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​●この世に意味はありますか?

●あらすじ

 追試が嫌、ただそれだけだった。

 ただそれだけの理由で、『勉強の意味が分からない』って言う佐藤リザさんに同意したのに、佐藤さんの全力スイングは幼馴染――北大路光希の頭部と、私の顎を直撃して、気がついたらそこは見たこともない病室で、目の前に居たのは全身ぴっちぴちのボディスーツに身を包んだ女の人だった。

 もう何がなんだかわかんねぇよ……。

 しかし、それでも、そんな中で。

 私――高崎和泉が、この世の意味を見出すおはなし。

◆エピソード10『この新生活に意味はありますか』

 真澄の事件がひと段落してから、早一週間が経った。
 なんだかスゴイ建築技術によって、五日ぽっちで完成した『新アンカレッジ』は好評も好評。
 キツイ罰則を科せられると思ってたエミリーさんやクレアさんたちも、なんだかんだ忙しかったりはしたものの、職を追われるようなことにはならなかったらしい。
 ボイド大戦からこっち、ずぅーっと事件続きだった私たちの生活も落ち着きを取り戻し、お仕事に励む日々が帰ってきた……のだが。
「……あい、じゃあおはいりくださーい」
 私はといえば。
「メープル・ガルシアッ、スイーパーズ歴9年ッ、和泉のそそるところはヘソと脇だッ!」
「没」
「なんとぉっ!?」
 絶賛面接中であった。
 ことの始まりは昨日……私たちが、完成したアンカレッジに移り住んだ日のことである。

 ◆

「おぉ、おぉぉ! 部屋があるっ!」
「ジンジャーさんが特別に良い部屋を取っといてくれたそうよ」
 新しいアンカレッジへとやってきた私たちは、早速自分たちの新しい部屋を訪れていた。
 そこはなんと3LDK! 日本のちょっと良さげなマンションくらいの部屋が待っていたのである! やったね!
「まったく……良いと言ったのに、お父様は……ぶつぶつ」
「まーまーまーまーいいじゃないの! だって真澄も入れて六人暮らしになるんだぜ? こんだけあっても足りないくらいだって!」
「しかしっ、これでは親元を離れた意味がだなっ!」
「あら、でしたら貴女だけ余所で暮らしてはいかが? わたくしは大歓迎ですわよ~?」
「ぐっ、ふざけるなっ! 断固拒否するっ!」
 なんだかんだ最後にはしおらしさを見せていた真澄も、すっかり元のずうずうしさを取り戻していた。
 共同生活なんて大丈夫だろうかとちょっと心配だったけど、この分なら心配は要らなそうだ。
「同志っ、同志っ、ベッドが二つもあるっ」
「おぉ!? まじで! うわすっげ! ふっかふか!」
 リビング以外の三部屋にはそれぞれベッドが二つずつ設置してあり、モナも含めた六人でそれぞれ部屋が持てるようになっていた。
 くぅ、流石ジンジャーパパ! 娘のことには全力だぜ!
「あっはは! ほれみてみろ! すげえ跳ぶぞこれ!」
「ちょっと跳ねないでよっ! 埃たつでしょ!」
『やれやれ、リザも和泉も子どもじゃのう』
 うるせいやい! ベッドを見たら跳ねたいんだい!
「よぉし決めた! 私のベッドここな!」
 もふっ、と適当なベッドに寝転んで宣言する。
 そう宣言したのが、軽率だった。
「それならわたしはココっ」
 当然のように今の今まで跳ねていたリザたんが、同じ部屋に置いてあるベッドに寝転ぶ。
 すると、メープルも真澄も目の色を変えて。
「な、何っ!? わ、ワタシも和泉と同じ部屋を希望するぞっ!」
「ちょっと何言ってますの!? わたくしだってお姉ちゃんと一緒の部屋を希望しますわっ!」
 各々が好き勝手に宣言し始めたのだった。
「あ、いや、だったら私はひとり部屋に――」
 めんどくさい匂いを感じて、そう申し出てみるも時すでに遅し。
「……同志の隣は譲らない」
「いくらリザでもそれは聞けないな、ワタシとて譲れないことはある」
「フフ、イイですわ。それならお姉ちゃんに決めてもらいましょう、面接形式でッ!」
「えぇぇぇ…………」
 こうして、私は面接官をやらされることになってしまったのである。
 なんでやねん。

 ◆

 と、いうわけで。
 絶賛面接中だったわけだが、正直こんなことになった以上どいつと同じ部屋になったってめんどくさいことになるのは明らかである。ひとり部屋が欲しい。
「なぁ、そもそも面接って初対面の相手同士だから成り立つものなんじゃないの? 私たちでやっても意味なくない?」
 っていうかそもそもこの面接とかいう一方的に高圧的な質問を投げかけ続ける拷問に意味とかなくなくな~い?
「確かに、キャリアパレットの形状・性質によって出来る仕事、将来的に可能になる業務は一目瞭然だからな。通常の就職活動であれば、大して意味はないだろう」
 あぁ、そういえばそうなんだっけか。
 私と光希、それにたぶん真澄もキャリアパレットは自由自在だから仕事に制限なんかないし、メープルもリザたんもスイーパーズやるにあたって不便なことが無かったから忘れてたわ。
「だが、『お見合い』と考えれば話は別だッ!」
「えぇぇ……」
「今回は形式上、和泉に決定権があるからな。面接のような形になってはしまったが今この瞬間においては二人の仲を確かめ、深めることには変わりないッ! さぁ! 何でも聞いてくれッ!」
「じゃあ最近寝てる時にこっそり私の太ももを撫でていくのはどうしてですか」
「…………………………………………………………」
「……」
「………………………………ふー、ふひゅー」
「口笛が吹けていないのでお帰りください」
「なっ、何故だァーーーーーッ!!!」
 セクハラするからです。

 ◆

 で、次。
「おまたせ、同志」
「……あの、リザさんや。どうして制服を着てらっしゃるんです?」
 メープルの次にやってきたのは、なんでか私たちの学校の制服を着ているリザたんだった。
「同志は制服が好き」
「いや、別にそんなことはないんだけど」
「嘘。今も舐め回すように見つめている」
 そ、そんなことないぞぅ!?
 確かにリザの制服姿は素晴らしい。
 深いグリーンのブレザーは少し袖が余り気味のちょっぴり媚び媚びスタイルだが、反対にネイビーとレッドのチェック柄をしたプリーツスカートはひざ下まで覆っている媚びないスタイルだ。
 スクールブラウスごとブレザーを持ち上げる豊満な胸元は、緩やかだが確かな腰のくびれを演出し、首元にあしらわれたリボンは若干胸元に乗ることでその抜群のスタイルを更に強調している。
 紺色のハイソックスは伝統と格式を感じさせながら、しかしほっそりとしたリザのふくらはぎを強調させ、ぽってりとした足先の可愛らしいフォルムをより際立たせている。
「ん、っしょ」
 椅子からベッドへと移動したリザたんの足が動く度に、僅かな隙間でしかなかったスカートの裾からつるりとした膝が覗き、そこからスカートの中へと伸びていく太もものむっちり感を幻視すらさせてくる。
 だが、かといって私が舐め回すようにリザの制服姿を見ているなんてことあるはずがない。
 そう、ないったらない。全然ないのだ。
「……スケベ」
「ちっ、ちが、スケベじゃないですしっ!?」
 全然見てないって言ってるですし!?
「同志は嘘が下手」
 くぅ……! そんな、ベッドの上でうつ伏せに寝っ転がって足をパタパタさせたりしたらスカートがひらひらして……っ!
 誰だって見ちゃうにきまってる……!
 隠されていた膝裏から太もも、膝裏からふくらはぎへのラインがハッキリ見えてしまう上にお尻から腰・背中へのなだらかでありながらしっかりと女性らしさを感じさせるヒップのフォルムがジャストドゥイットじゃないか……っ!
「わたしと同室になれば、いくらでも見放題」
「い、いや、そんな餌に釣られないし……わ、私は別にみたくなんかないしっ!」
 そうだっ! 全然見たくなんかないんだぞっ!
 だからそんなベッドの上で仰向けになってみたって意味ないっ! 意味ないんだっ!
「ふぅん……ざんねん」
「へ?」
 おもむろに、首元のリボンをほどき始めるリザ。
 シュルリと音を立てるリボンは、ベッドの上にとぐろを巻き。
「同志が言ってくれるなら――」
 トサッ、と脱ぎ捨てられたブレザーが重ねられる。
「お着替えだって――」
 そして、ついに、つままれたハイソックスがひとつ、またひとつと脱ぎ捨てられリザの生足がベッドの上へと晒されて……っ!
「見せてあげるのに」
「え、え、ええ、え、えっちすぎるからダメーーーーーーっっ!!」
「えー」
 え、え、えっちすぎるのはいけないとおもいますっ!

 ◆

「ふぅ、危なかった……リザのやつ、いつの間にあんな誘惑術を覚えたんだ……」
 とにかく、次。
「んふふ♡ おまたせ、お姉ちゃ」
「アウト」
「えーーーーーーーーっっっ! どうしてですのっ!?」
 言うまでもないっつーの。

 ◆

 そんで、文句たらたらな真澄を問答無用で追い出してから、最後。
「……何よ」
「いや、なんで光希まで来てんだよ」
 入ってきたのは光希だった。
「し、しょうがないでしょ!? 真澄たちが行け行けうるさかったのよっ!」
「ほ、ほぉん、あっそぅ」
「…………な、なによ、なんか言いなさいよ」
「あ、いや、うん……」
 気まずい。
 正直気まずい。
 真澄の事件の時、昔好きだったうんぬんの話を知らされたあの瞬間は『こんなことで引っ張るんじゃねえよ』っていう感情が先走っちゃってどうということはなかったんだけれども。
「………………」
「………………」
 あれから数日経って、なんだかんだ二人きりで話す機会なんてなかったから、改めてこうして話すとなるとすんごい気まずい。
 どうしても気になってしまう。
「…………なっ、なによっ!」
 こいつ、私のこと好きだったんだよな。
 うわっ、うわあ! 何を考えてるんだ私はっ!
 気持ち悪い? 気色悪い? ぞわぞわするっていうかむずむずするっていうか……ど、どきどき、する……?
 いや、いやいやいやそんなわけがないだろ! 落ち着け私! コイツはアレだぞ、人のこと機械触手で凌辱することを知らないうちにOKしたり粘液まみれのくせにちゅっちゅしろだの恋人っぽくしろだのとわけわからん要求してきたやつなんだぞ! いや、アレはワイズマンの試練だったり結局乗っかったのは私自身だったりしたわけなんだけど……いやだからそんなことはどうでもよくてっ!
「……ねぇ」
「ぅえっ、あ、はい!」
 なんでございましょうか!?
「なんだかんだあってゆっくり聞けなかったし、和泉の方から質問がないならこっちから聞きたいことがあるんだけど」
「お、おう、なんだよ。改まっちゃって」
 すっかり着慣れたボディスーツ姿のまま、光希は足を組み替えて話し始めた。
「あわっ、あ、アンタは、その……どう、なのよ」
「ど、どうって、何が」
「だっ、だからっ! あの、手紙の……その、真澄の時の……あれよ」
 真澄の事件の時、光希から渡された手紙。
 そこには、かつて私のことが好きだったという事実が書かれていた。
「あ、あれってなんだよ」
「だっ、だから! あ、アンタの感想を聞かせなさいって言ってんのよっ! 何本気で無かったことにしようとしてんのよっ! 食いついてきなさいよっ! もっと、こう、興味持ちなさいよぉ!」
「んな理不尽な……追求するなって書いたのはお前じゃねえか」
「……それは、あれよ。押すなおすな的なノリに決まってるでしょ!?」
「知らねぇよ! こっちはお前に気ぃつかって極力話題に上がらねえようにしてたんだからなっ!」
「ふ、ふぅーん? あっそう? へぇー? 話題にあげたかったんだ? アタシのことがそんなに気になってたんだー? へぇー?」
 う、うぜえ!
 誰もそんなこと言ってねえのに都合のいい解釈しやがって!
「話題にしてほしいならそう言えよ」
「べっ、別にそんなこと言ってないでしょっ!? アンタが話題にしたいって言ったんじゃないっ!」
「したいとは言ってねぇよっ!!!」
 ちくしょう、都合のいいとこを都合のいい風に解釈しやがって……だがしかし、だ。
 悔しいかな、私としても話題にしたいというか、話しておきたいというか、ここまできたら後々都合の悪い時にバレるよりも前に自分で話しておきたいことがないわけではなかった。
「ほ、ほら! 感想とか、その……色々あるでしょ!?」
「あー、うん……まぁ、なきにしもあらずっつーか」
「!!! い、いいい、いいわよ? 聞いてあげるから、ほら、さっさと、その、言ってみなさいよ」
 一体何をそんなに聞きたがってるのか知らないが、しかし。
 ここは話してしまうか、なんかもうそういう流れだし。
「んじゃあ、感想じゃないけど、代わりにっつーか……私もひとつ隠してたっていうか、話してなかったことをひとつ」
「なっ、にゃにかしらっ」
「私も好きだったんだよね、光希のこと。中学の時」
「へ……………………………………」

 ◆

 時は、私と光希が中学生二年生。真澄が小学六年生の時まで遡る。
 当時、中二病真っ盛りだった光希と、まだまだパンピだった私(清楚系超絶美少女)はごくごく普通の一般生徒として、誰から注目を浴びることもなく、中学二年生最初の二学期を迎えていた。
 その日は、『先に行っているね。教室で待っているよ』という、見慣れない言葉遣いのメールを送ってきた光希を追うように、私は急いで登校していた。
「はっ、はっ、はっ」
 中学二年生の頃、光希以外に友達がおらずオタクでもなかった私は、朝の校門の前で行われる『朝の挨拶運動』とかいうわけのわからんアレが大の苦手で、光希が一緒に登校できない時は必ず挨拶運動が始まるよりも前に登校していた。
 しかし、その日は光希が当日の朝に急に先に行くとか言い始めたものだからバッチリと挨拶運動に当たってしまって。
「おはようござぁーっす」
「…………………………」
 間延びした挨拶をする汗臭い運動部員たちを尻目にガン無視で校門を通った。
 めっちゃ睨まれた気がして心底ビクついていたので、とても記憶に残っている。
 で、だ。
 もっと記憶に残っている出来事が、教室で起こるのだ。
「あぁ、おはよう和泉」
「おは……よ……?」
 光希は、赤かった地毛を真っ黒に染めあげていて、長かった髪をバッサリと切り、ショートカットの美少女と化していたのだ。
 もちろんそんな光希を見るのが初めてだった私は心底動揺していた。
「ど、どうしちゃったの光希、その髪……」
「あぁ、これかい? ふふ、イメージチェンジ……というやつかな。どうだい、我ながらキュートに仕上がってると思うのだけれど」
 あぁ、思い出すだけでムズムズする!
 そう、あの時の光希は、『リヒト・ナハト~夕闇に乱舞する光の乙女~』とかいうアニメに大ハマりしていたのだ。
 主人公はさえない男子高校生でありながら光と闇の両方の力に目覚めてしまうマサト、ヒロインは黒髪ロングでボクっ子なクラス委員長であり光の超能力を持つマイカ。二人は出会ったその日から、『リヒト・ナハト』という裏世界での超能力バトルに巻き込まれ、世界の命運をかけた戦いへと身を投じていく――……という作品なのだが、どうも光希的にはヒロインのマイカというキャラクターが大ヒットだったらしく。
「な、なに、そのしゃべり方……光希、どうしちゃったの……? 熱でもあるの……?」
「ふふ、おかしなこと言うんだね、和泉は。ボクは最初から、こんなしゃべり方だったじゃないか」
 自分の素はコレですよーーーーーという体裁で、二学期を過ごし始めやがったのである。
 しかし、まぁ、なんというか、だ。
 先ほどからちょくちょく喋ってる中学時代の私というのは、オタク文化はおろか漫画もゲームもアニメもラノベも知らない純真無垢な超絶美少女で。
 ネットもろくに使ったことのない人種で。
 結果、そんな光希を見て。
「あ、う」
 なんというか、まぁ、心底不本意なことに。
 キュン、と来ちゃったのである。

 ◆

「で、まぁすぐに光希のソレがアニメの影響だーってことを、光希の家へ遊びに行った時に知ったわけなんだけど、その時その瞬間は間違いなく本気で恋しちゃってたっつーわけ」
「う、ううう…………うあぁ…………」
「……なぁ、人の話聞いてた? なにお好み焼きの上に乗っかってる鰹節みたいな動きしてんの?」
「あっ、あああアンタねえっ! ひっ、ひひひ人の最大の黒歴史を何食わぬ顔で掘り返すんじゃないわよおっ!!!」
「知らねえよっ! 私の話を聞けよっ! お前の中二病なんか今だって続いてんだろうがっ!」
 そっちじゃなくて私の告白のほうに注目しろやっ!
「つぅっ、続いてなんかないですぅー! もうリヒナハは卒業しましたぁー! マイカよりも他に推しが………………ちょっと待ちなさいよ、じゃあ何? アンタ、アタシのマイカコスが良かったとかそういう話?」
「………………………………ん、まぁ、ぶっちゃけ」
「……ん……………あ、そう…………………………ふぅん…………」
 だって、だってさ! 光希ったらさ! その時からやけに面倒見がよくなる(マイカがそういうキャラだった)しさ! 小説の中のキャラクターみたいに振る舞う(マイカがそういうキャラだった)しさ! かっこいいなぁ、綺麗だなぁって思っちゃったんだもんっ!
 いや、まぁ、それからすぐにネットの世界を知って、色々失望するんですけどね。
「………………とりあえず、今日は、これくらいで勘弁してあげるわ」
「あ、じゃあ、一応、さ」
「え……?」
「ん、ほら、なんつーか、こんな流れになっちゃったけど、言うことは言っとかないと」
「あっ、あっ、ぅ……な、何よ、アンタにしては、その……積極的、じゃない」
「ん、まぁ、自分のことでもあるし、な」
「ふ、ふぅん、あっそぅ……な、なによ、言ってみたら? 聞いてあげるから」
「んじゃあ、言うぞ」
「う、うん……っ」
「光希も不合格」
「へ………………」
「いや、ほら、部屋割り」
「う…………ばっ、ば………ぅうっ…………ばぁ………っっ」
 ん、あれ? なんで光希さんは私を睨みつけながら、涙目になって顔真っ赤っかなの?
「ばかぁーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!!!」
「へぶぁっ!?」
 光希の右ストレートは、それはそれは綺麗に私の頬を捉えたのでした。

 ◆

 で、結局。
『結局わらわということじゃな』
「意味わからん……まったく……」
 光希の断固拒否、他全員不合格ということで消去法的にモナと同室……実質、ひとり部屋ということになった。
 モナはといえば、コンソールのホログラム機能を使ってリザたんの姿で出てきてるから全く一人部屋という感覚はないんだけども。
 他の連中はというと、何やらもう一部屋借りて、ひとり一部屋分を確保するということで落ち着いたらしい。
 なんじゃそりゃ、最初っからそうしろや!
 部屋借りるかどうかの話し合いに呼ばれてないし、ハブられてるし、面接損・光希に殴られ損じゃねーか!
『ククッ、和泉も馬鹿よのぅ』
「だからなんでだっ!」
 理不尽だ! 私は悪くねえ! 私は悪くねえ!
『まぁまぁ良いではないか。それよりもスマフォにアメリアから用事があると連絡がきておったぞ。あのクレアとかいう娘とエミリー・ブラックも一緒で話があるとな』
 自由にコンソール間を移動出来るモナが、メールボックスを表示しながら言う。
「アメリアさんと……エミリーさんが一緒にだぁ?」
 すんっっっごくきなくさい。
 うわ、行きたくねー。

 ◆

 と、言ったものの。
 行かないわけにはいかないので。
「こんちはー」
「あぁ……和泉さん、お待ちしておりました」
「…………」
「あわ、あわわ……ほ、ホントに和泉さんは、アメリアさんの……あわわ……っ」
 私とモナは、イデア機関所有のいつもの会議室へと出向いていた。
 メールを見たところ、私とモナだけで来てほしいとか書いてあったので、私をハブって部屋の手続きに行きやがった光希たちには特に何も言うことなく出て来てやった。
 これでおいしい儲け話とかだったら、モナとふたりで使いこんでやるところなのだが。
「…………」
 三人の神妙な面持ちを見る限り、ぜぇーーーったそんな美味い話じゃないな。うん。
「で、詳しい要件は書かれてなかったんですけど、今回は一体何の用事なんですか」
 いつもの席になんとなく腰かけながら、三人を見る。
「本題の前に、ウチのクレアが世話になったわね。……真澄も」
「あっ、そ、そうでしたっ! あの時は大変お世話になりましたっ!」
 どっかりと座ったまま目を伏せ気味に言うエミリーさんと、対象的に立ち上がってぺこぺこ頭を下げるクレアさん。
「あ、いえいえ。こちらこそ」
 真澄に監禁されてた時はクレアさんの手伝いという仕事があったおかげで脱出できたようなものだったからなぁ。
「お礼を言いたいのはこっちですよ、ホントに」
「あっ、あっ、そんなっ、恐縮ですぅ」
「ははは、まぁ元はといえばエミリーさんが余計なことをしなければクレアさんに助けられることもなかったんですけどね」
「うぐっ」
「ですけどねえっ!」
 わかってんのかオラァ! 大事な兵器ぐらいきちんと管理しとけおらぁ!
「わっ、悪かったわねえっ! こっちだって正当な取引の元、自分たちの職務を真っ当しただけよっ! あんなことになったのは真澄のせいじゃないっ!」
「……確かに」
 まったくもってその通りでございます。
 犯罪に対して対策を講じなかった方が悪いんじゃない、そもそも犯罪を犯すヤツが悪いんだ。
「むしろ謝ってほしいのはこっちのほうだわっ! なんなのよアンタの妹はっ!」
「あ、いや、それは、なんていうか……すんません……」
 ホントうちの妹がすみませんでした……。
「フンッ、分かればいいのよ! 分かればね!」
 なんで私は呼び出された挙句、謝ってるんだろう。
 理不尽。
「おほんっ、和泉さん。今日は先日の件でお呼びしたわけではありません。エミリーもあまり余計な話に時間を使わないでください」
「へいへい、悪かったわね」
「まったく……それで、ですね。和泉さん」
「あ、はい。なんでしょう」
「モナさんは、いらっしゃいますか?」
「えぇ、テトラキューブの中に」
「モナさんにも、いっしょにお話したいことなのでテーブルの上にお願いできますか」
「はぁ、まぁ、大丈夫ですけども……」
 言われた通り、テトラキューブをテーブルの上に置く。
『ずいぶんと仰々しいのぅ』
「はわわ……! キューブから声が……!」
「スピーカーと同じじゃない、いちいち驚かないでよね」
「はぅ……しゅみません……」
 エミリーさんに咎められてしゅんとするクレアさん。
 その横で、アメリアさんがエミリーをギッと睨み付けてから本題が始まった。
「それでは、おはなしさせて頂きます。和泉さんたち、異世界の方をこちらにお招きした根本的問題……ボイドとの対立問題を、解決する件についてです」
「ボイドとの対立を、解決……?」
「はい。ボイドを、殲滅します」

 ◆

『和泉よ、良いのか? こんなところで暇を潰しておって』
 アメリアさんから、ボイド殲滅についての作戦を聞かされたあと。
 改めて光希や真澄たちにも個別で話すことがあるからと言われ、私とモナは会議室を後にしたのだが。
「やばいよ、やばいやばいやばい……本気でやばいって」
 私は、心を落ち着けようと必死だった。
 とりあえず適当なカフェに入ってみたものの、さっぱり落ち着かない。
『一体何をそんなに慌てる、おぬしが慌てる必要がどこにあるというのじゃ』
「だぁってさ! アメリアさんの話聞いてたか!?」
『おぬしじゃないんじゃから聞いとったわアホが! おぬしらを元の世界へ返すためのゲートを開くのと同時に、ゲート解放のために使われる膨大なエネルギーを餌にしてボイドを集め、一斉掃射で殲滅する……そういう作戦じゃろ』
 そう、アメリアさんから告げられたのはふたつ。
 ひとつは、私たちを元の世界へ戻すためのゲートを開く準備が、予定よりもずっと早く完了したということ。
 もうひとつは、ゲート解放のために使われる膨大なキャリア粒子へ群がるボイドを殲滅するための準備が進められているということだった。
「まさかこんなに早く元の世界へ帰る準備が整うなんて思わなかった……どうにかして阻止しないと……そうだ、モナ! イデア機関のセキュリティかなんかに忍び込んで作戦自体めちゃくちゃに出来ないのか!?」
『まてまて、どうして和泉が作戦を台無しにする必要があるのじゃ。帰れば良かろう、普通に』
「帰りたくないから言ってんだよっ! 普通にっ!!!」
 あったりまえだろうが! せーーーーっかく新しくて綺麗な住居も手に入れて? 真澄という戦力も加わりリザたんも戻ってきてこれからスイーパーズ生活だ☆ とか思ってたっていうのに!
「なんでこんなタイミングで帰らなきゃいけねえんだよ! 私は絶対にお断りだっ!」
『ならば、奴らにそう言えば良いじゃろう。帰らないからと』
「言える雰囲気じゃなかったっつーの……要はあれでしょ、私らの維持費ていうか管理費っていうか……諸経費がかかるから追い出したいわけでしょ」
 でなければこっちの意向を伺うとか、そういうのが先に来るでしょう。たぶん。たぶんね?
『なるほどのぅ、実質強制送還というわけじゃな。』
「はぁ……どうしよう……」
『もうひとつ、殲滅作戦のほうも問題といえば問題かのぅ』
「そうだよねぇ……そっちもなんとかしないと」
 ボイドの殲滅作戦。
 アメリアさんから最初に聞かされた、私たちが連れて来られた理由のひとつがボイドだった。
 何故、今回殲滅作戦を実行するに至ったかと言えば、ひとえに私たちが役立たずだったかららしい。
「まさか『異世界人がボイド殲滅どころか、数カ月たっても使いものにならないから殲滅作戦に移行しま~す』と言われるとはなぁ」
 こんな言い方されたわけじゃないけど、まぁ、実質こういうことである。こういうことだよね? たぶん。たぶんね?
『真澄の方も、実質ボイドを殲滅するだけの能力もなければ本人にそのつもりもなく、素行に問題があるから使えないとはのぅ』
「身内として恥ずかしいばかりです、えぇ」
 実際、重要な兵器を勝手に持ち去ったりしたんだからしょうがないけどな! 妥当な評価だわ!
「けどさぁ、モナと私らは会話出来てるわけだし、コミュニケーション取れないことが問題なんだからボイド全員がモナと同じように会話出来るようになればいいんじゃないの?」
 私らが強制送還されちゃう話は置いといて、ボイドの方はなんとか出来るような気がする。
 だってこうしてなんとかなってるし。
『それは難しいじゃろうな。奴らには人間のような言語能力が備わっておらん。知識もなければ、社会性もない。あるのはエネルギーを求める本能だけじゃ』
「それじゃあなんだってモナはこんなに普通なわけ?」
『わらわはやつらの長であり、第二世代的なさむしんぐじゃからな! ふふんすっ!』
 あぁ、そうなんだ。第二世代ねぇ。
「でもさ、元からそういう……コミュニケーションを取れる状態だったわけじゃないでしょ? シンフォニーを襲ったわけだし」
『あ、あれは、格別美味そうな波動を感じたからじゃと言ったじゃろうっ! わらわは他のやつらよりもエネルギーが多く必要なうえ、感覚器官も発達しておるからの! あれは仕方のない出来事だったのじゃっ!』
「えぇ~、ほんとにぃ~?」
『むきぃー! なんじゃその馬鹿にした顔はぁっ!』
「えへへ、うそうそ。冗談ですよー」
 しかし、現実問題こうしてモナと会話出来ている以上、ボイドの殲滅を見過ごす気にはなれないのは事実。
 もうちょっと考えてみるか。
「うーん、じゃあモナってさ」
『なんじゃらほいじゃ』
「シンフォニーを襲った時も、今みたいな意識……っていうか、かんがえ? っていうのはあったの?」
『無かったのぅ。あの時……というか、あの体の時は思考に靄がかかったみたいにハッキリしておらんかった』
「思考に靄が、ねぇ」
 ボイドたちがボイドらしい身体のままで居る限り、コミュニケーションは取れそうにないってことか。
『リザの身体を得てからは、リザの記憶や人格の影響を受けて……そうじゃな、一種のコミュニケーションを経て、今のわらわのようになったと言っても良いじゃろうな』
 リザたんと合体したことで、今みたいになれたってわけだ。
「ってことはさ、他のボイドたちだってモナみたいに人間らしい身体を手に入れられれば、普通にコミュニケーションとれるんじゃないの?」
『……………………それもそうじゃのぅ。理屈で言ったら、上手くいくかもしれん』
「でっしょー!? うわ、今私最高に天才的発想してたんじゃない!?」
『まてまて、じゃがどうやって身体なんぞ手に入れるというんじゃ。まさか生贄でも集めるわけにもいかんじゃろう。そんなことをすれば、殲滅作戦の銃口がわらわたちに向くぞ』
「うぅん、そうだよねぇ……」
 さすがに私たちだけじゃ限界があるかぁ。
「身体……身体ねぇ」
とか思っていたその時だった。
「むむっ!? キミはもしやして……和泉くんではないかねっ!?」
「はい?」
 聞き覚えのある仰々しい声に名前を呼ばれたので振り向くと、こっちへ向かって来る豪華な衣装に身を包んだ白髪の男性と、もうひとり。
「えっ、じ、ジンジャーパパ!? そ、そそそ、それに、その横にいらっしゃるのは……っ!」
「あらあらぁ、貴女がメープルのお友達?」
 耳に入っただけで全身が電流を受けたように痺れる堪らなくセクスィで、母性的で、可愛くて綺麗で最高なボイスの女性が横に立っていた。
 私はその人を良く知っている。なんなら写真集とか買いました。
 そう、その人は。
「い、いい、イノーエ・ラフィさんっ!?」
「はぁい、メープルちゃんのママの、エイワス・ガルシア17歳でぇす♪」
「えぇーーーーーーーーーっ!!!」
 メープルの母親にして、私イチオシの声優さん、イノーエ・ラフィさんことエイワス・ガルシアさんだった。

 ◆

「ふぅむ、なるほどな。ボイドたちに身体を与え、コミュニケーションを取ることで殲滅作戦を防ごうというわけか。確かに、殲滅するよりも平和的な名案だな」
 私は早速ジンジャーパパへ相談していた。
 ジンジャーパパも、殲滅作戦のことは知ってたらしい。
「ありがとうございますッ」
『なーにを急にキリッとしておるか、貴様は』
 しょうがないだろ、だってあのイノーエ・ラフィさんが目の前にいるんだぞっ!?
「……???」
 ……全然話にはついてこれてないみたいだけど。
「ジェネレーションエックス……佐藤リザくんの人格再生の際に取ったデータからしても、ボイドたちはジェネレーションエックスのような素体さえあれば十分に我々とコミュニケーションが取れると考えられる……が、しかし問題はその戦闘能力・身体能力の高さと、コミュニケーションを取った上で和解できるかということだ」
 ジンジャーパパのいつになく真剣な会話へ、モナが答える。
『そこは問題なかろう。素体を用意するのではなく、素体を形成するためのエネルギーだけを用意すればよい』
「ボイドの吸収能力を使って、素体そのものを形成させるというのかね? だがどうやって吸収したエネルギーを制御する」
『このテトラキューブを使う。全てのボイドを収容しつつ素体形成用のエネルギーを収容し、わらわがアドミネーターとして変換を行いながら出力する。これであれば彼奴らのキャリアパレットを中心とした情報集合体としてひとりひとりを再構成が可能じゃ』
「テトラキューブの容量が我々の想像をはるかに超えていることは理解しているつもりだが……キミに、それだけの莫大なエネルギーを委ねろということかね?」
『ふん。五年十年頭を悩ませ時を浪費するよりも、確実な方法をとれと言っておるだけじゃ』
「フフ、中々どうして面白いことを言うじゃあないか」
 ヤバイ、ちょっとイノーエ・ラフィさんを見ている間にさっぱりついて行けない話になってきてる。
「あっ、和泉ちゃん、パフェ食べる? おいしーわよぉ?」
「あっ、あっ、ういっ、いただきゃっす」
「はい、あーんっ♪」
「あ、ふひっ、あーんっ……あっ、すご、おいしっす」
「うふふ、よかった♪」
 ふおおおおおおおおおやべええええええ! 世界とかもうどうでもいいいいいいいいい!
 私、私ぃっ、お姉ちゃんにあーんされてりゅううううううううううう!
『……まぁ、なんじゃ。安心するがよい、わらわとて和泉たちがおる以上おかしな真似なぞする気はない』
「ふむ、確かに。吾輩から見ても、君たちはずいぶん仲が良いようだ」
『加えて、残念ながらこのテトラキューブは誰にでも……わらわですら、自由に扱えるものではない。和泉のキャリアパレットに反応して起動するコレは、和泉が近くに居らねば起動せん』
「ぅえっ、そうだったの?」
『なんじゃ、気付いておらんかったのか』
「だって私の知らないうちにモナが入ってたし……ワイズマンも何も言ってなかったし」
『あほか。こんな事情でもなければ、おぬしと同じ部屋なぞ希望せんわ』
 あ、なるほどね。だから私の部屋に来たんだ。
 ……なんか、ちょっぴり寂しいんですけど。私と同じ部屋、そんなに嫌だった? 希望とか、したくなかった? ねえねえ。
『が、問題はそのエネルギーを持ってくる方法が無いということじゃ』
「ふぅむ、確かに。困ったな」
 ……エネルギー? それだったらあるじゃん、私らがずぅっと待たされてたアレのエネルギーがさ。
「………………なぁ、あの」
 と、思ったりしたのだが。
『なんじゃ』
 モナやジンジャーパパに言おうとしたところで、私の第六感が、私の口を止めた。
「あ、いや、なんでもない」
 そうだよ、冷静に考えるまでもなくアレのエネルギーを使っちまったらどうなる。
 三十年もかかるって言われてた、秘蔵の資源だぞ? 絶対に許可が下りるわけがない。
 加えて一時的にボイドであるモナへ全部預けるとか承認されるわけがない、却下されて私らは送り返されて、ボイドは殲滅されて終わりに決まってる。
 だったら、それだったらだ。
「あっ、すみません私らちょっと用事があるので」
『ん、なんじゃと! おい貴様勝手なことを――』
 ふんすっ、とテトラキューブの電源を切る感じで気合いを込めてみるとモナの声が止まる。
 おぉ、マジで操れるんだコレ。
「む、そうだったのかね。それではメープルへたまには帰っておいでとだけ伝えてくれるかな。無論、和泉くんたちも一緒にね」
「それはいいわねぇ、待ってるわぁ」
「必ずお邪魔しますッ」
 そうして、私はそそくさとカフェをあとにした。

 ◆

 で、私とモナはアンカレッジへ帰ってきたわけだけど。
『クッフフ……よいではないか、和泉にしては粋な作戦じゃ』
 私がゲートのエネルギーを利用する作戦を伝えると、モナは悪い笑いを漏らした。
「へっへ、だろぉ?」
 私たちは作戦会議を終え、二人してほくそ笑んでいた。
 ジンジャーパパにもママさんにも言えない、ましてやアメリアさんや光希たちになんてバレようものなら一発アウトな作戦だが、しかし。
『よいぞ、全面的に乗った!』
「よぉし! じゃあ、手筈は言ったとおりにだぞ!」
『了解じゃ、クッフフフ……おもしろいではないか! ハッハハハ!』
 私とモナ、それにこのテトラキューブさえあれば出来るんだから知ったこっちゃねえってなぁ!
 ハッハ! 笑いが止まらねえぜ!
 そんなわけで、新生アンカレッジの新生我が家へと帰ってきた。
「たっだいまーっ! …………って」
 の、だけど。
「あぁ、帰ってきたか……和泉」
「ふぅ……どこほっつきあるいてたのよ、アンタ」
「同志……」
「お姉ちゃん……おかえりなさい、ですわ」
 リビングに入ると、そこには意気消沈っていうか、欝々とした表情で俯く四人が待っていた。
「な、なんだよ、どうしたんだよ」
「アメリアさんから聞かされてな……」
「アンタも先に聞いてたんでしょ? 殲滅作戦と、アタシらが帰るって話」
「あ、あぁ、まぁ、聞いたけど」
「同志も、光希様も……ホントに帰っちゃう……」
「せっかくここでの生活も、悪くないと思ってきたところでしたのに……」
 あぁ、そうか。
 こいつらもアメリアさんのところで話を聞いてきたんだな。
「いや、それだけど――」
 私にめちゃくちゃ良い考えがあるんだよ、と言おうとしたところでまたもや私の第六感が、またもや私の口を止めた。
 待て、待てよ私。
 こいつらに言ったところでどうだ、何かしら邪魔をされたら計画が台無しになっちまう可能性があるんじゃないか。
 重要なのは、アメリアさんたちの提案通りに事が進むってことなんだ。協力者を増やすとか、そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。
 落ち着け、作戦を話すとしたら最後……本当にこいつらが信用できる確証を得てからじゃないか?
 ……ひとまず、こいつらがどういうつもりなのか確認するところからだな。
「それだけど、何よ」
「それ、なんだけどさ……みんな、どう思ってるんだ? 突然決まって、突然言われて……私は、何にも言えなくて、そのまま出てきちゃったんだけどさ……みんなは、どうかなって」
 私の問いかけに、メープルはソファーに腰かけたまま両手をギリッと握りしめる。
「ワタシは反対だ。殲滅作戦も、和泉たちが帰ることも、どちらともなッ」
「メープル……」
「モナが居るのだぞ! ボイドとて分かり合える! 無駄な命を奪う必要などないッ! それに和泉たちのこともだ! 勝手に呼びつけ、さらうようにして連れてきておいて使えないから追い返すだと!? そんな無責任な話があるかッ! 生まれた世界は違おうとも、命ある人間だぞッ! 物同然の扱いではないかッ!」
 涙混じりの声を張り上げるメープル。
 思わず、私まで涙ぐんでしまう。
 いや、帰る気はさらさらないんだけどね。
「それに……ワタシは、和泉たちと……離れたくはない」
「わたしも……同感」
 つぶやくように言葉を漏らすメープルに続いて、リザたんが顔をあげる。
「同志を連れて来たのはわたし。わたしには、同志と光希様を守る責任がある。命も、生活も、気持ちも。だから、同志と光希様の意思を尊重したい」
「リザ……」
「アタシは……帰るわよ」
 光希が腕を組みうつむいたまま、震える声で言う。
「悔しいけど、アタシにはボイドを殲滅するような力も、こっちの世界が抱えてる問題を解決する力もないわ。アメリアさんのところに居て、アンタたちと地表に降りたりして思い知ったわ。アタシたちは元々こっちの世界の住人じゃない、帰れと言われれば、帰るのが……っ、道理よ」
 弱弱しく、涙ぐんだ声で呟くように言った光希の言葉が、精いっぱいの強がりとくやしさに満ちていたことくらい、ここに居る全員が分かっていた。
 分かっていたから、誰も光希の言葉を否定することなんて、出来なかった。
 いや、だから帰らないんだけどね。
「わたくしは、お姉ちゃんについて行くだけですわ」
「真澄……」
「お姉ちゃんは、どうするつもりですの?」
 皆の視線が、私へ向けられる。
 ここで言うべきは、作戦のこと……いいや違う、そうじゃない。
 今ここで作戦を言えば、話はいずれアメリアさんのところへと通るだろう。
 そうなれば作戦の実行は会議だのなんだのにかけられて、否決された暁には作戦の要であるテトラキューブと私が狙われる羽目になるだろう。最悪の場合、テトラキューブを破壊されることすら考えられる。
 だとすれば、私が言うべきは……アメリアさんたちの作戦へ、乗っかるという意思表示ッ!
「私、は……帰るよ」
 空気が、シンとする。
「和泉……本気、なのか」
「だって、私らがこっちに居たってどうにもできないし。元々帰りたいーって言ったのはこっちだし? そりゃあ、突然のことで心底びっくりしたけどさ……私らが居ないほうが、良いこともあるよ」
「同志……」
「お姉ちゃん……」
「何故だ和泉ッ!」
 メープルの手が、私の肩を掴む。
「何故そんなことを言うんだ……ッ、何故、ここに居たいと、言ってくれない……ッ」
 メープルの手へ、そっと手を重ねる。
「私たちは、やっぱり異世界の人間なんだよ。どれだけ言葉が通じても、気持ちが通じても、違うところは違う……これまで積み上げてきたいろんなことが、メープルたちとは違うんだ」
「和泉……っ」
「私たちは、たまたまこうやって出会えたけど、本当はこっちに居ちゃいけない。今は問題なくても、いずれ大きな問題を起こしちゃうかもしれない。私や光希や真澄の力はボイドも超えて……大変なことになっちゃうかもしれないんだ」
「そんなことっ、和泉たちがワタシたちを害することなんて、あるわけないだろッ!」
「わたしもそう思うっ、同志たちは変わらないっ、ここに居たって、絶対変わらないッ」
「ありがとうメープル、リザ。でももう決めてることなんだ。これ以上、メープルたちの世界を壊してしまわない今のうちに帰る、アメリアさんたちがくれたキッカケを……無碍にはしたくないんだ」
「和泉……ッ」
「同志ぃ……っ」
「……もう、決めているんですのね、お姉ちゃんは」
「あぁ。光希も、良いよな」
「……当たり前でしょ」
「わかったらさ、ほら。飯でも食べに行こうぜ。別に最後の晩餐ってわけじゃないんだからさ、いつもみたいにみんなで、な?」
「ぐすっ……そう、だな。ふふ、腹が減ってしまった」
「……同志」
「もう、お姉ちゃんは……ぐすっ」
 メープル、リザ、真澄がリビングを出ていく。
 そして、最後に残った光希は、リビングを出ようとしたところで立ち止まって、言った。
「……この、強がり」
 吐き捨てるような、けれど弱弱しい言葉に。
「へっ、うるせえ」
 私も、思わず涙が零れてしまうのだった。
 ………………いや、だから帰る気はないんだけどね!?
『どんだけ雰囲気に呑まれとるんじゃ、おぬしは』
「やっ、なんか……ノッてきちゃって、つい」
 お恥ずかしい限りでございます。ぐすっ。

 ◆

 で、時は流れて約十日後。
 ついにゲート解放の時がやってきた。
「みなさん、準備はよろしいですか」
 いつもの会議室の中。
 アメリアさんの呼びかけで、私と光希と真澄は自分たちの姿を確認する。
 いつぞや真澄が身に着けていた、全身真っ黒いスーツ――キャリゲイザー。
 身体能力を向上させるだけでなく、キャリアパレットに応じたうんたらかんたらうんぬんかんぬんめちゃすごスーツなソレ――の、改良型を身に着けている。
 デザインは真澄の着けていたものと違って宇宙空間で目立つように真っ白。
 頭部には、これまたおなじく真っ白いヘルメット。
 バイク乗る人とかがシャコッてするあのシールド部分は、キャリア粒子で構成された半透明のバリアモニターになってる。
「もう一度、作戦の確認をします。ゲート展開完了までかかる時間は約6分。その間に、皆さんにはスペースシップでゲートへと向かってもらいます」
 アメリアさんがコンソールを操作すると、テーブルの上へホログラムが表示される。
 宇宙空間に展開されている円形の巨大な装置と、メトロポリス。
 そして私たちが乗る小さなスペースシップだ。
「ゲート展開完了時、メトロポリスはおろか他の機材・機械も近づくことは出来ません。また、ゲート内へ皆さん以外の何かを通すことも望ましくありません」
 ホログラムのスペースシップが、何段階にも分かれながら装置へ向かって飛んで行って、最終的にコックピットだけになる。
「皆さんの搭乗するスペースシップを多段階射出を行いながら皆さんをゲートへと運びます。最終的に残ったコックピットは、ゲート手前で装置とドッキング。最後はゲートの発光を合図にして、完成したゲートへ皆さんが自力でゲート内へ飛び込む形になります」
 ホログラムのゲートがぺかーっと光ると、ホログラムの私たちがゲートへと飛び込んでいった。
「コックピットがドッキングした所はメトロポリスと同じで疑似重力が展開されているから飛んでったりしない、んでしたよね」
「はい、その通りです」
 アメリアさんは頷くと、ホログラムを操作する。
 コックピットがゲートへ到達したところまで巻き戻し、表示範囲を拡大するとゲートの周りからボイドのホログラムが集まってくる。
「ゲート生成時の余波を避けるため、皆さんがメトロポリスを出発するのはゲート展開完了2分前になります。が、おそらくゲート展開開始から多くのボイドが襲い掛かってくると予想されます」
 ホログラムが縮小し、メトロポリス周辺に展開するスイーパーズのスペースシップが映し出される。
「メトロポリス周辺にはスイーパーズが展開しています。しかし、砲撃によるゲート湾曲を防ぐため、生成中は砲撃を行いません。ですので、ゲート到着までの間に接敵した場合はシップに展開されている防護フィールド頼み……最悪の場合、皆さん自身に撃退していただく必要があります。注意点は以上ですが、大丈夫ですか……?」
 一通りアメリアさんが説明を終えたところで、光希がため息をつく。
「もうわかったわよ、アメリアさんは心配しすぎ」
「そうですわ、行くのはわたくしたちですのに、そこまで緊張されてもこっちが困ってしまいます」
「だ、だって! きゃりぽんを持っていくわけにもいきませんから……皆さんの迎撃の手段は緊急用の使い捨てキャリバスターしかないわけで……」
「はいはい、わかったわよ。もう大丈夫だから、そろそろシップへ向かいましょ」
「そうですわね。お姉ちゃんも、大丈夫ですわよね?」
「当たり前だろ、ほら行こうぜ」
「あぅぅ……皆さん、ホントに気をつけてくださいね……!」
 いつまでも作戦を確認するアメリアさんに、何度も確認を取られながら私たちはスペースシップへと乗り込んだ。
 私はこっそり、テトラキューブをヘルメットの中に隠しながらね。
『んむ、せまいのぅ』
 うるせっ、後頭部に若干刺さって痛いんだよ! モナも我慢しろ!
『しかし和泉よ』
「なんだよ」
 後頭部から話しかけてくるモナへ、小声で答える。
 そこまで密着して座っていないにしろ、あんまりしゃべると光希と真澄に聞こえるぞ。
『本当に光希や真澄たちに作戦のことを伝えなくてよいのかの?』
「当たり前だろ、どうせ私とモナだけで作戦は遂行できるんだ。余計な不確定要素を増やす必要があるかっつーの」
『しかし、あやつら思いっきり帰る気満々って感じになっておらんかの』
「………………」
 確かに。
 言われてみれば、アメリアさんから作戦を伝えられて以来、私たちはお別れ会の連続だった。
 私たちだけでやったり、アメリアさんやエミリーさんやクレアさんたちとやったり、ジンジャーパパやエイワスさんとやったり、対真澄戦で戦ってくれた500人のスイーパーズたちと盛大に飲み明かしたりした。
 これから作戦を遂行するはずの私ですら、なんかもう帰っちゃっていいんじゃないかって気さえしてきてるくらいだ。
『今更帰れないなどということになったら、わらわたちは一体どんなことをされてしまうんじゃろうか……』
「ば、馬鹿野郎、大丈夫に決まってんだろ。あいつらだってホントは内心帰りたくないはずだって」
 そ、そうだよ。お別れ会するたんびにあいつらオイオイ泣いてたんだから。
 か、帰れないってなれば喜ぶに決まってるって、たぶん、きっと、ね? ね? ね?

 ◆

 で、作戦開始十分前。
 メープルや、リザたんジンジャーパパやエミリー・ブラックなどなど……色んな人たちとモニター越しに最後のお別れを終えて、私と光希と真澄は改めてスペースシップの中で宇宙を眺めていた。
「本当に帰るのね、アタシたち」
「あっという間でしたわ、本当に」
「ホントよね、帰ることが決まってから遊びまくって食べまくって……何が何やらって感じだったわ」
 光希と真澄が思い出話に花を咲かせていると、アナウンスが聞こえてくる。
『ゲート生成を開始します、係員は所定の位置についてください。繰り返します、ゲート生成を開始します。係員は所定の位置に――』
「始まったわね」
「緊張しちゃいますわ」
 スペースシップのフロント、そのずっと向こうでゲート生成装置がゆっくりと回り始める。
 回転する装置から展開されていくゲートは淡い虹色と深い水色に揺らめいていて、陽の光に照らされた海面みたいに煌めき出した。
『スペースシップ、出港します』
 ほどなくして、スペースシップが動き出す。
 遠隔操作で分離するらしいので、私たちは何もすることがない。
 あとは黙って待っていれば、ゲートへ到着して帰るだけ。
 本来は、だが。
 くっくっく、や、やべえ、笑いが堪えられねぇ……ついにその時が来たのかって思うともう我慢できねえなあオイよぉ!
「く、ふふ……はは、はっはっは……はぁーっはっはっ!」
「お、お姉ちゃん……?」
「ちょっと、和泉? なに? 壊れたの?」
 私が立ち上がると、光希と真澄が何事かと私を見る。
「苦労したぜ全くよぉ! 十日間も我慢させやがって、いつバレちまうかってひやひやしたもんだぜ、なァ!」
 ガバッとヘルメットを脱ぎ去り、テトラキューブを持ちだして再びヘルメットをかぶる。
「私が黙って帰る? なんで? 帰る必要がどこにあるっていうんですかねぇ!」
「あ、アンタ……何する気!?」
「ふははは! いいぜ、教えてやるよ。このテトラキューブにゲートのエネルギー、ボイド、そして一斉掃射のエネルギーまでもぜーーーんぶ取り込んで、ボイドを全員、人間にしてやるんだよォ!」
「な、なんですってぇ!?」
「さ、さ………………さすがお姉ちゃんっ! ただただ流されているだなんておかしいと思っていましたわぁ!」
「はぁーっはっは! ここまで来ればこっちのもんよ! もう誰も止められない! 止められるもんなら止めてみろってんだ!」
 もう誰にも止められねえ!
 私の作戦は、もう誰にも止められねえんだ! ハハ、ざまあみやがれ!
 とか、勝ち誇っていたら。
「……ねぇ、和泉」
「あ?」
 呆れかえった声で、光希が言った。
「アンタさ、ここがアメリアさんのところでモニタリングされてること、忘れてない?」
「へ?」
『緊急停止します。緊急停止します。緊急停止します』
「………………あっ、やべ」
『こんの馬鹿者ぉぉぉっ!』
「ご、ごめんんんんんっっっ」
 だってもう勝ったと思ったんだもんんんんっっっ!
『ちょっと和泉さんっ!? なんですか今の話はっ! 和泉さんっ!?』
 アナウンスの代わりに、アメリアさんの怒った声が聞こえてきてるよぉっ!
「あぁあぁやばいよモナ! どうしよう!」
『落ち着かぬか! こうなれば仕方あるまい、自力で装置まで飛べ!』
「えぇっ!? それはさすがに超こわいんですけど!」
 あれでしょ、しくじったら永遠に宇宙さまよっちゃうやつでしょ!?
「お姉ちゃんっ! 手動で分離すれば遠隔操作でも止められないはずですわ!」
「それだっ!」
 ナイスだ真澄っ!
 座席を抜け出してコックピットの後ろにある隔壁のレバーを引っこ抜く。
「ここんところをひっこぬけば……オラァッ!」
 バゴンッ、という振動と共にモニターへ映し出された私たちのスペースシップが加速を開始する。
 が、しかし。
「お姉ちゃんっ! 規定コースから外れていますわっ!」
 無理くり加速したせいでゲートの端っこの方へ向かい始めてしまった。
『わらわが調整するっ! シップへ移せっ!』
「いけっ モナ ! きみに きめた ! ▽」
 テトラキューブをシップのコンソールにくっつけると、モナがふよーんっと移動し、コックピットに備え付けられたスラスターだけで移動を開始する。
「あ、アンタたち、本気で帰らないつもりっ!?」
「ったりめえだろうがっ!」
「お姉ちゃんが帰らないというのなら、帰らないだけですわっ!」
「あんだけお祝いされたのに!? あんだけ遊び倒したのに!? あんだけ色んな人に、マジ顔で挨拶してたくせに!?」
「うるせえ! せっかく綺麗な新居を手に入れたっつーのに使えないから帰れとか言われたんだぞ! んなの黙って帰ってやれるかっつーの!」
『和泉さんっ! いますぐ止まってください! さもないと――』
 またアメリアさんの声が聞こえ始めたと思ったら、突然ブツッと音声が途切れた。
『やかましいのはカットじゃ、カット』
 ふふ、ナイスだぜモナ!
「よぉし、このまま装置まで行けば……」
 と、思ったところで。
 ドドンッ、ズズンッと激しい振動がコックピットを襲った。
「おわあっ!? なんだ!?」
『砲撃じゃ! こっちが砲撃されておるぞ!』
 モニターには完全に私らを狙ってるスイーパーズのスペースシップたちが映し出されていた。
「くっそぉ、宇宙に放り出されたって無事だと思ってぇ……いや待てよ、これはチャンスだ!モナ、キューブに戻れ! 外に出るぞ!」
『なるほどのぅ、了解じゃ!』
 コンソールへ再びテトラキューブをくっつけ、モナを中に戻す。
「はぁっ!? あ、あんたちょっと、なに勝手なこと言ってんのよ!」
「真澄! 光希のこと押さえとけ!」
「了解ですわ!」
「むぐぐっ! むぐうーっ!」
 押さえられてなお喚く光希を尻目に、天井部のハッチを開けてコックピットの外へ出る。
 外へ出てもスーツとヘルメットのおかげでなんら問題なく、足元だってコックピットの外壁に吸い付くみたいに立てるので良い感じだ。
「おぉ、便利だなこれ。普通に立てる」
『で、どうするつもりじゃ和泉っ! 思いっきり撃たれとる! 外に居ればいずれ当たるぞ!』
「こうするんだ――よッ!!」
 ビシューッとコックピット目がけて飛んできたキャリア粒子の砲撃を、テトラキューブで受け止め、吸収する。
 テトラキューブの吸収範囲は思った以上に広く、薄い膜みたいなものがコックピットだけになった私らのスペースシャトル全体を包んで、一回りも二回りも大きくカバーしてくれた。
「ほら、こうすりゃエネルギーの足しに出来んだろ?」
『おぉ! ないすあいであじゃ! こいつは美味いぞ! どんどんエネルギーが溜まってきおる!』
 その後も続けざまに何発も砲撃が襲い掛かってくるが。
「ほっ、ほいっ、よいしょっ」
 テトラキューブの吸収能力たるや凄まじく、コックピットの裏側目がけて飛んできた砲撃すらも吸収してみせた。
 そうしているうちに、どんどんゲートは生成されてきて、周囲にボイドの一団が集まり始めた。
「よぉし、ボイドさんたちのお出ましだ。一斉掃射が来るぞ、モナ!」
『合点じゃ!』
 テトラキューブを高く掲げて、力を込める。
 すると、テトラキューブを中心に鼓動のような波動がドクンッ、ドクンッと広がっていく。
 その波動はボイドたちに当たると、次々とボイドたちをキャリア粒子のような粒子体に変換しながら吸収していき、同時に何千っていう砲撃も同じように吸収していってしまう。
「うわあ、すっげぇ」
『ふむふむ、まだまだ余裕じゃの。これこれ、暴れるでないわ。あーあー泣くでない泣くでない』
 テトラキューブの中でボイドたちをなだめてるのかな、なにそれすごい。粒子になってもちゃんとボイドなんだな。
 で、そんな感じでボイドを吸収していると、ついにゲートがペカーッと発光して完成を告げる。
「よぉし、あとは」
 ゲートの方へ向かって波動を放つと、ゲートを形成していた海面みたいなエネルギーの集合体が次々と粒子になってテトラキューブの中へと吸収されていく。
「これで最後、っと」
 そして、全てを吸収し終わった直後。
『よし、よいぞ! 和泉! 解放せよ!』
「おっしゃぁ! 出てこーーーーーいっ、ボイドのみんなーーーーーーっっ!」
 テトラキューブを高く掲げると、爆発と見間違うぐらいの勢いで光の粒子が溢れだしてきて、何千人もの女の子や女の人を形作り始めた。
「おー、すげー」
 そして、最後。
 金色に輝く粒子が、リザたんそっくりの形をした、褐色金髪な女の子――モナを形作ると。
「ふぅ、これで完了、じゃな」
 モナはニシシっ、と笑ってみせた。
 そして。
「あぁ、やってやったぜ」
「「にひっ」」
 私たちは、作戦完了のハイタッチを交わすのだった。

 ◆

 で。
「和泉さん? モナさん? わかっていますよね?」
 作戦を完了したところまでは良かったんだけど。
「あっ、いやぁ、あのぅ……えとぅ……そのぅ……」
「あぐぅ………………こわいのじゃ……」
 いうまでもなく、私たちは即刻ユニオン直属のエリートスイーパーズさんたちに拘束され、アメリアさんのところへと連行された。
 今はいつもの会議室の、床に正座させられてます。モナと二人で。
「和泉さん、何か言うことはないんですか?」
 腕を組み、ムッとした表情のアメリアさんが私を睨み付ける。
「………………モナがやれって言いました」
「んなっ! こ、この盤面でそれは卑怯がすぎるぞ貴様っ!」
「うるせえ! お前が膨大なエネルギーでボイドたちに身体を与えてやれば争いも起こんないでコミュニケーションとれるって言うから!」
「だからってわらわはゲートのエネルギーを使えとは言っておらんし無断でやれとも言っておらんじゃろうがっ! こやつが全ての元凶じゃぞ!? 見ておったじゃろう! 全ての実行犯はこいつじゃ!」
「いいえ違いますぅー、テトラキューブの中でモナが調整したからですぅー、実行犯はモナですぅー」
「きっさまぁ……!!!」
「へへーん、べろべろびー」
「二人ともッッッッ!!! ふざけていい場所じゃないんですよッッッッ!!!!」
「「ひぅ……っ」」
 耳が裂けるかと思った。
 アメリアさんはこれまでにないほど、本気で怒っていた。
「和泉さん、貴女はどうしてこんなことをしたんですか」
「はひ、えと、あの、なんか、無理くり追い返されるみたいにゲートうんたらの話が持ちかけられたっていうか、なんか邪魔者扱いされたっぽかったから、なんだよそれ、邪魔者扱いすることないじゃんって思ってやりました……あと帰りたくなくて」
「……モナさんは、同じ理由なんですか」
「わ、わらわは、その、別にどうでもよかったっていうか、面白そうだったし……おぬしらに言ったってなんだかんだ言いくるめられて彼奴らを殲滅されると思ったので協力しました」
「………………はぁ」
 アメリアさんの深いため息に、背筋がゾゾゾッと戦慄く。
 ど、どんな刑罰に処されるんだろう、死? 我死? ここで死? 打ち首?
 とか、思っていたら。
「本ッッッ当に……」
 ふわっ、と。
 二人揃って、アメリアさんに抱きしめられてしまった。
「馬鹿なんですから……」
「えっ」
「ひょ?」
 アメリアさんは、そっと私たちの頭を撫でながら、優しく……少し震えた声で話し始めた。
「和泉さんたちを、邪魔者扱いなんてするわけないじゃないですか」
「え、あ、だ、だって……っ」
 言おうと思っていたあんなことやこんなことが、アメリアさんの手のひらで頭を撫でられたせいでなんにも出てこなくなってしまう。
「モナさんも。わたしたちだって、共存の道を歩めるなら、どんな提案であれ無碍になんてしませんよ」
「うじゅ……じゃってぇ……」
 モナも、私と同じようにその長い金髪を撫でられて、言葉に詰まってしまう。
「ごめんなさい、突然の提案で、お二人だけでなく皆さんを混乱させてしまったんですね」
 震える声で謝るアメリアさんに、私たちは罪悪感が止まらなくなる。
「あ、謝らないでくださいよっ! 悪いのは全部私たちで……」
「そ、そうじゃっ! おぬしらを信用できなかったわらわたちの……」
「いいえ、少し考えればわかることだったんです。和泉さんの気持ちも、モナさんの気持ちも、こんなに痛いほど伝わるのに……気付くのが遅かったんです。とてもツラい思いを、危ない思いをさせてしまいましたね」
 私たちをあやし、慈しむようなアメリアさんの声。
 その優しい声に、私たちは泣いていた。
「うっ、ぐすっ……アメリアさん……っ」
「うぅ……アメリアぁ……っ」
「よしよし」
 私とモナは、己の馬鹿な行いを悔いた。
 こんなにも優しく、天使のような慈愛に満ちたアメリアさんを……ひいてはこの世界に住む全ての人たちを、どうしてもっと信じられなかったのかと。
「……けど、もうひとつだけ」
「う?」
「貴女たちの友人として、ひとことだけ言いたいことがあります」
 スッ、と身体を離したアメリアさんは私とモナの頬に手をソッ、とやさしく添えて。
 微笑みながら。
「残ってくれて、ありがとう」
 そう言って、一筋の涙を零した。
「「うっ、うぅうぅうぅうぅ…………あ、アメリアさあんっっ」」
 私とモナは、人目もはばからずオイオイ泣きながらがっしりとアメリアさんと抱き合い、声が枯れるまで泣いたのだった。

 ◆

 で、ようやく落ち着いたところで。
「和泉っ、モナっ!」
「同志っ、モナっ!」
 会議室に、メープルたちが入ってきた。
「メープル、リザ!」
「まったく、お前というやつは本当に、はははっ! ほんとうに和泉はっ、和泉というやつはっ、最高だなっ!」
 入ってくるなりメープルは私を抱きしめて、泣きながら笑った。
「本当に……モナも、同志も、やってくれる」
「ふんっ、リザに褒められても何とも思わんわいっ! ……クハハッ」
「えへへ」
 リザもモナも、初めての実体同士の向き合いに、なんだかんだ嬉しそうだった。
「はーあ、冗談じゃないわよまったく」
「光希……」
 困ったように笑う真澄に連れられて、つーんと拗ねた光希も会議室へと入ってきた。
「……やるんだったら、あたしも作戦会議に混ぜなさいよね」
「あぁ、次があったら必ずな」
「約束よ? けど、当面は御免だけどね。フフっ」
 そう言って笑った光希は、本当に楽しそうに笑っていた。
 なんだよ、光希もこっちに残れてうれしいんじゃねえか。
「よかったですわね、お姉ちゃん」
「……あぁ。真澄は良かったのか?」
「ふふっ、わたくしはお姉ちゃんの側に居られれば……それで」
「……そっか。さんきゅな」
「どういたしまして、ふふっ」
 真澄も、相変わらず大人っぽい笑顔で笑う。
 なんだかんだ心配していたけれど、残って良かった。
 みんな、こっち側に残ることを喜んでくれているみたいだった。
「皆さん」
 と、アメリアさんから声がかかる。
「今日は色々ありましたが、今日のところはお開きとしましょう。一度おうちへ帰って、ゆっくり休んでください。詳しい話や、難しいおはなしはまた明日……いいえ、明後日くらいからにしましょうか。時間はたっぷり、ありますからね♪」
「はいっ」
「それでは帰ろう! ワタシたちの家へ!」
「へへ、そうするかぁ!」
「おー!」
 そうして、私たちは帰路についたのだった。

 ◆

 で、翌日。
「んが……あ、あぁ……?」
 寝るに眠れず、朝まで全員で起きてた私たちは、気がつけば全員リビングで寝落ちしていた。
「おはよう、和泉」
 先に起きてたらしい光希が、一人キッチンでコーヒーをすすりながら言う。
「んー……おはよう、今何時」
「もう午後三時よ、寝すぎ。ほら、イデア機関からお便り来てるわよ。アンタ宛てにね」
「んー……なんだってぇ……?」
 寝ぼけた目をクシクシ擦りつつ、光希に手渡された封筒を開ける。
 封筒とはまた珍しい、メールじゃないんだな。
「なになに……」
『高崎和泉殿、貴殿のボイド具現化(仮称)における働き素晴らしく、イデア機関総統・スイーパーズユニオン総司令両名、並びに、両組織一同深く感謝を申し上げると共に、その栄誉を称えてイデア機関直属の特別栄誉官としてお迎えすることをここにお知らせ致します。 ジェネレーションゼロコンタクトプロジェクト主任研究員 アメリア・ホワイト』
 やたら仰々しい文面に、やたらしっかりとした紙。
 一瞬、本気で私の栄誉を称えて貰ってるのかと思った、の、だけどさ。
「……なぁ、光希さんや」
「なにかしら」
「私、詳しい話とか聞いてないよ? 聞いてないけどさ、昨日のアレで使っちゃったキャリア粒子にかかったお金ってイデア機関持ちだったんだよね」
「そうね」
「そこに、とくべつえいよかんで招かれるってさ、やばくね?」
「ふぅ」
 光希はコーヒーを一口飲んでから、トントンッ、と私の持ってる手紙を軽くたたいて言った。
「だから書いてあるじゃない、『てめぇのケツはてめぇで拭けよ、死ぬまで働け異世界人』って」
「は、はは、ハハハ」
 まさか、そんな、だって昨日アメリアさんはあんなに、あんなに笑って、泣いてたのに。
 あんなに、天使のような笑顔で私たちを迎えてくれたのに。
「う、嘘だよな? なぁ、光希? 嘘だって言ってくれよ、光希!」
「……ずず」
「おいっ!」
 と。
 バンッッッ、と急に家のドアが勢いよく開いて、ゾロゾロと屈強なスイーパーズのお姉さま方が入ってくる。
「高崎和泉さんですね、イデア機関でアメリア・ホワイトがお待ちです」
 とか言って、がっしりと私の両腕を掴みあげやがった!
「ちょ、なんだあんたら! 離せ! え、英雄様やぞ! 私は英雄様やぞ! わた、私は、ボイドとあんたらの長い長い対立を終結させた稀代の英雄様やぞ! 離せ! やだ! 助けて! 光希!」
「あーコーヒーおいしー」
「め、メープルぅ!」
「ぐ、ぐーぐー、ぐーすかぴー」
「り、リザあっ!」
「もーたべられないですぅー、むにゃむにゃー」
「まぁっ、真澄ぃい!」
「うーん、お姉ちゃんの太ももすべすべぇ、夢の中みたいー」
「も、モナぁ!!!」
「あー何も聞こえんのぅ」
「あ、モナにもお便りが来てたわよ」
「なんじゃとっ!? ちょ、おぬしら待て、話を聞けばわかる、わ、わらわはボイドの女王じゃぞ! き、貴様らなんぞ一撃で……ちょっ、まって、やめて! 離して! いやじゃ! いやじゃあっ!!」
「諦めなさい、アンタら二人とも自業自得よ」
「「や、やだああああああっっっ!!!」」

 ◆

 こうして、私は結局異世界に残ることになった。
 私とモナは、特別栄誉官として、主に具現化したボイドたちとの交渉なんかでイデア機関にコキ使われる羽目になった。
 けど、後からメープルとリザと真澄が自分から手伝いに来て、光希もなんだかんだ手伝いに来て、結局全員でボイド具現化事件の後始末をすることになったんだけど……まぁ、結局やってることはスイーパーズやってる時と変わらない感じだったな。
 つーか、結局学校でテストだなんだをやってる時と、なんも変わってないのかもしれない。
 やらなきゃいけないことして、終わったらご飯食べて、だらだらしたりゲームしたりして、そんで寝る。
 どこに行ったって結局やることなんて変わるもんでもなくて、変わったことといえば同居するのが親と妹から、妹と幼馴染とむっつりスケベな騎士と可愛い茶髪っ娘と生意気な褐色金髪っ娘になっただけで。
 結局、まぁ、なんだ。
 意味がないのは追試や勉強だけじゃないってことだ。
 どれもこれも、きっと意味なんてないのだ。
 私の好きなものも、楽しいことも、思い出も家も仕事も全部。
 ただ、それでも、意味はなくても好きだったり、楽しかったり、嬉しかったりして。
 そこに、私は意味を見出すのだ。
 意味は、そこにあるかないかじゃない。
 自分で見つけ出すものなのだ。
 意味を見つけ、見つけたと思ったら失って、そしてまた見つけ出す。
 永遠に繰り返す意味の獲得と喪失。
 それがきっと生きるっていうことで、私という人間で、命ってことなんだと思う。
 そして、命こそが。
 私という人間であることが。生きるということが、意味のあることってやつなんだと思う。
「ちょっと、サボってんじゃないわよ」
「へーいへい、わーってますよーだ」
 だからこそ、ただひたすらに山と積まれた資料を整理している時……人生に意味を見失いかけた時、私は問いかけるのだ。
「なぁ、この世界って何の意味があんの?」
 例えそこに、分かり切った答えしかないのだとしても。
「いいから黙って働きなさい」
「ウィッス」

おしまい。

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