう。本題を忘れてた」

 すっかり仕返しのことで頭がいっぱいだった、いかんいかん。

「検査の結果を聞こうと思ってたんだよ。あんだけの思いをしたんだから、私が出来る仕事のひとつやふたつ見つかっただろうと思って」

「もっ、もちろんですっ! 実は和泉さんたちに備わっているキャリアパレットは、そのぅ、わ、我々とは違って拡張性があることが分かったんです」

「拡張性?」

「ほっ、本来キャリアパレットは身体の成長と共に十六歳~二十歳程度で完成します。で、ですが和泉さんたちの場合は成長途中のキャリアパレットとも違う形状をしていて、が、外部からの刺激によって成長・拡張していくみたいなんですぅ」

「ほうほうそれで」

「な、なので! 今の和泉さんでも装備できる何かしら見つけてですね、使用を繰り返していけばいずれはどんなモノでも、いくらでも装備できるようになると思います! たぶんっ!」

「ほほーん、そりゃすげえ! レベルアップしていけるってことじゃん!」

「そうですそうですっ! そういうことなんですっ! すごいでしょ!?」

「……っていうことは今すぐ働けるわけじゃないって事じゃん」

「あぅ……そ、そうです、ね……てへっ」

「チィッ!!」

「ひぅぅうっ!!!」

 なんだそら!

 あんだけの思いをして結局何の成果も無しと変わらないじゃねえか!

「まぁ、いいか……とりあえずは研究協力分で当分食つなぐことにするか」

「ふぇうぅ……あっ、で、ではわたしからもひとつ聞いてもよろしいでしょうか……?」

「ん、何?」

「あのぅ、和泉さんはこちらの人権うんぬんやイデア機関のキャッチコピーなんかをご存知なかったと思うのですが……どうやってそのあたりのお話を?」

「あぁ、それならメディカルチェック終わりにエミリー・ブラックさんって人から聞いた」

「え、エミリー……? それって、眼鏡ですらっとした長身で、金髪で、ぼいんぼいーんなエミリーですか?」

「あぁ、そうだったな。いやぁ、こっちきて初めて見たよ。あんなピシッとしたスーツ姿の人。居るっちゃ居るんだな、あんな格好の人も」

「すっ、スーツぅ!? そっ、それはもう公然わいせつ罪の域ではないですかぁっ!?」

「またまたぁ」

 ほんっとにこの人はそういうことに敏感だなぁ。

「フフッ……本当に、いつまでたってもウブなのね。アメリアは」

「およ?」

 噂をすれば、そのエミリー・ブラックさんがいつの間にかお店に入って来ていた。

 メディカルセンターであった時と同じ、スーツ姿のまま。

「あ、ああ、貴女ぁっ!!」

 いやいや、どれだけ大きな声を出すんですかアメリアさんや。

 周りのお客さんたちがドン引きだよ? すっごい引いてるよ? それこそどこぞに通報し出しそうなくらいの勢いで……ん?

「いや、ちょ、ホントに通報してない?」

「だ、だから言ったじゃないですかあ! スーツ姿で平然と歩く人なんていくら富裕層の方しか居ない『シンフォニー』でも頭おかしい人に思われるんですよっ!?」

「うそぉっ! だ、だって普通にドレス着てる人とか居るじゃんっ!」

「あっ………………あれは、そのぅ、い、一般人が口を出しちゃいけない世界といいますか………………え、えっちな、そういう…………あれで…………」

「……………………うそやん」

 だ、だって全然そんな感じじゃなかったんだもん! めちゃくちゃ平然と話しかけてきて、めちゃくちゃ平然とおはなししてたんだもんっ!

「あぁ……良いわぁ……この好奇と淫猥に濡れた視線の嵐……んふ、んふふ……♡」

「うわぁ……」

 や、やばい奴だ。本格的にヤバい人だった。ドストレートにやばい人だった。

 およそそんな人には見えない格好をしてるから余計にヤバい人に見える。

 スーツ姿で恍惚の表情浮かべてるんだよ? 目の前で。怖いわ。

「っていうか、え? 二人って知り合いなわけ?」

「そっ、そうですよぉ! 彼女こそ、以前おはなししたわたしたちとは敵対・競争関係にあるライバルチームのリーダー! 適当な理由をつけて和泉さんたちに接触しようとしていた張本人なんですよぉ!」

「えー……あー……そういう……」

 っていうことは、このエミリーとかいう人はアメリアさんの競争相手であり。

 私らのデータとやらが喉から手が出るほど欲しい人であり。

 アメリアさんが異世界人連れてこようぜプロジェクトに成功したことで一番おもしろくない思いをした人、ってことじゃないのか?

 うわぁ、うわあ。

「うふふ、良いモノを撮らせていただいたわ♡ これで貴女の地位も、名誉も、世間体も! 地に落ちるわねぇ! おーっほっほっほっほ!」

「うわぁ」

 なんて典型的なやられ役のセクシー担当。

 絶対この後台無しになる奴だこれ、とか思っていたら。

「ハイ、ちょっと良いかな」

 どこからともなく、何やら物々しい武器っぽいもの(ライトなセイバーの刀身仕舞った状態のやつみたいなの)を携えた人たちがやってきた。

「えっ? ちょ、す、スイーパーズ風情が何の用よっ! 今、アタシは大事なっ――」

「お店の人から通報があったからね、話なら署で聞くから。ハイ、ちょっとごめんねー」

 ガチョン、と。

 エミリー・ブラックの手に、手錠がかけられる。

「へ、ちょっ、まっ、なんっ、お、覚えてなさいよぉぉぉ………………」

「あーらら」

 ホントに台無しになっちゃったよ。

 スーツ姿でレストランに来ると捕まる、覚えておこう……。

 とか、思っていたら。

「まったく、何やってるんですかアメリアさん」

「み、光希さぁんっ!」

「げっ、み、光希っ!」

 客の一人として紛れ込んでいた光希がいつの間にかアメリアさんの横に立っていた。

「お前っ、なんでここが分かったんだよっ!」

「佐藤さんに聞いたからに決まってるじゃない」

「あっ」

 そういえばブロック282に置いてきたまんまだった……。

「うっ、うぅうっ、光希さぁん……っ」

「はいはい、わかりましたから。早く着替えてきてください」

 光希に促されて、アメリアさんはおっきなタオルを羽織りながらお店を出ていった。

「……で? まだ何かするつもりだって言うなら、表のスイーパーズさんたちがアンタをしょっぴいてくれますケド?」

「ぐ、ぬぬぅ……お、覚えてやがれぇっ!」

「はぁ、まったく……」

 呆れる光希を尻目に、四苦八苦しながら支払いを済ませ、逃げるようにしてブロック282へと帰ってきた私は。

「えぐっ、えぐぅっ! こわかったよぅ!」

「よちよち」

リザたんの膝で泣くしかなかった。

ちっ、ちくせうっ!

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