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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード9『この妹に常識はありますか』

 

「んむにゃむにゃ……いずみぃ……」
「……………………重い」
 夜中。
 自分のベッドで寝ていたはずだってのにメープルの野郎が私にのしかかってきている。
 なぜか。
 無事退院したというジンジャーさんから送られてきた、豪華なソファベッド二つを部屋の真ん中に設置して、四人並んで寝ていたからである。
「いや並んで寝たって人のベッドにのしかかってくるヤツはいねぇよ」
 フレームがくっつくぐらいベッド敷き詰めるヤツも早々居ないことだろう。
 あぁ、くそ……目が覚めちまった。
 実家嫌い~とか言っておきながら、なんだかんだ送られてくるわ、送られてきたものは使うわなんだもんなぁ。
「ロビーでも行って、なんか飲むか……」
「むにゃむ……うぇへ、いじゅみ……」
「あっついっつぅの!」
 無駄に重いメープルを退けて、部屋を出る。
 星の灯りやら、なんたらフィールドで軽減された太陽の淡い光が照らしだす廊下を歩いて、ロビーに向かう。
「窓の向こうに宇宙空間っていうのも、すっかり見慣れちまったなぁ」
 初めの頃は窓の外を見るだけで若干寒気がしたもんだった。
 で、ロビーへ出れば、淡く夜っぽーい照明に照らされる中、ちらほらと飲み食いしているスイーパーズが居る。
「夜もクソもないっちゃないし、そらいつだって人は居るわなぁ」
 なんだか惑星セーフティでは朝夜きっちりした生活だったんで、夜更かししてる人を見ると違和感というか、私らの居場所ってな感じがする。
 うーむ、不健康。
「それをいったら私もなんだけどもねーっと」
 無人の売店でお気に入りのカフェオレを買って、いつも私たちが占領している席に座る。
「ぷあ……うめぇー」
 星空に囲まれたロビーで飲むカフェオレ。絶対に日本じゃ味わえないこの味。
 うん、美味すぎる。
「この一杯の為に帰ってきたと言っても過言じゃねえなぁ……」
 日本に居た時では考えられなかった景色の中に居る。
 それも、なんだかんだ自分たちの部屋を持ち、なんだかんだ自分の金……もとい、功績で暮らしながら。
「……アメリアさんに助けてもらってはいるし? 家だってメープルの紹介っていうか、依頼の消化だって基本光希とメープル頼りだけども……」
 いや! でも、ほら、あれだし! いざとなったら、ね!? 選択を迫られてきたのは私っていうか、光希とメープルの活躍できる状況を作り出すのが私の立場っていうか! ね!
「……誰に言い訳してるんだ、私は」
 ともかく、こんな今の生活の充実さを実感する度、こっちに来て心底良かったとか思ったりするのだ。
「んぁ、そういやスマフォ割れっぱなしだったっけか」
 ベルトのホルダー(メープルとおそろいのヤツ)からスマフォを取り出してみると、見事に画面がバッキバキに割れていた。
「基盤は壊れてないと良いけどなぁ」
 そのうち、アメリアさんに修理とか頼んでみるかぁ。
「んぐ……ぷはー」
 無駄に広いロビーの中、窓の向こうに映る一面の星空を眺めながら。
 私は、もう一口カフェオレを煽ろうとしたところで――。
「――――――見つけましたわ♡」
「はグぇっ!?」
 ドッ、と。
 強烈な衝撃を顎に受けた瞬間。
「―――………………」
 私は、気絶していた。

 ◆

「――パンティ、正常な状態を…………」
 う、なんだ……?
 頭が……割れそうに痛い……。
「ボディソープスメル――規定計測値外の…………」
 いや、割れそうに痛いっていうか、割られた気がする。
 あと、暑い。主に股が。
 目が開かないくらい眩しい。なんだこれ、歯医者さんかなんかか。診察台の上に付いてるやつ歯じゃなくて目にむけるのやめてホント見えなくなっちゃうからって前に言わなかったか!?
「クッソ、眩し――」
 眩しいって言ってんだろ、と。
 怒鳴りつけてやろうと思い、目を開けたら。
「! もしかしてっ! 意識が――」
 私の股に顔面を押し付ける女が居た。
「きゃああああああああああっっっ!!!」
「痛いですわーーーーーーーーっっっ!!!?」
「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 な、何だ今の。思わず反射的に両足で挟み込んで持ち上げてから両足で蹴りをかましてしまった……。
 私の見間違いじゃなけりゃ、大の女が私の履いてるぱ、ぱぱぱ、パンティに顔突っ込んでやがったように見えたんだが!
「う、うわああっ!!」
 っていうかない! 私のボディスーツがない! 下着しか着てない!? なんで!?
 メープルとおそろいのホルダーも!? スマフォも!? きゃりぽんもない!?
「いたた……もう、ひどいですわ」
 ダークオーク調のフローリングの上、蹴り飛ばした女がゆっくりと立ち上がる。
「な、あ、あぁ……っ」
 その信じがたい光景に、私はおもわず息が詰まる。
 何も、私の蹴りを食らったというのに起き上がったことに驚いているわけじゃない。
 私は、その目の前の女……いや、およそ少女という言葉が似合わないその“少女”を、知っていた。
 ここに、“この世”に居るはずのない、そいつのことを知っていた。
 そいつは、信じがたいことに、『真っ黒なボディスーツ』を着ていた。
 そう、あのエミリー・ブラックと一緒に居た女。
 惑星セーフティへ、その身ひとつで着地してきたあの地響きの正体。
 それが、その正体が、信じがたいことに、信じたくないことに……どうしたってそいつが、目の前の女だったのだ。
「んフ、んフフ……アハ、やっと会えたっていうのに、ひどいですわぁ」
 不気味に笑いながら、恍惚とした表情で微笑むそいつの目元には、見覚えのある泣きぼくろ。
 高身長なメープルを超える、モデル体型と言ったところで言葉が足らないほどメリハリのついたボディ。
 尋常じゃなく長く、スラリと伸びた足。
 私とは対照的にサラサラでつやっつやの長い長い黒髪。
 そして、妖艶な目元を、凛と強く輝かせる、黒縁の眼鏡をカチリと持ち上げて、そいつは一層嬉しそうに微笑んで、言った。
「久しぶりですわ、お姉ちゃん……♡」
「真澄……ッ」
 そいつは、日本に居るはずの私の妹…………真澄だった。
「な、なんで、お前がここに……居るんだよ」
 声が震える。ヤバい、絶対にヤバい。
 コイツが、こっち側に居て、しかもあのエミリー・ブラックと手を組んでいるとかいう頭が悪すぎる状況は非常にヤバイ。
 なぜなら。
「むぅ、ひどいですわ。そんなのお姉ちゃんを連れ戻しに来たに決まっていますのに……♡」
「ひぇっ」
 コイツは、シスコンだからだ。
「どうやってこっち側に来たかって聞いてんだって――ひっ」
 真澄は、躊躇なく下着姿な私の腰へ両腕を回し抱き着いてくる。
 ふわりと香る、私の好きなバニラのような甘い香りが鼻をくすぐる。
「んぅん……♡ そんなのどうでもいいですわ、こうして二人っきりで……んフ♡ 再会できたんですもの……♡」
「やっ、やめろっつーの! 私の服! 服はどこにやりやがった!」
「もちろんわたくしのお姉ちゃんコレクションボックスの中に♡」
「返せやコラァ!」
「大丈夫ですわっ! お姉ちゃんにはこの中学のセーラー服を用意してありますから!」
「何が大丈夫なのかわかんねえよ! っていうかなんでセーラー服持って来てんだよ!」
 瞬間。
 真澄の顔が、フッと悲しそうにうつむいて。
「だって……お姉ちゃんが居なくなってからずぅっと、ずぅっと寂しくて……」
 ぎゅ、と。縋り付くように抱きしめられた。
「あ……」
 そっか、私が居なくなってからもう何カ月も経ってるはずだもんな、こいつもこいつなりに私のことを心配してくれて――。
「ずぅっとお姉ちゃんの匂いを嗅ぎながら寝ていたから、つい持って来てしまっただけですわ」
「お前ホントいい加減にしろよお!」
「ひゃぅんっ♡」
 もうやだーっ! なんでこんなのが妹なんだよぉー!

 ◆

 で。
「いたいですわぁ……」
 断固たる拒絶の結果、真澄の頬に真っ赤な手のひら紅葉を咲かせることでなんとか引きはがすことに成功した。
「はぁ、はぁ、で? なんだって真澄がこっちに居るのか、どうして私を拉致ったりしたのか聞かせてもらおうか」
「むぅ……わかりました、それでは聞かせて差し上げますわ。わたくしの、愛の追走劇をっ!」
 そう言うと、真澄は二人分のロッキングチェアとカフェオレを、何もないところから唐突に出現させた。
 え、何今の。こわい。
「さぁ、こちらへどうぞ。お姉ちゃん専用、わたくし手作りのロッキングチェアですわ」
「……なんにも仕込んでないだろうな?」
「もちろんですわっ! ささ、ずずいっとお座りになって♡」
「……」
 すっげえ疑わしいが、とりあえず話が進まないので座ってみると。
「お、おぉ」
 これまた非常に座り心地が良い。
 シンフォニーのベッドよりも快適だ。
「んフフ、気に入っていただけましたっ?」
「ん、ま、まぁまぁだな! い、いいから話の続きをだな!」
「んもう……それじゃあカフェオレもどーぞっ♡」
「あ、あぁ……」
 これまた疑わしいが、しかし話が進まないので一口飲んでみると。
「お、おぉ……! 美味い……!」
 これまた非常に美味かった。
 アンカレッジのヤツとはまた全然違う。コーヒーとミルク……いや、生クリーム系のコクがありながら舌の上でザラつかないスッキリとした飲み口。加えてひと口目からふんわりと広がる香ばしい香りが楽しい一杯だ。
 くぅ……! なんだってこんなにもてなしてくるんだ……っ!
「んフフ……♡」
「ハッ……! い、いいから話の続きをしろって! どうやってこっちに来たんだよ!」
「それはもちろん、エミリー・ブラックの力ですわ」
「やっぱり、そんなこったろうと思った」
「エミリー・ブラックいわく、『適切なキャリアパレット』『イデアへの強い関心』そして『莫大な心のエネルギー』を持った人物であるわたくしが、最も適した人材だった、らしいですわ」
「適切なキャリアパレットに、イデアへの関心……って、お前、私がこっちに居ること知ってたのか……?」
 真澄がそんなオカルトに精通してた覚えはないんだけどな。
「お姉ちゃんがわたくしに一切気付かれないよう痕跡を消すなんて、突然異世界へ連れていかれでもしない限り無理だと思っただけですわ」
「ひぇっ……」
 お前はどれだけ私のサーチ能力に対して自信があるんだよ、きもいわ。
「そして、エミリー・ブラックから『高崎和泉に最も近いキャリアパレットを持っていて、異世界に対する興味関心が最も強い人物であるキミを、エージェントとして迎えたい』と言われたので、了承した次第ですわ」
 エージェントとして迎え入れたいって……要は、アメリアさんとこのチームに負けない功績をあげる必要があったんだな。
 ハッ! だからいつぞやのレンタルルームで私の周辺人物がどうたら聞いてきたんだな!?
「……で、こっちに来た方法は」
「エミリーたちがこちら側からサルベージしてくれましたわ、軽いチューニングだけで引き上げられるほど強いキャリアパレットだから楽だったそうです♡」
「………………」
 おい、私のキャリアパレットは三歳児以下とか言われてたんだが。コイツのスペックどうなってんだよ。
「それで、こっちに来てからはその真っ黒ボディスーツを着てエミリー・ブラックに協力してたわけだな?」
「はい♡」
 真澄の着ているぴっちぴちの全身真っ黒いボディスーツ。
 あの真っ黒いフルフェイスのヘルメットが無いとはいえ、なんていうか、薄い本に出てくるライダースーツを着てる人を見てるようですんごい居心地が悪い。
 いや、まぁ、ボディスーツは見慣れてるんだけど、なんていうか基本的にどっかしら露出してるもんだから全部隠れてると逆に怪しいっていうか……変。
「エミリー・ブラックのところはそれはもう退屈でしたわ。お姉ちゃんを探したいと言ってるのに『今はダメだ、上に許可を、報告書をあげるまで待て』ばっかり。んフフ、だからあの星でお姉ちゃんに会えた時はとっても嬉しかったんですのよ♡」
「あぁそうかよ……待て、じゃあなんでエミリー・ブラックはここに居ないんだよ」
 自分で言って、ハタと気がついた。
 こいつは今までエミリー・ブラックと一緒に行動していた。それも、強制的に行動を制限されていたらしい。
 じゃあ、今は? なんで私、誘拐されてるの?
「それはもちろん、わたくしがエミリー・ブラックに従う必要が無くなったからですわ♡」
「従う必要が無くなった……?」
 非常に嫌な予感がする。すんごく嫌な予感が。
「今まではこちらの事情も、こまごまとした社会知識も、キャリア技術とこのスーツの使い方も分からなかったけれど……んフフ♡ もう星と星の間を行き来出来るくらいにはなりましたから、もう我慢する必要も無いかと思って♡」
「ほ、ほほ、星と星の、間……?」
 それっていわゆる宇宙空間のことなのでは……え? は? こいつは一体何を言っているんだ?
「キャリア技術は見えないものに干渉する技術だと教わりましたの。その源はキャリアパレットだと。だから、使い方を覚えて、出来る事を増やして……んフフ♡ 頑張って頑張って、宇宙も飛べるようになって、お姉ちゃんに会いに来たんですわ♡」
「………………」
 私は、普通に絶句していた。
 真澄の言ってることは、分かる。
 出来ることを増やしてっていうのはつまり、私と光希だって言われていた『キャリアパレットの拡張』のことだろう。
 きゃりぽんやらなんやら、キャリア技術の使われた器具やらなんやらを使い続ければ私たちのキャリアパレットは拡張・成長していくって言ってた。
 その、成長した末が、宇宙空間を自由に移動できる? ハァ?
 こいつはどんだけのポテンシャルを秘めてたっていうんだよ。
 いくらなんだって私や光希がそこまでの超人になれるなんて聞いてないぞ。
 やばい、本気でやばい。
 エミリー・ブラックという枷を失い、本物の超人的能力を手に入れたウチの妹だと?
 冗談でもやめてくれ、死んじまう。主に私が。
「んフフ♡ だから、目的も変えましたのよ」
「も、目的?」
「最初はエミリー・ブラックに言われた通り、お姉ちゃんを日本に連れて帰るつもりだったのですけど……こんなにステキな力が使えるようになったのだから、お姉ちゃんと二人でこちらに暮らすのが良いと思って♡」
 そう言って、真澄はニッコリと微笑む。
 あぁ……終わった、死んだんだ。
 私という人間は、ここで死んだんだ。
 逃げれない、武器はない、目的は私、敵は妹。
 はい詰んだ、無理ゲー、しゅーーーりょーーー。
 さようなら、自由なスイーパーズ生活。
 さようなら光希、さようならメープル、さようならリザたん&モナ。
 さようなら行きつけの売店のおっちゃん、さようなら私のベストプレイス、さようなら私の……私の、私の、イノーエお姉ちゃん……ッ!
「うっ……うぅ、ぐすっ……」
「んフフ♡ 泣くことありませんわ、これからゆーっくり……二人で温かい家庭を作りましょうね、お姉ちゃん♡」
「や、やぁ……やあ…………………………………………やだーーーーーーーっっっ!」
 こうして、私と真澄の二人暮らしが始まってしまった。

 ◆

 真澄に拉致られて連れて来られた場所は何とも言えない内装で、強いて言えばログハウスが一番近い感じの部屋ばかりだった。
「はぁい♡ ここがお姉ちゃんの寝室ですわー♡」
 どういうわけか私専用に与えられた部屋は、大き目のベッドと最初に座らされたロッキングチェア、ノートパソコンみたいなコンソールと部屋用の設置型コンソール、各種ゲームに、ボトル入りのカフェオレが詰まったミニ冷蔵庫と至れり尽くせり。
 置いてある服はやっぱりセーラー服だったけど。
 四人一緒に寝てたアンカレッジの部屋とは比べものにならないほど快適な上、密かに憧れていた木の家に住んでいるような気分になって……ぶっちゃけ、居心地がよい。
 ベッドも信じられないほど寝心地が良く、枕も私が好きなちょっと硬めの低反発タイプ。
「お……おぉ、横になっても腰が楽だ……!」
 アンカレッジの固いマットレスとは大違いだぜ!
 ……っと、い、いかん! 着実に真澄の罠にハマってる気がする!
「……んフフ♡ 気に入ってくれたかしら?」
「ぬぐっ、ぐぐぐ……こ、こんな程度じゃ、全然落ちてないんだからねっ!」
 何と言ったって私が求めるのは充実した生活なんだ! 自堕落な生活じゃない!
 とか思っていたら。
「コンソールの方にエミリーの同僚さんからお仕事の依頼が来ていると思うので、チェックしておいてくださいね♡」
 とか言われて、二日目から早速エミリー・ブラックの同僚さんのお手伝いをすることになった。
『はわわっ! ほ、本物の、異世界の方とおはなしだなんて、あわ、よ、よろしくおねがいしますでししゅっ……かんじゃいましたぁ……』
「お、落ち着いてください! 一緒! 基本一緒ですから!」
 依頼、というのもちゃんとしたスイーパーズとしての依頼で、ホログラムで投影されたエミリーの同僚――クレアさんのお手伝いをするというものだった。
『えと、えと、最初はお送りしたロット0728番から……あっ、あれ? えと、えと、どこやったかなぁ……!』
「あ、ありましたよ!」
『わっ! ありがとうございますぅ! すみません~!』
「い、いえいえ! 落ち着いて! ね!」
『は、ふぁいっ!』
 エミリー・ブラックのチームに入ったばかりだというクレアさんは、いわゆる下っ端で、仕事と言ってもやるのは検証によるデータベース作り。
 私が手伝うのはスイーパーズへ提供される予定のアビリティを装備して計測・または提供中のアビリティの数値を再計測するというもので、大して難しいことはしないやーつだった。
『あっあっあっ、ごめんなさいぃ! 間違ってリセット押しちゃってぇ……』
「だ、大丈夫ですよ! もっかいやりましょう!」
 唐突にやらされた依頼ではあるものの、クレアさんはどうにも放っておけるようなタイプではないし、『私、拉致られてるので助けてくれませんか』と急に切り出したらパニックを起こして卒倒しちゃいそうな人だったので。
『ふぇえ~っ! ありがとうございますぅ~!』
「いえいえ! 落ち着いて行きましょう、はい深呼吸!」
 なんだかんだ、疑問を挟む余裕もなく依頼に没頭してしまうのだった。
 そんな感じで日中は部屋で仕事。途中途中、休憩を挟んだりクレアさんの世間話を聞いたりしながら過ごして。
「お姉ちゃ~ん♡ お風呂が沸きましたわ~♡」
「へーい」
 夜は真澄とごはんを食べて、風呂に入って就寝。
 なんというか、スイーパーズ生活をしながら真澄と二人暮らししているだけの状態だった。
 ……いや、あの、なんていうか、これ、一体なんなんだろうね。
 なんで私こんなことしてるんだろうという漠然とした疑問を感じつつも、とりあえずクレアさんのお手伝いのため、そして真澄の出方を伺うため、私は大人しくこの快適な家で生活することにしたのだった。
 い、いや、快適さに負けたわけじゃないからね!?

 ◆

 で、そんな生活が始まってから五日目の晩御飯時。
「今日もお疲れ様ですわ、お姉ちゃん♡」
「んー……いや、お疲れ様じゃなくて。お前は何がしたいんだよ」
 私は意を決して真澄を問いただしてみた。
「??? わたくしは、お姉ちゃんとこうして平和に暮らしていたいだけですけど……?」
「あぁ、そうなんだ……いや、そうなんだじゃなくて! だったらなんでいきなり私を昏倒させて拉致ったりしたんだって言ってんだよ!」
「だって、お姉ちゃんにまとわりついていた寄生虫を目の前にしたら、我慢できそうになかったんですもの」
「ひぇっ……」
 こいつ、据わった目でなんつーことを言いやがるっ!
「い、いや、だってお前、そんなこと言ったってあんなコンソールとかあったら外の人間と連絡とれちゃうし……わ、私! すぐ出ていっちゃうぞ!?」
 そう言ってはみたものの、真澄は全く動じる様子もないどころかニッコニコ微笑みながら。
「お姉ちゃんはそんなデメリットとリスクの大きい行動取りませんわ。だってここの方が快適で、十分な食事もあって、仕事も出来て、楽なはずですもの」
 と、言うのだった。
「うっ……確かに……」
 馬鹿みたいに危ないモンスター狩りに行かなくて済むし、墜落とか遭難とかしなくて済みそうだし……なにより快適だし。
真澄が何もしてこない以上、ぶっちゃけここから出ていくメリットはない。
「んフフ♡ わたくしの知っているお姉ちゃんは、きちんと自分のメリットを追い求める人。あそこに戻る必要がないことぐらい、誰が言うまでもなくわかっているはずですわ♡」
 それだけ言うと、真澄は食器を片づけ始めてしまった。

 ◆

 晩飯後、自室に戻った私は焦っていた。
「まずいまずい……非常にまずい……!」
 何がまずいって快適なことがまずい! あまりにも快適すぎる!
 何をどうやって私の細かな好みを知ったのか知らんが、ここは快適すぎて出たくない! むしろ、ここから出ると言う考えそのものが馬鹿らしいまである!
「いやしかし、この暮らしを提供しているのが真澄だぞ私!」
 何を仕掛けてくるか……いや、既に何かしら私の私物や髪の毛、使用済みタオルをいかがわしいことに使われている可能性だってある……。
「ある、はずなんだけどなぁ」
 全くそんな痕跡も気配も、見えないんだよなあ。
 どうしたもんか、と考えを振り出しに戻そうとしたところで。
『それは貴様が自意識過剰すぎるだけではないのかの?』
 どこからともなくモナの声が聞こえてきた。
「おわあっ! だっ、え、モナ!? どこ!?」
『ここじゃ、ここ』
 声のする方へ視線を向けてみると、それは唯一真澄に没収されなかった『小惑星で貰ったピラミッド型のオーパーツ的なやつ』だった。
「こ、これか?」
『おぉ、そうじゃそうじゃ。フフ、どうじゃ! 驚いたか!』
「お、おう……いや、驚いたかじゃなくて、なんだこれ。どうなってんだ?」
 オーパーツ的な奴からモナの声が聞こえる。
 しかもスピーカーから出る音だとか無線機で聞こえるような音だとかでもなく、クリアな肉声が聞こえるものだから非常に違和感がすごい。
『ふっふ、和泉が居なくなってからの、ジンジャーとやらがリザの人格にリセットをかける~とかぬかしおったからわらわの方から抜け出してきたのじゃ』
「なっ――」
 な、なんで私のことを先に探さないんだよ!? そんな重大イベントを進める前にさぁ!
 いや違う! まずだいたいにしてリザたんの人格をリセット!? そんな重大イベントを勝手に……あ、いや、でもそんなことをするとかしないとか聞いた気がするな……どっちだったっけ、ま、いっか。
『そうしたらちょうどい~感じの波動を放つ物体があったからのぅ! 密かに入り込んでみればそこにはおぬしが居たというわけじゃ! すごいじゃろ!?』
「す、すごいけどよ……真澄にはバレてないんだろうな、どうやってきたんだよ」
 寄生虫呼ばわりされてたんだぞ、お前たち。
『忘れたのか、わらわは元々おぬしらには見えぬ情報体。たまたま肉体が手に入ったせいでエネルギー摂取にばかり時間を取られておったが、本来であれば食事なぞ要らぬどころか物体を通り抜けられる存在なのじゃ! 特にわらわはボイドの中でも特別、防護フィールドだってなんのそのじゃ!』
「お、おぉ! すごい!」
 そういえばシンフォニーの防護フィールドを通り抜けてきたんだっけね!
 原理はよくわかんないけど、要は真澄にバレずにここまで来てくれたってことだ!
「うぅ……ありがとう……モナたんしゅき……」
『いや、その呼び方は気色悪いからやめてくれんかの』
「あ、はい」
 なんか、すんません。
『で、じゃ。何がどうなっておる? どうしてこんなところに居るんじゃ?』
「あぁ、それがな――……」
 私はとりあえず急に拉致られたこと、楽しく充実した暮らしを送っちゃってること、真澄の人となりからして何かしら仕掛けてくるはずという旨を話した。
『なーるほどのぅ。事情と流れは分かったが、何故逃げ出そうとせんのじゃ?』
「おまっ、向こうはスーパーマンどころじゃない、むしろ○リーザ様レベルの存在になってるんだぞ!? 下手なことしたら、無理くり押さえつけられて……こ、ここ、公衆の面前であられもない姿に……!」
『おぬしの被害妄想が相当入っておるような気がするが……ま、わらわに出来ることは現状なにもないのからの。とりあえず様子見じゃな、様子見』
「えっ、何にも出来ないの? 光希たちに連絡取って救助呼ぶとか……」
『そんなに出来ることがあったら徹頭徹尾おぬしらの世話になどなっておらんかったわアホが! 黙って気をつけて生きておれアホが!』
 なんだその理不尽なツッコミ。
 と、いうわけで私はとりあえずモナと共に真澄の元で生活することになったのだった。

 ◆

 で。
「今日になった時点で丸七日……一週間も真澄のところに居るわけだが」
『なんらおかしな行動は見られなかったのぉ』
「どーーーーーなってんだッッ!!」
 おかしいっ! ぜーーーーーったいにおかしい!
 なんで何にもしてこないんだよ!
 風呂も覗かない! タオルは無くならない! 毛髪保管瓶が見つかったわけでもない!
「あいつは何のために私を拉致ったんだよ!」
『実に愛らしきは妹君の姉を慕う心ということじゃな、時空を超えてもなお姉と共に平和に暮らしたいと言うことなのではないか?』
「んなあほな……」
 真澄に限って平和に暮らしたいだけなんて信じられるわけがない。
 いや、でも確かにこっちに来てからの真澄の行動を見れば確かに……そういう、なんていうか変態的なにおいは全く感じない。
「……そんなに、私が異世界に行って、家からいなくなったことがショックだったのかな」
『そりゃあ、そうじゃろうな。目の前の家族が、急に二度と会えんところへ行ったと言われたら、それは死んだということと同じじゃろうて』
「あ……」
 そうか、全然気がつかなかった。
 私は、真澄にとって一度死んだ人間だったのか。
 確かに言われてみれば、日本で数カ月失踪したなんて言われたら死亡扱いになってもおかしくない……のかもしれない、良く知らんけど。
 少なくとも私だったら……リザたんや、メープルや、光希やモナが目の前から突然いなくなって数カ月失踪なんてことになったら、最悪のことを考えるかもしれない。
 それに、私だってみんなのうちの居なくなった誰かに、もう一度会えるぞ、死んでなんかいないんだと言われたら……会いに、行きたくなってしまうのかもしれない。
「じゃあ、真澄は本当に……私と、一緒に暮らしていたいだけで……」
『わらわの見た限り、そうとしか見えんのぅ。和泉はどうなんじゃ、まだ妹君を疑う気持ちは晴れんのか?』
「私は……」
 真澄を疑う気持ち。
 それは、なくなったわけじゃない。
 真澄が私に好意的すぎるのは今でも感じる、この部屋がその証拠だ。
 やり過ぎな好意の表現は、今だってひしひしと感じてる。
 けど……けどだ、不良が捨てられた子猫に優しくしてるみたいに、これまで変態すぎた真澄が自制してるのかと思うと、希望を感じてしまうんだよ!
 このままマトモになるんじゃないか、ひとつ屋根の下で暮らしていたっていいんじゃないかって!
『和泉よ、もしおぬしに妹君と共に暮らす意思があるというのならば、今考えるべき問題はおぬしがどうやってアンカレッジへ帰るかではなく、どうやって妹君をおぬしの仲間たちの元へ迎え入れるかではないのか?』
「………………」
 真澄を、迎え入れる。
 そうだ、真澄だってこっちじゃ私や光希と同じ異世界人なんだ。
 物凄い力を身につけたかもしれないけど、その真澄の望みが私と暮らすことだけだっていうなら……私のやるべきことは真澄を受け入れて、光希たちと穏便に引き合わせてやることなんじゃないのか?
 世界を超えるほど募った真澄の寂しさを、どうにか埋めてやることなんじゃないのか?
「……そう、かもな」
 モナの言う通りなのかもしれない。
 私は、少し敏感になりすぎてたんだ。
 異世界に来て、完全に無かったことにしていた妹という脅威が再来したことを、大げさに考えすぎていたんだ。
「……よし、ちょっと真澄んとこ行ってくる」
『うむ、行ってこいっ!』
 固い決意の元、モナに見送られて私は部屋を出た。

 ◆

「真澄」
 自分の部屋を出てすぐ、真澄はダイニングキッチンに居た。
「はぁい、どうかした?」
 黒いボディスーツの上にフリフリエプロンを羽織った真澄は、食器を洗っていた手をわざわざ止めて私に答えてくれる。
「あ、いや……そんな大した話じゃないんだけど、さ」
 私の方をじぃっと見つめながら、ニコニコ楽しそうに微笑む真澄を見ていたら言葉が出て来なくなってきた。
 まずい、なんだ、上手く話せないぞ?
 な、何を真澄相手に緊張してるんだ私は!
「? お姉ちゃん?」
「あっ、と、だな……」
 落ち着け、落ち着け、何を焦ってるんだ私は。
 真澄に言うだけじゃないか、アンカレッジに来て一緒に住まないか、光希たちと一緒に暮らしてみないかって言えばいいんだ。
 それだけでいい、別に緊張する必要なんかないんだ、落ち着け、落ち着けって!
「……真澄は、その……寂し、かったのか?」
「―――」
 当たり障りのないところから始めようとした会話は、急に核心をついた質問になってしまった。
 当然、真澄も面食らったようで。
「……そう、ですわね、寂しくなかったといえば嘘になってしまいますわ」
 驚いた表情をしてから、少しだけ俯いて……寂しそうに笑いながら、顔をあげた。
「………………」
 今にも泣きそうな真澄の表情は、やっぱりモナの言うとおり……目の前で家族が死んだと、同じくらいツラい思いをしていたのだと、私に予感させた。
「……や、そう、だよな。うん、だから……すまん」
「どうしてお姉ちゃんが謝るの、お姉ちゃんは何も悪いことしていないじゃない」
「違うんだ、そうじゃないんだよ。私は、真澄の気持ちが……今なら分かるのに、それに全然気づかなくて……気付こうともしないで、それがどれだけツラいかってことも分かってるはずなのに、だから……」
「お姉ちゃん」
 上手く言葉が出てこない私を、制するように。
 真澄が、私を抱きしめた。
「真澄……」
 立ち上がった私を、正面から抱きしめる真澄。
 ふわりと香る、バニラの香り。
 ふわふわのエプロンと、真澄の胸に抱かれて……言葉は出て来なくなってしまったけれど、それでも、なんだか。
「大丈夫、わかっていますわ」
 私たちは、通じ合えた気がしたんだ。
 だから――。
「真澄、よかったら一緒に「わかっていますわ、子作りしましょう」…………………………は?」
 えっ。
 えっ?
「お姉ちゃんの言いたいこと、全部わかっていますわ。漸くわたくしの愛を受け入れてくださるのですよね、二重の意味で」
「おいちょっとまてなんだそのセクハラおやじみてえな解釈は」
「大丈夫ですわっ! わたくし、今日までずっとずっとずぅぅぅーーーっとお姉ちゃんと一緒に居てっ! それでもっ! 全然っ! なんにもしないでっ! すっごくっ! 過去最高にひぃっ! ムラムラしていますからあっ!!」
「うわあああああああやめろやめろやめろ離せド変態ぃぃいいっっっ!!!」
 全然通じ合ってなかった! 気のせいだったーーーーっ!
「だっ、大丈夫ですわっ! わたくしこの日のためにっ! エミリー・ブラックの開発室でキャリア技術の粋を集めたこの『中指のテクニックアーツ』を作ってきましたからっ! お姉ちゃんとの愛の結晶を必ずつくって見せますからあっ!」
「なんつーテクニックアーツを作ってんだアホ! やめ、うわああ近づけるな変態っ! は、はな……離せえーっ!」
 ちょっ、こいつ力強っ、強いわっ! ゴリラかよ!
「さ、さあっ、今こそ、やっと、ついに、ち、誓いの口づけを……っっ」
「あああああ、あっ、あぁあ、こっ、こんの……っ!」
 こいつ、もう人の話を聞いちゃいねえ!
「んむちゅぅー………………」
 このままだと本気で、ほ、本気で本気の……ひぃっ……!
 ど、どうにかしないと、どうにか、どうにかしないと―――そうだっ!
「わ、私の唇はもう光希のものだからあっっっ!!!」
「………………今、なんと?」
 光希の動きが止まったっ!
「はぁっ、はぁっ、はぁ……は、はは、悪いが私のファーストなアレは光希と済ませてしまったんだよ、悪いな真澄」
「………………」
 完全に目を見開いたまま停止した真澄の腕から逃れると、残された腕は力をなくしたようにだらんと垂れ下がる。
「わ、わた、わたくしの、お姉ちゃんの……ちゅうが、既に……?」
「そっ、そうだぞ! ついでに言えばメープルとはお互いの身体を隅から隅まで洗い合う仲でな! リザたんとは暇さえあれば一緒に依頼を受けたり膝枕してもらったりでだな!」
「な…………―――――っっっ!!?」
「そういうことだから悪いがお前の要望に応えてやれる隙はどこにも「――しません」……なぬ?」
「許しません……絶対……そんな、えっちな本みたいなことを……絶対……わたくしは、認めませんわぁぁぁあああッッッ!!!」
「おわあっ!?」
 ボンッッ、と強烈な破裂音が響き渡ったかと思った瞬間、そこに居たはずの真澄はきれいさっぱり姿を消していた。
「あ、れ……?」
 いや、その、なんだ。
 ひとまず私の貞操は守られた、みたいなんだけど、さ。
「……これ、やばくね?」

 ◆

『ふぅむ、そりゃ十中八九光希たちの元へ向かったんじゃろうなあ』
「やっぱりそうだよな!? やべえって……どうにかしてこっから出て、光希たちのとこへ急がないと……」
 とりあえず部屋に戻ってモナに状況を説明した私は、ぴぴっとコンソールを開いてクレアさんへ通話を飛ばした。
『ふぁっ、ひゃいっ! クレアれしゅっ! 寝てないっ、ねてないれしゅよっ!』
「クレアさんっ! お疲れで睡眠不足だと思うんだけどお願いがあるんです! 私のこのコンソールの場所、一体どこから通信しているかって調べられませんか!?」
『ふぇ……? もちろん、コンソールのアドレスを調べればわかると思いますけどぉ……』
「じゃあアドレスから座標を出してください! お願いします! いますぐ必要なんです!」
『ふぁっ、ふぁいっ! わかりましたあっ!』
『おい和泉よ、ここから脱出するのではなかったのか?』
「あぁ、そうだよ」
 こっから出なくちゃいけないけど、出る場所もなけりゃどこなのかもわかんない。
 だったら!
『あっ、あのぅ、座標がわかりましたけど、一体全体どうしてそんなところにぃ……』
「わかりましたか!? じゃあ迎えに来てください! 誰にもばれないように、秘密で!」
『ふぇっ、えぇえぇえっ!?』
 迎えに来てもらえばいいじゃない!

 ◆

「へぅ、へぅぅ……スペースシップの運転は苦手なんですよぅ……」
「お疲れ様ですクレアさん! ことが落ち着いたら、今度は最大限お手伝いしますから!」
「ほんとですかあっ! や、やったぁ……!」
 連絡を飛ばしてすぐ、クレアさんは迎えにきてくれた。これも日々のお手伝いの賜物だな。
 どうやらここは、セーフティの周りに浮かぶ小惑星のひとつだったらしい。
 真澄のやつ、いつのまに小惑星を開発する能力なんて身に着けたんだよ……便利か! 家作ってほしいわ!
「モナ! 操縦変われるか!?」
『うぅむ、わからんがとりあえずコンソールに近づけてみよ』
 言われた通り、テトラキューブをコンソールへ近づけるとキラキラと光る無数の粒子がコンソールの中へと入っていく。
『おぉ、おぉ! すごいぞ和泉! 手足のように動かせるぞ! こりゃ快適じゃ!』
「よぉし、光希たちの元へ急いでくれ! 真澄と衝突する前に逃がさないと何が起きるか分かったもんじゃない……とにかく急いで!」
『了解じゃっ!』
「あの、あの、一体何がどうな――っぴぃぃぃいいいっっ!!?」
 ゴンッと頭をシートに叩きつけられたような錯覚を覚えるほどの急発進をしたスペースシップは、アンカレッジの港へ一瞬で着いた。
「きゅぅ~…………」
「クレアさんは待ってて! モナっ! 真澄か光希の波動だかなんだか追えるか!?」
『ふんっ、そんなの余裕しゃくしゃくじゃ!』
「よぉし、案内頼むぜっ!」
「ぃ、いってらっしゃひれしゅ~…………」
 こうして、私はアンカレッジを走った。
 真澄が、光希やメープルたちと一戦交える前にどうにか止めないと大変なことになっちまう!
 頼む、間に合ってくれよ……っ!

 ◆

「はぁっ、はぁっ、モナ! 光希たちはどこにいる!? 真澄は!?」
『この先のブロックじゃ! じゃが……どうやら既に光希たちは妹君と接触しておるようじゃぞ』
「くそっ……!」
 アンカレッジのメインストリートを駆け抜けて、見覚えのある道を全力疾走で駆け抜けた先。
 飛び込んだブロックにあったのは、行きつけの銭湯だった。
「へあぁ……はぁ……もっ、えぐ……ここ、なんだろうな……っ」
『間違いない、もう中に入っているようじゃ! 急げ和泉っ!』
「げほっ、ごほっ! ひ、ひとり……です……っ」
「貴女大丈夫? ちょっと休んだら? お風呂は逃げないわよ?」
「い、いそいでるのでっ!」
 受付のお姉さんに滅茶苦茶心配されながら、脱衣所へと入ったものの大した騒ぎも聞こえない。
 なんだ、まだ来ていないのか?
 いやそんなはずはないけど……まぁ、騒ぎが起きていないなら、だ。
「はぁ……よぃっしょっと」
 他のお客を驚かせないように制服を脱ぎ、タオルを巻いて普通に普通の恰好で風呂場へ入ると。
「お、おい光希、彼女は一体……」
 湯船に浸かりながら困惑するメープルと。
「別に、ちょっとした昔なじみなだけよ……いつまでも子どものまんまな、頭の悪い、ね」
 その隣で人殺しみたいな目をしてる光希と。
「んフフ、卑怯者の臆病者がピーチクパーチクほざいて、可愛いですわね」
 これまた人殺しみたいな目をした真澄が、立っていた。
 なんだよあの状況……あいつら、あんなに仲悪かったっけ……?
 あ、いや、私が変なこと言ったせいか。
 と、とりあえず無関係な人を装って洗い場にでも座っておこう……。
「一体どんな卑怯な手を使ってお姉ちゃんの唇を奪ったのか、聞かせてもらいますわ」
 もしかしてあの険悪なムードは私が適当言ったせいか。
「卑怯な手? 何の事かしら? 和泉は自分からアタシにキスしただけよ、情熱的な告白の直後にね」
 ちょっとまてなんだその言い方は誤解されんだろうが!
 いや、私も同じような言い方したけどさ!
「なんだと光希っ!? そんな話は聞いていないぞっ!」
 お前が食いつくんじゃねーよ!
「んフフ、昔からそう……貴女はそうやって都合のいい事実だけを言えば揺さぶりになると思ってる、本当のことを言ったらどうですの? 小惑星の遺跡(笑)の仕掛けを解くためだった、って」
「なっ……! なんであんたが知ってるのよ真澄……っ!」
 いやホントだよ、なんで真澄のヤツ……あ、まさか。
「あハ♡ 知らないでしょうねぇ、あの遺跡の仕掛けが全てわたくしの手によってつくられたものだなんて……♡」
「なっ、ぐ……こんの……っ!」
 えええええっ! いや、そんなアホな!
「まんまと引っかかってることに気付かないうえ、ことごとく恥ずかしい罠に引っかかって……本当に邪魔で仕方ありませんでしたわっ! せっかくのお姉ちゃんのえっちな姿を録画するチャンスでしたのにっ!」
 なっ、なんつーヤツだこの野郎っ! あの試練とかいうのはそういうことかこの野郎っ!
 通りでマッコの出入り口にあんなわけわからん試練があるわけだわ! 謎が解けてすっきりだよぉ!
 ……ん? いや待てよ。あの試練とやらが真澄の差し金だっていうなら、だったらなんで私が言うまで光希とのキスのこと知らなかったんだよ。
「う、うるさいわよっ! っていうか録画してたなら一部始終知ってるはずでしょうっ!? お風呂入ってる時にわざわざ来るんじゃないわよっ! タイミングを考えなさいよタイミングをっ!」
「ふ、ふんっ! 最後の間にはなんの仕掛けもしていなかったから録画出来ていなかっただけですわっ! あとからワイズマンに聞いたのに教えてくれなくて……お姉ちゃんからついさっき聞いたばかりで…………別に貴女のお風呂タイムを狙ったわけじゃありませんわっ!」
 あぁ、そういうことね……いや、作戦がガバガバすぎるだろ、オイ。
「ま、まぁ、落ち着いてくれ、真澄さん……だったか? 周りのお客さんも大勢居るし、ここはひとまず外にだな」
「うるさいですわこの色情魔っ! お姉ちゃんの身体を毎晩毎晩大衆の目の前で弄んでおいて何が周りのお客さんですのっ!?」
「は、はぁっ!? な、なななな何を言っているんだっ! ワタシはそんなことした覚えは……っ」
「お姉ちゃんから聞きましたわ! 毎晩毎晩背中を流すと言う言い訳でいやらしい手つきでお姉ちゃんの身体を弄ってるのでしょう!?」
 都合の悪い方に改変されてるぅー!
 ちくしょう……今すぐにでも止めないといけないのに、ここで入っていったら絶対『うわ、あいつが痴話喧嘩の原因? ぶっさ(笑)』みたいな視線を浴びるに違いないとかいう無駄な被害妄想が私の足を止める……っ!
『何をしておる和泉っ! 大事にならんうちに止めねば、取り返しのつかんことになるぞ!』
「わ、わかってるけどさあ! あの中に入っていったら絶対私が当事者なんだーへーあの程度で(笑)? みたいに思われるからさあ!」
『思われんわアホ! いいからさっさと――ん?』
「なんだよ急に黙っ「同志っ!」……え?」
 むにゅっ、と。
 タオル越しの背中に当たる、豊満で柔らかな感触。
 みゅーっとお腹に抱き着く、あったかい指先。
 鏡に映る、茶色くて長い髪。
 も、もしかして、この感触は……!
「お久しぶりです、同志っ」
「り、リザたんっ!?」
「「「その声は、和泉っ!」」」
「あっ、やべ」
 バレちった。

 ◆

 で、だ。
 リザたんとの突然の再会に思わず大きな声が出てしまったわけなんだけど。
「ちょっと和泉っ! なんで真澄が居るわけ!? っていうかアンタもどこ行ってたのよ! ちゃんと説明しなさい!」
「い、いい和泉っ! わ、ワタシはあくまで友人としてスキンシップのひとつとしてお、おお、お前とその、洗いっこしていたのであってだな! けっしてやましい気持ちがあったわけではないからな!? ホントだぞ!?」
「お、お姉ちゃんっ! どうしてここに……!? そ、そそそそれにその人はなんですの!? は、はだっ、裸でハグなんかしてっ! わ、わたくしもっ! わたくしもお姉ちゃんと裸体でにゅっちにゅちなハグがしたいですわっ! さあっ! さあ早くぅっ!」
「同志っ、モナに身体を明け渡している時も同志のやさしさは感じてたっ! ごはん、いっぱい食べさせてくれて嬉しかった……モナも、ホントは和泉にぎゅーってしたいくらい懐いてる。そっけないけど、ホントは優しくて寂しがり屋だから優しくしてあげてほしい」
『ちょ、おいリザよっ! あ、あああ余り余計なことを言うでないわっ! わ、わらわは別に、そんなこと思っとらんわあほっ! ひ、膝枕でもしとれあほーっ!』
「………………うるせぇ」
 めちゃくちゃうるさい。
 少なくとも銭湯のお客さんたちが完全にこっちを怪訝な目で見るくらいにはうるさい。
「いや、ちょっとうるさいからさ、お前ら静かに――」
「いいから状況の説明をしなさいよ和泉ぃっ! どこ行ってたのよっ!」
「あぁんっ!? 拉致られてたんだよ拉致っ! 真澄に拉致られてわけわからん小惑星の中で快適に過ごしてたんだよ!」
「ら、拉致って……ら、拉致られてんじゃないわよおっ!」
 無茶苦茶言うんじゃねえよ!
「いいい和泉ぃっ! ワタシは下心などなく、た、ただの友人としてだなっ! ホントだぞっ! 信じてくれぇっ!」
「あぁ、うん……まぁ、メープルがそういうところあるのはわかってるから、ね……気にすんなよ、な? 他の人にあんまりやっちゃだめだぞ……」
「なんだその反応はぁぁっ!」
 いやほら、メープルって……そういうの興味ある、むっつり淫乱童貞みたいなところあるし……ね?
「お姉ちゃんっ! わたくしとも全裸ハグを――」
「うるさい」
 はい、次。
「同志っ、同志っ! わたしも、同志とお肉焼きに行きたいっ! 約束っ、ねっ? ねっ?」
「それは全然いいし、久しぶりの再会で私もテンションあがってるけど周りの状況考えてくれないかなぁ、リザたんっ!」
『……和泉よ、ツッコむのも良いがいい加減に話を進めたらどうじゃ』
 おっと、そうだった。
「真澄っ! 光希たちに罪はないんだっ! 争うのはやめろっ!」
「いいからわたくしとハグを――」
「うるさい」
 話を進めろ。
「……ちょっと、アタシたちに罪はないってどういうことよ」
「いやなんか真澄が子作りしましょうとか言うから咄嗟に光希とちゅーしちゃったしっていう話を持ちだしたら急に飛び出していったからてっきり光希たちを皆殺しにするつもりなのかと思ってね? その説得を、的な?」
「はぁっ!?」
「こっ、こづ……だとぉ!?」
「同志……結婚するの……?」
「いやしないから。子作らないから」
「お姉ちゃんっ!」
「はい」
「ハグぅっ!」
「うるさい」
「ふぇえ……っ」
 泣いてもだめ。
「……ま、まぁ、とりあえず真澄がなんで急にここへ来たのかはわかったけど……」
「う、うむ。真澄殿……というのは、和泉の妹、なのか?」
「そうだ、光希も入れて三人幼馴染って感じだぞ」
「同志の妹……妹に見えない」
「気にしてるからそういうこというのやめてくれません?」
「ワタシも姉か母親かと思ったくらいだぞ……」
「追い打ちするのもやめろや」
 しばくぞ。
「昔っから姉妹反対に思われてたわよねぇ、真澄が和泉にべったりくっついてるのも相まって」
「んなこと言ったら私は光希と真澄が姉妹なんじゃないの~って話を聞いた回数の方が多いけどな! こいつらあれだぞ、中二病同盟だったんだから」
「……だったと言うが、光希の場合、今も中二病というやつではないのか……?」
「ちっ、違うに決まってるでしょっ!? アタシは至ってノーマルなセンスのある女よっ!」
「光希様は、本気なところがホンモノ」
「リザたんは本当によく分かってるなあ」
 久しぶりになでなでしてあげよう。
「えへへ」
『フッ、暇さえあればホログラムで殺陣の練習をしておる和泉に言われたくはないじゃろうがのぉ』
「なぁっ! おまっ!」
 言うんじゃねえよ!
「へぇ~~? あんた、そんなことしてたんだぁ~~~???」
「ちっ、ちちちちげえし!? べっ、べべ、別に私はそういうの卒業しましたからー、はい中二病とか恥ずかしいー、あー恥ずかしいー」
「い、和泉よ、良かったらワタシが剣技の稽古を個人的につけてやってもイイぞっ! て、ててっ、手取り足取り、きちんと教えてやるから遠慮せずだなっ」
「……いや、それは下心見えすぎだから」
「ちっ、ちちち違うぞっ! ほんとだぞっ!」
「騎士ガルシアの信頼度低下中」
「なんてことを言うんだリザっ!?」
「ほんっとにメープルはすぐ下心丸出しにするわよね……っていうか和泉はいつまで突っ立ってるのよ、アンタも入りなさいよ話しにくい」
「おっとこりゃ失礼」
 ざぶんっ、とね。
 いやぁ、あったかい。
「はぁ~~~生き返る……やっぱ広い風呂は最高だなオイ!」
「何、あんた今までどんなお風呂に入ってたのよ」
「なんかあれ、泡がぶわーって出てくるジャグジー的な?」
「いいなぁ、アタシはひとりでゆったり浸かりたいわ」
「そういう風呂屋も探せばあるんじゃねーの?」
「そんなの割高に決まってるじゃない。はぁ……ねぇ、さっさと家買いましょうよ。リザも復帰したことだし、本格的に貯金しましょう? ね?」
「ん~そうだなぁ。向こう三十年暮らすって考えるとどっかしらに住居を構えるのがいいよなぁ……あ、ジンジャーパパに作ってもらったらいいんじゃね?」
「そっ、それはダメだっ! 断固反対だっ!」
「だよねー」
「同志、惑星セーフティの地表ではダメ? 行ってみたい」
「あー、あのログハウス的なやつなー。住むだけって考えたらアリだけどゲームもなんも無いんだもんなー」
「スイーパーズユニオンへ行きにくいのも問題だわ。アメリアさんの研究室へも遠いし」
「あっ、そうだそうだ! 私と光希で行った小惑星、あれの中って真澄が作ったらしいからアイツに作らせようぜ」
「……ぜっっっったいろくなことにならないと思うんだけど、アンタ本気で言ってる?」
「子作りさせてくれたらいくらでも作りますわよ、わたくしたちのスウィートホーム♡」
「お前ホントいい加減にしろよ通報するからな!」
 あぁ、もう全然話が進まないし!
 っていうか真澄がいきなり殴り合いおっぱじめてなかった時点でとりあえず一安心なわけで。
 なんか気が抜けちゃったわけで。
「はーあ、なぁんか疲れちゃったなぁ私……もうなんでもいいからゆっくりさせてくださいよーってねー……」
「同志、同志」
「んぁー?」
「こちらのスイーパーズさんたちが、ちょっと全員外に出てくれって」
「………………えっ」
 なにそれこわい、とか思って振り返ると。
 そこにはこわーい顔をしたお姉さまたちが三人、ガッチガチのフル装備で。
「君たちぃ、ちょぉっとはしゃぎすぎだから一旦外まで着いてきてくれるかなぁ?」
 マジギレしていた。

 ◆

 で。
「君たちね、仮にもスイーパーズなんだったらお風呂で子作りだのなんだのって話なんかしないの」
「はい……」
「周りの人に迷惑かけてたって自覚はあるわね?」
「ひゃい…………」
「お店の人からも厳重注意してくれって言われてるから、そこのところきちんと弁えてね?」
「ふぁい………………」
 私たちは三人のスイーパーズお姉さまたちに見守られながら、全員そそくさとお風呂を出て、更衣室で着替え、銭湯のロビーでお説教された。
 普通にお説教された。
 私の場合は服装に関しても、注意された。
「女の子なんだからあんまりそういう格好で表を出歩かないの、イイ?」
「ひゅい……………………」
 いや違うんです! 横で正座してるコイツに全部服を持ってかれてですね!
 なんて言い訳する気力もなかった。あるわけがなかった。
 そりゃそうだ、銭湯のお客さんにめちゃくちゃ見られながらいい歳した女が揃いも揃って常識を説かれたのだ、反論する気力なんて無いさ。
「じゃあわたしたちはもう行くから、二度とこんなことしないようにね?」
「「「ふぁい……」」」
 私たちは、心底反省した。
「…………いや、まぁ、さ。とりあえず、さ。アンカレッジの家、行こうぜ」
「……そうね、そうしましょう。お店の人に迷惑がかかるわ」
「真澄も、な? とりあえず、とりあえず、な?」
「……わかりましたわ」
 こうして、私たちはアンカレッジの家へと移動した。
 道中、みんなうつむいてた。
 本気で注意されるって、申し訳ない気持ちになるなって思った。

 

 ◆

 

 で、だ。
「………………」
 私たちはアンカレッジの家に戻ってきたわけなんだけども。
 ぶっちゃけ、叱られたのがショック過ぎて何か話し合う気になんてなれてなかった。
 めんどい、非常にめんどいけどいつまでもこのベッドづくしの部屋で全員項垂れてるのはキツイから。
「……あのさ、事情も思惑も過程もともかくだ。真澄――私の妹が、こっちの世界に来ちゃったわけで、エミリーさんとこでお世話になってたみたいなんだけど、諸事情により飛び出してきた……って感じだからさ、ウチに迎えたいんだけど、どう?」
 いろんなことをひっくるめて、提案してみた。
「……ワタシは、なんらかの誤解を受けているようだからな。まず第一に和泉とはそういう関係ではないことを明確にしておきたい」
「ふんっ、口先だけならどうとでも言えますわ。己の欲望に無自覚な人間でもね」
「むっ……」
 ……メープルは受け入れ態勢こそあるけど、真澄側が不満か。
「同志の妹ということなら、拒否する理由はない」
「あら、正妻を気取っているのか知らないですけどわたくしは御免ですわ♡」
「むむ……」
 ……リザたんも良いけど、真澄側に不満アリ、と。
「アタシは絶対に無理よ」
「ふんッ、こっちから願い下げですわ」
 光希に至っては真っ向から対立って感じだった。
「……なぁ、モナさんや。真澄が寂しがってただのうんぬんってこっちの見当はずれなんじゃないのか?」
『……十中八九、はずれじゃろうな』
 はぁ……めんどくさい。
「じゃあ真澄には大人しくエミリーさんとこに帰ってもらうってことで「お断りに決まっていますわっ!」ですよねー」
 食い気味に拒否だもんねー、そりゃそうだよねー。
「どうしてお姉ちゃんはこんな狭くて汚くて息苦しいところを選ぶんですの!? わけわかりませんわっ! こんなところよりもわたくしの造り上げたスウィートホームの方が何兆倍も過ごしやすいというのにっ!」
「アンタ、そんなにイイとこに住んでたわけ?」
「控えめに言って理想の家だったな、メシまで含めて」
「……チッ、死ね」
「オイお前今なんつったこの野郎っ!!!」
 光希さんは反対なんですよね!? ホントに私の味方なんですよねぇっ!?
「ま、まぁ落ち着け和泉。しかし、ワタシも疑問ではある」
「あん? なにが」
「招いておいて難だが、ワタシとてここが居心地の悪い住居であることは承知している。ワタシ自身においても……その、なんだ。和泉に、十分な利益をもたらせているとは思っていないところもあるし……何故、真澄殿との暮らしを選ばない」
「わたしも気になる、同志は利益を選ぶ人。どうして?」
 メープル、リザたん、そして光希と真澄の視線が私を見つめる。
 本気で自信なさげにしているメープルと、不機嫌そうな光希。
 同じく不機嫌そうな真澄に、無表情なリザたん。
 一体何を期待して見てるんだか知らないけど、私の答えは決まりきっていた。
「だってこっちの方が楽しいし」
「なぁっ……!? お、お姉ちゃんはっ! こんな汚いとこでぎゅうぎゅうになって寝泊まりする方が楽しいんですのっ!? 日本の夏ではエアコンきんきん、冬にはこたつでアイスな快適で清潔なベッド生活をあれだけ……あれだけ満喫していたのにっ!?」
 おいやめろあたかも私が自堕落真っ逆さまな生活してたみたいに聞こえるだろ。
 みんなやってるよね? 普通、だよね?
「そりゃそうだけどさぁ、なんつーの? こっちの世界は別に気候がどうとかそういうのないし、ボディスーツも便利なもんで寒くもなく暑くもなくって感じだし、ベッドだって日本に居た頃はここにあるのと大して変わらん安物使ってたしなぁ」
「だ、だったらっ! なおさらわたくしのスウィートホームのほうが上等品でっ!」
「いや、だって。そっちは貞操の危機が付きまとうし」
「あ、ぐ……うぬぬ……っ、そんな、まさか……っ!」
 いや、その問題があったかーみたいな顔されてもな。
「ハッ、そ、そうですわっ! こ、ここに居たってお姉ちゃんの貞操は危険ですわっ! わたくしでしたら決してお姉ちゃんの意にそぐわないまぐわいなどしないと約束できますっ! どうですっ!?」
「いや、ここに居ても別に貞操の危機は無いだろ」
「そこの青髪がお姉ちゃんに襲い掛かるかもしれませんわっ!」
「おっ、おおお襲い掛かりなどしないっ! 何度言えばわかるんだっ!」
「そこの茶髪だってっ!」
「同志の貞操は、しかるべき順序の後で貰う。襲い掛かったりしない」
「えっ、ちょっとまてオイなんか今聞き捨てならないこと言わなかったか」
「貰うとしたらの話」
「あ、なら安心だぁってなるわけねーだろ! やめろよそういう冗談っ!」
「……?」
「えっ」
 『冗談? なんのこと?』みたいな顔して小首傾げるのやめて?
 え? え? 冗談だよね?
「ほら見たことですかっ! この人たちは全員危険人物なのですわっ!」
「一番危険な奴にそんなこと言われてもな……」
「説得力の欠片もないわね」
 まったくである。
 ……いや、確かにメープルのスキンシップがちょーっと多いかなーと思ったことはあったといえばあったけど、別にそれはメープルがお友達欠乏症なだけであって真澄のそれとは違うとおもうんだけど。
 とか思っていたら、真澄の視線は一層鋭く光希を捉えていた。
「それになにより、そこの赤いのが一番信用なりませんわ」
「……はぁ? なに? アンタ喧嘩売ってんの?」
 真澄と光希の間に、ものすっごい殺気が漂う。
『のう、和泉よ。あやつらはおぬしも含めて幼馴染なのじゃろ? どうしてあんなにギスギスしとるんじゃ』
「いや、私だって知らないよ……あいつら、どっちかっていうと私よりも仲良し同士だったはずなんだけど……」
 どうも私の覚えてる二人の印象と、今の雰囲気が違う。
 二人とも、私よりもオープンオタクだったし、女子力あったし、なんていうかやることきちっとやってるオタ同士って感じだった気がするんだけど。
 なんでこいつらはこんなに火花散っちゃってるの?
「喧嘩なんて売っているわけがありませんわ、争いは同レベルの者同士でないと起こりませんもの」
「あーあーそうよねぇ、アンタみたいなド低能の馬鹿とこのアタシじゃあ争いなんて起こらないわよねぇ?」
「えぇ、まったく。己の矮小さも自覚出来ないような卑怯で臆病者とわたくしでは、一切おはなしになりませんもの」
「ハァ? 誰が卑怯で臆病者ですって?」
「無論、貴女のことですわ。会話もまともに出来ないんですの?」
「………………」
「………………」
 しばしの沈黙。
 いや、こわいわ。みんなドン引きしてるじゃないのよ、ちょっと。
 と、ふたりの視線が火花を散らした後、真澄がため息をついた。
「良いですわ。今日のところは帰ります。お姉ちゃんも……御貸し致しますわ」
「私はお前の持ち物じゃないんですけども」
「その代わり、今から二十四時間後までにそこの赤いのが、真実を告げなかったならお姉ちゃんは返してもらいますわ」
「いやちょっと、私の意思は」
「……もし告げたら何してくれるのかしら?」
「なんでも、してあげますわ」
「………………」
「フフッ♡ それじゃあ、楽しみにしていますわね。明日、ちゃんと告白出来たかどうか、確認のため『真実とは何のことだったのか』お姉ちゃんに聞きますから♡」
 そう言って、真澄は出ていってしまった。
 いや、だから、私の意思を完全に無視するのやめてくれません?
「………………」
 光希の知っている真実、それが一体なんなのか分からないけど……『告げる』ことを条件にするってことは、光希が絶対言えないような内容だってこと。
 真澄が自信満々になるくらいの真実ってなんだ……?
「と、とりあえずっ! あれだな! め、メシでも食べるか! なぁ、和泉!」
「同志、わたし、お腹空いた」
「あ、うん」
「…………そうね、とりあえず行きましょ」
 悩んでるのか、覚悟を決めてるのか。
 絶対目を合わせようとしない光希の背中を追いかけるように、私たちは部屋を出た。

 ◆

 で、久しぶりのミートウルフのから揚げ定食をみんなで食べたあと。
「ぷはぁ、やっぱりカフェオレはコレだなぁ」
 私は、深夜のロビーでひとりカフェオレを飲んでた。
「に、してもだ」
 真澄の勝手な申し出で私の身柄が賭けられちまったが、しかしだ。
 真澄の身体能力は本物だった、あの部屋――小惑星からアンカレッジまで生身ひとつで飛んできた以上本物と信じざるを得ない。
 だとすれば、光希の真実とやらを何が何でも聞き出したほうが安全かつ安心かつ手早く事が済む。
「問題はその聞き出し方なんだけどなぁ」
「……何が問題ですって?」
「おわあっ!」
 振り向くと、そこにはいつの間にか光希が座っていた。
「お、おま、居たなら声かけろよ」
「別に、独りでぶつぶつ言ってる不審者になんて声かける気になれなかっただけよ」
「あぁそう……」
 こっちも向かずにちびちびとブラックコーヒーを飲む光希。
 こいつなりに、真実とやらを言う気はあるらしい。
 けど、いざとなると言い出しにくい……みたいな感じなんだろうなぁ。
 ………………。
「なっ、なによ、なんか言いなさいよ」
「……いや、なんか急に面倒になってきたなと思って」
「なぁっ、何よそれえ!」
 だぁって、めんどくさいんだもん。
「ぶっちゃけ真澄の言う通りにしてやる必要なんてないわけだし、あいつがいっくら常人離れした能力身に着けたからって所詮は妹だしなぁ」
「所詮は妹……だから、どうだっていうのよ」
「対して脅威に感じない」
「あんたねぇ……」
「だってさぁ、仮にお前が何も言わなかったからって黙って真澄の言う通りにするつもりなんてないし、そうなれば真澄だって強硬手段に出るだろうし? 逆にお前が素直に言ったところで、あいつが黙って引き下がるとは思えないから結局荒事になる気がするんだよなぁ」
 どっちにせよ、何事もなく穏便に事が済むとは思えない。
「……まぁ、そうでしょうね。真澄は、そのぅ……絶対言えないって高を括って、ああ言ったんでしょうし」
「だったらはじめっからやるとこまでやったほうが早いんじゃないかなーって気がしてきた」
 手っ取り早くやることやって決着つけた方が早い気がしてきた。
「あっ、あんたは気にならないわけ!? あの真澄が、このアタシに、あ、あそこまで自信満々で振ってきた『真実』ってやつが!」
「べっつにぃ~?」
「なっ、ぐ……それはそれでムカつくぅ……!」
「お前は言いたいのか言いたくないのか、どっちなんだよ」
「いっ、言いたくはないけどっ、でも、き、興味位持ちなさいよっ!」
「えぇ……」
 どんな理不尽。
「第一、こっちまで来たっていうのに今更日本のうんたらかんたらで時間を取られたくないんだけどなぁ」
「……アンタ、本気で帰らないつもり?」
「帰らないんじゃなくて帰れないだけだから、そこ違うから」
「じゃあ聞き方を変えるわよめんどくさいわね! 帰る気はないわけ?」
「んー、まぁ今のところはないかな。とりあえず、みんなで暮らせる家が欲しいし、モナとボイドのこともほったらかしだし、リザたんのこともジンジャーパパから詳しく聞きたいし、もちさまもやりたいし」
「そう、なんだ」
「……なんだよ。光希はやっぱ、帰りたい系?」
「……わかんない。最初は帰りたい気持ちでいっぱいだったけど、メープルやアメリアさんたち……それにアンタと、こっちで暮らして、遭難したり依頼こなしたりして……楽しくなかったわけじゃないから」
「へっへ、だろぉ~?」
「アンタが得意になるんじゃないわよ、うっとうしい」
「へっへっへ、だって楽しいもんなぁ。みんなで冒険して、戦ったりなんだりかんだりして、一緒に暮らしてってさ」
「そう、ね」
「学生してた頃じゃあ考えらんなかったもんなぁ」
「……そうなの? アンタはいっつもそんなことばーっかり考えてるんだと思ってたけど」
「えっ」
「学校のことも、クラスのことも、成績のことも内申点のこともテストの点数とか進路だって、アンタはいっつもそっちのけでぽけーっと考え事してばっかりだったじゃない」
「え、私って、そんなんだった……?」
「えぇ、そうよ。クラスじゃ窓辺の令嬢とか、浮世離れした脱俗の美少女だーとか言われてたんだから」
「………………うそぉん」
 ぜんっぜん知らなかった。
 たぶん窓際の席でぼけーっと眠気に襲われてるか、ラノベ読んでるだけの勉強しないやつだっただけだと思うんだけど……えっ、やだ、ちょっと、私ってば人気者だったの? 高嶺の花的な?
「だからてっきりアタシは、今みたいな生活ばっかり妄想してるもんだと思ってたけど、そうよね。アンタは何にも考えてない、めんどくさいのが嫌いなだけの頭からっぽだものね」
「うん、それは言い過ぎだからいい加減にしろよてめぇ」
「冗談よ、半分くらいわね」
「オイコラっ!」
「ふふっ、あーアホらしい。考え込んでるこっちが馬鹿みたいじゃないのよ」
「あぁん? なんだよ、考え込んでたのかよ」
「あったり前でしょ」
 言いながら、真澄の方からカリカリと何か書いてる音が聞こえてくる。
「たまにはアタシも、アンタのめんどくさがりを見習って……とりあえず、で行動してみることにするわ」
「おいなんだその言い方は。私はいつだって思慮深くだな」
「はーいはい、わかったわかった。はい、コレ」
 べちっ、と乱暴にメモ用紙を頭頂部に叩きつけられる。
「なんだよ」
「真澄が自信満々に言えないはず~~って顔で煽ってきた『真実』を書いといたから。ひとりで読みなさい」
「おっ、おう」
 なんてあっさり。
「それと、別にアンタが真実を知ったところで何も変わりはしないし、変える気もないし、アンタの感想だって聞くつもりはないから胆に銘じておきなさいよ」
「……なんかそんだけ前フリされると怖くなってくるんですけど」
「別に大したことは書いてないわよ、ただの昔話だから」
 それだけ言うと、光希はスタスタと部屋へ戻っていってしまった。
「……ま、読むだけ読むか」
 これでバーカだのアーホだの書いてあったら殴り飛ばしてやるからな。
 一応、周りに誰も居ないことを確認して、メモ用紙を開く。
 ……。
 …………。
 ………………。
「…………………………えぇぇ……」

 ◆

 光希に渡されたメモには、次のように書かれていた。
『アンタに隠してることなんて腐るほどあるけど、真澄が知っててアンタに言いたくないのと言えばひとつしかないわ。
  アタシは、中学生の時、高崎和泉が好きだったのよ。
  
  真澄は今もあの通りだけど、当時からアンタのことが大好きで……二人で和泉すきすき同盟とか言ってよく話したものだったわ。
  真澄がどんな勝算があってあんなことを言ってきたのか知らないけど、アタシが思い当たる真実っていうのはコレだけだから。

  追伸 変に追求したら殴るから。 光希』

 ◆

 私がメモ用紙を読み終わった直後。
「お、おい和泉、さっき光希が凄い顔して戻ってきたかと思ったら黙って眠り始めたんだが何があったんだ」
「同志?」
 メープルとリザたんがやってきた。
『……なんという顔をしとるんじゃ、貴様は』
 ついでにモナも一緒らしい。
「あぁ、うん……いや、うん……」
 なんか、全身の力が抜けてました。
「何が、あったのだ?」
「光希と話す、光希から『真実』の書かれたメモ用紙を貰う、読む、しょうもない内容に私げんなり、イマココ」
『どんだけ気が抜けとるんじゃ』
 口からなんか出そうまであります、はい。
「そ、それは、なんというか……災難、だったな……で、その真実というのはなんだったのだっ」
「同志、わたしも気になるっ。教えてほしいっ」
『しょうもない内容というのはおぬしからすると、ということか? それとも世間一般でもそうなのか? 答えんか和泉っ!』
「あーあー言います、言いますから」
 私は光希に渡されたメモの内容を伝えた。
「……それを、彼女は絶対に言えるはずがないからと煽ってきたのか……?」
「同志……この気持ちは一体なんという気持ちなのでしょうか……」
『ふーむ、ぶっちゃけ反応に困るのう』
「そうだろうそうだろう。あんな見た目でも真澄は現在中学生、恥ずかしい=死みたいな世界に生きてるからな、光希や私らも同じ感覚だと思われたんだろう。いいや、本気で光希には言えないと思っていたのかもしれない。が、どちらにしてもだ」
「どちらにしても?」
「一発やるだけやってやらんと気が済まなくなった」
 背もたれにぐったりをもたれかかり、天井を見つめる。
 あぁ、なんだろうな、よくわからないけど、すっげえキレてるのかもしれない、私。
「さすがです同志」
『それ、貴様がドンパチやりたいだけじゃないのかの』
 違うよ? 断じて違うよ?
「そこでだ、ちょっと協力してほしんだけど……」

 ◆

 そんなこんなで。
 翌日の、約束した時間。
 場所はアンカレッジのロビー。
「んフフ♡ 待ち遠しい時間でしたわ、お姉ちゃん♡」
「あぁ、私もだよ。真澄」
 私は、真澄と一対一で相対していた。
 周りには相変わらず大勢のスイーパーズ。
 各々が自由気ままに過ごしている中、私と真澄は適当な席に腰かけて向かい合っていた。
「それでじゃあ、答えて頂きますわ。光希さんが隠していた、真実とは何か……フフ、お姉ちゃんが聞き出せたかしら?」
 自信満々の表情で、挑発するように笑う真澄。
 あぁ、一晩冷静に考えてみたら、いっくらなんでも真澄だってそこまで自信満々に煽ってきてなかったんじゃないかって思ってたけど、本気なんだな。
 あーそうか、よしよし。
 だったらもう躊躇する必要はないな。
「いいぜ、答えてやるよ」
 喋りながら、真澄に見えないよう構えた手元の小型コンソールを弄る。
 真澄のずっと後ろ、向こうの席に座ったメープルとリザたん、そして光希がこくりと頷く。
「光希の隠していた真実……それは、昔私のことが好きだったってことだ」
「―――――…………な、ぁ、え……?」
 絶句して、固まる真澄。
 いいや、私だって、中学生の時だったなら聞くに堪えなかっただろう。
 私が光希の立場だったとしても……もしも自分の好きだった人へ、過去のことだろうと自分の気持ちを伝えるのは不可能だっただろう。
 しかし、だ。
 それはあくまで学校のクラスっていう組織に自分が属していて、そこの中で生活するしかなくて、学校のことが人生の全てみたくなっちゃってる場合に限り、だ。
 光希が私を好きだった? じゃあ、今ももしかして……なーんて思うことはない。
 だって、アイツが私をどう思ってるかなんて、こっちに来てから嫌と言うほど思い知らされてきた。
 アメリアさんの機械凌辱を勝手に良しとしたり、遭難先で良いようにコキ使いやがったり、私のことまでぬるぬるの粘液まみれにしたり……思い出すだけで腹が立つ。
 が、しかし。それでもだ。
「だ、だって、なんで、そんな、嘘……」
「真澄、お前は確かに光希のことを侮ったかもしれない。それはいいさ、私の知ったことじゃない」
 光希がなんか遠くで喚いてるけど無視だ、無視。
「けどだ。それ以上に、だ。お前はやっちゃいけないことをした」
「や、やっちゃ、いけないこと……?」
「ひとつ、誰かの『好き』って気持ちを馬鹿にした。これは個人的に若干気分が悪かったことな」
 ガタリ、と私が立つと、周囲のスイーパーズが次々と同様に立ち上がっていく。
「ひとつ、こんなどうでもいい話で私の生涯を左右しようとした。これは個人的に心底気分が悪かったことだ」
 ロビーに集まった全員が立ち上がると、ガションガションとテーブルや椅子が床下に仕舞いこまれていく。
「そして何よりも……『え~?(笑)まじぃ~?(笑)あんたってぇ、アレのこと好きなのぉ~?(笑)』とかいう中学生特有の『恋愛話してるウチらまぢイケイケ(笑)』みたいな鬱陶しい空気を…………この私に思い出させたことが気に入らねえええんだよォオオオオーーーッ!」
「くっ、こうなったら力づくでも、お姉ちゃんは貰っていきますわっ!」
「そんなこったろうと思ったぜ!」
 私がバッと片手を挙げると、バゴォンッという強烈な爆音が響き渡る。
「なっ、ロビーが……アンカレッジから”外れた”!?」
 そして、掲げた私の手へどこからともなく投げ込まれるフルフェイスヘルメットをキャッチして、装着する。
 ピピピッという電子音と共に視界がクリアになる。
 よし、これでいつでもOKだな。
「フフ、ずいぶんと大がかり……お姉ちゃんったら、まさかこのわたくしと本当にやり合うつもりですの?」
「あぁ、そうさ。やり合うつもりだよ? ここに居るスイーパーズ500人全員で」
「ひょえ……?」
 ザザッ、とロビー中のスイーパーズたちがフルフェイスヘルメットを装着して立ち上がる。
「悪いな真澄。お前が着けてるそのスーツを舐めてるわけじゃないんだ。エミリーさんとこの超絶ハイパーすんごいよボディスーツだってことは知ってるし、馬鹿にしてるわけでもないんだよ」
 セーフティに生身で着陸したの、見てるしな。
「だからさ、アメリアさんにお願いしてアンカレッジのロビーが入ってるブロック丸々一個、買い取ってもらったんだわ」
「なぁっ!? そ、そんなこと出来るわけが……」
「出来るんだなぁ、私らにはそれだけの“積み立て”と」
「この『アンカレッジ』を改修・建造したいという莫大な出資があったのでな」
「青髪ィ……ッ!」
 私と同じくフルフェイスヘルメットと対宇宙空間用のボディスーツを装着したメープルが、キャリバーを構えながら私の前へと立つ。
「そして、貴女がエミリー・ブラックのチームから無理矢理そのスーツと、管理地域内の小惑星を無断で使用していたことは報告されている」
 メープルの隣には、同じくヘルメットとスーツを着込んだリザたんと。
「よって、アンタの捕縛及びアンカレッジの一部解体作業をこれからおっぱじめるってわけ。分かったかしら?」
 光希が立ち並ぶ。
「なっ、ぅ、ぐぅ……! 許さない……どいつもこいつも雑魚のくせにわたくしの恋路の邪魔ばかりぃ……ッ!」
「まぁ、詳しい話はあとにしてだ。一応警告だ、真澄。そのスーツ、脱いでくれや」
「ふ、フフ、そればっかりはお姉ちゃんの言いつけでも守れませんわ。この人たちを八つ裂きにして、わたくしの怒りを思い知らせた後でならいくらでも脱いであげますわ、二人っきりの時に」
「そうかいそうかい、そうだろうよそうだろうよ。わかるよぉ、その気持ち。私だって憂さ晴らししないと気が済まないもの。んじゃ、まー、ね」
 バギッ、ベギベギベギ……とロビーの窓が巨大なアームに引き裂かれる音が響く。
『和泉よ、準備は出来たぞ』
 ロビーの窓を引き裂いたアーム……巨大な二つのアームが装着された私たちのリトルバードから、モナの声が響き渡る。
「だそうだから、せいぜい頑張ってくれや、我が妹よ」
 私の足元へ差し出されたスペースシップのアームへ、ゆっくりと乗る。
 そうして、私が手をパンパンッと叩くと。
「やっちまえオラァァア!!」
「「「うおぉおおおおおおおっ!!!」」」
「邪魔ですわアァアアアア!!!」
 激突する真澄とスイーパーズたち。
「せいぜいがんばれよー!」
 ロビーブロックの中に炸裂する閃光を背に、私はリトルバードへと乗り込んだのであった。

 ◆

 で。
「ぅぐっ……えぐっ、ひっぐ……えぅ……ヴぇえぇ……っっ」
「ちょっと、和泉。やりすぎたんじゃないの?」
「和泉よ、さすがにやりすぎたのではないか?」
「同志……」
『和泉よ、謝るなら早くしたほうがよいぞ』
「………………」
 真澄VSスイーパーズ500人(光希・リザたん・メープル込)の戦いが終わったあと。
 私たちはメトロポリスにあるイデア機関の会議室を借りていた。
 そりゃあ、まぁ、なんでこんなところに居るかっていえば。
「ええぇぅ……おねっ、おねえぢゃんがいぢめだあ……っっ」
「…………………………」
 真澄が、ガン泣きだからであった。
「あのぅ、久しぶりにお会いする和泉さんへこんなことを言うのはアレなんですけど……謝った方が良いと思います」
「……………………………………」
 会議室を貸してもらうにあたって、久しぶりにお会いすることとなったアメリアさんもドン引きだった。私に対して。
 冷静に考えてみれば当たり前である。
 だって知り合いが『ちょっと今500人で武装して実の妹をぼっこぼこにして身ぐるみ剥がしたら泣いちゃってさ~』なんて言ってきたら「あ、こいつ頭おかしいんだな」って思う。私だって思う。
 しかも妹と話をつけたいから会議室を貸してくれなんて言ったらそりゃあもう、笑顔も引きつるに決まってる。一体何をしでかすつもりなんだっていう顔になるよ。私だってなる。
「あ、あー、その、なんだ。わ、悪かったよ、ごめん、やりすぎた」
「うぇええぇえんっっ……びええぇえええええんっっっ」
「……和泉よ、姉ならばもう少し言い方があるだろう」
「そうよ、姉力を見せなさい」
「同志はあやし方がへたくそ……」
『本当にせんすがないの、せんすが』
「わ、わかってるよっ! 揃いも揃って呆れた顔すんなよっ!」
 スッとアメリアさんが差し出してくれたティッシュを貰って、真澄の涙を拭きながら、椅子に座って真澄を抱っこする。
「ほら、悪かったよ、もうしないから、な?」
「うぅうぅ……ぐすっ、ぐしゅっ……」
 おずおずと私の膝の上に座って抱き着いてくる真澄を、ぽんぽんと優しく叩いてやるとだんだん落ち着いてきて。
「すんすん……ぐしゅっ、じゅぴ……っ」
 すすり泣きも収まりを見せ始める。
「完全にあやし方が赤ちゃん相手なんだけど、アレでいいのね」
「あぁ、大の大人を和泉が抱っこしていると……その、なんだ……完全にそういう関係の二人にしか見えないな」
「同志……変態……?」
『妹が妹なら姉も姉ということじゃな』
 お前らちょっとは静かにしてろよっ! お前らがどうにかしろって言ったんだろ!
 これが一番効くんだよっ!
「ほら、もう良いだろ」
「やぁ……」
 グイッと引きはがそうとする私の両腕を、抱き着く力だけで抑え込みやがる真澄。
 いや、痛いって、ちょっと。
「んだよ、もういいだろ」
「ちがうもん……」
「なにが」
「謝るところ、ちがうもん……!」
「はぁ? ぼこったことで怒ってるんじゃないのかよ」
「ちがうもんんっっ」
「いだだっ、痛いって! いたっ、おま、痛いわ!」
「んんんんんーーーーっっっ」
 完全に駄々っ子モードに入った真澄は全く聞き耳を持たない。
 なんだ、何が原因なんだっつーんだよ。
『和泉よ、わらわはわかっておるぞ』
「あぁ、ワタシもだ」
「流石にわかるわね」
「同志……」
「和泉さん……」
「なっ、ぐっ……!」
 わ、私だけだってか!? 私だけがわかってないってか!?
「くそっ、なんだっつ………………あ」
 まさか、え? うそ、は?
『ふふ、気付いたようじゃの』
 いや、いやいやいや、え?
 まさか………………子作りを、拒否ったことを謝れって言ってんの?
「フッ、全く」
 いや、なに爽やかに微笑んでるのメープルさん?
「アンタってば、ほんっとにどうしようもないわね」
 どうしようもねえのはこいつの性欲じゃねえのか!? オイ! この局面で己の欲望全開なコイツのほうがどうしようもなくねえか! なあ!?
「同志……!」
「和泉さん……!」
 いやだから! リザもアメリアさんも何をそんなやっと気づいてくれたんですね的な顔してるわけ!?
 お前ら頭おかしいんじゃねえのか!?
 ……いや、待て。
 先に頭のおかしいことをしたのは、私じゃないか?
 そうだ、さっき自分で謝ったばっかじゃないか。
 いくらなんでもやりすぎた、そのことを反省したからこうして話し合う場を設けてもらってるんじゃないか。
 加えて、真澄本人は子作り問題のほうが大きかったと言っている。
 となれば、だ。
「……分かった、わかったよ」
「ぐすっ、すんっ……お姉ちゃん……?」
「ひとまず一緒に風呂までなら許す。そっから先は、おいおいで……その、なんだ、こ、子作りはまた別問題だからな」
「えっ」
「はっ?」
「おい何を言っているんだ和泉」
「和泉さんっ!?」
「同志っ!?」
「えっ、なに? そういうことじゃないの? え? は?」
「お姉ちゃんっ……!!!」
「いやっ、待て、なし! やっぱなし! さっきのなしだからあーーーーっ!!!」
 もう何のこと言ってんだかわかんねえよーーーっ!

 ◆

 で。
「なぁにが『置いていったことを謝って』だ、誰が謝るかっつんだ! 知るか! お前なんか知るか!」
「はーあ、残念ですわ」
 私の勘違いは早々に取り消して、落ち着きを取り戻した真澄と本格的に話し合うことになった。
 全員思い描いていたのは『真澄を日本に置いていったことを謝った方が良い』っていうことだったらしいんだが、もう知るか!
「でもお風呂までなら一緒にって」
「言ってない私は何も言ってない」
 泣き止んだんだからもういいだろ! 掘り返すんじゃねえ!
「んで、だ。とりあえず、あの黒いスーツはアメリアさんに回収してもらったわけだから、ようやく落ち着いて話し合いが出来るわけなんだけども」
「話し合いするのは構いませんけど、一体何を話し合うんですの?」
「お前の処遇を話し合うんだよ! これからどうするつもりなのかとか、後始末を具体的にどうするとか」
 そう、アンカレッジはこいつとドンパチやり合うために、メープルとジンジャーさんを経由して急遽取り付けてもらった解体作業を実行中。
 資金問題こそクリアできてはいるが、時間はかかる。私たちの新居もどうにか見繕わないといけない。
「アンカレッジの後始末でしたら、こちらで進行中ですよ」
 アメリアさんがホログラムを点けながら言う。
「陣頭指揮はエミリーさんのチームにお任せしています♪」
「うわあ」
 ホログラムにはあっちに行ったりこっちに行ったり大変そうなエミリーさんの姿が映し出されていた。
 あ、クレアさんも居る。
「真澄さんの独断とはいえ、元はと言えばこちら側へ招いたのはエミリーさんですからね。責任はある程度負ってもらう形になりました」
「それでは、真澄殿は一体どうなるのですか」
「真澄さんに危害を加えられた・損害を与えられたという報告はあがってきていませんから……今回の被害者である和泉さんが望むのであれば、イデア機関とスイーパーズユニオンで協議の上処罰する形になりますが……」
「それじゃあ徹底的に」
「お姉ちゃんっ!?」
「嘘だよ、うそうそ」
 半分な。
「めんどくさいから処罰とかどうでもいいって。な?」
「アンタが良いならいいんじゃない? 別に」
「うむ、和泉が良いと言うならば」
「同志の意思を尊重する」
『あれだけ良い生活させてもらったんじゃから当然じゃろうな』
「その通りなんだけどモナが言うなよ」
 私のセリフだから、それ!
「……本当に、いいんですの?」
「いいって、別に。まぁ、なんだ……私も、うん……悪かったって思ってるし」
「お姉ちゃん……でも……」
「私が不満に思う分は、やるだけやったの! だからもうチャラ! はい終わり! ね、アメリアさん!」
「はい、『和泉さんの件』に関しては不問とさせていただきます♪」
「……ん? 私の件に関しては?」
「はい、では続いて『イデア機関の研究チームが所有するキャリア技術を用いた兵器を勝手に持ち出した件』に関してなんですけど、こちらはきちっと罰を受けて頂きます」
「えっ、あの兵器って、黒いスーツのこと?」
「キャリアパレット直結型粒子アーマー『キャリゲイザーType:P』はエミリー・ブラックのチームが開発・研究していたれっきとした兵器ですので」
「そ、それで、罰っていうのは……?」
「高崎真澄さん」
 アメリアさんが、真澄へ真剣な面持ちで向き直る。
「……はい」
 真澄も、覚悟を決めた顔で答える。
 まさか、とんでもなく重い刑罰だったり……。
「貴女の行いは、和泉さんたちだけでなく多くの人々の命を危険に晒しました。よって、我々ジェネレーションゼロコンタクトプロジェクト内で、身柄を預かることとします」
「……え?」
 ジェネ……なんだって? アメリアさんのところで身柄を預かる?
「それってつまり、アタシたちと同じ扱いってことじゃない」
 えっ、そうなの? 私たちってアメリアさんとこ預かりだったの?
「はい、そういうことになります」
 あ、ホントにそうなんですね……知らなかった……知らなかったけどかっこわるいから知ってたフリしとこ。
『バレバレじゃぞ』
「だっ、黙ってろよ!」
 心を読むな!
「現在、真澄さんはエミリーさんのチームから除名されていますので、無所属の状態です。そこを、わたしたちのチームに所属していただくということですね」
「な、なんだそりゃ」
 結局、何の罰も無いってことじゃんか。
 はーあ、気張って損した。
「それじゃあ、わたくしは……?」
「当面は和泉さんたちと同じように、スイーパーズとして活動していただくことになります。わたしたちのチームとして活動していただくことになりますので、当面は和泉さんたちと一緒に行動していただければ大丈夫です」
「お姉ちゃんと、一緒に」
「ん、なんだよ。まさか今更不満とか言わねえだろうな」
 光希だメープルだリザたんだと散々一緒に暮らすことには文句つけてたけど、もう聞かないからな。
 とか思っていたら。
「いえ……不満なんてあるわけありませんわ」
 なんて呟きながら、真澄はほんのり嬉しそうに笑ってた。
「……なら、いいけどよ」
 はーあ、なんだよ。結局こうなるんだったらさっさとアメリアさんに頼めばよかった。
 ……いや、冷静に考えてみればアメリアさんに頼む隙もなく拉致・監禁されてたんだよな、私。
 と、アメリアさんがおほんっと咳払い。
「それでは皆さんの新しい住まいは、メトロポリスの一時居住ブロックに準備してありますので、そちらへどうぞ♪」
 アメリアさんに促されて立ち上がりつつ、私たちはようやっと一息。
「了解だ」
「あーあ、疲れた疲れた」
「同志の妹……妹君……妹様……?」
『普通に名前で良かろう』
「……おぉ、その発想はなかった」
 各々好き勝手に会議室をあとにしていく中、真澄は困惑した表情のままついてこない。
「えと、お姉ちゃん」
 身体に似合わない、不安そうな表情と、縮こまったポーズで私を呼ぶ真澄。
「わたくしは、その、本当に……だって……」
 似合わない、けど妹らしい真澄の仕草に思わずなつかしさを覚えながら。
「何ぼさっとしてんだよ、ほら。帰るぞ」
「! はいっ!」
 差し出された私の手を、おずおずと握る真澄の手の感触に。
 私はようやっと事件の終わりを感じるのだった。

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