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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード8『最高に熱く脂ぎった私たちの聖戦に意味はありますか』

 いつもの、アンカレッジのロビー。
「腹が減ったのじゃ!」
「そうだーそうだー! 肉を食いたいぞー!」
 私とモナは、お腹が空いていた。
「あぁもううるさいっ! モナがお腹いっぱいお肉食べたりなんかしたら明日から生きていけないでしょお!?」
「よいではないか、ジンジャーとやらの金で飯はタダなのじゃろう?」
「それにしたって限度ってものがあるでしょ? こっちに戻ってきてからもう二週間近く経つんだから、いい加減自分たちで稼がないと……これじゃあただのニートよ、ニート!」
「ふふん、わらわはそもそもお前たちの尺度で計れる存在ではない。ニートじゃろうとぷーたろうじゃろうと関係ないわ」
「そうだそうだー、関係ないぞー」
「和泉は関係あるでしょッ!!」
 えぇー、ぶっちゃけ私はニートでもなんでもいいんだけどなぁ。
「だって考えてもみろって、メープルが今もスイーパーズを続けていられるのは誰のおかげだ?」
「はぁ? そんなのジンジャーさんと折り合いをつけたメープル自身の頑張りじゃない」
「む……そう正面切って褒められると、少々照れくさいな……えへ、えへへ……」
「……そういう良いこと言われるとすんごい反論しにくいんだが……あえて反論するならば! メープルの頑張りを生み出した私の功績だろ!?」
「ハァ???」
「メープルが断固としてジンジャーパパを説得した、説得したくなった! その意志を生み出すほどの活力あふれるスイーパーズ生活を生み出したのは他ならない私であって、もっと言うならミートウルフにひぃひぃ言ってたメープルを助けたのだって私だぞ!」
 あとリザたんね。
「……で? だったらなんだっていうわけ?」
「その私が、報酬として飯代を貰うのは当然の権利だっていうわけ! だから焼肉行こうぜ、焼肉!」
「おお! よいのぅよいのぅ!」
「だめに決まってるでしょ! そんなお金ありませんっ!」
「まぁまぁ、光希もそう固くなるな。思えば、ボイドたちとの大戦からこちらに戻ってきて以来、何かと忙しかったからな。みんなでゆっくり食事というのも、たまにはいいんじゃないか?」
「そーだーそーだー、やきにくー」
「……いいわ、そこまで言うならこうしましょう。焼肉は焼肉でも、依頼の焼肉よ!」
「「「依頼の焼肉ぅ?」」」

 ◆

 と、いうわけで。
「ここが『焼肉の殿堂 ニクバミン』ね」
「はー、無駄にスタイリッシュな店構え」
 私たちは四人で、何やらカッコいい焼肉屋さんへとやってきた。
「と、友達と焼肉……焼肉を友達……!」
「はぁぁ……良い匂いがするのぅ……」
 それぞれテンションの上がっているメープルとモナ。
 そして御多分に漏れず、私もちょっとテンションが上がっている!
 だって焼肉だよ!? みんなで焼肉とかやっぱり貴重なイベント感あるし楽しいしわくわくだし!
「ここ、ニクバミンは個人経営店でありながら独特のタレで人気を博した今人気絶頂の焼き肉店よ。けど、人気店だからこそ注目を集めやすく、また批判も集まりやすい……今回あたしたちがこなす依頼は、ニクバミンで提供されているチャレンジメニュー『ニクバミン・デラックス』が本当に完食可能か調査するというものよ」
「ほっほーん、チャレンジメニューねぇ」
 チャレンジメニュー。
 日本に居た頃も、テレビの企画だったりラーメン屋さんのメニューだったりで見たことがある。
 しっかし、完食可能かどうか調べて欲しいとかどんだけ注目あつめてんだ? 実際食いに来ない人が金を払ってまで調査したい、って……なんか、世間の闇を感じる。
 とはいえ、だ。
 相当やばい量のメニューなんだろうが、モナにかかれば朝飯前だろう。
 チャレンジメニューを食べるモナの脇で普通に肉を食って、普通に楽しむとするかぁ。
「さ、行くわよ!」
「へいへーい」
 こうして、私たちは軽い気持ちでニクバミンへと入ったのだった。

 ◆

「いらっしゃいませ、四名様でよろしいですか?」
「えぇ。席はテーブルで――」
 光希が店員と話してる間、店内を見回す。
「焼肉屋っぽくないなぁ」
 焼肉屋というと、大して肉の味を楽しむだのなんだの言う家庭ではなかった私的に、イメージするのは食べ放題だ。
 ファミレスか居酒屋かぐらいの内装で、せっせとお肉を運ぶ店員さんで大忙し。騒がしい店内に、煙たい空気といったイメージだったけど、ニクバミンは全然違う。
 シックでモダンな店内は、バーや大人の呑み屋さんって感じの雰囲気が強くて、出入り口すぐに構えられたカウンター席はまさしくバー然としている。
 内装は暗めの配色が多く、また煙たさが無い。
 騒々しさもなく、そこかしこでグラスを傾ける様子だったり、お肉を楽しむお客さんの様子だったりが見られる。
 これがこっちの世界のスタンダードなのか?
 なんだか逆に落ち着いて食べられるか不安になってきたが。
「んむ? なんじゃ? わらわの顔に何かついておるのか?」
「いいや」
 とりあえず、モナの食いっぷりを楽しみとするかね。
「それでは、こちらのお席へどうぞ」
 案内された席は、4~6人掛けの窓際・テーブル席だ。
 丸く縁取られた窓は、若干和風な雰囲気を漂わせつつ、あえて宇宙空間をそのまま見せることで幻想的な雰囲気も感じさせている。
 廊下や他の席とは長い暖簾で仕切られていて、半個室状態だから初見の印象よりも落ち着いて食べられるかもしれない。
 第一印象で意外性を見せつつ、顧客が求める雰囲気作りを怠らない店内レイアウトで利便性・快適さを損なわせない気遣い……!
「これが流行を生み出すコンテンツの力……!」
「良いからさっさと席に着きなさい」
「へーい」
 席順は窓際にモナと私。
 モナの隣に光希、私の隣にメープルという形になった。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
「あ、先にひとつ注文しておきたいんですけどチャレンジメニューの――」
 光希がニクバミン・デラックスを注文している間にモナとメープルと私でメニュー表を見る。
「ん……なんだ、普通の焼肉店っぽいな」
 日本と違ってミートだビーフだチキンだとかの表記が基準になってはいるけど、内容自体は変わらない。
 よくわからん部位のメニューがあったり、カルビやハラミ的なのがあって、タンやらぼんじりやらちょっと珍しいメニューやホルモン系があったりする感じだ。
 チャレンジメニューこそ目を引くが、それ以外のメニューは至って普通……なような気がする。
「なぁ、メープル。このメニューはこっちでいう普通なのか? 流石にこっちの焼肉屋なんてこれまで来たことないからわかんないんだけど」
「わ、ワタシもひとりで焼肉屋に来ようと思ったことはあるのだが、さすがに気が引けてな……幼い頃に連れて来られた気がするが、もう覚えていなくて、は、初めてのようなものなのだ……」
「あぁ、そう……」
 地味に可哀想なエピソード挟んでくるのやめてくれません? いや、いいけども!
「あっ、和泉! 見ろ! デザートタイガーの肉があるぞ! これは美味いんだ!」
「へぇ、あのセーフティで遭難した時の……って高っ!?」
 ミートの何倍するんだよコレ!
 メニューに書かれてる値段の数字自体は他のお肉と変わらないけど量が段違いだぞ!
「ふふ、あとでワタシが焼いてやるからなっ! 甘くておいしいぞ~!」
 ……まぁ、実質今日のメシはタダみたいなもんだし、たべちゃおっかな!
「のうのう、和泉よ」
「はいはい、なんじゃろな」
 今度は向かいの席でメニューをしげしげと眺めるモナに呼ばれる。
「この、にくばみんでらっくす、とやらを食べればよいのじゃろう?」
「あぁ、そうだけど」
「さんぽんど、というのはそんなに大きい量なのかの?」
「さんぽんど……3ポンドねぇ、どうだろなぁ。1ポンドってどんぐらいだっけ?」
「大体450グラムよ」
「450グラムッ!? 1ポンドで!?」
 じゃあお前3ポンドなんつったら1キロ超えるじゃねえか!
「上質なデザートビーフを3ポンドステーキにして提供。ひとりで食べきったら1万2千ルピーが無料……なんていう無理難題、普通は不可能よ。けど、依頼内容に対してただ『無理でした』じゃ格好悪いっていうんでスイーパーズが次々と挑戦しにくるそうよ」
「依頼自体が宣伝になってんだなぁ……ん? ってことはさ、このチャレンジメニュークリアしちゃダメなんじゃないのか?」
 依頼主が誰なのか知らないけど、この依頼自体がニクバミンの宣伝になってるってことはたぶんニクバミンの店員さんか誰かなんじゃないの?
 モナがクリアしちゃったら、依頼解決~ってなっちゃって、挑戦し続ける人が居なくなっちゃうのでは?
「そこは問題ないわ。ここでモナがクリアすれば、これまで挑戦に失敗してきたスイーパーズたちがどう思うか考えてみなさい」
「『自分たちがクリアできなかったメニューを一人の少女が容易く平らげた』となれば、黙っている者は居ないだろうな」
「はっはぁ、なるほどねぇ」
 これまで挑戦失敗したやつらを煽りつつ、これから挑戦する人たちには『自分も出来るかも』と思わせる作戦なわけだ。
 いやぁ、ニクバミンさんは商売が上手だなぁ。
「んじゃ、思う存分食べてもらうとしますか!」
「どうでもよいが、早くせんか! 腹が減ったぞ!」
 はいはい、今お肉が来るからね~。
「んじゃ私らも注文するか~」
 ってなわけで、モナのチャレンジメニューが来る間に私たちもあれこれと注文しつつ、その時を待った。

 ◆

 で。
「けぷっ、ぷぃーっ」
 私たちが注文したお肉たちと共に運ばれてきたニクバミン・デラックスは、私たちがお肉を焼きつつあーだこーだと話している間にモナの胃袋へと収まってしまった。
「さっぱり足らぬぞ、和泉!」
「肉塊そのものみたいなステーキを一瞬で平らげるとは……どうなってんだ、リザたんの身体ウィズモナ……」
 ケーキでも食うみたいにばっくばくいってたぞ。
 いっくら燃費の悪い体をしてるとはいえ一度に胃袋へ収められる量が変わるわけじゃないだろ、ブラックホールでも腹の中に飼ってんのか。
「はへ……へ……?」
 ストップウォッチ構えてた店員さんなんて放心状態じゃねえか。
「理論上、モナの身体は佐藤さんとモナ自身の情報粒子が単純に二人分折り重なって存在している状態なのよ。だから……むぐむぐ、ただでさえエネルギー消費量の多かった二人の存在がまるっとひとつになってて……んむぐむぐ、はふっ、はふはふ……分解力も相応に上昇してるってことなんじゃないかしら」
「んな簡単に分解力が上がるとかアリなのかよ、人間体重増えたって消化する力は変わったりしないだろうに……あぐあぐ」
「モナの肉体は我々と違って……んむんむ、キャリアパレットに近いものなのだろう。だとすれば……はむっ、あむあむ、我々がアビリティやテクニックアーツという形で発現している能力と同じようなもの――例えば消化吸収能力の向上なんていう、はふっはふっ……能力を、生命維持のため自然と発現しているのかもしれないな」
「そんな超スペックでやることが流行りのお店のチャレンジメニュー潰しなんだからよくわかんねえなぁもうっ!」
「和泉っ、和泉っ! わらわにも! わらわにも肉をよこさんか!」
「ほいほい、ほれほれ、こっちもやるぞぉ」
 ちくしょう、私はまだ全然食べてないんだぞ。
 あーん、っとモナのおくちへお肉を入れてやる。
「むふふ、あむあむ……おいひいのじゃ!」
「おい光希、モナまでこっちに混ざったらすぐなくなっちまうぞ。チャレンジメニュー、もう一回頼んだらどうだ」
「それもそうね、モナはどう? さっきのもう一個食べる?」
「むぐむぐ……うむ、小さい肉も美味いがさっきの食べ応えが恋しくもあるのぅ……」
「店員さん、ニクバミン・デラックスもうひとつお願いできますか?」
「へあっ!? た、ただいま店長に相談してまいりますので少々お待ちくださいっ! て、てんちょーっ!」
 半泣きになりながら店長さんの元へ駆けていく店員さん。
 なんか、ごめんね?
「なんと不憫なことか……あむあむ」
「まったくだぜ……あぐあぐ」
「じゅる……和泉よ、その白米も食いたいぞ!」
「あ、すんませーん! ライス(特大)追加でー!」
「容赦がないな和泉は!」
 ハァーッハッハっ! チャレンジメニューなんぞ構える店が悪いんだよ!

 ◆

 ……とか、思っていたんだが。
「うっぷ……お腹いっぱいじゃぞ、和泉ぃ……」
「おまっ、嘘だろぉ!?」
 3ポンド中、約2.5ポンド分を前にしてモナは完全にグロッキー状態だった。
「いや、いやいや、さっきあんだけ食べ応えがどねーの言ってたのに!」
「制限時間、あと5分40秒でございまーす♪」
 ちくしょおおお! 店員さんすげえ笑顔になってやがるぅぅう!
「こ、こうなったらアタシが残りを食べ――「他のお客様が触れた時点で挑戦失敗とさせて頂きますがよろしいですかー♪」う、うぐぅ……!」
 ち、ちくしょう! まさかモナに限界が来るなんて思わなかった!
 なんでだ、腹がいっぱいになるくらいエネルギー補給が出来たってことなのか!?
 なんで! いつ! どこで!
「和泉……もしかしたらデザートビーフは、エネルギー変換効率が我々の想像以上に良いのかもしれん……デザートタイガーの俊敏な動き、スイーパーズを凌駕する戦闘能力、全ての秘密はこの肉に秘められていたのかもしれない……!」
「今はそんな世紀の大発見みたいな顔で解説しなくてもいいっつーの!」
 クソッ! このままじゃ普通に1万2千ルピー払うハメになっちまう!
「ぎ、牛乳! 牛乳で流し込むのはどう!?」
「い、嫌なのじゃぁっ! 出ちゃうのじゃあっ!」
「どうでもよいのだが、光希は食事の時必ず牛乳を飲むな。好きなのか?」
「かっ、カルシウムは大切なのよっ!? そ、それに、牛乳は女の子の味方なんだから!」
「ほう、そうなのか! ワタシも飲んでみたくなってきた……すまないが、ワタシにも牛乳を――」
「メープルはもう飲まなくったっていいでしょお!?」
「なっ、なぜだっ!?」
 えぇいうるさい外野だなぁ!
「うぅ……和泉ぃ……」
 考えろ、考えろ……何か方法があるはずだ。
 目の前の量からいって、モナに無理やり食べさせることは不可能。
 他の人間が食べたんじゃ意味がない、モナが普通に食べられるような状態になればいいんだ。
 でもどんな方法で……そうだッ!
「モナッ! きゃりぽんにありったけの力を注ぎこめっ!」
 懐から取り出したきゃりぽんからひょろ~んとキャリア粒子の紐を伸ばし、モナの手に握らせる。
「ち、力なんぞこめたら、出てしまうぞっ」
「出さないように込めろっ! モナの身体は存在してるだけで大量のエネルギーを消費するんだろ!? だったら、もっともっと消費させてやれば良いだけの話じゃねえか! いいからやれ! 早くっ! ここでわざわざチャレンジメニュー代払うなんて御免だからなっ!」
「ぬ、ぬぅっ! なんでもよいから力を込めれば良いんじゃな!?」
「そうだ! なるたけきゃりぽんの中へ力を注ぎ込むみたいに! エネルギーそのものを吐き出す感じで!」
「は、吐き出すとか、言うでないわっ! ぐぎぎ、うぐぐぅ……!」
 モナが両手で握りしめた粒子の紐から、バチバチッと音が鳴るほどのエネルギーが流れ込んでくる。
「ば、馬鹿じゃないの!? そんなことしたら、モナの身体に宿っていたエネルギーがきゃりぽんの中で凝縮されて、爆弾みたいになっちゃうわよ!?」
「だからそれを、私が吸収してやるんだろ……ふぐ、うぐぐ……っ!」
 モナの握る紐とは逆方向から、同じように粒子の紐を伸ばして自分のへそのところへぷにっとくっつける。
「うおぉ……おぉ……! あったかい……! なんだこの新感覚……!」
 キャリアパレットへ向けて、モナのエネルギーを流し込んでいく。
 拡張性がうんぬん言ってたキャリアパレットへエネルギーを流し込んでやれば、良い感じに膨らんで良い感じになるんじゃないのかな!? どうかな!?
 と、おもいっきり見切り発車だった私の作戦は大成功だったらしく。
「お、おぉ! 腹が空いてきたぞ和泉っ!」
 みるみるうちにモナは全快していった。
「おっしゃあ! 残りも全部食ってやれっ!」
「任せるのじゃあっ!」
 再び勢いを取り戻したモナが肉へかぶりつく。
 肉を飲み下す度、私のへそへドクンッと流れてくるエネルギーの塊。
「なんか……物凄い頭の悪い光景を見せられている気がするわ……」
「エネルギーを摂取するための食事を、わざわざその場でエネルギーの浪費をしてまで行う……本末転倒の極みのような光景だな」
「うるせえ! 見世物じゃねえんだよ!」
 見てんじゃねえ!
「し、しかしあれだな、粒子とはいえ触手のような物体が和泉のへそへ向かってドクドクと脈動しながらなにがしを注入し続ける様は、非常に、煽情的だな……ごくり」
 お前は本気で目を潰すぞ。
「はぐはぐはぐっ! はふはふっ、はむっ! あぐあぐあぐっ!」
 物凄い勢いでなくなっていくニクバミン・デラックス。
「あ、あっ、あぁっ」
 焦る店員さんが、モナとストップウォッチを交互に見守る。
 そして、最後のひとくちがモナの口へと吸い込まれていった――瞬間。
 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ!
「おっしゃあーーーっ!」
「ふむぐむぐむぐーーーっ!」
「完食……成功、です……」
 私たちは、完全勝利した。
「あ、メープルそっち焼けてるんじゃないかしら」
「おぉ、ではこれは光希に進呈しよう」
「あら、ありがと」
「お前らもちょっとは喜べよっ!」
 なに普通に食ってんだよお!
「私の天才的機転をもうちょっと称えろよ!」
「うるさい変態、気色悪い触手へそに着けたまんまこっち見ないで気持ち悪い」
 きっ、きもちわるいっ!?
「多少気色悪いのは同意だが、それよりも和泉はそれだけのエネルギーを受け止めて大丈夫なのか?」
「え、あぁ……予想以上になんともないな……」
 若干おへそがあったかいぐらいかな?
「ふふ、それはなによりだ。さぁ、和泉も食べろ! ワタシがデザートタイガーのカルビを焼いておいてやったぞ!」
「おぉ! それじゃあ私も早速……さっ、そく……?」
「む、どうした?」
「あ、い、いや」
 目の前にはメープルの焼いてくれたお肉が、ニクバミン特製のタレでコーティングされててらてらと光っている……の、だが。
 箸が動かない。どうしたって掴みたくない。
「腹……いっぱい、かも……」
「なにぃっ!?」
「あ、あれ? おかしいな、全然食べてない気がするんだけど、あれ? あれぇ!?」
「普通に考えたら……んむんむ、モナのエネルギーがキャリアパレットに注がれたせいでお腹いっぱいになっちゃったんでしょうね」
「そ、そんなバカな……だって、私の焼肉はこれからなのに……これからなのにーーっ!!」
 結局、私は大して食べられないまま。
「むぐむぐ……んーっ! みなで焼肉とはいいものだな、和泉っ!」
 終始、笑顔でお肉を頬張るモナたちを見つめる羽目になってしまったのだった。

 ◆

 で、翌日。
「のぅ、和泉よ」
「あん?」
「また、焼肉なのか?」
 私は、モナを連れて再びニクバミンを訪れていた。
「当たり前だろ! 私は全然食べ足りないっつーのに光希とメープルのやつはたらふく食って満足気~な顔しやがって……許せねえ!」
「それはおぬしの八つ当たりなような気がするがの」
「るっさい! いいから行くぞすぐ行くぞ!」
「ちなみに光希とメープルはどうしたのじゃ?」
「あぁ、なんか光希はアメリアさんとこ行く~って言って、メープルは親父さんのお見舞いだーっつってたかな。ま、知らねえよ!」
 どうせまたなんちゃかんちゃら小難しい話やら、わちゃわちゃ親子で戯れたりしてんだろ!
「いいから突撃―っ!」
「おー!」
 というわけで、私たちは店内に入った。
 ……の、だが。
「な、なんじゃこりゃ」
 店内は異様なほど大混雑、大盛況だった。
「あっ! 和泉様!」
「へ? さま?」
 見れば、私を呼び止めたのは昨日半泣きだった若い女性の店員さん。
「先日は本当にありがとうございました! おかげ様でお店は大盛況で、昨日死んだ顔をしていた店長も今、厨房でニッコニコなんですぅ~!」
「はっはー、昨日の依頼の件がすぐに広まったのかぁ」
「ささ! こちらへどうぞ! 奥に空いている席がございますので!」
「うむ! くしゅうないぞ! あないせい!」
「……いやなんでモナが偉そうなんだよ」

 ◆ で。
「んじゃあとりあえずニクバミンセットでイイかなぁ。モナは? またチャレンジメニューいくか?」
「いいや、わらわも同じものを」
「んじゃニクバミンセット二つ、ライス特大で!」
「かしこまりました~!」
 席に着いてから、二人分のお肉盛り合わせセットを頼んで一息ついた。
「ぬふふ、楽しみ楽しみ……」
 こんだけがっつり肉を楽しむなんて、スイーパーズ初めて以来なかったからな!
 シンフォニーに住んでた時は、基本的におかゆばっかり食ってたし……。
 庶民的でありながら豪華な食事の代表格たる焼肉、高まらないわけがないってもんよ!
 なんて、ひとりでテンションを上げていたら。
「のぅ、和泉よ」
「あん?」
 モナが真剣な顔で、話し始めた。
「おぬしには、一度きっちりと聞いておきたいことがある」
「はぁ、なんだよ急に」
「何故、この身体の持ち主――佐藤リザとやらのこと、取り戻そうとせんのじゃ」
「はぁ? なんだよそれ」
「いいから答えよ」
 有無を言わさない、珍しく真剣な雰囲気に思わず黙っちゃう。
 いや、何故って言われてもなぁ。
「だって無事なんでしょ? だったら別にいいかなーって」
「な、なんじゃその気楽さはぁ!」
 なんじゃそのとか言われてもなぁ。
「だって、二人分のエネルギーが必要だからセーフティに遭難してた頃、あんだけ死にそうだったわけでしょ? それなのに何にもしてない時点で心配いらないっていうかさ。ジンジャーさんがどうにか出来るって言ってたし、別に私が心配する必要も、私がどうこうする必要もないかなーって」
 そりゃあ、リザたんの膝枕が恋しい時はあるけども。
「しかしっ」
 モナが言いかけたところで、テンション爆上げな店員さんが入ってくる。
「おっ待たせいたしましたー♪ ニクバミンセット、ライス特大でございまーすっ♪」
「どうもでーす!」
「ごゆっくりどうぞー♪」
 店員さんが出ていってから、とりあえずそれぞれお肉とごはんを構えてから。
「……しかし、いつまでもこのままというわけではない」
 モナは、もう一度口を開く。
「惑星せーふてぃとやらに居た時よりも、わらわの身体はエネルギー効率が増しておる。すなわち、徐々に一人分のエネルギーで済むようになってきているということ」
「ふぅむ、確かに」
 言われてみれば空中をパクパクしなくなったし、昨日だって食べきれなくなってた。
 もしもセーフティで遭難してた時と同じくらい食えるんだったらいくらデザートタイガーの肉がエネルギー効率よくったって、腹がいっぱいなんてことにはならなかったはずだ。
「このままでは、佐藤リザは……消えるぞ」
「はは、なんだよそれ。なんでモナがリザたんのこと心配するわけ?」
「なっ、お、おぬしが無頓着すぎるから警告してやってるだけじゃっ! 心配などしておらんわっ!」
「ふぅん、警告ねぇ」
「そうじゃっ。おぬしの仲間じゃろう、心配ではないのか」
「そりゃあ、心配っちゃ心配だけどさ。まずこんな質問を、モナからかけられてる時点で心配いらないっていうか、心配する気になれないっていうか……モナのこと、信頼してるつもりだし」
「信頼、じゃと」
 お肉をいくつか焼きつつ、小皿にタレを出していく。
「うん、そう。モナはボイドかもしれないけど今まで一緒に過ごしてきて、なんとなーく見てる感じで信頼できるなーって。まぁ、強いて理由をつけるなら……ホントに悪い奴が仲間のために特攻したりしないだろうなーって」
 モナが、リザたんの体に入っている理由。
 それは、ボイドたちが大勢メトロポリスへ押しかけてきたとき、真っ先に先陣を切って飛び出してきたからだ。
 そんなに仲間思いの奴が、リザたんのことを心配してくれてる……それだけで信頼するには十分な気がするのだ。
「―――」
 モナは何も言わないで、私を見つめたまま動かなかった。
「他にも色々、なんていうかさ、モナは隠し事するようなヤツじゃないって気がするんだよね。これまでなんだかんだ一緒に居てさ。本気で人類をどうこうするつもりなんだったら、私たちがジンジャーパパのこととか、小惑星の探索とかやってる間に何かしらしてるだろうしなーって。私なら、真っ先に全員後ろからバッサリいって誰かひとりを乗っ取るかなーとか思うし」
「あっ、悪魔かおぬしはあっ!」
「はっはっは。まぁ、とにかくさ、そんなモナと一緒にリザたんが居るんだもん。心配するほうが失礼っていうか、私自身心配なんかしたくないっていうか、そんな感じ」
「……おぬしというやつは、本当によくわからんヤツじゃ」
「そんなことないとおもうけどなー……っと、ほら焼けたよ」
 いくつかを適当にモナの小皿へひょいひょい勝手に乗っけながら、残りを自分の方へ取って。
「よーし、いっただっきまーす!」
 ひと口で食べたった!
「ん~~~~っ! うまひ!!」
「……んむ、美味い」
 そうしてふたりでお肉をもぐもぐしながら、なんだかよくわかんないけど楽しい時間を過ごしたのだった。
「あぁ、そうじゃ、和泉よ」
「ん~?」
「佐藤リザがの、膝枕するときスカートの隙間からパンツを覗こうとするのはやめてほしいそうじゃぞ」
「ぶっふぉぉっ!!!」
 今言うんじゃねえよっ!!! あっいやっちがうわ……まず覗こうとしてねーよっ!!!

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