top of page

​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆プロローグ『この世に意味はありますか』

 

 ぬちょ、と。

 粘液が気色悪い水音を立てる。

「……光希」

「ひゃっ……な、何っ!?」

 光希の首元へ、片手を回す。

 ぐちゅ、と光希の赤く長い髪に絡みついた粘液が気色悪い音を立てる。

 しかも若干生臭い。

「こんな時に、言うことじゃないってわかってる」

「なっ、なによぅ」

 光希の首筋をなぞるみたいに、片手を後頭部に回す。

 べちょぐちょぉ、と手におもいっきり絡みついてくる粘液と、前腕に垂れ落ちてくる光希の髪の毛ウィズ粘液。

 嫌悪感が爆発しそうなくらい尋常じゃないスピードで背筋をバゾワゾワッと駆け上ってくる。

「でも、言わせてくれ」

「はぅっ、ぅぅ……っ」

 こんだけ気色悪いものを全身に纏わせておきながら、頬を耳まで真っ赤に染めつつキス待ち出来る光希の異常者極まりない精神に心底ドン引きしつつ。

「光希、好きだ―――……っ」

「んっ」

 私は、光希とキスをした。

 …………いや、待って。

 別にコレ、このおはなしの一番のピークとかじゃないから。

 大切な分岐点でも無ければ、一番の見どころでもねえから!

 いや、見どころではあるかもしれないけど……とにかく、私がこの幼馴染――北大路光希とキスする羽目になったのには訳がある。

 それを話すには、とても時間が要るんだけれども、是非とも聞いて欲しい。

 え、そんなの興味ない? 他にやることがある? 聞いたところで意味がない?

 まぁまぁ、待てって。

 確かに、私が幼馴染とキスした理由なんて(だいぶおかしな状況でしてる理由も)聞いたところで意味がないかもしれない。

 けど、だ。

 じゃあ意味のあることって、いったい何なんだろうな。

 ごはんを食べること? 恋人といちゃつくこと? 今季のアニメをチェックすること? 今月の新刊? 今週のイベント?

 それとも、歴史に名を刻むこと?

 さぁ、そいつはどうだろうね。

 これから始まるのは、そんな深淵なる命題を問いかけたり、問いかけなかったりする物語。

 是非とも肩の力を抜いて、あまり深く考えず、読んでみてほしい。

 たぶん、最後には私とおんなじことを言いたくなるはずだ。

 この世に意味はありますか、ってね。

◆エピソード1『私と同志と彼女の疑問に意味はありますか』

 

「一体追試に何の意味があるんですかねぇ」

 放課後。

 私はどろっと溶けそうな勢いで廊下を歩いていた。

 そろそろ夏服でも厳しいくらいの暑さになってきやがって、地球このやろう。

「あんたみたいなおバカちゃんが世間に迷惑かけないように教育しておくためじゃないかしらねぇ、高崎さんところの和泉ちゃん?」

「はぉぉおん?」

 いきなり人様へ喧嘩を売ってくるのは、幼馴染の北大路光(きたおうじみつ)希(き)様。

 眉目秀麗、成績優秀、クソほど真面目、お金持ち……おまけに赤髪ロングな委員長。

 クソッ、忌々しい。

 成績優秀な奴はテストの度にドキドキなんてしないんでしょうねぇ!

「いやぁ、ほら。あれだから。私はどこぞの光希様みたいに成績良くないですからねぇ」

「ふふん、勉強は一日にしてならず。毎日の積み重ねが大切なのよ」

「いやぁ、すごいなぁ。光希様はすごいなぁ。だからあんな中学生の時に眼帯とか腕に包帯とか着けちゃうんだろうし? 帰り道は必ず曲がり角でクリアリングするし? 授業中に頭の中で声が聞こえちゃったりするんでしょうねぇ、いやぁ、すごいなぁ」

「おちょちょちょちょちょっとっ!! やめなさいよ馬鹿じゃないのっ!?」

「いやぁ、私は馬鹿なんでねぇ。光希様のおっしゃる通り馬鹿ですバカ、へっへっへ」

 全く、この光希のどこが優等生なのか甚だ疑問だ。

 クラスで委員長だかなんだかよくわからない役職を担っている光希は、基本的に出来る子認定されているらしく、小さなころから同じ土地で同じ風に育ってきたはずの私とは周囲の評価が月とすっぽんなのだ。すっぽんぽん。

 確かに?

私より成績はダブルスコアいっちゃうんじゃないかってくらい上だし?

 見た目も小学校の頃よりか女の子らしくなったと思うけどさ……うわ、睫毛また長くなってないか、こいつ。

 なんにせよだ。

「中学時代の光希を知っていれば、クラスの連中だってもう少し光希の印象を改めるはずなのになぁ」

「うっ、うるさいわねっ! あ、あ、あのころはそういう……なんていうか、気分だったのよ!」

 アニメにハマってただけだろー。

「気分で授業中断させて校長先生から個人的に三者面談されるような奴が、一体どれだけこの学校に居るんだか」

「言うんじゃないわよおっ! あ、あ、あ、アンタだって一時期勝手に茶髪に染めて呼び出し食らってたくせに!」

「はぁっ!? ちょ、私のことは関係ないでしょ!」

「いーえ関係ありますぅー! あれー? なんだっけー? 『だって、茶髪のほうが女の子っぽくなるかなって思ったんだもん……』だっけぇ? うぷぷぅ! 和泉ちゃんはかわいいでちゅねぇ!」

「ぃよおーし分かった、今すぐお前の中二病全開写メをばら撒いてやるからな!」

「ははぁーん? やってみたらぁ? クラスの一体何人があたしの写真だって気付くかしらねぇ?」

「うぐっ、ぐぎぎぎ……っ!!」

「ふんっ。良いから、ほら。さっさと帰って追試対策するわよ。今日なら真澄だって居ないでしょ?」

「うへぇ……」

 真澄とは、うちの妹のこと。

現在進行形で厨二病かつ重度のシスコンなので、そういうのを卒業した光希とは相性悪い上に居たら勉強なんて手につかないに決まってるのだ。

「だいたい、今はあんたのほうがアニメだゲームだって楽しんでるじゃない」

「だって面白いんだもん。あっ、そういえば来週は新刊の発売日だったっけかな……やべ、カレンダーアプリに書いておこ」

 と、じゃれ合いながら廊下を歩いていると。

「―――……ッッ!!」

職員室から女の子の大きな声が聞こえてきた。

「今の声……佐藤さんかしら」

「佐藤さんって誰。どの佐藤だよ」

「……ウチの学校に佐藤さんはひとりしか居ないわよ」

 えっ、嘘。全国一位の佐藤さんが学校にひとりなの?

 スゴイ、逆にレア。

「全国一位がオンリーワンだなんて……すごいレア度高そうな佐藤さんだな」

「何の話よ……」

 と、再び佐藤さん(たぶん)の大きな声が、今度ははっきりと聞こえてきた。

「だから、どうして追試なんて受けなくちゃいけないんですかッ」

「!!!」

 そう、今度ははっきりと聞こえた。

 どうして、追試なんて受けなくちゃいけないんですか。

 その言葉は雷鳴の如く私の脳内を駆け巡り、私の手足を私が考えるよりも先に動かした。

「うわ、あんたみたいなことを言ってる人がもう一人いるなんて――って、ちょっと!?」

 職員室へずかずかと侵入(初体験)した私の身体は、担任の岡山と対面している佐藤さん(激レア)の手を取る。

「すっげぇ分かる」

「…………おー」

 佐藤さんの腰まである長い茶髪が、しっぽみたく振られる。

ぶんすぶんすと、握ったおててを振るたびに。

 おっきなお胸はふるるんっと跳ね、頭の上のところで結ばれた前髪はぴょんぴょん揺れ、おでこはきらんっと輝き、丸眼鏡の向こうに見えるおめめのキラキラが限界まで達した時。

私たちは高らかに拳を掲げ合い。

「「同志ッ!」」

 高らかに叫んだのだった。

「職員室で遊ぶなッ!!」

「「ひゃいっ……」」

 ……ひぃっ、岡山こわい。

 

 ◆

 

「と、いうわけで。我が同志、佐藤リザちゃんだ」

「いえーい」

「……なにがというわけよ」

 がっつり岡山先生に注意された後、光希の説得でなんとか職員室を脱した私たちは、駅近くのファーストフード店マッコへと場所を移していた。

 この佐藤リザちゃんとはろくに話したこともないのだが、しかし。

これは好都合だ。

 適当に話を膨らませておけば、追試もなーなーになって流れていくに違いない。

 何? 勉強しないと痛い目を見るのは私? 

馬鹿言え、ここまで幾度となくテストを受けてきた私だが赤点とかいうアレを取ったことは一度しかないのだ。

大丈夫大丈夫、余裕余裕、なんとかなるなんとかなる。

「なんだよなんだよぉ、光希だって結局マッコまで付いてきてるくせにぃ」

「くせにぃ」

「それはあんたらがあたしを引っ張るからでしょ!?」

「だぁって、離したら光希が遠くへ行っちゃうような気がしてぇん……」

「してぇん……」

「「ねーっ」」

 ふふ、佐藤さんとの息はぴったりである。

「チッ……」

「あっ、今舌打ちしたな。クラスの委員長が舌うちしたなオイ」

「あぁもう、うるさい」

 おま、ちょ、うるさいって言ったかオイ。

「それで、佐藤リザさんだっけ? 職員室で何してたの?」

「追試の意義を問いていた」

「なんでまた」

 こいつじゃあるまいし、みたいな目で私を見るんじゃねえ。ポテト用のマスタード塗りたくんぞコラ。

「この惑星で行われている教育課程は全て、キャリア理論の習得で賄える」

 ……あれ、なんか雲行きが怪しいな。

「地球・日本時刻で早数年。第三次座標チューニングは完了した」

「……ねぇ、佐藤さんってこんなに電波だった?」

「私に聞くな、初対面だ」

「初対面でなにマッコ連れ込んでんのよ……」

 私だって今ちょっと引いてるから。私に聞かないで。

「問う」

「「えっ」」

「追試の意義を疑う価値観、ジェネレーションワンに対する類似点と推測」

「じ、じぇね?」

 な、何言ってんの、この人は。

「第三次跳躍を用いた第一接触に価値を見出すか」

「……ちょっと、ちゃんと受信してあげなさいよ。あんたが連れて来た電波ちゃんでしょ」

「いやぁ、私の周波数じゃちょっと受信出来ないかなぁ」

 だいぶキツいにも程がある。

 だって何言ってるかこれっぽっちもわかんないもん。

「あー、なに? とりあえず、追試の意義を疑うかっていう点においてはイエスだけどぉ……なんだって?」

「第三次跳躍を用いた――」

「あーはいはいもう良い頭痛がヤバい。とにかく、私たちにそれの価値はわからん」

「……では、跳躍を拒否して追試を行うか」

「ん?」

 “跳躍を拒否”して、“追試を行う”?

「ねぇ、ちょっと、なんかこわいんだけど……」

「佐藤さん、追試っていうのは学校の追試のことだよね?」

「そう」

「そのぉ、“跳躍”っていうのをOKってしたら……追試を拒否するっていう意思表示になるわけ?」

「不可視概念が確立されていない地球上では第三次跳躍による帰還が限界。よって、承認する場合必然的に追試を拒否することになる」

「あー……出来るだけ分かりやすく言ってくれる?」

「跳んだら追試は受けられない」

「ほぉーん、ほんほん」

「ねぇ、和泉? ちょっと、なんで無視す――」

 佐藤さんの話は、ぶっちゃけ一切理解できていない。

できていないが、しかしだ。

 どうやら“跳躍”とやらをすると、追試を拒否することになるらしい。

 ふふん? これはテスト勉強、ひいては追試そのものをバックれることが出来るのでは?

「よぉし、わかった。いいや最初からわかっていたよ、佐藤リザ。いや、リザたん」

「リザたん」

「あぁ、そうだ。この光希お嬢様は庶民の考えなど理解できないブルジョワジーなお方だが」

「ちょっと、蹴るわよ」

「痛ッ、ちょっ、蹴りながら言うんじゃねえっ! スネやめろっ! ……ごっほん。ここにおわす光希様は、ブルジョワジーバイオレンスJKだが、私は違う。テスト及び現代の教育課程ひいては地球上に展開されるありとあらゆる社会体系に疑問を持つという点で私とリザちんの価値観はどうやら一致しているらしい」

「おぉ」

「また適当なことを言っちゃって……」

「よって、私はその“跳躍”を用いたー……あー、なんたらかんたらを容認し、その価値を大変有意義なものと考えるよ、リザたん?」

「では、跳躍を行うということで」

「もちろんおーけーぃ」

 私の回答は、どうやら佐藤さん的にかなり効いたらしく職員室の時のような目のキラキラ具合をしていた。

 で、そのまま今度は光希へと向き直ると。

「光希様は」

「へっ!? あ、あたし?」

 こくり、と頷くと無表情の圧力で光希に問いかけ始めた。

「そんなの、追試の意義なんて疑うまでもなく「無価値!」なんだから、そんなわけのわかんないもの「であっても良しとする!」に決まってるわ……ってちょっとッ!?」

「承認完了。跳躍プロセス開始――」

 ふはは! ちょろいもんだぜ!

 なんだか知らないがこれで追試もなんもかんもうやむやになる!

 ……とか、思っていたら。

「ちょっと和泉!? 適当なこと被せないでちょうだ……げばっ!?」

「み、光希ぃっ!?」

 カバンによる、側頭部への強烈な殴打。

 カキーンとか鳴りそうなくらいのクリーンヒットを食らった光希の頭部は、私の目の前で後ろの壁にぶち当たり、跳ね返った勢いでテーブルに突っ伏した。

「な、なにやってんの? リザたん?」

「跳躍、開始」

「ちょ、落ち着けって話し合えばわかりあえるからちょっとまってやめ――ぼごぉっ!?」

 静止する間もなく、リザちんのバイオレンスな一撃は私の顎をたたき上げ。

 朦朧とした意識の中、熱くやわっこい感触を唇に感じた瞬間。

「―――……ちゅっ」

 私は、意識を失った。

 

 ◆

 

『――バイタル、正常値を…………』

 う、なんだ……?

 顎が……割れそうに痛い……。

『ジェネレーション――不可視概念値…………』

 いや、割れそうに痛いっていうか、割られた気がする。

 あと、眩しい。

 目が開かないくらい眩しい。なんだこれ、歯医者さんかなんかか。診察台の上に付いてるやつ歯じゃなくて目にむけるのやめてホント見えなくなっちゃうから。

『主任っ! 意識が――』

 クソっ、いい加減に――!

「眩しいんだよォっ!!」

「ひゃんっ!!」

「……え?」

 目が覚めると、そこは見慣れない病室だった。

 白い部屋、ゴツいベッド、カーテンのあのなんか仕切るやつ、と見たことのある設備がてんこ盛り。

 で、私の傍らでひゃんっとか言ったのは、やたらぴっちぴちなボディスーツみたいなのを着た、銀髪を束ねている美人な眼鏡のお姉さんだった。

「あの、どちらさま?」

「あ、あぁあ眩しかったですか? 照明消します? あっあっそれとも白い配色のお部屋は毒だったのかしら……あわわ大変っ、今すぐ内装を変更してもらわないと……っ!」

「いや、あの、おねえさーん?」

「うぅぅやっぱりわたしたちとは色彩感覚も違うのかしら……けれど検査上、おかしいくらいわたしたちと同じ身体をしていたはず……やっぱりキャリアパレットの流動性が感覚器官に影響を――」

「おいそこのぴちぴち眼鏡ッ!!」

「ひゃいっ! あわ、わ、わたしっ!?」

「そうだよっ! 無視すんなよっ! もう眩しくないからっ!」

「あ、そ、それはよかった……あの、えと、わたしの言葉は分かりますか?」

「はぁ? わかるけど……」

「よかった……それでは、わたしの身体に違和感はありますか? 貴女の知るジェネレーションワンと違いがあったり、見ていて不快な部分などはありませんか?」

「見ていて、不快……」

 質問の意味がわからん。

 わからんけど、不快かどうかと聞かれればどちらかというと快感なのは間違いない。

 つつましやかで私レベルに平坦な胸、私より二十センチは高いであろう身長、綺麗な大人の女性らしい顔立ちと洗練されたデザインの眼鏡。派手すぎないお化粧。

 そしてなにより気になるのが、やたらぴっちぴちなボディスーツみたいな格好だ。

わきの下やら二の腕やら脇腹やらはシースルーになっているし、鎖骨や太ももはそのまま露出されているのに首筋やおへそ、肘から指先は隠れていたりする。

 隠しているのか隠していないのかさっぱりよくわからない、いうなれば十八禁ゲームにでも出てきそうな格好は、非常に眼福である。つるぺたお姉さんなところもポイントが高い。倍率ドン、更に倍って感じだ。

 殴られた痛みも忘れるくらい眼福だなぁ、この野郎。

「身体の構造上、貴女たちとわたしたちに大きな差は見られませんでした。しかし、違和感を感じる部分があれば――」

「強いて言えば、なんだってそんなぴちぴちなボディスーツ着てるか疑問ですね」

「? ボディスーツ……この、服のことですか?」

「服って……いや、まぁ、そうですかね」

「確かに、貴女たちの衣服とは大きく違うかも……あっ、けれど、貴女たちはアレですよね?」

「は? アレ?」

「えぇ。主に二回りほど年上の男性相手にそういう行為を行って、代わりに対価を得るというアレです。血縁関係に無くても相手の男性の事を『パパ♪』などと呼ぶという援――」

「いやいやいや違うからっ! これはコスプレとかじゃないから! 制服だよただの制服っ!」

「制服……で、では、学校組織全体で援――」

「してねぇーから! どっちかっていったらそっちの方がアレだからな! そっちの格好の方がおかしいからなっ!」

 そっちの方がどっちかっていうと、そういうお店っぽいからなあ!

「おかしい……? なるほど、ファッション感覚には大きな差が見られるようですね……」

 そう言うと、目の前の淫乱銀髪眼鏡なぴちぴちつるぺたお姉さんは手元のなんたらパッド的な電子機器を操作する。メモでも取ってるみたいだ。

 なんかあれ、病院で先生の問診受けてるみたい。

「で、ここは一体どこなんですか? 病院?」

「病院……そうですね、ここは我々イデア機関直轄のメディカルセンターです」

「イデア……なんだって?」

「イデア機関。我々の組織の名前で、貴女たちをこちらへお招きした組織の名前でもあります」

「はぁ……ちょっと何言ってるかわかんないですけど」

 お招き、ってなんだ。

「貴女たちが接触したジェネレーションエックス、識別番号9909――通称、佐藤リザを派遣し、地球から第三次跳躍を用いた次元渡航を計画したのが我々イデア機関というわけです」

 ふんすっと無い胸を反らすぴちぴち眼鏡。

 何言ってんだ、こいつ。

「いや、さっぱりわかんないんだけど……ん? リザ? そうだあのデコだし茶髪丸眼鏡! 私のことをいきなりぶん殴りやがったアイツはどこ行った!」

「必要であれば、いますぐにでも呼べますが……呼びましょうか?」

「是非お願いしたいですねぇ!」

 

 ◆

 

 と、いうわけで。

「同志」

 激レア佐藤さんこと、佐藤リザがやってきた。

 ……こいつは私たちと同じ格好してるくせに、なんだってこのお姉さんだけぴちぴちスーツなんだ。いや、良い。それよりもやることがある。

「おぉ、同志リザたんよ。とりあえずちこうよりたまへ」

「……?」

 ひょこひょこ歩いてくる佐藤。

 一歩、二歩と近づいてきたところでもう一度ちょいちょいと手招きをする。

 そして、射程圏内に入った瞬間。

「おらぁっ!」

「ごふっ!?」

 私の黄金の右は綺麗にリザのみぞおちを捉えた。

 ベッド上からでは腰のひねりが足らなかったが、まぁいい。

「あぁぁっ! なんてことをっ!!」

「ふんっ、一発は一発だ」

 私の顎におもっくそ重い一撃を入れやがって。

 やるならせめて事前に言えっつーんだ。

「うぐっふ……さすが、同志……」

「で、だ。リザに来てもらったのはこのぴちぴち淫乱眼鏡お姉さんの話がさっぱりわからんからなんだが」

「ふぇえっ!? い、淫乱じゃないですよっ!」

「このドスケベ淫乱お姉さんの話を簡潔にまとめてくれ」

「うぐ……みぞおちを入れた相手に説明を求める根性……ふぐぅ……同志ながらあっぱれ……了解、説明を請け負う」

 ベッドに突っ伏したまま、ぐりんっとリザのデコだしな頭だけが私の方を向く。

いや、恐いわ。

「ここは、同志の居た惑星から三次元方向にずれた場所」

「もっと簡潔に」

「異世界」

「おふぅ……」

「そしてわたしは異世界人」

「早くも頭が頭痛してきたんだけど……じゃあなんだ、あの殴ったのはなんだ」

「異世界へのワープ」

「殴ってワープってどんなだよッ!!」

 顎割れるかと思ったわっ! どうしてくれんだよ華の女子高生の顎が割れたら世界の損失だぞッ!?

「正確には、直後のチューニングが跳躍の最終プロセス」

「はぁ……チューニング? なに、私の音程ずれてたわけ?」

「そうとも言える。地球上において、同志の音程――存在周波数は地球にチューニングされていた。それをこちらの次元に合わせた」

「……カバンで?」

「カバンはキャリア粒子の伝達と再配置、キャリアパレットとの接続に用いた。チューニングの準備みたいなもの」

「すげえカバンだったんだな……」

「いえーい」

 やめろ、突っ伏したままピースするな。でこぴんするぞ。

「そしてここは異次元であり、宇宙」

「は……? 宇宙……?」

「そう。ここは……いわゆる……すぺーすしゃとる? のようなもの」

「え、なに、飛んでんのここ?」

「主観的には漂ってる」

「……簡潔にっ!」

 なんて言ったらいいのかわかんないらしいリザは、しばしうなるように考え込んでからぴこんっと思いつく。

「……おぉ、アレ。宇宙ステーション」

「なーるほど」

 何がなるほどだ私、さっぱりわからん。

「いえーい」

 どうやら、私は異世界に飛ばされたらしい。カバンで殴ったら飛んでこれる異次元とは、なんとまぁ原始的なのか未来的なのかよくわからんなぁもう!

「あのぅ……そろそろしゃべってもいいでしょうかぁ……」

「あぁ、ごめんねお姉さんや。あれ、っていうかお姉さんのお名前は?」

「うっ、ぐしゅっ、アメリア・ホワイトと言います……イデア機関所属、ジェネレーションゼロコンタクトプロジェクトの主任研究員ですぅ……」

「……リザ、簡潔に」

「異世界人連れてこよーぜ作戦の責任者」

「マジで言ってんのかよ……」

 頭が悪すぎないか、その作戦。

 いや、ホントに成功させたんだから頭は良いんだろうし、リザの翻訳が悪いだけなんだろうけども。

 実践した辺りがとても頭悪く見える。

「それでですね、良ければもうお一方も交えて今後のおはなしとイデア機関としての目的をおはなしさせて頂きたいのですが……」

「もうお一方? なんだ、お偉いさんか誰か?」

「同志の仲間」

「仲間?」

「光希様」

「……あ」

 やっべ、忘れてた。

 

 ◆

 

「ついにやってくれたわね、どおーしてくれるのよっ! こんなっ! 宇宙の! ど真ん中に連れてきてえっ!!」

「あーはいはい、わかったわかった。落ち着けって」

 イデア機関とやらの、何やら大変な立場の方であるらしいアメリアさんに連れられてきたのはなんとも綺麗な応接間らしいお部屋だった。

 座ったソファはふっかふか。

壁紙も照明も本棚っぽい何かも全部が白と金を基調としたデザインで統一されていて、如何にも豪華なお部屋ですよ~って感じの色合いだ。

「どこもかしこもまるっこいのは、なんか幼児の部屋っぽいな……」

 怪我しないように気を付けてるんだろうか。

「……ちょっと、どこ見てんのよ」

「そりゃこの部屋をだな」

「あたしをっ! 見なさいよぉっ!!」

「わーったわーった。ほれ、座れって。すんませんねアメリアさん、こいつ凶暴で」

「だぁれがっ!」

「はーいはい」

「あ、はは……光希さんが混乱するのも無理はありません。まずは、手荒な手段を用いたことを深くお詫びさせてください」

 深々と頭を下げるアメリアさんに、光希も若干たじろぎながらストンッと座る。

「……顔、あげてください。アメリアさんが謝ることじゃありません。こいつが適当なこと言ったせいで巻き込まれただけですから」

「全面的に私のせいですハイ」

 反省しているので腕をつねらないでくださいとっても痛いですやめてくださいお願いします。

「ちょっとは悪びれなさいよッ!」

「ハイごめんなさい」

「まったく……」

 はひぃ……腕の肉が取れるかと思った……おーいちち。

「同志、だいじょぶ?」

「うぅ、痛い」

「よちよち」

 さすさすと光希につねられた腕をさすってくれるリザたん。

 若干リザたんの豊満なおっぱいが、も、もふっと当たって、ぐへへ……。

「はぁ……それで、アメリアさん。詳しいおはなし、聞かせていただけますか?」

「では、えぇと……」

「あん?」

 ちらちらとおびえたような目でアメリアさんに見られる。

 何見てんだ、胸揉むぞ。

「いっ、いえ! 簡潔な説明を、させていただきますね!」

 フンスッと意気込んだアメリアさんが、なんたらパッドをぴぴっと操作すると空中に映像――ホログラムみたいなのが現れる。

「我々、ジェネレーションワンは宇宙ステーション・メトロポリスを中心に暮らしています。みなさんが最初に目覚めたメディカルセンターやイデア機関、この部屋もメトロポリスの一部です。そして、最も……えぇと、ここは要らなくて、だから……えと、えとぉ……」

 ……なんだろう、簡潔に話すことになれていないのか、そもそも人と話すことになれていないのか。

 なんだか無理難題を強要してしまったような気分になる。

高揚するじゃないか、やめてくれ。

「お、落ち着いてくださいアメリアさん」

「は、はひぃ……えと、そう! 我々ジェネレーションワンは、平和で豊かな暮らしを送っています。しかし、それもあくまで現状のこと……いずれは人口増加、食料不足などあらゆる問題に直面せざるを得ません」

「人口、食糧……どこも同じなんですね」

「そして、今最も我々を危険にさらしているのが……ボイドです」

 ぽぴっという音と一緒に、ヒト型のぬめぬめっとした体表面をした妙な怪人が映し出される。

 基本的な外見は髪の長い女性っぽい。

 だが髪が触手っぽくなっていて、顔面はフルフェイスヘルメットみたくつるっとしている。

 肌色らしいところはなく、全体的に灰色というか汚い緑色というかをしていて、肌の質感はぴっちりした革のライダースーツを着ているみたいだ。

胸もはっきりと女性だと分かるくらいにはあるし、お尻も……安産型。へそらしきくぼみもあるし、太もものむっちり加減はかなりナイスバディって感じだ。

……正直、えろい。

「彼女らは、我々の……えぇと、キャリアってご存知です?」

「「知りません」」

 就職か何か?

「あぁ、では、えぇと……彼女らは、我々の生活に欠かせないエネルギー資源を食べる種族なのです」

「エネルギー?」

「そうです。そのエネルギーというのがキャリア粒子……正確には、不可視概念と呼ばれている未精製の状態のものなのですが……えと、地球で言うところの、電気でしょうか。彼らは我々の使う電気……のようなものを食べていると考えられています。しかしその量と吸収力は絶大で……放置すれば、このメトロポリスも瞬く間にボロボロにされてしまいます」

「天敵、なんですね」

「えぇ。スイーパーズユニオンとの協力のもと、あらゆる手段で退けてはいるのですが……現状、根本的な解決には至っておりません」

「食糧を取り合ってるってことですもんね……難しい問題ですね」

「そこで、我々イデア機関はいくつものチームを編成。対ボイド策を各々模索し、実行するという手段をとりました」

「対、ボイド策?」

 なるほどな、ようやく私たちが連れて来られたってことと繋がってきた。

「あれだろ、私たちを連れてくるっていうのがそのボイド策なんだろ。いくつか企画された作戦のうち、アメリアさんのチームが大当たりを引いたわけだ。でもなんで異世界人?」

「我々は、キャリアパレットという……えぇと、なんていうんでしょう……こ、こう、装備スロットを持っているんです! わかります!?」

 若干ヤケ気味になりながらアメリアさんが紙にイラストを描いてくれる。

「おぉ! すんごく分かりやすい!」

 こっちにもゲームってあるのかな!? やばいちょっとテンション上がってきた!

「すごい! 話がわかる! そ、それでですね? 我々ジェネレーションワンはこのキャリアパレットを一人ひとつしか持っておらず、形状や性質も生まれつき決まっていて……武器やテクニックアーツ……超能力、みたいなものを自由に扱えないのです! よって、ボイドとはどうやっても一対一で勝てません」

「ほうほう、向こうは装備スロットが多いのかな?」

「向こうは装備適正がずば抜けて高いのです。具体的には、約800%ほど」

「装備適正800%!? そりゃ勝てないわ……」

 同じロングソード持って来たって相手の方が8倍の威力で殴ってくるんだもん。単純な8対1でも勝てるかどうか怪しいぐらいだ。シミュレーションRPGならまずこっちの攻撃が当たらないまである。メガネで命中上げないと。

「そこで、我々は兼ねてより模索されていた次元跳躍による異世界人の協力……我々以上のキャリアパレットを持ち、単独でボイドの群れに対処できる人材を捜索するという作戦に出ました」

「……ってことは、あたしたちが戦うことになるんです? その、ボイドとかいうのと?」

 今までの話からいくと、つまりはそういうことだ。

 アメリアさんたちの暮らす宇宙ステーションを未知のドスケベ怪人から守る、そのために呼ばれたってことなのでは?

「いいえ、その予定……では居ました。もちろん、交渉ののちにという予定ではあったのですが……メディカルチェックによると、おふたりに備わっているキャリアパレットは極めて特殊なものだったのです」

「特殊?」

「キャリアパレットは、観測したことのない形状をしていました。具体的にはふにょふにょです」

「ふ、ふにょふにょ?」

「そうですっ! 子供用の玩具も使えない、ふにょふにょのもにょもにょで……武器なんてもってのほかだったんです!」

「えぇぇぇ……」

「確かに、我々ジェネレーションワンとは大きく異なる性質を持ったキャリアパレットではありました……けど! うぅ……あんなふにょふにょじゃあどうしようもないっ! 戦えっこないっ! ぐしゅっ! わたしたちの作戦は、成功したのに成果はなしという……最悪の、結果になってしまうんですぅぅうっっ」

 所々涙ぐんでたアメリアさんはついに突っ伏して泣き出してしまった。

 うわあ、他人のマジ泣きなんて久しぶりに見た。

な、なんか、かわいそうになってきちゃったな。

「……ちょっと待て、じゃあ私らどうなるわけ?」

「ぷ、プロジェクト用に用意された資金は、ジェネレーションエックスの精製と維持、そして二度の第三次跳躍とその回収及び諸メンテナンスでほとんど使い切りました……倫理的観点から上層部へ掛け合ってみるつもりですが、わたしたちと同様の立場のチームがいくつも同時に動いている状況なので、すぐに資金が下りるかどうか……」

「じ、じゃあ、あたしたち帰れないってことなんですか……? 一生、このまま……?」

「い、いえ! そんなことは絶対にありません! 我々が確立した第三次跳躍は確実に行える安定したものになっていますから、資金と時間さえ集まれば必ずお送りできます!」

「具体的にどのくらいの時間がかかるんだ? その、上層部うんぬんの」

「ざっと見積もって、早くても……さ、三十年くらいかと……」

「ひぅ……っ!」

 アメリアさんの言葉を聞いた瞬間、光希は気絶した。

 それもそうだろう、いきなり宇宙に連れて来られてあと三十年経たないと帰れません、では気絶もしたくなる。

 私だってぶっちゃけ気絶したい。

 けど、けどだ。

 さっきアメリアさんは“倫理的観点”と言った。

 要は『急に連れてきちゃった異世界人に対して申し訳ないという気持ちはある』ということだ。

 ふふ、馬鹿め光希。お前は真面目に話を聞いていたから頭がパンクしただろうが、私はリザのぽよぽよおっぱいを枕に楽しんでいたからな。

 衝撃的事実に惑わされ、気を失ったりはしないッ!

 私がこんなわけのわからないところに飛ばされた程度で、自分が楽して生きる方法を見逃すはずがないッ!

 活路は、見えたッ!

「あぁっ! だ、大丈夫ですかっ!?」

 わたわたと光希に駆け寄るアメリアさんを尻目に、ピッと姿勢を正して見せる。

「同志リザ、光希様はどうして気絶なされたと思う?」

「イエス同志。光希様は、いきなり連れて来られた挙句、三十年待たないと帰れないという宣告に、多大な精神的ショックを受けたものと推察します」

「うぐぅっ!?」

「いやぁ実にかわいそうだなぁ、同志リザ? で、あれば。その元凶となったであろうどこぞのなんたら機関のなんたらかんたらとやらはぁ? 組織としてぇ? 倫・理・的・観・点からぁ? 取るべき責任というものがぁ~~~~~~~あるとはおもわんかねぇ?」

「ひっ、ひぇ……っ!」

「イエス同志。かの組織は、光希様並びに同志へ最上級の居住スペースと安心で安全な生活を保障する義務があるべきと判断します」

「あ、あ、あぁぅ……い、いぃい、いますぐご用意しますぅぅううっっっ」

 ―――バタバタバタッ!

 アメリアさんは大急ぎで、部屋を出ていった。

「うぅん……」

 気絶しっぱなしの光希を放置で。

「……ふう、ナイスだぞ、同志リザよ」

「朝飯前です、同志」

 ふふ、異世界人と言われたときはどうなる事かと思ったけどリザたんはとっても素直でいい子だな。

 ……あれ、そういえば。

「ちなみにリザたんはさ、あのぴちぴちボディスーツ側の人間じゃないの?」

「貰えるモノは、貰っておくべきなので」

「良い性格してるぜ」

 とにもかくにも光希が意識を取り戻した頃、私たちはアメリアさんの案内で住居へと移動することになった。

 いやぁ、楽しみだねぇ。

 

 ◆

 

「うおー、すげー」

 移動は小型の宇宙船みたいなもので行われた。

 中はほとんど新幹線の中と同じ感じで、ひとつひとつの席が十分離れていて、正面におっきなモニターがついてる。

「ほ、ホントに宇宙空間を飛んでるわ……」

 窓の外を見て固まる光希。

 それにつられて私も窓の外を見てみると、めちゃくちゃ大きい宇宙ステーションが見えた。

「な、なんだあれ」

 でかすぎて距離感がつかめないぞ。

「同志。あれがメトロポリス」

「ほぁ~……すっげぇ」

 メトロポリスはあれだった。あの、なに、すごい、めっちゃでっかい豪華客船って感じ。

「あ、でも一つのおっきなステーションだけ……じゃないのか?」

「メトロポリスは一つのステーションの名前。平行していくつものステーションが飛んでる」

 よくみると豪華客船っぽいメトロポリスの周りには、ザ・宇宙ステーションって感じのコマみたいなステーションや半分小惑星そのまんまみたいなステーションがいくつも飛んでいた。

「そろそろ着きますよ」

「「は~い」」

 物珍しい景色に気を取られた私と光希はすっかり遠足に連れて来られた園児みたいになっちゃっていたのだった。

 

 ◆

 

 で、着いたところはこれまた豪華な内装の宇宙ステーションだった。

一目みただけで富裕層の住居らしいってことがわかる。

なんていうかあれ、成金っていうよりか、住宅展示場とかアウトレットモールとかに近い富裕層感。

「っていうか豪華なショッピングモールそのものって感じだな」

「……不覚にも同意だわ」

 でっかい通路、何層も重なったフロア、そこら中に設けられたエレベーターやエスカレーター。うん、ショッピングモールだコレ。

 強いて言うならショッピングモールよりもいちフロアの天井が高い感じがする。

「ここは宇宙ステーション『シンフォニー』。富裕層向けに造られた、特別仕様のステーションなんです」

「特別仕様?」

「対ボイド用の防護フィールドが搭載されているんです。ここはイデア機関直轄のブロックもあって、安全なんですよ。まぁ……その分費用が、アレなんですけども……」

 ほっほー、どうやら本当に一級品のおもてなしを受けられるらしい。ふふ、ごねた甲斐があったというものだ。ごねトクごねトク。

 で、案内されたのはおっきなラウンジだった。

「ここが我々イデア機関が所有するブロック282、センテンスグループが設計した最新モデルのお部屋です。ご自由にお使いください」

「うおー、吹き抜けー」

 ブロックの中は三フロアに分かれていた。

ひろーいラウンジのある一階には、風呂やらキッチンらしき部屋と二つのエレベーターが壁際に設置されてて、二階と三階はそれぞれ個室。

どの部屋も一目で使い方がわかるくらい、馴染みのある装いになっていた。

「うおー! たけー!」

「うわ、ホントに高いわね……」

 三階から一階の方を覗いてみるとかなり高い。

 ここが宇宙ステーションの中とか信じられないな、なんかアレ。でっかい建物の中にアパートがあるみたい。

「和泉さん、光希さん」

「あ、はい」

 光希と二人で三階の高さに感動していると、アメリアさんに呼び止められた。

「こちらをどうぞ」

「こりゃどうもご丁寧に……って私のスマフォ!」

「そういえば無いと思ってたのよね」

「わたしと連絡が取れるよう、細工をしておきました。あ、中身はそのまま残っていますので!」

「あぁそりゃどうもご丁寧に」

「何かあったらこれでご連絡ください。念のため、リザを置いていきますので」

「はぁ」

 なんだか馬鹿丁寧な対応と、若干悲しげな表情のせいでどう返事していいかわからん。

 え、なに、そんなに高さではしゃぐ私たち可哀想? やめてくんない? そうならそう言って?

 とか思っていたら私たちがはしゃいでたことは関係ないっぽくて。

ふと、アメリアさんは俯く。

「……ゆっくりなんて、出来ませんよね。こんなところに急に連れて来られて、混乱するのも無理はありません」

 いや、そんなことはないんだけども。むしろ楽しいけども。

「でも、わたしは……わたしたちは! 決して和泉さんたちを都合のいいように使い捨てたり、ないがしろにして傷つけたいわけではないんです!」

 うおおう、何やら情熱的に手を握られてしまった。

けど全くもってそんな心配していない私からすると若干怖いし若干引く。

いや、うん……気を使ってくれてるのは分かるんだけどね?

「ぐすっ……すみません、いきなりおっきな声を出したりしてしまって……」

「あ、いや、大丈夫ですけども」

「お、落ち着いてください」

 なんか、泣いてばっかだなこの人。

「どんな小さなことでも、どんな不安でもお答えします。だから、何かったらすぐに連絡してくださいね?」

「わ、わかった、わかりましたから、アメリアさんこそ帰ってお休みになられてほうがよろしいんじゃないですかね」

「そ、そうね! アメリアさんもお疲れみたいですし! また明日、ね!」

 きっと神経昂り過ぎてるよ? きっと。

「ハッ! そうですよね、いつまでもわたしが居たら落ち着けませんよね……それでは、また明日来ますので今日のところはゆっくりとおやすみください……」

 何度も何度も頭を下げながら、アメリアさんはぐしゅぐしゅっと鼻を鳴らしつつ帰って行った。

 心底真面目で純粋な人なんだろうなぁ。

「同志? 光希様?」

「いやさ、なんたらプロジェクトの主任だかリーダーだかをやるにはまじめすぎる人だなぁと思ってさ」

「苦労するタイプ……いいえ、現在進行形で苦労しているのでしょうね」

「???」

「ま、いいや。とりあえず言われた通り部屋でゆっくりしますか」

「そうね」

「お供します、同志」

 そんなわけで、私たちは適当に部屋に入ってくつろぐことにした。

 

 ◆

 

「で、とりあえず適当な部屋に入ってみたわけなんだけど」

「……なによ」

「???」

「リザは良いとしても、なんで光希はまだ居るわけ?」

「これからどうするか話し合うために決まってるでしょ!?」

「あぁ」

 アメリアさんが帰ってからとりあえず飯を食ったり、風呂に入ったりした。

飯は冷蔵庫に入っていたインスタントのうどんを食べ、逐一リザに聞きながら作ってみたがこれが中々美味しかったのだが。

水道っぽいものもあれば、トイレもお風呂も一目見ただけで分かる形で備え付けられていて、なんだか本当に異世界とやらに来たのかどうか疑いたくなる整いっぷりだった。

とにもかくにも存分にゆっくりして、さぁあとは寝るだけだというところだというのに。

「あたしたちは異世界に連れて来られたのよ!? 普通この状況でさっさと寝る!?」

「いやだってベッドも着替えもなんもかんも用意してあるもんだから、つい」

 歯ブラシだのシャワーだの用意してあるんだよ? 入りたくなるでしょうよ。

 ちなみに着替えはなぜかセーラー服が用意されていた。本気でアメリアさんは、私たちのことを制服で暮らす人種だと思ってるらしい。

くっそぅ、無駄に良い肌触りしてるやがる。

「いやぁ、にしても案外私らと同じ生活してんだな異世界人」

「確かに驚きだったわ。ラウンジに置いてあるお菓子も美味しかったし、食生活も十分あたしたち基準と考えて良さそうね」

「うわ、アレ食ったの」

「だっ、誰も食べないからあたしが人柱になったんじゃないっ!! こっちにきて何にも食べられなかったらどうするつもりだったのよっ!」

「そりゃあ、まぁ」

 だいじょぶだろーとか思ってた。実際大丈夫だったわけだけど。

「あっ、ほら、リザが居るだろ」

「ここに居ますよ、同志」

「……それがなんだってのよ」

「リザは高校生やってたんだから、私らと同じ食生活で暮らせてたわけだろ?」

「いえす、その通りです同志」

「ってことは、こっちの人たちの食い物食べたって私たちはダイジョブだろうっていう想定の元、迂闊な行動は慎んだっていうことだよワトソンくん、おわかり?」

「……和泉がたったいま都合のいい言い訳をでっちあげてるってことはよぉく分かったわ」

 チッ、バレバレか。

「まーまーまーとりあえず今まで通りの暮らしが出来るわ飯も食えるわベッドもふかふかだわでいいことづくめなわけだな」

「とりあえずはね」

「ってことは、これから――」

「えぇ、これから――」

「どうやって暮らしを安定させるかだな」

「どうやっていち早く地球に帰るかよね」

「「……ん?」」

 う、嘘だろ、こいつまさかこんだけの環境が用意されてるっていうのに帰るつもりで居るのか?

「和泉……? いま、なんて言ったの……?」

「いやいやいやお前こそなんて言ったよ! 帰る!? 本気で言ってんのか!?」

「帰らなきゃいけないに決まってるじゃないっ! 学校はどうするのよっ! 家に連絡は!? 明日の授業は! もうすぐ始まる夏休みはどうするっていうのよぉ!」

「んなの全部関係なくなっただろ!? こっちに居れば、少なくとも向こう三十年は自由に暮らせるんだぞ!? どうしてそれをわざわざあんなところに帰らなきゃいけないんだよっ! むしろアメリアさんのところが安全な暮らしを保障してくれてる間に安定した暮らしをどうやって送るか考えることの方が大事だろ!?」

「はぁぁぁ!? 異世界人があんな怪人とドンパチやってるのよ!? そんなところで安定した暮らしなんてまっぴらごめんに決まってるじゃない!」

「だから! その戦争うんぬんの中でも安全に暮らせるように行動を起こすべきだって言ってるんだよっ!」

「そんなの無理に決まってるじゃないっ! 一刻も早く帰るほうが良いに決まってるでしょ!?」

 くぅぅぅ…………この真面目金持ちお嬢様はぁ!

 どんだけわからずやなんだこの野郎っ!

 と、光希が突然静かな声で呟き始める。

「それに、それに……あんた、言ってたじゃない」

「な、何をだよ」

「『来週は新刊の発売日だ』って、言ってたじゃないっ! どうすんのよぉっ!」

「!!!」

 そう、だった。

 私には、買わなくちゃいけない新刊があったんだった。

 スマフォのカレンダーを開けば、来週だけじゃない。毎週毎日のように新刊、新作、新期アニメの予定が綴られている。

「け、けど、だって……」

「あんたがどんな理由でこっちが良くて、元の世界が良くないと考えてるか知らないけど、こっちの世界にはあんたの待ち望む新刊はないわ! 新作も、新期アニメだって無い!」

「だ、だけど、この世界は、すんごい、都合のいい世界で……っ」

「この世界にはっ! あんたが好きな声優さんだって居ないのよっ!!!」

「!!!!!」

 私は、膝をつくしかなかった。

 そう、私は甘かったのだ。

 異世界に連れて来られて、豪華な待遇を受けて、大したことがない異世界事情に拍子抜けして、安心しきっていたんだ。

「井下喜久美さんのライブはどうするの? 新作CDは? 握手会は? ポスターは? どうやって買うのよ!」

「そうだ……エルキューレサバイブの新刊も、花魁ザクラの新作も……戦華絶光ガンズギアの四期だって無いんだ……」

 確かに惜しいぃっ!

 あまりにも、あまりにも惜しすぎる……帰らなければ絶対に手に入らない新刊・新作たち……手に入らないと分かると途端に欲しくなるこの人間の性ッ!

「ね、だから帰りましょう……?」

 ちくしょぉぉおっ! 勝ち誇った笑みを浮かべやがってこいつぅぅうっ!

 し、しかし、事実帰りたいなとちょっとは思ってしまった自分が居るのは否めない。

 くっそぅ……私は一体どうしたらっ……!

「同志」

「なんだよリザちん今忙しいんだけど」

「娯楽ならこっちにもある」

「え?」

「ちょっと佐藤さんっ!?」

 なぁーるほど、確かに。

 これだけ似通った暮らしが送れるんだ、娯楽だって同じように存在していて当たり前。

 むしろ、技術的な面では私たちが知ってるものよりも数段先をいってる可能性すらあるわけだ。

「ちょ、ちょっと、冗談でしょ? あんたがあれだけ入れ込んでた数々の作品たちを捨てて、異世界人を推すとか言わないわよね?」

「フッ……光希、お前の言い分は確かに正しかった。正義……そう、お前は正義だったよ。だが甘いッ! 新刊も新作ゲームも新期アニメも“いますぐ”手に入れなくたってイイッ! あんまりオタっぽさを表に出していない私ならばなおのことッ! 全てをひとりでこそこそ楽しんでいた私にとって“リアルタイム”など『うわ、またSNSの流行りがニュースになるとか(笑)』と僻む程度にしか価値がないッ! だからこそ私は、この新世界で……新たな推しを見つけてみせるッ!」

「……アンタ、言ってて悲しくないわけ?」

 ほっとけこのやろう。

 やはり信頼できるのはリザたんただ一人らしい。大事にしていこう。絶対優先で行こう。

 さくせん りざたん だいじに。

「まぁ真面目に話を戻すならだ」

「なによ」

「とりあえずアメリアさんに相談してみようぜ。帰るのを早められるかどうか、こっちで暮らすにはどうすりゃいいのか、全部まとめてさ」

「それもそうね」

 

 ◆

 

 と、いうわけで。

 光希も落ち着き、明日の予定も決まったところで寝る事になった。

「んんぅ、寝にくい……」

 枕の感じが非常に合わん。とりあえずの目標は新しい枕だな。

「ってことは仕事も探さないと……」

 まぁバイト程度すぐに見つかるだろうし、それこそアメリアさんの手伝いなり、アメリアさんに紹介してもらうなりで良いだろ。

「アメリアさん経由なら、まさか高卒資格がどねーの大卒資格がどねーのと言われたりもしないだろ」

 うんうん、なんだかんだイイ人そうだったしな。ちょっと健気な態度をとれば快く紹介してくれるに違いない。

 あとは……まぁ、心配することはないだろう。

 よくよく考えてみたら、こうしていつものように眠れている時点で大抵の心配事は無駄なのだろう。基本無事、基本大丈夫。なんとかなるって言える感じ。

 やったぜ、異世界!

 やったぜ、第なんたらかんたらなんたら!

 私の人生、未来は明るいっ!

bottom of page